挿話6 傭兵ジルドの懊悩
散々な目に遭った。が、オルガが居て良かった――とは思う。気に食わねェ奴だが、腕は確かだ。剣が使えて魔術も使えるって奴は、傭兵には滅多に居ねェ。こいつの使う技は、俺と相性も良い。傭兵稼業なんざやってやがるが、短い付き合いとはいえ、どっかの貴族の血が入ってンだろうってことは予想がつく。訊いたところで答えやしねェだろうし、面倒事に首を突っ込む気もねェから頼まれても訊いてやりゃしねえが。
「――もうすぐだ」
オルガの声に、俺はちらりと横を見た。
クラーク公爵家の娘ンところの護衛が二人死んだからって、どこの馬の骨とも知れねェ傭兵を雇うなんざ頭がスライムで出来てンだろうと思ったが、それが原因で死んだところで俺には関係ねェ。まさか御者の真似事もさせられるたァ思ってなかったが、冷静に考えりゃあの状況で御者が生きてるって可能性もねェよな。俺も大概、化けもン嬢ちゃんが起こした奇跡に動揺してたらしい。クソ、情けねェ。
「お前は王都に入ったことはあるか?」
「何度か、な。できるだけ入りたかねェところだ」
王都の中心には王宮があって、その近くに聳え立つ物見の塔はいやに目立つ。ここが王都様だってふんぞり返って見えるから、俺ァどうにも気にくわねえ。単なる石の塔だって言う奴もいるし、聞いた話じゃあこの国が出来た初っ端に建てられた歴史ある塔だって言う奴もいる。砲撃を受けても倒れなかっただとか雷が落ちても崩れなかっただとか――つまりは胡散臭いことこの上ねェふざけた塔だってわけだ。石は殴りゃあ崩れる、ってのァ常識だろ。
「王都に入ったら捕まるからか」
俺の口数が減っていることに、多分この男女気付いてやがんな。
不機嫌を思い切り顔に出してやった。俺は凶悪面だからたいていの女子供にゃビビられるんだが、こいつだけは俺のどんな顔を見ても平気な面してやがる。いつかビビらせてやりてェと思うんだが、気配に敏すぎて奇襲すら受け付けねェってんだから、腹が立つったらねェ。
――あァ、そういや魔導士の女と嬢ちゃんもビビらねェな。化けもンの塊か、公爵家ってのァ。いやでも侍女は普通の女みてェな反応みせやがる。とはいえ、俺が最初に主人の傍離れるなんざ使用人としてなってねェと罵った後も普通に接して来やがるのは、普通とは言えねェか。やっぱり化けもンの巣だな。
「るせェ、傭兵稼業してりゃあ、たいていの奴ァ後ろ暗くなるもンだろうが」
「私は堂々としてるぞ」
「てめェは例外だ、ボケェ」
吐き捨てる。どンだけ文句垂れてもコイツは笑って俺の言葉を流しやがる。気楽だが少し腹立たしい。やっぱり女ってなァ色気がねェと駄目だ。色気があるつったら魔導士のペトラとかいう女くらいだが、あいにくと俺ァガキには興味ねェからな。色気も何もねェ旅だが、あのおっ死んだケチな商人から金巻き上げれてねェから仕方ねェ。金がねェと食いもンは愚か、女も買えねェからな。
それに――あァチクショウ、考えるのは苦手なんだくそ野郎。
王都が見えたってことは、もうすぐこの仕事が終わるってことだ。つまり、次の仕事を探さずにこのまま公爵家で護衛を続けるか、それとも別口で探すか、腹を決めなきゃなンねェってわけだ。
オルガはさっさと公爵家の護衛を引き受けやがった。色々と厄介事の臭いしかしねェってのに、真面目な奴ってのはこれだから七面倒臭ェ。
途中の街であったあの黒いローブの男、あれァ裏稼業の奴だ。身のこなしからして、ヤベェ奴だって臭いがプンプンしてやがった。嬢ちゃんに目ェつけてンだってことも明らかだった。嬢ちゃんの背後でわざと殺気を発して、その直後に前方へ移動、そこから殺意を消して標的に接触――どう贔屓目に見たって玄人の技だ。殺意を全く感じさせずに顔色一つ変えずに相手を殺せる奴ってのが、この世界にはいる。あの黒いローブの野郎は、完全にそっちの人間だった。
「その先の辻で停めてよ、あたし降りるから」
魔導士の声が馬車の中から聞こえる。屋敷よりもだいぶ遠い場所だ。何か用でもあンのかと思いきや、赤毛の女は雇われだったらしい。そういや、そんなことも言ってたか? その割にはやたら嬢ちゃんに親身だったなコイツ、そういうタイプにゃ見えなかったが――なんて思っていたら、女はローブの下から俺の顔を見てにやりと笑いやがった。気持ち悪ィ。二度と会いたくねェ。俺は口をへの字に曲げて馬車を出す。
だけどよ、ペトラの気持ちも分からなくはねェんだよな――と思ったのは、公爵家の屋敷が遠くに見えた頃だった。
俺もそうだから良く分かる。ペトラは貴族連中もひっくるめて、豚みてェな体を金ぴかに飾り立てて、ふんぞり返ってる連中が吐き気するほど嫌いなタイプだ。そんなあの女が、公爵家とはいえあの嬢ちゃんに肩入れする気持ちは分からなくもねェ。傭兵だろうが使用人だろうが、嬢ちゃんは隔てなく付き合ってくれる。貴族連中に対してもそうだ。嬢ちゃんは区別はするが差別はしねェ。
そういう相手ってのァなかなかいねェのも事実だ。
俺みてェな傭兵稼業をやってると、貴族だろうが商人だろうが、道端で死んで干からびたコオロギみてェな扱いしかしねェ奴がゴロゴロいる。はした金で俺たちが命を懸けて守ってくれると当然のように考えてる野郎は一遍死んだ方が良い。死んだら生き返れねェけどな。そんなことは俺も良く知ってる。
だが――だからこそ、面倒事の臭いがする以上に、この嬢ちゃんの護衛って仕事には魅力がある。
馬鹿にされねェ、そして何よりも金払いが良い――またとねェ仕事だ。この仕事を蹴ったからといって、次に割の良い仕事があるとは限らねェ。
傭兵稼業ってのァその日暮らしだ、金さえ積めば薄汚ェ野郎の靴を舐めることぐれェする仕事だ。だが、好き好んでそんな仕事をしたがる奴がいるわけはねェ――そういう趣味の奴でもねェ限りは。そして俺には、そんな趣味はねェ。
あぁチクショウ、頭が痛くなって来やがった。だから言っただろ、俺ァ頭を使う仕事は苦手なんだ。そういうのはオルガの仕事だ、妙に頭の切れる奴なら直ぐに答えも出せるだろ。
それに俺は知っている。こういう場合、悩んで出した答えに碌な結果はついて来ねェ。
――悩みに悩んだ挙句、単なるスライム駆除の仕事が最高難易度の魔物討伐にすげ変わったり、護衛のはずが雇い主に殺されそうになったり、まァ、何となく嫌だけど割が良いから引き受けっか、みたいな仕事は完全に貧乏くじだった。
今回の仕事も貧乏くじだろ、って感じしかしねェが、不思議とあの嫌な感じはしねェ。ただ面倒だ、厄介だ、七面倒だ、ってェ気持ちしかねェ。
「ジルド」
オルガが俺に声を掛けてきやがった。んだよ、珍しく頭使ってんだ邪魔すんじゃねえ。
その気持ちを込めて睨みつければ、こいつはムカつく顔で俺を意味深に見た。何もかも分かってるって言いそうなその胡散臭ェ目つきをヤメロ。
「引き受けるんだろう。これから一年程度か。引き続き、宜しく頼む」
「――――まだ引き受けるとは言ってねェよ」
自分でも驚くほど不満そうな声が出た。だがオルガは気にしちゃいねェ。
俺は大きく溜息を吐いて、頭をぐしゃりと掻き回す。
気に入らねェ。ムカつく。強い酒でも飲まねェとやってらんねェ。屋敷にポチーンかスピリタスねェかな――さすがにねェか。
そこまで考えて、俺は思わず肩を落とした。
きっと、もう少し先――屋敷について馬車を止め、屋敷の中に案内された後。俺は、あの嬢ちゃんが寄越すだろう契約書にサインをしているのだろう。
ちなみに、なぜかスピリタスが屋敷にあった。誰が飲んでるのか知らねぇし、知ったら面倒なことになる気がして、俺は誰のモンかは訊かずに、こっそり拝借することにした。
8-7