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悪役令嬢はしゃべりません  作者: 由畝 啓
第一部 悪役令嬢はしゃべりません
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59. 帰還への道 2


久方振りに祖母に会いに行くことにしたリリアナ・アレクサンドラ・クラークは、マリアンヌに命じて準備を整えた。転移の術を使えば一瞬だが、祖母と会うのであればきちんと準備を整え、正式な訪問としなければならなかった。リリアナは殆ど祖母との交流はなかったが、厳格な人物であったという記憶はある。


(お祖母様の情報が全くございませんもの、少し困りますわ)


リリアナは憂鬱な溜息を吐く。祖母に関してリリアナが知っていることは殆どない。乙女ゲームに出て来る人物であればある程度見当はつくし、現実と違えばその点を勘案すれば良いだけだ。社交界に出ている人物であれば、呪術の鼠を使ってある程度の情報は集められる。

しかし、祖母バーバラは祖父の死後社交界から身を引き、領地の片隅で悠々自適な隠居生活送っていた。リリアナも、その後バーバラが何かしら重要な役割を果たすとは全く想定していなかったから、情報を集めていない。


(きちんと向き合っておけばよろしゅうございましたわね)


祖母バーバラと向き合うと、どうしてもリリアナは自分と家族との関係性を見つめ直すことになる。

リリアナは幼い頃から、母ベリンダとの関係が良かったことは一切ない。ベリンダはリリアナのことを酷く嫌い、遠ざけていた。その苛烈さは寧ろ憎んでいるのではないかと思えるほどだ。

しかし、父エイブラムの死後、ベリンダは心を病んだとして領地の端に幽閉されている。その手筈を整えたのはクライドだ。リリアナは関わっていなかったが、もしかしたらそれに関してはクライドと祖母バーバラの間で何かしら話し合いがあったのかもしれない。


(悲しいとも、辛いとも思いませんでしたけれど)


リリアナは眉根を寄せる。リリアナにしてみれば、幼い頃から家族の誰も側に居らず、そして出会った時には母から睨まれ罵詈雑言を浴びせられるという状況が普通だった。父には無視をされ、しかし王太子妃となるよう期待だけは掛けられる。優しいのは兄だけだが、その兄もリリアナを腫れ物に触れるような扱いをしていた。使用人たちも、彼らの本分を守って必要以上にリリアナと関わろうとしない。マリアンヌだけは寄り添おうとしてくれていたが、それでも限度はあった。


傷ついてなどいないと思っていたが、ただそれは考えないようにしていただけだ。そしてリリアナの心が壊れなかったのは、皮肉にも父エイブラムが施した感情を封印する術式だった。お陰でリリアナは必要以上に心を動かすことなく、淡々と日々を生きて来られた。


(随分と、術式も壊れているようですわ)


しくしくと胸が痛むような気がするのは、きっと長年積み重なって来た、見て見ぬふりをして来た過去の感情だ。泣いたり喚いたりするようなことはないが、確かに胸の痛みは存在していた。


(あまり心を動かすようなことはしたくないのですけれど)


父エイブラムが残していた手記や、何者かが書き記していた研究成果のどこにも書かれていなかった。だが実感として、リリアナは自分の感情が揺れ動く度、体内に宿った闇の力が不安定になっていることに気が付いていた。特に憤怒、悲哀、絶望といった負の感情を覚えれば、闇の力は強大になっていく。これが過ぎれば自分の心は壊れ、亡父エイブラムが企図していたように魔王のような存在になるのだろう。

そして恐らく――否、ほぼ間違いなく乙女ゲームの悪役令嬢(リリアナ)は、感情の制御が崩れ闇の力に飲み込まれたのだろうと、今なら確信を持てる。


だが、今のリリアナはその運命に抗っているのだ。ライリーを筆頭とした、乙女ゲームでは攻略対象として物語で描かれていた彼らも、ヒロインであったエミリアと共に封印具を探す旅に出ている。

彼らのことを思えば一層心が不安定になり悪夢を見るから考えないようにしているが、いずれにしても、乙女ゲームと一部では重なりながらも違う未来に至るような道筋を描いているはずだった。


「迷わず進むしかございませんわ」


どうにか自分を奮い立たせていると、部屋の扉が開かれた。入室の許可を求める声はマリアンヌのものだ。リリアナが返事をすると、旅支度を整えたマリアンヌが扉を開けた。


「リリアナ様、準備が整いました」

「そう。ありがとう」


リリアナは礼を言う。マリアンヌが手にしていた上着を羽織り、外に出る。それほど大所帯ではないが、公爵家の令嬢が移動するとなると護衛や荷物も含めてそれなりの人数になってしまう。

これまでは秘密裏に動くことが多く、転移の術に頼って一人で色々なことをこなして来たリリアナにとっては、小回りが効き辛く面倒臭い。しかしきちんと順序を踏んでおかなければ、バーバラの叱責が飛ぶだろうことはほぼ間違いがなかった。


「できるだけ、急いで頂戴」


静かにリリアナが告げれば、マリアンヌが御者に告げる。多少無茶をして貰うことになるかもしれないが、ライリーたちが戻って来る前にある程度片をつけておきたかった。



*****



皇女イーディス・ダーラ・ユナカイティスの一行は、随行する侍女や使用人、護衛を含めて相当な人数になる。そのため数人増えたり減ったりしたところで、傍から見る分には分からない。特に増えた人員がイーディスの護衛兼側近でもあるニクラス・パウマンと親しいと見れば、誰一人として異を唱える者はなかった。


「皇女殿下が通られる検問所は、一般の検問所とは異なります」


馬に揺られながら、ライリーたちはニクラスの説明を聞く。ニクラスによると、専用の検問所があるのは皇族だけだそうだ。恐らくヴェルクが皇帝との争いに負けた時、取り決められた特殊措置なのだろうとライリーは見当をつけた。


「一般の検問所では、貴族も平民も同様に、随行者含めて確認されます。しかしながら皇族は免除されるのです。こちらの申請をほぼ丸飲みで、詳細を確認されることもほぼありません」

「往路と復路で人数が変わっていても問題ないのでしょうか」

「あまり大きく変わったようであれば気にされますが、そうでなければ問題ありませんよ」


十人しかいない場所に七人増えれば目立つが、イーディスの一行は相当人数が居る。そこで七人増えたところで違和感を持たれることはないと、ニクラスは平然としていた。

オースティンとクライド、ライリー、二人の護衛は護衛に紛れ、エミリアは侍女に扮し、ベラスタは衣装を積み込んだ荷馬車に隠れている。多少の緊張はあったものの、一行は着実に歩みを進めて検問所に辿り着いた。

確かにライリーたちがヴェルクに入る時に通った門の検問所とは異なり、立派な佇まいだ。どちらかというと、門ではなく小さいものの豪奢な家といった方が相応しい。しかし一行は中に入るわけではなく、大きなアーチ状の門を通るようだ。豪奢な家という表現が適切なように見えるが、その実足元は地面のままであり、一般的な城壁の門を大きくして飾り立てただけである。


検問所の人間と相対するのはニクラスの仕事らしく、彼は一人馬首を返して控えていた役人に近づいた。


「イーディス・ダーラ・ユナカイティス皇女殿下の御一行である。書類はこちらに」

「御意」


役人は恭しくニクラスから書類を受け取り、中を確認する。書類から顔を上げた役人は、鋭く一行を見渡した。何かを探すような素振りに、視界の端で様子を観察していたライリーたちの緊張が高まる。しかしニクラスは完全に落ち着いた様子で、一切の動揺を見せていなかった。


「人数に変動はありましたか?」


確認したくとも、数が多すぎて一瞬では把握できないのだろう。役人がニクラスに尋ねる。ニクラスはしれっと答えた。


「いいえ、当初通りですよ」

「――左様ですか。少々お待ちください」


目を細めた役人はそう言って、背後にある扉を叩いた。すると扉が開き、一人の男が出て来る。ニクラスだけでなくライリーはその人物に見覚えがあった。北連合国の外交官オルヴァー・オーケセンだ。どうやらヘルツベルク大公は、イーディスがライリーたちを匿っている可能性を捨てていなかったらしい。

何事か役人に囁かれたオルヴァーは、真剣な表情で一行を見回した。その途中でライリーと目が合うが、オルヴァーの目は他人を見るように素っ気なく、そしてあっさりと素通りする。

それを二度ほど繰り返して、オルヴァーは首を横に振った。

役人は納得したように頷いた後、書類二枚に署名した。そして一方をニクラスに手渡す。


「それでは皇都までお気をつけて」

「どうも」


紙を預かったニクラスは簡単に挨拶を交わすと、再び一行に戻った。そしてゆっくりと一行は進みだす。

もしかしたら、役人は何かしらの連絡を受けていたのかもしれない。そして、自分で異変が見つからない時はオルヴァーに確認を取るようヘルツベルク大公に命じられていた。

しかし本人は異変を感じられず、そしてオルヴァーもまた捜索対象が居ないと判断を下した。つまりイーディス皇女は大公が探している人物を匿っていないと判断され、その身は潔白のままヴェルクを離れることが出来た。

ライリーたちも、その居場所が判明しない限りヘルツベルク大公に追われることはないだろう。


とはいえ、しばらくイーディスたちと行動を共にする必要はある。彼らが出た検問所は皇都に続く街道に設置されたものであり、本来ライリーたちが通る予定だった検問所とは正反対だ。ヴェルクは広く、通る検問所が違えば別の街道に戻ることはできない。

そのため、ライリーたちは暫く皇都に向かって進んだ後、分かれ道を通ってスリベグランディア王国に戻る予定だった。時間は掛かってしまうが、確実にヴェルクを出ることのほうが重要だったためやむを得ない犠牲だ。


ヴェルクの検問所を無事に抜けて街道を進む。振り返ってヴェルクの街が小さくなったところで、ようやくライリーは肩から力を抜いた。それに気が付いたオースティンが声を掛けて来る。


「どうにか一難は去ったな」

「そうだね。考えていたのとは違う理由で彼に追われることになって焦ったけど」

「違いない」


オースティンは苦笑する。傍に居たクライドも失笑していた。

元々彼らは、ヘルツベルク大公に追われるのは破魔の剣をすり替えたことに気が付かれ、ライリーたちが犯人だと特定された場合にのみ、追われることになるだろうと予想していた。だがベラスタの力も借りた偽の剣は完成度が高く、滅多なことではすり替えに気が付かれないはずだった。

実際に、ヘルツベルク大公は未だに愛剣がすり替えられたと気が付いていない。もし気が付いた場合は、秘密裏にローランドから知らせが来る手筈になっていた。


しかし、結果的にライリーたちはヘルツベルク大公に追われる身となった。それも全て、大公がライリーたちの腕を見込んで自分の配下にしたいと目論んだからだ。さすがにそれは、ライリーたちにとって予想だにしない出来事だった。


「一つ幸いだったのは、お陰で向こうが私たちを殺そうとして来なかったことだね」

「そうだな。ある意味助かったのは確かだ。反撃しにくかったが、でも結構な戦力だったからなあ」


殺しにかかって来られていたら、ライリーたちも無傷では居られなかったに違いない。ベラスタの術を使ったとしても、無事に逃れられたかどうかは定かではなかった。

しかし、大公とその配下との戦いはライリーたちにとって良い収穫でもあった。特にオースティンは目を輝かせている。


「上には上がいるって分かったからな。俺、もっと鍛錬することにするよ」

「そうですね、私も文官ではありますが――鍛えるに越したことはありません」

「――お前が鍛えたら、御婦人方が泣くぞ」


クライドもオースティンと似た感想を抱いたようだが、オースティンは意地悪くにやにやと笑う。しかしクライドは頓着しなかった。


「そうでもありませんよ。どのみち体質的に、私の体は筋肉が太くはなりませんから」

「そうかよ」


しれっと真正面から返された言葉に、オースティンが不服そうな表情で唇を尖らせる。その様子を見たライリーは、とても久しぶりに本心からの笑みを零した。



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