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悪役令嬢はしゃべりません  作者: 由畝 啓
第一部 悪役令嬢はしゃべりません
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58. 未来への一手 6


オルヴァー・オーケセンとニクラスが部屋を出た後、ライリーは暫く部屋で待機することになった。隠し部屋に行くには特定の人物の案内が必要らしい。敵が隠し部屋を見つけられないように、隠し部屋に至る棚や通路には魔術陣が仕掛けられ、予め登録された魔力の持ち主しか入れないようになっていた。


ユナティアン皇国では当たり前の魔道具なのだろうかと考えながら、ライリーは立ち上がって室内を見て回る。ライリーがオルヴァー・オーケセンと会見をした部屋は図書室なのか執務室なのか、壁には沿って置かれた本棚には本が並べられていた。さすが皇族が滞在する屋敷なだけあり、書物の種類は多岐に渡っていた。ただ量はスリベグランディア王国の王宮図書館よりは少ない。


時折興味深い書物を手に取って読んでいると、やがてニクラスがやって来た。顔を上げたライリーは、その時手にしていた本を書棚に戻してニクラスに近づく。


「本を読まれていたのですか」


そこでライリーはおや、と内心首を傾げた。元々ニクラス・パウマンは淡々と職務をこなす性質に見えていた。ライリーたちに声を掛けてこの屋敷に連れて来たのはイーディスの指示に従ってのことであり、本人の意思は関係ない。しかし、ニクラスはその中でもライリーたちを煩わしいものとして認識している節があった。

しかし、今のニクラスは多少、警戒や忌避感というものが薄れているように見える。何かあったのかもしれないが、問うたところで納得のいく答えは得られないだろう。そう判断し、ライリーは頷いた。


「ここには面白い本がたくさんあるね」

「それは宜しゅうございました」


ニクラスは頷く。そのまま隠し部屋に戻るのかと思っていたが、ニクラスは更に尋ねた。


「何か気になる書物でも?」

「ヴェルクの歴史に関する書物は面白く読ませて貰ったよ。元々は酷く貧しい都市だったとは思わなかった」

「ああ、そうですね。確かに何の特産物もなく枯れ果てた土地だと聞いています。それを初代ヴェルク当主が発展の礎を作ったのだとか」


どうやらニクラスはヴェルクの成り立ちにも詳しいらしい。確かにヴェルクは若い都市だ。ニクラスはまだ若く、ヴェルク成立の頃はまだ生まれていないはずだ。だが、親や祖父母世代から噂程度に聞いたことがあるのかもしれない。


「短い間に皇国第二の都市と呼ばれるまでになったのだから、その努力は血のにじむようなものだっただろうね」

「そうですね。無事今の形を得るまでには多くの血が流れたと言います。正史には出て来ませんが」


正史と言いながら、ニクラスの目は先ほどライリーが書棚に戻した本に向けられていた。確かについ今し方までライリーが読んでいた本には血生臭い争いについては描かれていない。初代ヴェルク領主は皇帝を脅かすほどの魅力(カリスマ性)に溢れていたが、ユナティアン皇国皇帝の民を思う心に打たれ膝を折ったという記述で全てが治められている。


「つまり、ユナティアン皇国との間で独立戦争があったと言う話かな?」

「――そうです」


まさかライリーが真実を言い当てるとは思わなかったのか、ニクラスは目を瞠った。だが考えれば簡単なことだ。どこの国も、正史に敗者の言い分が描かれることはない。ほとんどの場合、勝者の視点から勝者の正論が描かれる。そして敗者は悪として歴史の闇に葬られるのだ。

その点、ヴェルクの正史は非常に分かりやすかった。ヴェルク初代領主の魅力的な側面が描かれていたということは、当時のヴェルクが皇帝と同等に近い力を持っていたことが推測できる。仮に皇帝側の戦力が圧倒的に大きければ、正史にヴェルク初代領主の魅力を記すことは出来なかったに違いない。

ヴェルクが皇帝に負けた後も、初代ヴェルク領主は様々な利権を護るため強く交渉できたと考えられる。そうでなければ、皇帝の強権の元にヴェルクの正史はより皇帝に都合よく書き換えられていたことだろう。


ニクラスの反応を面白く思っていたライリーは、ふと今以上に良い機会ではないかと思い至った。話しの流れとしても不自然ではないはずだし、ニクラスならば知っているかもしれない。


「その時に我が国が関係していたという噂は?」


今度こそ、ライリーの言葉にニクラスは絶句した。ヴェルクの歴史書には、スリベグランディア王国の名前は一切出て来ない。しかしヴェルク初代領主がヴェルクを統治し始めた時期から、ライリーは一つの可能性を思い付いていた。

しばらく言葉を失っていたニクラスは、ようやく落ち着きを取り戻すと、低く問うた。


「噂程度ですが、皇帝がスリベグランディア王国の力を借りたという話は聞いたことがあります。しかし何故そう思われたのですか?」

「時期が、二十八年前だったからかな」


ライリーの言葉にニクラスは首を傾げる。ライリーの答えはニクラスの範疇外からだったからだろう。

二十八年前といえば、スリベグランディア王国では政変の前触れとなる内乱が起こり始めた頃だった。不穏な雰囲気が国中に満ち溢れ、その後はチェノウェス侯爵家を筆頭とした反政府勢力が反旗を翻した。

これまでずっとライリーが不思議だったのは、荒れに荒れ果てたスリベグランディア王国の政変の時、何故ユナティアン皇国が王国を侵略しようとしなかったのか、ということだった。だがヴェルクが一つの鍵だと考えると、ある程度説明ができる。


まだ政変が起こると知らないスリベグランディア王国がヴェルク平定のため皇帝に力を貸し、そしてその見返りとして皇帝は、王国が政変で荒れ果てる間、侵略論を唱える重鎮を抑えつける。もしかしたら加えて王国が反乱軍を鎮圧できるよう、秘密裏に戦力を送ったかもしれない。その中に、チェノウェス侯爵家から破魔の剣を奪った者が紛れ込んでいたとすれば、それは王国内の裏切りが理由ではなくユナティアン皇国の皇帝から密命を受けての可能性もあり得る。


しかし、今となっては真実を確かめることは難しいだろう。関係者の大半は死に、生きている者も真実を口にすることはないに違いない。


代わりに、ライリーは何気ない口調を装ってニクラスに尋ねた。


「それが本当なら、ヴェルクには未だにスリベグランディア王国の関係者が暮らしていた屋敷も残っているのかな?」

「……残っていますよ」


諦めたように、ニクラスは肩を竦める。そして、あっさりと口を割った。


「この屋敷もそうです。所々に王国由来の意匠が残っていますよ。それからヘルツベルク大公閣下の御屋敷も、王国の貴族が使っていたと聞きました。ただその後ヴェルクは、他国の貴族に税を課すようになりましたからね。早々に退散した者が大半です。まぁ、閣下は元々あの屋敷を得るつもりで、建設の時から色々と口を出していたようですが」

「元から?」

「はい。何かしらの取引があったようです。その詳細は調べても出て来ませんでした。契約書をそもそも交わしていないか、もしくは原本が王国貴族の方に保管されているか――」


そのどちらかでしょうと、ニクラスは言う。

ニクラスの話しぶりを聞いていると、どうやら彼はヘルツベルク大公の前に住んでいた人物の正体を知らないらしい。だが、少し話しただけでもニクラスが優秀だということは分かる。その彼が相手を掴めないとなれば、端からその人物は徹底的に自分の存在が認識されないように振る舞っていたのだろう。

もしかしたら、ヘルツベルク大公自体が目晦ましだった可能性もある。

取り敢えず、ライリーは今一度ニクラスに確認してみることにした。


「ヘルツベルク大公の前にあの屋敷に住んでいた人物を知っている?」

「残念ながら、全く分かりません。探ってみましたが、どうやら魔術や呪術に非常に詳しい人物だということだけは分かりました。あの屋敷には色々な仕掛けが施されていましたが、その大半は私も見たことのないものでした」


ああ、ただし、とニクラスは言う。


「使っていた偽名だけは分かりましたよ。調べましたが、王国の貴族の中でそのような名前の者はいませんでしたから――偽名でしょうが」

「偽名、か。参考までに聞かせて貰っても?」

「勿論です」


ニクラスは頷く。良く聞くと、ニクラスは貴族だけでなく、貴族の屋敷で働くある程度地位のある者――即ち執事や家宰の名前も調べたようだ。さすがに全部は無理だったようだが、主だった貴族に関しては調査を終えているという。


「男は名前をフィリップと名乗っていたようです。しかし当時、どこにもフィリップという男は存在していませんでした」


ライリーの眉がぴくりと動く。

年齢を考えればあり得ない。その上、フィリップという名前はありふれている。


しかしヘルツベルク大公の屋敷で見つけたのはクラーク公爵家の紋章が刻まれた指輪だった。そして、他ならぬクラーク公爵家に連なる者で、フィリップと言う名をライリーは聞いたことがあった。



*****



その後、ライリーは隠し部屋に戻ることなく、隠し部屋から出て来たオースティンやクライドたちと共に客室で世話になることになった。ヴェルクを出る時にイーディス皇女の一行に紛れる予定だから、それまでは時間が余っている。

魔力枯渇からだいぶ回復したベラスタは喜々として魔術陣の製作に取り掛かっていた。遠慮なく大公たちに向け術を使ったことで、これまで解決できなかった幾つかの問題に対する解決策が見えたらしい。


「聞いてくれよ、これが上手くいけば術解除するまで半永続的に術が途切れないんだぜ!」

「うん、そうか。それは楽しみだね。でもその術に関しては、ここに居る私たちとベン・ドラコ以外には言ったらだめだよ」

「おう。あ、でもペトラとポールは良いだろ? それにタニアも開発当初から知ってるし」

「――そうか、そうだね。それならそれ以上の人間にはもう言ったら駄目だからね」

「分かってるって、兄貴にも口酸っぱく言われたし」


気楽な返答に、オースティンとクライドは本当に分かっているのかと頭を抱えている。

ベラスタのことを如才なく褒めながらも、そんな二人を見てライリーは苦笑した。ベラスタは子供のように振る舞いながら――実際に精神的には年相応だと思うが――その実、口は堅い。考えなしなところはあっても、他に漏らすなと言われたら忠実にその言いつけを護るだろう。その良い例が、リリアナの体に宿っている闇の魔力だった。他に漏らすのが不味いと判断したベラスタは、その事実をライリーにだけ告げて来たのだ。リリアナにとってはライリーにも言わないで欲しかったかもしれないが、ライリーにとってはベラスタに感謝したいところだった。


だがオースティンやクライドは、物言いたげな視線をライリーに向けて来る。二人の視線は雄弁だ。ベラスタが作ろうとしている魔術は明らかに悪用できる。何者かに悪用されないよう、ベラスタが術を完成させるより前に何らかの手立てを考えるべきだというのだろう。

勿論、ライリーもその懸念は既に思い付いていた。


「ベラスタ、その術に術者特定の機能は付与できる?」

「ん? ああ、できるぜ。つける?」

「そうだね、ぜひお願いしたい。一先ずはベラスタ、君だけで良いと思うよ」

「分かった」


手元の作業から顔を上げずに、ベラスタは答える。今更その程度で気分を害することはない。ライリーは穏やかに頷く。

オースティンやクライド、エミリアもライリーの言葉に反対はしなかった。ベラスタの思い付いた魔術は魔力の消費量が膨大だ。魔導石を大量に使ったとしても、使える人間は限られている。悪用しようと考えれば他者を大量に犠牲しても利用できるだろうが、そうでない場合、使える人間は居ないと言って良い。ここに居る面々も、例の魔術を使えば魔力枯渇で気絶したり死ぬ可能性がある。それを考えると、術者として登録する気にはならなかった。

一旦ベラスタが作っている魔道具についてはこれで良いだろうと、ライリーは視線をクライドに向けた。


「そういえばクライド、君のところにはフィリップという執事が居たよね」

「はい、居りますが――それが何か?」


突然ライリーから投げかけられた質問を受けて、クライドは若干面食らったように目を瞬かせている。ライリーは気にせず、更に問いを重ねた。


「彼は魔術を使えるのかな」

「いいえ、彼には魔力がありませんから」


普通、魔力がなければ魔術を使えるようにはならない。魔導石に魔力を込めてそれを利用すれば理論的には魔術を使えるが、本来は術者が持つ魔力を増幅させる目的のものである。つまり、魔力がない者は魔導石を使ったとしても魔術を使えるようにはならないのだ。


「そうか」


クライドはライリーの意図を量りかねているが、ライリーは構わなかった。深く考え込んでしまう。その様子を、オースティンとクライド、そしてエミリアは静かに見守っていた。




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