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悪役令嬢はしゃべりません  作者: 由畝 啓
第一部 悪役令嬢はしゃべりません
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58. 未来への一手 3


ニクラス・パウマンが隠し部屋を出て行った直後、クライドに抱えられて隠し部屋のソファーに寝かされたベラスタが身じろいだ。未だぐったりとした様子だが、意識が戻って来たらしい。

思ったよりも早い回復にライリーたちは驚いた。魔力が枯渇したのだから、目覚めるのは少なくとも一日以上経過してからになるはずだった。


「ベラスタ? 大丈夫なのか?」


思わずといった様子でオースティンが声を掛ける。ベラスタは起き上がるとして、すぐにその場に倒れ込んだ。まだ完全に復活したとまでは言えないようだ。


「うぅ……だいじょうぶ……」


掠れた声でどうにかベラスタは答える。しかしその声音は弱々しい。その様子を見ていたライリーは、苦笑を浮かべてベラスタに近づいた。


「まだ起きるとは思っていなかった。まだ半日も経っていないし、今は安全だから暫く休んだ方が良い」

「んー……だいじょうぶ、いつもどおり……」

「いつも通り?」


ライリーが気遣う言葉をかけるが、ベラスタは小さく首を振った。そしてベラスタの口から洩れた予想外の言葉に、ライリーだけでなくオースティンやクライド、エミリアも目を瞬かせる。不思議そうな顔をした仲間たちに、ぐったりとしたベラスタは先ほどよりは多少しっかりとした言葉で返事をした。

体力は戻らないようだが、意識は比較的早くはっきりするようだ。


「オレ、いつも……研究に没頭しすぎて、魔力使いすぎるから……だから回復は、ほかの人より、はやい――」


つまりベラスタは、魔術や魔術陣の研究に没頭するあまり、頻繁に魔力枯渇状態になるのだろう。通常であれば魔力が枯渇する状態は異常であり回復にも相応の時間が必要になるが、ベラスタは魔力が枯渇する状況に慣れてしまったため、目が覚めるのも人一倍早くなったに違いない。だが、そこに至るまでのことを考えれば、普段から無茶をしていると直ぐに分かる。

普段はそこまで表情を変えないライリーも、思わず呆れ顔になった。オースティンやクライドは隠す気もなく、そしてエミリアは誤魔化そうとして片手で口元を抑え空咳をした。


「ベン・ドラコ殿が心配するよ、きちんと自分の体調管理した方が良い。今回はベラスタのお陰で助かったけれど」


呆れ顔になりはしたものの、心配であることに変わりはない。ライリーが優しく告げると、ベラスタは小さく首を横に振った。


「兄貴も、通った道だって」


さすがにライリーも絶句する。その後ろでクライドは物も言えないという表情になり、オースティンは顔を覆った。


「――あの兄あればこの弟ありかよ」


オースティンが低く唸る。エミリアは口を開かなったが、同意するように一つ頷いた。

ベラスタもそうだが、ベン・ドラコも研究以外のことは全て蔑ろにしても没頭したいと考える性質だ。ベラスタが魔力枯渇で倒れたとしても、一般人ほど深刻にとらえることはないのだろう。


「それに、一旦目が覚めたら頭はだいぶはっきりするんだよ。だけど体は動かないから、暇っていうかなんていうか。やっぱり魔力が完全に戻るまでは研究もできないし」

「体は動かなくても口は動くのか」


段々と調子を取り戻して来たベラスタが小さな声ながらも言い募ると、ようやくクライドが溜息を吐きつつ皮肉を口にする。だが本心から嫌味を言っているというよりは、安堵から咄嗟に出た台詞のようだった。

そしてベラスタは、クライドの皮肉っぽい口調も全く意に介することなく、気軽な口調で「そうだよ~」と答えた。


「でさぁ、ずっと気になってたんだけど、オレのあの術ってどれくらい効力続いたか分かる? まだ続いてる?」


ベラスタははっきりと言わなかったが、彼の言う“あの術”がヘルツベルク大公たちを足止めした魔術であることは明らかだ。代表してベラスタに答えたのは、ライリーだった。


「一瞬ではないが、それほど長くもない。およそ半刻といったところかな」

「そっかぁ、やっぱり魔力だけだったらそれくらいかぁ。あとは魔術陣と呪術陣でどうにか時間を延ばせるか、だなあ」


多少間延びした口調で、ベラスタはぽやぽやと呟く。ライリーはその様子を眺めていたが、尋ねるならば今この時くらいだろうかと思い直し、質問を口にした。


「ベラスタ、あの術は一体何だったのかな? 一般的な魔導書には一切記載のないものに見えたけど」

「うん、だってオレが開発した術だもんよ。といっても、オレも一から思い付いたわけじゃなくて……魔物に襲われた時に、ローブの人が魔物固めてたの見て、再現しようとしただけなんだけど」

「ローブの人?」


クライドとオースティンが眉根を寄せる。エミリアもきょとんとしていた。しかし、以前ベラスタが王都近郊で発生した魔物襲撃(スタンピード)の時にローブを着た人物に助けられたという話を、聞いたことがある。そしてそのローブの人物が恐らくリリアナであろうことも、ライリーはベラスタから聞いていた。

ライリーは不思議そうな声を出したオースティンの言葉を遮るように、ベラスタへ質問を投げかけた。

オースティンもクライドも、ライリーと言い争ったあの日から表立ってリリアナを非難するようなことはない。だが、二人が心の底ではリリアナを信じ切っていないと、ライリーは気が付いていた。

その二人の前で、リリアナと超人的な魔術を結び付けたくはなかった。


「具体的にはどのような術なのかな、ベラスタ。君が発動した術は、氷漬けにするというより時を止める禁術のように見えたけれど」

「結果的には、そうなるかなあ」


ベラスタはソファーの上で僅かに身じろいだが、諦めたように力を抜いてクッションに沈み込む。


「でもさ、一応術式的には禁術にはかすってもないんだぜ」

「禁術ではない?」

「うん。だってあれ、風と水魔術でしか動いてねえもん。オレが倒れたのもさ、オレの適合魔術じゃない適性の魔術を無理矢理使ったからってのもあるし。そこが上手くいけば、きっと効果時間ももっと長かったと思うんだよ」


複合魔術という言葉に、オースティンとクライドたちは驚きながらも納得した表情を浮かべた。確かに複合魔術でなければ、あれほど高度な術式は使えないだろう。いずれにしても、ベラスタの使った魔術はこの世界の常識を覆すようなものだった。


「本当は水魔術だけで氷漬けにすれば行けるんじゃないかと思ったんだけど、それだと固まるだけで時間が止まったような感じにはならなくてさ。だから風魔術と組み合わせて――」


目を瞑って顔をクッションにぐりぐりと埋め込みながら、ベラスタが滔々と自分の作り上げた術式を語り始める。だが、この場所にはベラスタ以外に新規魔術の開発に興味のある者は居なかった。ライリーやオースティンは比較的興味を持つ性質ではあるものの、関心を向けられる魔術は実戦に特化している。ベラスタがヘルツベルク大公たちに向けて放った魔術のように、使った瞬間魔力枯渇で倒れてしまうような規模のものは現実的ではない。

それになにより、天才の名をほしいままにしているベラスタでさえ苦労した魔術を、自分たちが使えるようになるとは思えなかった。


しかしベラスタは半ば無意識に語っているようだ。本当に魔術が好きらしいと微笑ましい気持ちにもなるが、もしニクラス・パウマンが上手くやればそろそろヘルツベルク大公と行動を共にしているオルヴァー・オーケセンが来るはずである。彼の前で画期的な魔術の内容についてぺらぺらと話されては色々な意味で困る。

そのため、ライリーは少し考えてベラスタの頭に手で触れた。


「ベラスタ、目が覚めたとはいっても君は魔力枯渇で倒れたんだ。心身共に疲労しているのだから、ゆっくり休んだ方が良いよ――“おやすみ、坊や”」


落ち着かせるように言い聞かせれば、ベラスタは眉根を寄せる。それでも疲れを覚えていたのは本当なのか、ゆっくりと眠りに落ちた。

息を飲んでそのやり取りを眺めていたオースティンたちは、驚いたように目を瞠る。皆を代表して口を開いたのは、オースティンだった。ベラスタが起きないようにと気遣ってか、声を潜めている。


「――寝たのか?」

「ちょっとしたおまじないだよ」


ライリーはくすりと笑みを零した。魔術に似たようなものだが、通常の魔術よりも使っている魔力の量は遥かに少ない。だから魔術ではなく“おまじない”だ。

納得したオースティンは、どこか憐れみを滲ませてベラスタに目を向けた。


「子供っぽいと思ってたが、子供だったんだな」


今ライリーがベラスタに使った“おまじない”は、親がなかなか寝ない子供に対して良く使う。しかし大人になるにつれて、その“おまじない”は効果が出なくなる。つまり、あっさりと眠ってしまったベラスタは間違いなく子供と同類だった。


「あまり話し続けていても彼の体には良くないし――それに、そろそろだろう?」


ライリーはオースティンの呟きには取り合わず、そう言って肩を竦める。途端に、オースティンとクライドの体に緊張が走った。

もしオルヴァー・オーケセンが来るのであれば、もうじき隠し部屋へニクラスが呼びに来るはずだ。


「ライリー、もし呼びに来たら俺も行くからな」

「私だけで十分だよ」

「だが」

「オースティン。相手を脅す気はないんだ」


やんわりと、しかしライリーははっきりとオースティンの申し出を拒絶する。オースティンだけでなくクライドも眉を寄せたが、ライリーは引く気はなかった。

オースティンたちがライリーに危険が迫るのではないかと心配していることは分かっている。だが、オルヴァー・オーケセンとの交渉では何を手札として示すことになるか、分からない。

リリアナがライリーの味方であるとオースティンたちが一切疑っていない時であればともかく、少しでも彼らの疑いを深めるような情報は耳に入れさせたくなかった。


オルヴァー・オーケセンの同胞かもしれないジルドは、リリアナの護衛だ。そこから導き出される可能性の中には、リリアナへの疑惑を決定付けるものが幾つかある。最悪を想定すれば、リリアナが皇国と繋がっているのではないかと疑う可能性もあるだろう。


しかし、全てを詳らかに打ち明けないライリーの態度にオースティンが納得できるわけがない。反論しようと口を開いた時、扉が叩かれる。緊張が部屋に満ちたが、一拍置いて室内に入って来たのはニクラス・パウマンだった。

ニクラス・パウマンはライリーを真っ直ぐに見つめる。


「オルヴァー・オーケセンを別室へとお連れしましたが、お会いになられますか?」


勿論、断る理由はない。ライリーはさっさと歩いてニクラスに近づいた。


「ああ、案内してくれ」


ニクラスは頷く。誰も連れようとしないライリーに訝し気な視線を向けたが、ライリーはにこりと微笑んでみせた。


「ライリー!」


背後でオースティンが叫ぶ。しかし、肩越しに幼馴染を振り返ったライリーは穏やかに告げた。


「ここで待っていてくれ。すぐに戻る」


それでもオースティンは諦めなかった。彼にも近衛騎士としての責務と矜持がある。どれほどライリーが拒否しようと、彼の身を護るのは自分の役目だと思っていた。

だが、一歩遅い。オースティンの動きを予想していたように、ニクラスを促したライリーはさっさと部屋を出て行く。ニクラスが後ろ手に閉めた扉は、オースティンとライリーを隔てた。


「――っ!」


オースティンは歯を食いしばる。扉を閉める瞬間、ニクラスの冷たい視線がオースティンを一瞥した。その双眸がオースティンを嘲笑しているように見えて、咄嗟に扉に手を掛ける。しかしがっちりと鍵が閉められた扉が開くことはない。


「なに――?」


何故だと、オースティンは瞠目する。鍵を閉めた音は聞こえなかった。それにも関わらず、扉は開かない。動揺するオースティンを見て違和感を覚えたクライドは、咄嗟にエミリアと顔を見合わせて扉の方に近づいて行った。


「どうした、オースティン」

「いや――鍵が」

「鍵?」


不穏な台詞に、クライドの表情も険しくなる。オースティンの代わりに取っ手に手を掛けたクライドも、また顔色を変えた。


「閉じ込められたのか?」

「そうとしか思えないだろう」


クライドが零した言葉にオースティンも同意する。二人の言葉を聞いたエミリアは、顔色を変えた。だが、現状ではどうすることもできない。護衛二人も戦いには特化しているが密室から脱出する術など知らず、そして魔術に秀でたベラスタは魔力枯渇で眠り込んだままだ。


「――本当に、イーディス皇女殿下は信頼できるのか?」


低い声で、クライドが誰に向けるともなく呟く。ふと生じた疑惑は、不安を彼らの胸に刻み込んだ。



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