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悪役令嬢はしゃべりません  作者: 由畝 啓
第一部 悪役令嬢はしゃべりません
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58. 未来への一手 2


壁から離れたニクラス・パウマンが、イーディスの斜め後ろに立つ。彼はライリーに推し量るような目を向けた。一体何を考えているのか、ライリーの考えがイーディスを苦境に立たせるのではないかと疑っている様子だ。

ライリーは僅かに苦笑を浮かべ、視線をニクラスに向ける。ニクラスが動いたことに気が付いたイーディスが振り返るが、ニクラスはイーディスには一瞥もくれない。そして彼はライリーに問うた。


「失礼ながら、発言の御許可を頂いても?」

「勿論、構わないよ」


ニクラスは慇懃無礼に尋ねる。一応の礼儀は保っているものの、ライリーを敬っていないことは明らかだった。

それでもライリーは気にした様子がない。クライドは僅かに眉根を寄せたが、ライリーが許しているのに口を挟むわけにもいかないと、口を噤んでいた。


「オルヴァー・オーケセンを引き離すことは不可能ではないでしょう。ただし少々手間がかかります。それに下手をすれば、大公閣下が皇女殿下に疑いを抱きかねない。従者としてそれは許すことは出来かねますが――オルヴァー・オーケセンを引き離し、一体何をなさるおつもりでしょうか」


鋭い眼光を、ライリーは一身に受ける。視線だけで人を殺せそうなほどだったが、ライリーは全く動じなかった。ニクラスがイーディスの身を心配していることは明らかだ。


「オルヴァー・オーケセンと直接話をしたい。彼は私たちが変装しても見破れる。彼が大公に協力をする限り、無事にヴェルクから出られる可能性は低いと考えている」

「――直接話をして、間違いなく彼を味方に引き入れられる確信がおありですか」


本当にそんな自信があるのかと、ニクラスは訝し気だ。黙ってニクラスとライリーのやり取りを見守っていらイーディスも心配そうな表情だ。

クライドとエミリアは態度を変えていなかったが、どことなく不安そうだ。それでもライリーが根拠のないことを言うはずがないと信じているのだろう。そしてオースティンは、真剣な表情のまま無言を貫く。


ライリーは全く動じた様子を見せない。はっきりと言うつもりはないが、ライリーにはある程度の勝算があった。あくまでも推測でしかないが、もしオルヴァー・オーケセンがジルドの同族であるならば、可能性は高まる。


「可能性はあると思っています」


にこやかに答えたライリーを見て、ニクラスは訝し気に眉根を寄せた。一体何をするつもりなのかと問うような視線を向けて来るが、ライリーは答えない。更に試すように、ニクラスが告げる。


「彼は一筋縄ではいかない男です」

「それは、話甲斐がありそうですね」


平然とした態度に、ニクラスは眉間の皺を深めてとうとう溜息を吐いた。ライリーに譲る気がないと悟ったのだろう。ライリーの気を変えさせることもできないと理解した彼は、視線をイーディスに向ける。心配そうなイーディスの目と彼の目が合う。

そもそも隣国の王太子に正面切って意見できるほど、ニクラスの身分は高くない。今のように話を自由にさせてくれるだけでも、ライリーの心の広さが分かる。


「皇女殿下」

「ニクラス、王太子殿下の仰る通りにしてちょうだい」

「――承知いたしました」


イーディスの言葉に、ニクラスは頷く。若干渋々といった様子だったが、イーディスに命じられたからにはオルヴァーをヘルツベルク大公から引き離すよう動いてくれるだろう。

ライリーはイーディスに感謝の目を向けた。イーディスはにこりと微笑む。そして彼女が口を開こうとした時、部屋の扉が叩かれる音がした。

直ぐにニクラスが反応し扉を僅かに開ける。扉の外は良く見えなかったが、ライリーたちにも垣間見えたニクラスに耳打ちする侍従は酷く慌てふためいているように見えた。


ニクラスは侍従に何事か耳打ちすると、扉を閉めてイーディスたちに向き直った。


「――大公閣下がいらしたようです」


イーディスは息を飲む。ライリーたちも、緊張を隠せなかった。

ヘルツベルク大公とその部下は、ベラスタの魔術によって足止めされていたはずだ。だが、早々に魔術が切れたか、もしくは仲間の魔導士に助けられたかだろう。


しかし、ぼうっとしている暇はない。イーディスはニクラスに目配せした。ニクラスは素早く壁に沿うようにして置かれている書棚に近づく。そして一部を操作して、棚を動かした。壁があるはずの場所にはぽっかりと穴が空いている。

皇族の屋敷に隠し部屋や通路がないはずがない。ニクラスに先導され、ライリーたちは足早に隠し部屋へと向かった。



*****



コンラート・ヘルツベルク大公は、苛立っていた。闇闘技場に騎士隊が乱入して以降、自分の思い通りにならないことばかりだ。

せっかく魔力で個人を特定できるというオルヴァー・オーケセンの力を借りて変装を解いた標的を見つけたというのに、標的二人の仲間は大公の予想を上回る能力を持っていた。

年齢の割に尋常ではない剣術に体力、そして魔力量。大きな魔力が襲って来たと思い、気が付けば既に目の前から標的たちは消えていた。


全員を捕らえ戦力として配下に置きたいが、全員を連れ帰るのは難しいかもしれない。もしあの中から選ぶとしたら一体誰にすべきかと思案しながら、大公は豪奢な屋敷に乗り込んだ。

現在自分がいる屋敷が誰の持ち物か、知らないわけはない。皇女イーディス・ダーラ・ユナカイティス――ヘルツベルク大公の姪だ。赤い髪に赤い瞳で可愛らしいと評判の“姫君”だが、大公にとっては毒にも薬にもならない相手だった。常に浅慮で何も考えておらず、夢想の世界に生きている少女だ。皇帝の掌中の珠と呼ばれているものの、それは即ち人ですらないという意味だった。


大公にとっては路傍の石と変わらない。ただ可愛らしい顔でころころと笑いながら自分の話を聞くものだから、適当に自慢話をしたくなった時、偶々側に居れば乞われるままに話をしてやっていた。

だが、もし彼が狙っている得物たちを匿っているのであれば、認識を改めなければならない。闇闘技場で手合わせしたラースやその仲間を差し出すのであればこれまで通り可愛がってやるが、もし大公に反発して隠そうとするのであれば、容赦してやるつもりは毛頭なかった。


「本当にここだろうな?」

「可能性は高いと思いますが、確証はありません。ここに居なければ周囲にある他の屋敷を虱潰しに当たるしかありません」


玄関先で取次ぎを待っている間に、ヘルツベルク大公は隣に立つ男に尋ねる。大公よりも華奢で筋肉もそれほどついていない体躯をしているにも関わらず、オルヴァー・オーケセンという男は一切ヘルツベルク大公に怯えを見せなかった。

それでも、皇国の後ろ盾を得るためには大公に協力を願い出ることが最善だと判断しているのだろう。それは間違っていないが、しかし大公も何の見返りもなくオルヴァーに協力する気はなかった。


オルヴァー・オーケセンは“北の移民”の出身国である北連合国の外交官だと言う。その事実は、大公にとっては朗報だった。


全てではないが、一部の“北の移民”が非常に優れた身体能力を有していることは間違いがない。闇闘技場で優秀な戦闘員を探していた大公はその事実に気が付き、“北の移民”ばかりを集めた戦闘部隊を作り上げた。それでも“北の移民”たちは大公の命令に服従しない。魔術で洗脳しようとしても、何故か彼らに魔術は効かなかった。

そのためゲルルフという男を彼らを束ねる役に置き、ヘルツベルク大公はゲルルフを直接の配下として扱うことにした。その目論見は今のところ成功している。ただ、大公の想定外はゲルルフもやはり彼の意向を無視して独断専行に走る傾向がある点だった。

それでもやはり“北の移民”の戦力は魅力的だ。ゲルルフを切り捨てたとしても“北の移民”の戦力は逃したくないし、寧ろ更に大きくしたい――そう考えていた矢先に声を掛けてきたのが、オルヴァー・オーケセンだった。


「全く、貴様のその能力とやらも大したものではないな」


苛立ちのあまり、大公の口から嘲弄が漏れる。しかしオルヴァー・オーケセンは全く表情を変えない。その態度すら今の大公には腹立たしい。怒りに任せて更に皮肉を言ってやろうかと口を開きかけた時、取次ぎをするため屋敷の奥に走っていった侍従が戻って来た。

緊張した面持ちのまま平身低頭する。


「皇女殿下がお会いになるとのことです。しかしながら何分お会いできる格好ではないとのことですので、黄金の間で暫くお待ち頂けますでしょうか」

「構わん」


まさかその間に逃すつもりではないだろうなと思ったが、屋敷の周囲には自分の部下とヴェルクの警邏隊を配置している。警邏隊の能力はそれほど高くないものの、金を積んだ上で鼠一匹逃すなと脅しつけた。少なくとも標的が逃れようとした時に騒ぎ立てる程度のことはできるはずだと、大公は自分に言い聞かせる。

それに、侍従の言い分自体は妙ではなかった。元々イーディスは着飾ることが好きだ。大公と話している時も、気が向いて彼女に話を振った場合に帰って来るのは宝飾品や次の茶会に着るドレスのことが殆どだ。叔父に会うのであればと、自分を着飾ることも何らおかしくはない。


通された部屋は黄金の間という名に相応しく、黄金の壺や水差しが飾られていた。しかし嫌味にならないようにか、棚や卓といった調度品は黒で統一されているし、黄金の品々は品よく少数に厳選されている。

とはいえ、ヘルツベルク大公に美術品を愛でる趣味はない。飾られている品が武具の類であれば興味を持っただろうが、彼は一瞥もくれなかった。


やがて扉が叩かれ、一人の男が姿を現わす。その男を見た大公は目を細めた。

ニクラス・パウマン――姓は名乗っているが、元は孤児だ。ローランドが見つけた男だという。有能であり武術の才にも秀でているが、性格が大公とは全く合わなかった。強ければ自分の部下に迎えたいと常日頃から考えている大公にしては珍しく、この男を自陣営に加えるのは断固として拒否したいと思っている。

しかしそんな大公の内心には頓着せず、ニクラスは重々しく口を開いた。


「皇女殿下の御支度が整いましたが、大公閣下のみにお会いすると仰っておられます。恐れ入りますが、他の方はこちらへ」


他の方と言っても、この屋敷の中にまで連れて来たのはオルヴァー・オーケセンだけだ。他の部下は皆外に配置している。

イーディスと会った時、彼女に見覚えのある魔力がまとわりついていないか、大公はオルヴァーに確認させるつもりだった。だが屋敷の主に一人と言われているのであれば、無理にオルヴァーを同行させることもできない。呼びに来た男がニクラスでなければ強行できただろうが、仮にオルヴァーを同席させると主張した場合、ニクラスは平然と大公を屋敷から追い出すだろう。

腹立たしいことこの上ないが、それを理由にニクラスを処罰することはできない。


「オルヴァー、行け。分かってるな?」


大公は低く念を押す。ソファーから立ち上がったオルヴァーは片眉を上げて大公を一瞥した。

言外の意味は伝わったらしいと、大公は内心で安堵の息を吐く。つまり自分と離れている間に、標的の居場所を探っておけという意味だ。

オルヴァーは何も話さず部屋を出る。そのまま無言でニクラスの後を付いて廊下を歩き始めた。



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