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悪役令嬢はしゃべりません  作者: 由畝 啓
第一部 悪役令嬢はしゃべりません
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57. 過去と現在の邂逅 5


ベラスタのお陰でコンラート・ヘルツベルク大公一行からは離れられたものの、今度はベラスタが失神してしまっている。魔力枯渇によるものだから、ある程度魔力が戻らなければ意識も戻らないだろう。更にベラスタに魔力を譲渡したエミリアも、多少疲労を覚えているようだ。この状況で検問を強行突破することは不可能に近い。


ライリーたちは郊外から少し込み入った町中に足を踏み入れ、路地裏の物陰に身を潜めていた。身を潜めるとはいっても、馬もいるため完全に隠れられているとは言い難い。そのため、ライリーとオースティンが協力して結界を張ることで、周囲に存在を気取られないようにしていた。


「どうする? 強行突破も難しいが、商人たちに手を広げられた以上、紛れ込んで抜けるのも難しいぜ」


難しい表情でオースティンが言えば、クライドも険しい表情のまま一つ頷いた。


「ベラスタの魔術がどこまで保つかも謎ですしね。魔力の消費量を見れば、それほど長くも保たないでしょうし――ベラスタ(本人)に聞かなければ分かりませんが」

「身の安全が一番だからね。何かしら策を打って、既に私たちが外へ出たと思わせるのはどうかな。その後、落ち着いた頃にここを出れば良い」


オースティンとクライドの会話を黙って聞いていたライリーも、考えながら言葉を続けた。だが、問題は衛兵たちにオースティンの存在を教えたという“オルヴァー”だった。彼は恐らく魔力の質で個人を特定することが出来るらしい。

その“オルヴァー”とやらの目を誤魔化すのは、なかなかに骨が折れると思われた。


「大公たちがいつまでヴェルクに留まるのかも問題でしょう。魔力で人を判別できるという男はヴェルクの者でない可能性もあります。あくまでも私の推測に過ぎませんが、大公の手の者ではないか――と」

「大公の?」


クライドが述べた私見に、他の面々が揃って首を傾げる。クライドは落ち着いた様子で一つ頷くと、あっさりと告げた。


「そのような特殊な者が居れば、事前にローランド殿下が我々に教えてくれていたはずです。まぁ――尤も、閣下ご本人は恐らくヴェルクの上層部とも懇意にしているのでしょう。騎士隊の検挙があったにも関わらず、そして本人は直前まで殿下と戦っていたにも関わらず、無事騎士隊の手から逃れられているのですから」

「私たちも実際に逃れられているから、確実性はそこまで高くないとは思うけれど。でも確かに一理あるね」


ライリーとオースティンはクライドの指摘に納得する。仮にクライドの推測が正しければ、確かに大公がヴェルクを出ればライリーたちも追われる危険性が低くなるだろう。

問題は、どのようにして大公たちをヴェルクから外へ出すか、ということだった。

腕を組んだオースティンがぼやく。


「一番手っ取り早いのは俺たちが既にヴェルクを出たと思わせることだが――できれば皇都(トゥテラリィ)に行ったと考えて追ってくれたら良いんだけどな」

「いずれにしても、一度身を隠す場所を見つけた方が良いね。できればもう一度ローランド殿と会って相談をできれば良いんだけど――普通の宿は避けた方が無難だろうし。すぐに見つかりそうだよ」


ぽつりとライリーが呟く。その瞬間、オースティンやクライド、そしてエミリアがその気配に気が付いた。

徐々に自分たちに近づいて来る気配がある。結界を張って身を隠しているものの、視認できる範囲に入られてしまえばすぐに見つかるだろう。護衛二人が前に立ち、ライリーたちも直ぐに逃走できるよう準備を整えた。クライドの馬上には、未だ目を覚まさないベラスタが居る。


「一人――だな」


気配を探っていたオースティンが呟いた。同時に周囲の気配を探っていたライリーも頷く。


「いっそ、捕まえてしまおうか。そうなれば主のことも教えてくれるかもしれないよね」


見つかる前に移動することも考えたが、さすがに七人が同時に移動しては完全に相手に勘付かれてしまうだろう。しかも相手は一人しかいない。それを考えると、今ここで相手を捕らえて敵の状況を聞き出した方が今後の方策も立てやすいだろう。

ライリーの出した結論に、誰も否やは唱えなかった。


やがて、一人の男がライリーたちの前に現われた。ヘルツベルク大公が引き連れていた男たちとは異なり、洗練された服装だ。今彼らが居る場所はどちらかというと貧民街に近く、明らかに姿が浮いている。そして男は、立派な教育を施された背景を示すような洗練された立ち居振る舞いで、ライリーたちを見止めると恭しく一礼して見せた。


「ライリー・ウィリアムズ・スリベグラード王太子殿下とそのご一行にあらせられますか?」


予想外の台詞に、ライリーたちは目を瞬かせる。確かに今のライリーたちは髪や目の色を変える術を使ってはいないが、すぐに身元が分かるような出で立ちはしていないはずだった。

だが、男は確信を持っているようだ。ライリーは訝し気な目を向けた。


「――貴方は?」

「これは失礼をば致しました。(わたくし)、イーディス・ダーラ・ユナカイティス皇女殿下の側近を務めておりますニクラス・パウマンと申します」


イーディスという懐かしい名前に、ライリーの眉がぴくりと動く。きょとんと不思議そうな顔をしているのはエミリアくらいで、他は皆緊張した面持ちを隠せない。

皇女とはいえ、皇族の多いユナティアン皇国ではイーディスのように表舞台に出ない者も多い。更にスリベグランディア王国の貴族にとって重要な存在はローランドや第一皇女、第三皇子のように皇位継承権を争っている人物だけであり、イーディスの名を知らずとも仕方がなかった。

しかし、オースティンやクライドにとってはそうではない。皇女イーディスは以前、ローランドと共にスリベグランディア王国へ来たことがある。その時、彼女はライリーと結婚するのだと言って憚らなかった。ローランドの話を聞く限りだいぶ常識的な人間に育ったようだが、王国へ来た時以来、直接本人に会っていない彼らが警戒するのも当然だった。


「そのような方が、一体何の御用でしょう?」


ライリーは穏やかに尋ねる。冷え冷えとした声音だったが、ニクラス・パウマンは全く動じた様子を見せなかった。飄々とした顔は整ってはいるものの、寧ろいくつもの戦場を駆け抜けた戦士の凄みのようなものが感じられる。肉体も文官というより武官に近い。更に、ふとした拍子に見せる隙の無い振る舞いと服の隙間から見える傷は、彼が一癖も二癖もある人物である可能性を示唆していた。


「ご警戒なさるのも当然でございましょう。しかしながら、我が主は殿下方のお役に立つよう、私共に申し付けておりまして――差し支えなければ、雨風と人の目を凌げる宿と人手をご提供申し上げたく」


貴族にしては随分と直截な申し出だと、ライリーは感情を読ませない表情の裏で考える。

ニクラス・パウマンの言葉を額面通り受け取るのであれば、ライリーたちにとっては願ってもないことだった。しかし、これが大公の罠でないとは言い切れない。

オースティンたちは無言を貫いている。ライリーがどのような判断を下そうと、それに従おうと考えているのは間違いない。

一瞬悩んだ後、ライリーは直ぐに決断を下した。


いつまでもこの場に留まっていることも出来ないし、今後どうすれば良いのかも判断が付きかねている状態だ。それならば、いっそのこと目の前の男の誘いに乗ってみるのもありに違いない。そこでヘルツベルク大公が現れるのであれば、その時に対応を考えれば良い。

取り敢えずは、体を休めて今後の計画を練る場所が必要だった。


「申し出、痛み入る。是非同行させて貰えるだろうか」


ニクラス・パウマンは、ライリーの言葉を聞いてにこりと笑みを浮かべた。そうすると人好きのある雰囲気に変わる。


「それでは、こちらへ。皇女殿下がお待ちです」


くるりと踵を返して歩き出したニクラス・パウマンの後を付いて、ライリーたちは動き出す。護衛二人がライリーたちを守るような位置に陣取っているが、最早ここまで来れば一蓮托生だ。

彼らは警戒心を保ったまま、路地裏を歩き始めた。既に日は昇り、新たな一日が始まろうとしていた。



*****



ライリーたちがコンラート・ヘルツベルク大公に追われて居る時、リリアナ・アレクサンドラ・クラークは自室でゆっくりと睡眠を取っていた。翌朝目覚めた彼女は、女官たちの手を借りて変わらない一日を過ごしていた。

破魔の剣を奪った後、ライリーたちが無事に逃げられたかどうか気にはなっている。しかし呪術の鼠から何の知らせもない以上、最悪の事態には陥っていないのだろう。もし彼らにも対処できない危険が迫っているのであれば、リリアナは迷わずに転移して、気が付かれないように対処する心積もりだった。だが、ライリーたちは十分に優秀だったらしい。


「ウィルたちのことも気がかりではありますけれど――先に、確認しておきたいことがありますのよね」


小さく呟いたリリアナは、ゆっくりと食後の茶を飲む。だが、そのためには例によって女官たちが邪魔である。やはり王宮図書館に行くしかない。

何食わぬ顔で茶を飲み終えたリリアナは、さっそく王宮図書館に行くと女官に伝えた。既に慣れた女官たちは静かに頷くと、すぐに準備を整えてくれる。リリアナとしてはただ本を読みに行くだけで何の準備が必要なのかと思うのだが、彼女たちにとっては部屋を出る時点で身綺麗に衣装や髪を整える必要があるらしい。

反論するのも面倒だと女官たちの手に身を委ね、たっぷりと時間を経てからリリアナは部屋を出る。部屋を出た途端に監視の目が強くなることに気が付いていたが、リリアナは気が付いていない振りをして図書館に向かった。


「わたくしは暫くここに居ります。一人だけ残って頂けたら、後は好きにして頂いて結構よ」


女官たちに告げると、深く頭を下げた女官たちが後ろに引くのを確認し、リリアナは奥まった場所にある一室に向かった。部屋に入る前には記名が義務付けられている。普段であれば門番のような人間が一人居るのだが、偶々人に呼ばれたのか、珍しく居なかった。それでもすぐに戻って来ればリリアナが部屋に居ることは知れてしまう。

大人しく記名するため紙を広げたリリアナは、ふと思いついて過去の記録を遡った。探しているのは、珍しく先客が居て入ることの出来なかったあの日の訪問者だ。記帳する紙には特殊な仕掛けが施されていて、名前だけでなく記帳した人物の魔力も記録される。身元保証のようなものだった。


「――なんですって?」


記憶にある日付まで辿り着いたリリアナは、そこに記された人物の名に目を瞠り息を飲む。予想外ではあったが、同時にどこか納得できる気持ちもあった。

恐らくその人物は、何度か王宮に足を運んでいたに違いない。リリアナの推測が正しければ、王宮図書館の一室を借り切っていた人物は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


愕然としていたリリアナだが、人の気配を感じたため慌てて自分の名前を書く。そして何食わぬ顔をして、奥まった部屋に入った。

動揺はしていたが、いずれにせよこれから確認することは必要事項だ。そしてリリアナの推測が正しければ――――全ては、一本の線で繋がるに違いない。



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