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悪役令嬢はしゃべりません  作者: 由畝 啓
第一部 悪役令嬢はしゃべりません
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57. 過去と現在の邂逅 4


コンラート・ヘルツベルク大公の配下の者たちは皆、結構な手練れだった。王立騎士団の七番隊の騎士に匹敵する腕前の者や、それには僅か劣るが十分戦力となる者もいる。途端にその場は混戦状態になった。

剣を使えないのはベラスタだけだが、クライドはベラスタと同乗しているため防戦一方だ。


「ベラ――、ベタ! 良いから、お前は魔術なり何なり使え!」


視界の端に苦戦するクライドを捉えたオースティンが怒鳴りつける。ベラスタと正しく呼ばなかったのは、大公に本名を教えないための苦肉の策だ。クライドにしがみついたまま目を白黒とさせていたベラスタは、ハッとしたように顔を上げた。

確かに剣は使えないが、ベラスタには魔術がある。他人を支援するような魔術は訓練が必要なため難しいが、少なくとも最も適性の高い水魔術を使えば敵の足止めをしたりすることはできるだろう。


慌てた様子のベラスタが、しかし安定感のある魔術で敵を攻撃し始めたのを確認したライリーとオースティンは、再び敵に向き直った。その間にも敵の攻撃を避け反撃を繰り返しているが、敵もさるもので、怪我をものともせず掛かって来る。その上、彼らは魔術と剣術を駆使して、正攻法とはいえない戦い方を仕掛けて来ていた。所作を見ても、大公以外は皆、平民の出なのだろう。どうやら大公は、実力があれば出自を問わない徹底した実力主義者のようだった。


「適当なところで撤退しよう」


相手には気付かれないよう、ライリーはオースティンたちに目で合図する。彼らの目的は逃走であって、大公たちを完全に叩きのめすことではない。完全なる勝利を収めるには、こちらに被害が出る可能性は高かった。とはいえ、途中で撤退するにしても簡単には逃れられないだろう。

それほどまでに、両者の力は拮抗していた――否、一人一人の実力は明らかにライリーたちの方が上だった。しかし何分、人数が違う。大公が引き連れていた人数は、ライリーたちの倍以上居た。


ライリーは同時に斬り掛かって来た二人のうち、一人の剣を跳ね返し、その瞬間馬首を返しもう一人の胴に浅く斬りつける。ヴェルクに来る途中で買った馬のため、訓練された愛馬ほどの動きが出来ないのが苦しいが、それでも卓越した馬術で果敢に戦っていた。

しかし、その背中に向け矢が複数放たれた。数本は叩き落とすが、体勢を立て直した敵が死角からライリーに襲い掛かり馬から落とそうとする。ライリーは咄嗟に体を捻り、敵の剣を受けた。矢を受けても戦い続けられるが、落馬してしまえば一気に不利になる。生きて捕えろと大公が指示したからには、ライリーやオースティンに向けて放たれた矢は毒矢ではないはずだった。


しかし、ライリーの体に矢が刺さることはなかった。


「【我が名に於いて命じる、風の理の元に我が剣よ、刃を風とし()()()】」


オースティンが早口で詠唱すれば、今にもライリーの体に突き刺さりそうだった矢が真っ二つに折れ、地面にばたばたと落ちた。オースティンはライリーと同じように剣を使うが、こちらは適度に魔術を組み合わせている。本格的な魔導剣術を使わないのは、周囲への被害が大きくなるからだった。二番隊隊長ダンヒル・カルヴァートからも、魔物相手と人間相手では使う術も変えるよう、散々言われて来た。


「助かった」

「気にすんな」


オースティンの術と同時にもう一人の利き腕に斬りつけ馬から落としたライリーは、短く礼を言う。オースティンは、先ほどの詠唱で魔術を複数箇所に発生させ、自分を捕えようとしていた敵の網を木端微塵に散らしたところだった。


「網なんて、俺らを鳥肉か兎肉だとでも思ってんじゃねえだろうな」

「どちらかというと、私が鷲で君が獅子じゃないか?」


ライリーとオースティンは馬を互いに寄せ、敵を引き付けては返り討ちにしていく。オースティンはライリーの言葉に笑みを深め、ちらりとエミリアたちを見る。

エミリアはクライドや護衛二人と固まって、果敢に敵と対峙していた。エミリアたちがそれほど戦えるとは思っていなかったのか、敵の表情は険しい。


だが、そろそろ頃合いだった。


「引くぞ!」


オースティンはライリーと頷き合った後、掛け声を放つ。クライドとエミリア、そして二人の護衛は直ぐに反応した。

一斉に敵の武器を弾き、輪から抜ける。その時には少し離れた場所に居たライリーとオースティンもクライドたちのすぐ傍へと馬を走らせていた。


「追え! 多少怪我はさせても構わんが、全員捕らえろ!」


苛立ったような声で大公が叫ぶ。部下に任せることは諦めたのか、大公もまた馬を駆りライリーたちに迫ってきた。その上、大公の台詞も当初と変わっている。

最初はライリーとオースティンを捕らえ他は殺しても構わないと言っていたのに、今は全員を捕えろと言っている。つまり、ライリーとオースティンだけでなく、クライドやエミリア、ベラスタ、そして護衛二人も手に入れたいと思い直したのだろう。

自分たちの実力がヘルツベルク大公の眼鏡に適ったということだが、全くもって有難くはない。


思い切り馬の尻を叩き、ライリーたちは一直線に駆ける。大公たちは迫り来る勢いだが、まだ辛うじて追いつけない程度だ。しかし距離を離すこともできない。

姿を隠すことも難しい。少なくとも、大公たちが普通ではない方法でライリーたちを探索していたことは間違いないはずだった。そうでなければ、これほどまで簡単にライリーたちを見つけられるとは思えない。


しかし、逃げるにせよ本格的に姿を隠すにせよ、一旦大公たちから離れる必要がある。ライリーやオースティンたちと共にクライドも焦燥を顔に滲ませていたが、ふとエミリアが口を開いた。


「あ、あの」


一体どうしたのかと、クライドやライリー、オースティンは視線をエミリアに向ける。護衛二人も気にはなっているのだろうが、逃げることに必死で顔を動かす余裕はないようだった。

三人の視線を一身に受けたエミリアは、しかし真剣な表情でベラスタを見つめていた。


「ベラスタさんの魔術で、敵を足止めすることはできませんか?」

「え、うそ、オレ!?」


全力疾走する馬に揺さぶられながら、落とされまいと必死でクライドにしがみついて居たベラスタは、エミリアの言葉に目を白黒とさせていた。まさか自分に話が振られるとは思っても居なかったらしい。

だが、ベラスタはそもそも馬に乗ること自体不慣れで、しかも全力疾走の馬に乗っているだけで精一杯だ。当然ライリーたちも敵を足止めするため、ベラスタの魔術に頼ることも考えていた。だが現状を見る限りそれは難しいと踏んだのだ。特に魔術の行使は繊細な調整が必要で、失敗すれば術者本人にも周囲の人間にも甚大な被害が齎される。

そのため、誰もが考えながらも口にはしなかったことだった。


「エミリア嬢――それは」


オースティンが僅かに苦い表情になりながら、苦言を呈そうとする。しかし、それを遮ったのは他ならぬベラスタだった。


「えっとさ、オレそもそもそういう戦いに特化した魔術ってちょっと苦手であんまり得意じゃないんだけど、だからさっきも初級魔術でどうにか誤魔化してた感はあるんだけど、でもちょっとやってみたいと思って研究し続けて来た術があってそれ試してみたいなぁって痛って!」


どうやらベラスタにとって魔術への好奇心は慣れない場所に居ることを忘れさせるものらしい。意気揚々と目を輝かせて語り出したベラスタは、痛いと言うと涙目で口を抑えた。それでも片手はしっかりとクライドの服を掴んでいる。


(ひた)()んだ……」

「――――馬鹿め」


小さく呟いたクライドの台詞は、その場の全員の気持ちを代弁したものだっただろう。走っている馬の上で喋るなど、慣れた人間でなければ出来ない芸当だ。それが調子に乗って話していたものだから、口内を噛んでも当然だった。

一瞬場の空気が緩むが、時間にそれほど猶予はない。ベラスタが居るとなんだか毒気を抜かれるよね――と内心で呟いたライリーは、この場において最も地位が高い者の責任として、最終判断を下した。


「これ以上悪くもなりようがないしね。ベラスタ、試してみてくれるかな――思い切り、遠慮会釈なく」

「おいライリー、お前ちょっと怒ってる?」

「そんなことはないよ」


ライリーの発言を聞いたオースティンが頬を引き攣らせれば、ライリーは「何のことかな」とでも言いたげににっこりと笑って小首を傾げてみせた。オースティンは小さく首を振って肩を竦める。

いずれにせよライリーの機嫌は良くないが、その諸悪の根源は間違いなく自分たちを追っているヘルツベルク大公である。

そしてライリーからお墨付きを貰ったベラスタは、両手はしっかりクライドに捕まったまま、顔を輝かせた。


「えっと――本当は魔術陣も欲しいところなんだけど、ないから仕方ねえよな! 成功か失敗かは五分五分だけど」


そんな不穏な言葉を呟いたベラスタは、その声が聞こえてしまったクライドが蒼白になるのも構わず、早速術の詠唱を始めた。


「【我が名と天上に御座(おわ)す神々の元に於いて、数多なる力よ、我に力を与えん――――】」


通常の詠唱と比べても遥かに長い詠唱に、クライドの眉根が寄る。非常に難解な術だということが、それだけでも分かった。特に本来であれば魔道具が欲しいと言っているのだから、消費する魔力量も、術式も、かなり難解なのだろう。そしてそれを証明するように、ベラスタの詠唱だけでは一体どの魔術を使うのか、全く見当もつかなかった。


「――凄い魔力だね、大丈夫かな?」


ライリーが眉根を寄せて横目でベラスタを確認する。ベラスタを中心に、巨大な魔力の気配が充満し始める。まだ敵の元にまでその魔力は届いていないはずだが、周囲に居るライリーたちには如実に感じられた。


普通の魔術であれば、詠唱に必ず適合魔術の名称が入る。風であれば「【風の理の元に】」と言うし、火であれば「【火の理の元に】」と唱える。当然、複数の属性を同時に実行する複合魔術等、例外となる術もある。だが、術が強大であればあるほど、適合魔術の属性を唱えることで術式が安定するのだ。

そして、その事実が示す一つの不安要素に、クライドは眉根を寄せた。魔術にとても詳しいわけではないが、基本的な知識は十分にある。即ち、特定の属性を詠唱しなかったベラスタが使おうとしている術は、どの属性にも捉われない()()()()()()

今からベラスタが使おうとしている術が成功しようが不発に終わろうが、ベラスタの魔力が枯渇するのではないか――もしそうなれば、間違いなくベラスタは気絶する。全力疾走の馬から落ちてしまえば、それだけでベラスタは死ぬ。

いざという時のことを考え、クライドはベラスタの体を支える準備を整えた。


そしてライリーもまた、眉根を寄せたまま呟く。


「少し魔力の融通ができれば良いんだけど」


普通であれば、魔力の譲り渡しは特殊な魔道具がなければできない。当然、ライリーやクライド、オースティンも、魔道具がない状態での魔力譲渡は聞いたことがなかった。そもそも、ライリーは王族であるため簡単に自分の魔力を他人に譲渡することも、他人から受け取ることも出来ない。

実際に魔力譲渡も行われる場合は限られていた。基本的には、魔力枯渇を起こし死にかけた人への対処だ。それも、行えるのは光魔術に適性がある者で、かつ膨大な魔力がある者に限る。

だから、今はベラスタに頼るしかない。そう思っていたのだが、そこに口を挟む者がいた。


「それなら、私が」


目を瞬かせたライリーたちが視線を向けたのは、エミリアだった。エミリアは冗談を言っている様子もない。真剣な表情で、馬を走らせながら魔力を片手に込め始めた。


「私は光魔術に適性があります。魔力量も高いと言われています。使いこなせるまでには至っていませんが――魔力譲渡でしたら、できます」


クライドは目を瞠る。エミリアが光の魔術に適合があると知っているのは、本人から直接話を聞いたオースティン、そして報告を受けていたライリー、最後に自分で気が付いたベラスタだけだった。エミリアは自身の魔力がどの属性に適性を持つか誰にも告げていなかったのだから、クライドが知らないのも当然だった。


「ベラスタ様、受け取ってください」


エミリアの言葉に、ベラスタは答える余裕はない。しかし詠唱を唱えながらもしっかり聞いていたらしく、額から汗を流している彼は一つ頷いた。その瞬間、エミリアの片手に集まっていた光の魔力がベラスタの方へと引き寄せられ、体のすぐ近くで消えていく。ベラスタの体に吸収されることなく、エミリアの魔力がベラスタの術に消費されているのだ。

ベラスタとエミリアが魔術の術式を構成している間、ライリーたちは敵に追いつかれないよう必死で道を選び、馬を走らせ続けた。そしてついに、ベラスタの術式が完成する。


「【我らを追う彼の者たちの時を、()()()()()】!」


最後の詠唱を口にした瞬間、大きな魔力の渦が追手たちに襲い掛かった。当然、彼らに避けることはできない。


「やった! 止まった!!」


ベラスタが歓声を上げる。それほど余裕はないが、背後を確認したライリーたちは目を瞠った。一瞬だけ視界に入った追手たちは、大公も含めてその場に立ち尽くしている。しかも、ただ立ち尽くしているだけではなく、まるで時間を止めたように中途半端な形で制止していた。


「時間を、止めたのか?」


愕然とライリーが呟く。その言葉を証明するように、追手の一人が乗った馬は空中に両足を浮かせた状態で固まっていた。

だが、答える声はない。ベラスタの体が崩れ落ちる。気が付いたクライドが手を伸ばすが、それより早くその体を支えた人が居た――エミリアだ。

クライドは瞠目したが、エミリアの馬と自分の馬の場所を調整し、エミリアの手からベラスタを受け取る。


「助かる」

「当然です」


クライドの言葉に、エミリアは胸を張る。自分が役に立てたことは当然だが誇らしいと、その可愛らしい面差しは雄弁に語っていた。




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