表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
悪役令嬢はしゃべりません  作者: 由畝 啓
第一部 悪役令嬢はしゃべりません

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

373/564

57. 過去と現在の邂逅 3


オースティンがボロボロになっているのを見たライリーたちの顔が強張る。間違いなく彼は攻撃されたのだ。だがそれには構わず、転移陣で戻って来たオースティンは、口早に状況を説明した。


「連中が探しているのは闘技場に出てた“ラース”だ。だが、既に“ラース”と俺が仲間だっていうことは気付かれてる」

「どういうことだ? お前は偵察に行っただけだろう」


クライドは混乱した様子で眉根を寄せている。彼には珍しい表情だった。オースティンは小さく頷いたが、彼も全てを把握できているわけではない。


「あいつら、俺が闇闘技場に登録した名前を口にした。つまり見た目を変えてもあいつらにはバレるってことだ」

「そんなことが可能なのか?」


信じられないとばかりに、クライドだけでなくエミリアも目を瞠る。一方、ライリーは痛む頭を抑え、ベラスタは「うわあ」と呟いた。全員の視線がベラスタに向く。皆の注目が集まると思っていなかったらしいベラスタは一瞬目を瞬かせたが、すぐに口を開いた。


「そういう術者がいるって話は聞いたことがあるぜ。確かに魔力が見えたら判別できるんだけど、でも普通は魔力が見えてもそれが同一人物かどうかまでは分からないんだ。ただその術者はかなりの精度で、本人かどうか分かるって言ってた」


一般人では不可能だが、魔力量が多く適性があれば魔力を読み取ることも不可能ではない。しかしそれはごく限られた存在だけが為し得る偉業だった。実際に、スリベグランディア王国屈指の魔導士であるベン・ドラコも、魔力の動きは読み取れるが魔力の質や量を細かく判別することなど到底不可能だ。もし人間の持つ魔力を読み取る必要が出て来れば、それなりの魔道具を用意して臨むしかない。


ただ、ベラスタだけは何の道具もなしに相手の魔力を読み取ることが出来る。小さい頃から何となく読み取れていたため、その能力が酷く稀であることは知らなかった。そのため少し前までは失言もしていたのだが、自分の能力の稀有さを知った今は口を噤む術を覚えた。とはいえ、そのベラスタも魔力だけで個人を特定することなど出来ない。他の情報も含めた総合的な判断をして初めて、恐らく同一人物であろうと見当を付けるだけだ。

つまり、オースティンの正体を見破った人物はベラスタ以上の能力者だということになる。


ベラスタの説明を聞いたオースティンは少し記憶を辿る。そして、すぐに一つの可能性に至った。


「じゃあ、その術者は恐らくオルヴァーという名前だ。衛兵が名前を呼んでた」

「つまりその一人の目を誤魔化せたら、逃げきれるというわけだね」

「そういうことになるな。一応俺もフードで顔を隠していたから、衛兵たちは闇闘技場で見た俺の姿を手掛かりにしているはずだ」


ライリーが情報を整理すると、オースティンも強く頷く。

衛兵全員に知られているとなると事は厄介だが、避けるべき相手が一人だけならまだ対処はしやすい。


「それなら逃走経路は当初の予定通りで行こう――馬は捨てない」


ライリーが即座に決断を下した。勿論、誰も異論はない。オースティンはエミリアから予備のローブを受け取り、攻撃によって焦げたり解れたりしているローブを脱ぎ捨てる。そして馬に飛び乗ると、彼らは一斉に駆け足で動き出した。ベラスタは慣れていないため、クライドと同乗している。これから逃走するということが分かっているのか、ベラスタはどこかワクワクとした様子だった。


ヴェルクの中心部であれば常歩でなければいけないが、ヴェルクも郊外になれば速歩や駈歩でも許される。

ライリーたちが目指すのは、その郊外にある広い宿だった。勿論、宿泊が目的ではない。

郊外の広い宿には、長距離を行き来する行商人の団体や旅芸人が泊っている。彼らは荷物も人も多いため、ヴェルク中心部の宿は手狭すぎるのだ。ライリーたちはその行商人たちに交渉し、検問所を通る時だけ行商人に扮する予定だった。

行商人たちも、法に従順に見せかけているだけでかなり融通は利く。彼らにとって旅は持ちつ持たれつであり、ライリーたちが護衛として優秀であることを告げれば、ほぼ間違いなく受け入れてくれるという確信があった。


郊外に出たライリーたちは、そのまま真っ直ぐに宿を目指す。他の領地とは異なり、ヴェルクでは郊外とはいえ道が整理されている。そのため馬を走らせ易い。

しかしあと少しで目的地に着くとなった時、オースティンとライリー、そしてエミリアはほぼ同時に異変に気が付いた。


「まさか」


エミリアが息を飲むと、オースティンも苦々しくライリーに囁いた。


「おい――あれ」

「ああ、どうやら先回りされたみたいだね」


オースティンの言葉に、ライリーは嘆息混じりに呟く。彼らのところからぎりぎり視認出来るところに、ヴェルクの町を守る警邏隊の姿があった。オースティンは身体強化の能力と風の魔術を使い、警邏隊の男たちが話す微かな声を拾う。


「多分“ラース”って言ってる。俺の偽名も口にしてたから、ほぼ間違いないだろうな」

「あまりにも対応が早すぎるよ。違和感はあるけど」


ライリーの口からも愚痴めいた言葉が口から洩れてしまうが、致し方ない。いずれにしても、商人たちに紛れ込んで検問所を突破するという選択肢は捨てるしかないようだった。


「あの宿には立ち寄れない。この分だと、恐らく他の商人たちにも捜査の手が伸びていると考えて良いだろうね」

「そうだな。それを考えると馬を放棄しないという選択は正しかったわけだが――どうする。他の選択肢も難しいんじゃないか」

「そうだね」


オースティンの言葉に、ライリーも頷く。となると、残る選択肢は一つしかない。


「――強行突破、ですか」


溜息と共にそう口にしたのは、クライドだった。ベラスタは「ひえ」と声を漏らし震えているし、護衛二人は緊張した面持ちを更に強張らせる。しかしエミリアは両手を拳に握ってやる気を漲らせていた。

その様子を横目で見たライリーは苦笑を浮かべる。


「頼もしいね」


その言葉にオースティンもエミリアを見て口角を引き上げる。楽しむようなその表情に、エミリアの顔が真っ赤になった。やる気満々だと気付かれて恥ずかしいのか、それとも笑われたことが恥ずかしいのかは分からない。

しかし、今の状況でエミリアの態度は安心できるものだった。下手に怖気づいてしまうよりは余程良い。


「強行突破なら――南ですね。一番警邏隊が手薄だと聞いたことがあります」

「ここは少し西よりだから、辿り着くまで彼らに目的地を悟られないようにしたいものだけど」


クライドの言葉を聞いたライリーがそう告げ、ちらりと視線をベラスタにやる。それを見た他の面々も、何気なくベラスタへと顔を向けた。

ベラスタは一瞬きょとんと首を傾げたが、すぐに思い出した様子でローブのポケットから魔道具を取り出す。首飾りになっているその魔道具は、気配を薄くするものだった。


「とりあえずこれで、他に気が付かれる危険性は減るはずだぜ。完全に姿が見えなくなるわけじゃなくて、認識阻害っていうか――探してる相手だって判断できなくなるような感じ。完全に姿が見えなくなったら、裸馬が走ってるように見えるしな。でもオレたちがそこに居るって分かってる人間には、はっきり見えるから安心してくれよ」


確かに、とライリーとエミリアが笑う。それぞれ首飾りを手に取るが、宝飾品を身に着けることに慣れていない護衛二人とクライドは僅かに複雑そうな表情だった。オースティンは魔導騎士であるため、魔力増幅等様々な効果を付与した魔道具を宝飾品として身に着けることが多い。ライリーも王族として身を護る魔道具を身に着けることが多いため、大して抵抗はなかった。


全員が首飾りを身に着けると、急に気配が薄くなる。しかしベラスタの言った通り、確かに自分たちが互いを見失うようなことはなさそうだった。


「それじゃあ、進路変更だ」


オースティンの言葉に各々頷き、馬に再び乗る。向かう先は南の検問所だ。逸る心を抑え、落ち着いた様子を取り繕い道を進む。郊外とはいえ人が全く居ないわけではない。そろそろ空も白み始めた今、宿や家々から人が外に出て来る。幸いにも、多少進む速度を速めた程度では、町の人々は何の違和感も持たない様子だった。

このまま進めば無事に検問所に到達するのではないかと、わずかな期待が頭をもたげる。だがその時、ライリーとオースティン、そしてエミリアは同時に反応した。咄嗟に結界を張る。


「え? え、えええ!?」


一瞬遅れて気が付いたクライドに庇われるように腕を回されたベラスタは、突如生じた魔力の動きと結界に、戸惑いの声を上げる。

次の瞬間、激しい音を立てて、ライリーたちに向け放たれた複数の矢が地面に落ちた。そして眼前に立ちふさがるようにして唐突に集団が現れる。どうやら魔術で直前まで姿を隠していたらしい。


その集団の中心に立っている人物を見て、ライリーとオースティンは目を細める。見間違えようもないその人は、コンラート・ヘルツベルク大公その人だった。どうやら騎士隊の検挙から逃れて来たらしい。大公は愉悦を滲ませた声で言う。


「さすが、私が見込んだだけはある」


しかしライリーは答えない。ヘルツベルク大公の出方を窺っている。いつ攻撃を仕掛けて来るか読めないのだから、当然だった。

大公は視線をライリーの隣に立っているオースティンに向ける。そして片眉を上げて、大公は「なるほど」と呟く。


「やはりこちらも十分な素質があるようだな。私の目に狂いはなかった」


どうやら大公はライリーだけでなく、オースティンにも目をつけていたらしい。実際に、オースティンは闇闘技場で適当に対戦相手の相手をしている間、身にまとわりつくような視線を感じていた。


「――俺のことを良く見てたようだな」

「闇闘技場に出場しているのは腕試しや新しい技を試す意味もあるが、見所のある若者を探す目的もある。最近は骨のある奴が減っていたが――お前、魔導剣士だろう」


闘技場で、オースティンは魔導騎士としての戦い方はしていなかった。ただ純粋な剣技と体術で対応していたが、大公はオースティンが魔導剣士だと看破していたらしい。

それでも実際に手合わせしたライリーとは違って実力を把握し辛いのか、探るようにオースティンを注視している。


オースティンは眉間の皺を深くした。見定められているような視線が気に食わない。しかしそんなオースティンの様子も楽し気に眺めると、大公は短く尋ねた。


「私と共に来る気はないか? 衣食住、共に最高のものを提供すると約束しよう」


彼がライリーとオースティンの二人に尋ねたということは明白だった。他の面子は存在しないかのように扱っている。

ライリーはヘルツベルク大公の本意を探るように見つめていたが、やおらゆったりと笑みを浮かべた。仮に本心だったとしても、頷く気は一切ない。王太子という身分もあるが、それ以上にライリーはヘルツベルク大公の為人を信用できなかった。正直なところ、一切共感できる部分がない。それはオースティンも同様だった。

ライリーは静かに口を開く。


「お断りする」


冷たく、はっきりした口調だ。大公が目をオースティンに向けると、オースティンも不敵な笑みを向ける。


「あり得ねえな」


突き放すような口調だったが、ヘルツベルク大公は気分を害した様子はなかった。寧ろそうでなくては面白くないと言いたげに、笑い声を立てる。そして、彼は自分の周囲に立つ男たちに告げた。


「二人を捕えろ。他は殺して構わん」


ライリーたちに緊張が走る。大公が挙げた腕を振り下ろした瞬間、その周囲に居た男たちが剣を抜く。そして、一気に斬り掛かって来た。




32-1

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。


第1巻~第5巻(オーバーラップ文庫)好評発売中!

書影 書影 書影 書影 書影
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ