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悪役令嬢はしゃべりません  作者: 由畝 啓
第一部 悪役令嬢はしゃべりません
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57. 過去と現在の邂逅 1


リリアナ・アレクサンドラ・クラークは、ほっと安堵の息を吐いて魔術で映し出していた光景を消した。先ほどまで流れていた景色は、ユナティアン皇国第二の都市ヴェルクのとある地区のものだ。リリアナはずっと、ライリーやオースティンたちの動向を確認していた。


「良かった……」


乙女ゲームで、攻略対象者とヒロインは苦労しながらも破魔の剣を手に入れていた。ただそのためには、全ての攻略対象者の協力が必要だった。破魔の剣を実際に奪い取る人物は、ヒロインがどの攻略対象者の分岐(ルート)に進んだかで異なる。しかし、一人でも攻略対象者が欠けると途端に任務(イベント)は失敗してしまう。ゲームであれば何度も挑戦できるが、現実世界ではなかなかそうは上手くいかない。一度失敗してしまえば相手は警戒を高め、近付くことすら難しくなるだろう。

だが、当初は破魔の剣はクライドとエミリア、ローランドの三人で奪還することになっていた。それでは剣の入手は難しいだろうと、計画を知ったリリアナは一人考えた。ローランドには何かしらの策があったようだが、確実を期すためには攻略対象者全員がヴェルクに向かうべきだ。


「ウィルも、どうすれば間違いなく破魔の剣を入手できるかご存知ありませんでしたから」


当然、ローランドも完全に把握出来ていたとは言い難い。リリアナが知っていたのは、乙女ゲームの知識があったからだ。

とはいえ、時機も悪かった。乙女ゲームでは姿形も見えなかった大公派が勢力を伸ばし始めていたから、何の準備も心構えもなく攻略対象者全員が国を留守にすれば、大公派を野放図にさせてしまう。その場合、無事に帰国したとしてもライリーたちの評価は地の底まで下がってしまうに違いない。


だからこそ、王太子ライリー・ウィリアムズ・スリベグラードは無法かつ不条理に放逐されたという事実が必要だった。それも、ライリー本人に瑕疵があってはならない。


「この後は無事にヴェルクから逃走できるかどうかが問題ですわね」


破魔の剣を入手できたことは確認できたから、後はライリーたちが無事にスリベグランディア王国へ帰国するのを待つばかりだ。ライリーの叔父であるフランクリン・スリベグラード大公は甥の暗殺を命じたが、彼の暗殺一族が動いた様子はない。メラーズ伯爵たちは違和感を覚えているようだが、わざわざ大公の耳に入れて怒りを買う真似はしたくないのだろう。黙して語らず、他の方法を考えているように見える。


「恐らく何らかの理由をこじつけて、帰国なさった時に捕らえるか首を獲るかするおつもりでしょうね」


そもそも、大公派が当初考えていた方策はライリーが王都に帰還する頃合いを狙い、取り返しのつかない醜聞を貴族に周知させて政治生命を絶ちつつ、本人の命も奪うことだった。

その企みは国王ホレイシオが行方を晦ましたことで半ばで頓挫しているともいえるが、まだ完全な失敗ではない。メラーズ伯爵たちも、挽回する機会を狙っているようだった。


小さく息を吐いたリリアナは、水差しの水をコップに注いで一口飲む。ライリーと大公が対峙している間、さすがのリリアナも緊張を隠せなかった。恐らくライリーたちが負けることはないと予想していたものの、筋書きが定まっているゲームとは違って思わぬ偶然が未来を変えることもある。特にヘルツベルク大公は百戦錬磨の戦士だ。経験が足りないライリーが、勝てる確率は正直五分五分だと思っていた。

ライリーが傷つくところは見たくないが、自分が助けに入るわけにもいかない。攻略対象者たちはヒロインとの旅や様々な出来事(イベント)を通して成長していく。特に破魔の剣を奪還する今回の計略は、攻略対象者とヒロインの仲を深め、そして彼らが精神的にも肉体的にも成長するため必要な出来事だった。


これほどまでに緊張したことはないと思えるほどの場面に固唾を飲んでいたせいか、リリアナは喉が渇いていた。普段は大して感じない水を美味しいと思う。

だが、今日すべきことは、これで終わりではない。リリアナには、するべきことが一つ残っていた。


コップを元の場所に戻し、魔術で周囲の気配を探る。灯りを消しているためか、リリアナを監視している人物の気配は微動だにしていない。

リリアナを監視しているとはいっても、昼夜問わず神経を尖らせているわけではない。さすがに彼らも十五歳になったばかりの少女が意味なく夜更かしをするとは思っていないのだろう。そして同時に、彼らはリリアナを一般的な少女だと認識しているようで、部屋の中に居る限りは動向を注視されるようなことはなかった。


「有難いことですわね」


リリアナは僅かに口角を笑みの形に上げて呟く。リリアナのことをただの少女と軽んじているのであれば、そのまま軽んじていて欲しい。警戒されてしまえば不都合が多くなる。

監視者たちの怠慢に感謝しながら、リリアナは詠唱すら口にせず術をこっそりと発動させた。

実際は監視者たちは必要な警戒を持っている。普通は転移の術など使えないのだから、対象者が部屋から出ないように監視すれば十分なはずだ。

だが、次の瞬間、彼女の姿は部屋から消えていた。自分自身に作動させる転移の術は、最早リリアナにとって半分寝ぼけていても使えるものだ。当然、魔力の揺らぎすら他人に感知させることはない。

その後、監視者たちは主の居ない空室を、いつまでも見守っていた。



*****



王宮の自室で転移の術を使ったリリアナの姿は、王都から南へ下ったフォティア領のとある場所に出現していた。クラーク公爵家が代々支配しているその場所には、公爵家の墓がある。リリアナの父エイブラムが亡くなった時も、祖父ロドニーが亡くなった時も、リリアナはこの場所を訪れた。

そして今、リリアナの目的はその墓所にあった。


以前、魔導省長官ニコラス・バーグソンが牢で命を落とした時、隷属の呪いが原因ではないかと疑ったことがある。その時、隷属の呪いを使える人物として父エイブラムの存在が脳裏を過った。既に当時エイブラムはこの世の人ではなかったが、本当に死んでいたのなら隷属の呪いも解けるはずである。その意味することを考えた時、リリアナはエイブラムの生存を疑った。

だが、その時でさえリリアナは墓を暴くようなことはしなかった。それでも今、必要に迫られたリリアナは墓所に足を運んでいる。どうしても、確認しなければならないことがあった。


夜半過ぎの墓は寒々しく、ぞっとするような暗闇に支配されている。殆ど視界も効かない中、リリアナは魔術で周囲を照らしながら歴代のクラーク公爵が眠る場所へと足を進めた。勿論、土の下に眠っているのは歴代当主だけではない。公爵夫人や若くして亡くなった親族も葬られている。


「墓荒らしが盗んで行っていなければ良いのだけれど」


リリアナは小さく呟く。クラーク公爵家の墓地であるためそれなりに管理はされているはずだが、転移したリリアナが難なく歩き回れている程度の防犯しか設定されていない。

そして墓荒らしは、決して珍しいものではなかった。特に貧困層の中には、貴族の墓を荒らして遺体と共に埋められた宝飾品を売り払うことを生業のようにする者もいる。ただ仮に墓荒らしが荒らしたのであれば、棺が破壊され全ての宝飾品が消え去っているはずだ。つまり、今からリリアナが探そうとしている物だけがない、ということはあり得ない。


多少の勇気は必要だったが、リリアナは躊躇わなかった。リリアナ一人で物理的に墓を暴くことは不可能だ。しかし、魔術を使えば話は別である。

目当ての墓を見つけたリリアナは、近くに寄ると魔術を展開する。リリアナの足元を起点として、目標と定めた墓を取り囲むように金色に光る陣が出現した。徐々に力を流し込み、リリアナは棺を覆っている土と墓石を上空へと持ち上げる。多少土は残ってしまったが、眼前に棺が現れた。腐食が進んだ棺に一歩近寄り、リリアナは棺を開ける。完全に棺が陥没していなかったのは、恐らく棺に仕掛けられた呪術陣が周囲と遺体を完全に隔絶していたからだろう。

鼻をつくような異臭と共に現れたのは、死蝋となった遺体だった。この近辺は湿地帯だ。死蝋化する条件は揃っているが、菌が繁殖しないという条件を満たすとは思い辛い。


「呪術陣が雑菌の繁殖を防いだのかしら」


珍しいこともあるものだと素早く思考を巡らせながらも、眉根を寄せたリリアナは風を操作して自分の方に極力臭いが漂って来ないように対処する。それでも、ほんの一瞬で体や衣服に異様な臭いが染みついてしまったような気がした。


「あとで浄化致しましょう」


闇の力が強くなっている今、リリアナは光の力を使った浄化は使えない。その代わりに、前世の知識に頼った非常に科学的な理屈に基づいた魔術の術式で対応するしかなかった。しかしそれは今問題ではない。

更に遺体の埋められた穴に近づいたリリアナは、まじまじとその姿を検分する。触れることはないが、目を逸らすこともない。


「指輪は着けておりませんわね」


リリアナが探しに来たのは、遺体が指輪をしているかどうか、ということだった。

ユナティアン皇国皇帝の甥であるコンラート・ヘルツベルク大公の屋敷にあった、クラーク公爵家の紋章を記した指輪――それは、本来であれば公爵家にあるべきものだ。しかし、重要なものであれば執事のフィリップが必ず探し出していたはずだ。それがなかったという事は、その指輪は既に公爵家の館になくてもおかしくなかったもの、ということ――即ち、故人と共に棺へ埋葬された可能性があるということだった。


当然、リリアナは別の可能性も考えていた。つまり、ヴェルクにあった指輪が偽物ではないか、ということだ。しかし確率としては限りなく低い。公爵家の紋章は複雑で、指輪という小さな宝飾品に正確に刻むことは非常に難しい。作らせるにしても相応の職人に頼まなければならず、そして贋作を作ったところで気軽に売り払えるものでもない。つまり偽物を作る意味がほぼ存在しないのだ。


「宝飾品が盗られている形跡もございませんし。墓荒らしに合わないように呪術陣を施したのでしょうから、当然ですわね」


幸か不幸か、リリアナが棺を破壊しても呪術陣の効力は有効らしい。魔術陣ではなく呪術陣にしたのも、魔力の供給がなくとも動くように考えた結果だろう。

最後にもう一度遺体を確認し、リリアナは全てを元に戻す。土が柔らかくなり完全に元通りとはならなかったが、違和感を抱かれない程度にはなった。


もう墓地に用はない。転移の術で王宮に戻ると、リリアナは自らの体を綺麗にして臭いを消し、そのまま寝台に入った。




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