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悪役令嬢はしゃべりません  作者: 由畝 啓
第一部 悪役令嬢はしゃべりません
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56. フィンスタ・ヴェルク 7


ライリーは、コンラート・ヘルツベルク大公の攻撃を避けながら、常に隙を伺っていた。事を起こす切っ掛けは、ライリーに一任されている。

攻撃を避けるばかりで反撃しようとしないライリーに大公が痺れを切らし始めた時、ライリーは動いた。両脚に流す魔力を増加させ、一瞬で大公の胸元に躍り込む。通常であれば反応できない速度だったが、百戦錬磨の大公は咄嗟に剣を体の正面に引き寄せライリーの剣戟を防いだ。


「――っ!」


通常の攻撃ではあり得ない威力に、大公が息を飲む。しかしすぐに楽し気ににやりと笑うと、大公は後方へと飛んでライリーから距離を取った。ライリーは開いた距離をあっさりと詰め、次々と剣を繰り出す。目にも止まらぬ剣戟に、それまでライリーに野次を飛ばしていた観客たちは違う意味で沸き立った。


「そう来なくてはな!」


楽しみがない、と大公も口角を上げる。しかしその双眸は鋭く、油断なくライリーの攻撃を見切っては躱していた。やがて大公はライリーの隙を探り始める。普段であれば、ライリーはここで引く。しかし、敢えてライリーは大きく一歩を踏み出すと、剣を持つ両腕に思い切り魔力を込めた。


「――っ!!」


大公が息を飲む。その手からは剣が離れ、後方に飛んでいく。しかし大公は動じなかった。もう一方の手で、素早く短剣を抜き放つ。痺れているのか、元々剣を持っていた右手は使わない。


「やるな、貴様」


低く唸った大公だが、ライリーは答えなかった。

その時、ライリーと大公の対戦を眺めていたオースティンが動いた。ライリーの耳元の魔導石が振動する。


『作戦、開始』


その瞬間、轟音が響いた。通常であれば闇闘技場の中に響く音は対戦者たちの攻撃音や観客たちの歓声しかない。しかし、今し方響いた音は明らかに何かが爆破された音だった。


一体何事だと、観客たちだけでなく控え室で出場を待っている者たちも騒ぎ出す。しかし、ライリーと剣を交わしている大公は目の前の敵を倒すことに執心していた。

彼にとって、ライリーは得難い存在だった。自分と互角に戦える存在というのは、滅多に居ない。これまでの経験ではスリベグランディア王国のケニス辺境伯や王立騎士団長ヘガティ、自国ユナティアン皇国でもごく僅かな相手だけが、大公の期待に応えられる強さを保持していた。ユナティアン皇国の第一皇女も戦闘狂として名を馳せてはいるが、大公にとっては取るに足らない存在だ。ただ皇族という地位に甘んじている児戯に過ぎないと思っている。

そのため、ライリーは久方振りに遭遇した好敵手だった。


「逃げるなよ」


ヘルツベルク大公は、獰猛に笑いながらライリーに言う。後方に飛び退って大公から距離を取ったライリーは、小首を傾げた。逃げるなと言われても、それに応える義理はライリーにはない。しかし、このままでは大公はライリーのことを追って来そうだ。そうなってしまえば、ライリーたちの計画に差し支える。


だが、このような状況を想定していなかったわけではない。ライリーは小さく笑みを唇に刻んだ。


「そこまで高く買って貰えるとは、思っていなかったな」


本来の口調よりは砕けた言葉遣いで告げる。すると、大公は更に嘲るような笑みを浮かべた。


「何を思おうと自由だが、勘違いをするなよ。私は考えなしの若造に一つ、世間というものを教えてやろうと思っているまでだ」


明らかな侮蔑だが、ライリーは動じなかった。片眉を上げてみせる。その態度を見た大公は、喉の奥で笑いを漏らした。

若ければ若いほど、明らかな侮蔑に対しては怒りを露わにする。特に根拠のない自信を持つ者は、馬鹿にされることが耐えられない。しかし、目の前の若造は大公の知る自信過剰な若者とは違うらしいと、大公は内心で呟いた。


「なるほど、お前はどこぞの若造とは違うらしい」


ライリーに聞こえるか聞こえないか程度の音量で、大公は呟いた。

脳裏に過ったのは、ヴェルクへと発つ前に皇都トゥテラリィで接触を図って来た第三皇子マティアスの存在だった。第一皇女と第二皇子――特にローランドに対して危機感を抱いたらしいマティアスは、ヘルツベルク大公を仲間に引き込もうと画策したらしい。表面上はローランドだけを敵として考えているように振る舞っていたが、第一皇女にも敵対心を抱いているのは明らかだ。その程度の腹芸も出来ない男が皇位を狙っているなど笑止千万だったが、愚の骨頂だったのは、大公を意のままに操られると思っているらしいところだった。


大公は決して第一皇女と手を組んでいるわけではない。第一皇女の猪突猛進さは、ヘルツベルク大公にとっては全くもって好ましくないものだった。しかし、マティアスは二人が戦を好むという一点だけを持って、大公が第一皇女に協力していると考えている様子だった。

しかし、表立ってマティアスを批判するのは面倒だ。ヘルツベルク大公の本懐を遂げるためには、皇位争いという些末事に惑わされるわけにはいかないのだ。

結局大公は適当な返事をしただけだったが、マティアスは都合よく解釈したらしく、機嫌よく自らの邸に戻って行った。

第一皇女と第三皇子のどちらが先に自滅するだろうかと思いながら、大公はヴェルクに来たのである。その結果、大公は予想していなかった出会いを果たした。


「面白い。もう少しお前の実力を見せてみろ」


大公は傲岸不遜に言い放つ。彼が闇闘技場に出場している理由は、決して単なる趣味ではない。当然戦いたいという気持ちを解消する目的もあるが、もう一つの理由は、自陣に取り込める見込みのある人材を探すことだった。ゲルルフ本来の能力を知った切っ掛けも闇闘技場だ。彼の能力を見込み、大公の野望は具体的な形を描いた。今やゲルルフはユナティアン皇国で一部隊を率いることになった。随分な出世である。

しかし、最近はあまり見込みのある人物と出会っていなかった。そこへ、彗星の如くラースと名乗る若者が現れたのだ。これぞ好機と思わないはずがなかった。


再度ライリーに攻撃を仕掛けようとした時、地面が揺れた。複数箇所で起きた爆発で、地下貯水槽の構造がぐらついているのだ。崩壊するのも時間の問題に違いない。

それでもなお、大公は諦めていなかった。小さく舌打ちをしたものの、ライリーを注視し逃すまいとしている。さすがのライリーも、今の大公に背を向けて逃げることはできなかった。背中を向けた途端、大公は迷いなくライリーを切り捨てようとするだろう。


逡巡したライリーだったが、ふと視界の隅に小さな動きを捕えた。知らず口角が僅かに上がる。ライリーの表情の変化に気が付いた大公は、訝し気に眉根を寄せる。

次の瞬間、二人のすぐ傍で爆発が起こった。ライリーの視界に映った魔道具だ。何が起こるか理解していたライリーは、爆発の直前に結界を自身にだけ張ったため事なきを得る。しかし、予測していなかった大公は直撃を受け、爆風と共に遥か後方へ飛ばされ、観客席と分け隔てている壁に激突する。結界を張って衝撃をある程度殺すことには成功したようだが、体が痺れて暫くは動けなさそうだ。


そして、それだけの時間があればライリーには十分だった。身体強化した足を活かして、その場から離れる。その間にも、地下貯水槽は徐々に崩れていった。大公とライリーの間にも、次から次へと石の塊が落ちていく。

姿が見えなくなったところでようやく、ライリーはオースティンと合流した。


「お疲れ。どうだった?」

「想定外に、大公が好戦的だったよ」

「なかなか離してくれなかったみたいだな」


どうやらオースティンはライリーと大公の様子を窺っていたらしいと、ライリーは頷く。恐らく魔道具をライリーたちの足元に投げて爆発を引き起こしてくれたのも、オースティンに違いない。

だが、このまま無事に大公たちから逃れる方が重要だ。


「剣は?」


オースティンが尋ねる。すると、ライリーは小さく笑みを浮かべて手にした剣を掲げてみせた。


「奪えた。大公は気付かないと思うけど、時間の問題かもしれないね」


ライリーの言葉に、オースティンは安堵を滲ませる。

剣を奪ったのは、ライリーが大公の手から剣を弾き飛ばした時だった。弾き飛ばした瞬間に、ベラスタの作った魔道具でそれぞれを互いの位置に転移させる。つまり、今闘技場の床に転がっている、一見大公の手から飛ばされたように見える剣は、元々ライリーが持ち込んでいた剣だった。


「どんな感じだ?」

「妙に手にしっくり馴染んでいるような気がするよ。でもこれを使って戦ったことはないから、まだ分からないよ――使ってみる?」

「あとでな」


オースティンはあっさりと答える。試してみない、という選択肢はないらしい。予想していたライリーは、楽し気に笑みを漏らした。


「ベラスタは?」

「戦闘には向いてないからな、魔道具を仕掛けて爆破させた後、そのまま真っ直ぐ宿に戻ったはずだ。出発する準備を整えてくれてるはずだぜ」

「それなら良かった」


安心したようにライリーは頷く。このまま後始末はローランドたちに任せ、ライリーとオースティンはクライドやエミリアと合流後、さっさとヴェルクを発つ予定だった。

途中、突入して来たヴェルク騎士隊と闇闘技場関係者がもみ合いになっているのを尻目に、二人は外へ出る。途中で見つかってしまえば逃走も危ういと懸念していたが、魔術で気配を消していたせいか、見咎められることはなかった。


外に出た二人は、足早に待ち合わせ場所へと向かう。落ち合おうと当初決めていた場所は、闇闘技場の会場から離れていない。建物と建物の狭間にある小さな道へと足を進め、オースティンとライリーは術を解いた。


「殿下!」


小さい声で名前を呼ばれて、ライリーは振り返る。すると、そこには安堵した様子のクライドとエミリアが居た。二人とも物陰に身を潜めていたようだ。

ライリーは笑みを浮かべて、手に持った剣を掲げてみせる。


「無事、入手できた」

「それが例の――剣ですか?」


エミリアが首を傾げている。頷いたライリーは、腕に巻いた魔道具を外し無効化する。すると、膜を張っていたような状態だった剣から魔力の層が外れ、剣が真の姿を取り戻した。


「話には聞いていましたけど、凄いですね」


クライドが感嘆の溜息を漏らす。

破魔の剣を奪うことになった時、一番の問題はヘルツベルク大公の目を誤魔化すことだった。破魔の剣は外見も独特だ。そのため、そのまま奪えばすぐに気が付かれてしまう。その上、破魔の剣は魔術の干渉を受け付けない。

悩みに悩んだ挙句、ベラスタとドルミルが導き出した答えは、剣の周囲に結界のような形で魔術を張り巡らし、人の目には違う剣に見えるようにする、というものだった。当然、そのような魔術を使える者はいない。そのため魔道具を作ることになったのだが、ここで予想外の働きを見せたのがドルミルだった。

ドルミル一人、もしくはベラスタ一人では無理だっただろう魔道具作りも、二人で知恵を出し合えばどうにかなるものだったらしい。計画を実行する直前になってようやく完成した魔道具を持って、ライリーとオースティンは闇闘技場に潜入したのだった。


「それほど長時間は使い続けられないということだったから緊張したけどね。でも目的は達成した。すぐに宿に戻って、ヴェルクを発とう」


ライリーの言葉に、クライドとエミリア、そしてオースティンが頷く。四人は足早に、夜明けの近づいたヴェルクの町を歩いて宿へと向かった。



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