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悪役令嬢はしゃべりません  作者: 由畝 啓
第一部 悪役令嬢はしゃべりません

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56. フィンスタ・ヴェルク 6


オースティンは剣闘士が控えている場所から闘技場に繋がる通路に立ち、ライリーとコンラート・ヘルツベルク大公の対戦を眺めていた。違和感を持たれないよう少し前の試合からその場所に立っているが、時間が経つにつれて徐々に眉間の皺が深くなっている。時折気が付いたように溜息を吐いては体に籠った力を抜いているが、軽く苛立ってしまうのは止められなかった。


「――ったく、冷や冷やさせやがって」


誰にも聞こえないように小さくぼやく。

ライリーとオースティンは深くからの付き合いだ。そのため、普段は穏やかな仮面の下に隠しているライリーの本性もオースティンは知っている。

王太子という立場を理解して普段は穏やかに、そして控え目に振る舞っているライリーだが、実際は自分で動く方が好きな性質だった。いうなれば戦争では後方に控える指揮官ではなく、先頭切って敵に突っ込んで行く切り込み隊長だ。その点ではオースティンと趣味が合うが、周囲を冷や冷やさせるという意味では同列に扱うべきではない。


「昔からそうだったけどな」


まだ二人が幼く、大人の目を掻い潜って冒険を楽しんでいた頃、鍵のかかった扉を開けようと言い出したのはライリーだった。オースティンはそんなことが出来るとは思っていなかったが、ライリーは何処からともなく持ち出した針金を使って器用に扉を開けてみせたのだ。後から聞けば、どうやら王子らしく、そして理想的な王太子となるために諸々の願望を押し殺して生きて来たものの、冒険者や騎士に憧れていたらしい。

錠前開けは騎士の仕事ではないと指摘したオースティンに、ライリーは楽し気に笑いながら答えた。


『そうだけど、例えば守るべき人が閉じ込められていたら? 毎回扉を蹴破るのかい?』


自分で鍵をこじ開けられたら、扉を蹴破る必要はない。その上こちらが少人数で戦力的に敵より劣っていても、人質を解放し、容赦なく敵を叩き伏せることができる。

そう主張するライリーに、オースティンは目を丸くすることしかできなかった。確かに戦略的に有効だが、当時の年齢ではまだそのような手段を教えることはなく、正統派の戦術を簡単に伝えることしかなかったはずだ。実際にオースティンも、家庭教師からは正攻法の触りしか習っていなかった。


「でもこっちの胃が痛くなるのは勘弁してほしいぜ」


ライリーの立てる計画は、常に自分自身を戦力として数えている。特に今は味方の人数も少ないためライリーが動くことで戦略の幅が広がるのは有難いが、側近でもあるオースティンやクライドの胃は痛くなるばかりだ。

しかし、間違いなく今大公に対峙しているライリーは生き生きとしている。王宮に閉じこもっている時よりも遥かに楽し気な様子は、長い付き合いのあるオースティンだから分かるものだった。


「――あんなんだから、止める気にもなれねえんだけどな」


苦笑を浮かべてオースティンは目を細める。普段から色々なことを我慢している親友だからこそ、羽を伸ばせる時は遠慮なく楽しんで欲しいという気持ちも確かにあるのだ。


そんなオースティンの前で、大公が動く。しかしライリーは動じない。確かに大公は強いのだろうが、ライリーたちの目的は大公を倒すことではないのだから、焦る必要はなかった。


地面が抉れる音が響く。

一般的な闘技場とは違い、地下の貯水槽の遺構に作られた闘技場の床は石だ。強化されているため普通であれば抉れたり壊れたりすることはないはずなのだが、ヘルツベルク大公の攻撃は威力が強いらしい。

あれを食らったらただではすまないなと思いながら、オースティンは冷静に二人の戦いを見守っていた。オースティンが焦っていないのは、ライリーにまだ余裕が十分にあるからだ。一応剣は腰から抜いて手に持っているものの、大公の攻撃を避けることを優先して剣を使ってはいない。

そのことにまだ観客たちは気が付いていないが、ライリーが逃げ一方なことに気が付いて罵詈雑言を投げかけるようになるのも時間の問題だろう。

オースティンは、最善の時機を見計らう。仮にオースティンがライリーより先に大公と対戦することになれば、今からオースティンがしようとしていることはライリーの役割だった。だが現実は逆だ。


「持ちこたえてくれよ」


オースティンは、祈るような言葉をライリーに投げかける。耳に付けた魔道具の通信は、今は切っている。ライリーが戦いに集中できるようにと考えた結果だった。


――――()()()()()()()、あと少し。



*****



闇闘技場の入り口すぐ近くで、ローランドは脇に控えたドルミルに声を掛けていた。


「まさか、あっという間にヴェルク騎士隊を引き抜いて来るとはな」

「見直して頂けましたか」

「最初から侮ってなどいなかったが?」


殊勝に見せかけられたドルミルの言葉にローランドが片眉を上げると、ドルミルはにやりと笑みを浮かべてみせた。その表情を見たローランドは嘆息する。

今の彼らの後ろには、ヴェルク領主が擁している騎士隊が控えていた。


ヴェルクには軍隊がある。通常ヴェルクの治安を維持しているのは警邏隊と呼ばれる、軍隊の一組織だ。だが、闇闘技場の所有者は警邏隊と通じていた。ただし警邏隊は、厳密にはヴェルク軍の下部組織であり、それほど権力は持っていない。彼らができることは、ヴェルクに住まう民たちに横暴な振る舞いをすることまでだった。軍隊は複数の小隊に分かれ、それぞれに小隊長がいる。小隊長たちは皆貴族の出であり、闘技場の所有者も軍隊の小隊長たちとは懇意にできなかったらしい。


とはいえ、念には念を入れてローランドたちはヴェルク領主直属の騎士隊に協力を得ることに成功していた。

ヴェルク騎士隊は少数精鋭であり、基本的にはヴェルク領主の近衛のような役割を果たしている。領主の判断があればその指示により何らかの任務に就くこともあるが、それはたいていの場合ヴェルク領主に対する謀反であったり、ヴェルクの存在を根底から揺るがすような犯罪であることが大半だ。

そのため、闇闘技場の検挙への協力を取り付けたとしても、騎士隊が動くとは予想していなかった。


ローランドの疑問に気が付いたのか、ドルミルは僅かに声を低めて主にだけ聞こえる音量で囁いた。


「簡単な話です。闇闘技場に関しては、以前から領主殿も頭を痛めていらしたのですよ。闘技場はヴェルクの大きな収入源ですから、闇闘技場に客が流れてしまえばその分ヴェルクの懐は寂しくなります。その上、それだけの巨額が一個人の懐に入るのですから、いずれはヴェルク領主の脅威となり得たでしょう」

「まあ、それは理解できるが」


ドルミルの説明はある程度説得力はあったが、ローランドは釈然としないままだった。

これまでヴェルクの領主が闇闘技場に手を出さなかった理由は、闇闘技場に関する情報を領主が知らなかったか、もしくは知っていても何らかの理由で検挙しない方が都合が良かったか、あるいは手を出すほどの余力がなかったからだと思っていた。

だがドルミルの説明と現状を鑑みる限り、そのいずれも正しいとは思えない。


そもそも、ローランドたちが掴むことのできた闇闘技場の規模はかなり大きく、秘密裏に運営することは既に不可能になっている。必ず領主やその側近の耳には届いているはずだった。ヴェルクの警察機能を持っている警邏隊を闇闘技場の所有者が取り込んでいたとしても、ヴェルク領主が何の対応も取らないのは妙だった。


仮に領主が闇闘技場に関して情報を持っていなかったのであれば、領主本人ではなく家宰等の部下が実権を握っていると判断できる。つまり、その場合は実際の権力者が闇闘技場の運営を見逃していたと考えられる。何らかの見返りを貰っていた可能性も考慮しなければならない。ただしこの場合、どれほどドルミルが働きかけても騎士隊まで派遣するほどの協力は得られなかったはずだ。

そして余力がなかったという点も、騎士隊の装備や人数を見る限り、根拠としては弱すぎる。


「まさかお前、脅したりはしていなかろうな?」

「そんな不敬なことはさすがの私も致しませんよ」


ローランドの問いに、ドルミルは飄々と肩を竦めて答えた。しかしローランドは胡乱な視線を崩さない。ドルミルは非常に優秀な部下ではあるものの、目的のためには手段を選ばないところが玉に瑕だった。

そしてその場合、ドルミルはローランドに報告しない。何かしら問題が露呈した時にローランドの身を護るためだろうことは何となく想像できたが、ローランドとしてはいつも釈然としない気持ちを抱くことになる。

とはいえ、どれほど問い詰めたとしてもドルミルは簡単には口を割らない。仕方がないと、ローランドは溜息を吐いて追及を諦めた。代わりに、確認しなければならないことを一つだけ質問する。


「裏切りはしないな?」

「それは勿論」


断言したドルミルに、ローランドは内心でほっと安堵した。ドルミルが力強く請け負うからには、ヴェルク領主や騎士隊がローランドたちを、ひいてはライリーたちを裏切るようなことはないだろう。

尤も領主たちはローランドがライリーたちと協力して破魔の剣を奪おうとしていることは知らない。ただ彼らが認識しているのは、闇闘技場の検挙という一点のみだった。領主たちが疑問を抱かなかったのも、ドルミルがローランドの第二皇子という地位を最大限に有効活用したからだった。


普通の貴族であれば何の利益があって申し出ているのかと警戒されるところだが、ユナティアン皇国を治める皇族としてと言われてしまえば、ヴェルク領主が表立って逆らうことはできない。もし彼らが逆らおうとするのであれば、戦力に余力がないことを理由として、適当な小隊を貸し出せば良いだけだ。


「――ヴェルク騎士隊を貸し出すのは、何かしら後ろ暗いことがあるからではないかと思ったのだが」

「殿下がお気になさるようなことはありません」


最後のあがきとばかりにローランドが言えば、ドルミルは冷たく一刀両断する。さすがにローランドも苦笑して口を噤んだ。

どうやらドルミルは、詳細をローランドに打ち明ける気がないらしい。


溜息を吐く代わりに、ローランドは眼前の扉に目を向けた。

今ローランドたちが居るのは、東方の建築様式が取り入れられた独特な形状で、以前は公的機関が入っていたという古い建物だ。二階建ての平屋で、中央の庭園を囲むように長方形の形に建てられている。

今は金貸業の組合(ギルド)が入っているが、その地下には封鎖された貯水槽への入り口があった。ローランドが注視しているのは建物自体ではなく、既に封鎖され使われなくなっていたはずの、地下へと繋がる石戸だった。他にも複数の出入口があるが、そこにはヴェルク騎士隊が控えている。


騎士隊が裏切って闇闘技場の所有者を逃す可能性も考慮には入れていたが、ローランドたちが立てた今回の計画の本旨は闇闘技場所有者の捕縛ではない。仮に闇闘技場の所有者が逃げ果せたとしても、ローランドはヴェルク領主を責め立てるつもりはなかった。尤も、実際にそうなってしまえば、騎士隊の不手際を問い質す素振りだけはしなければならないだろう。


「そろそろだろうか」

「そうですね、騒々しくなっておりますから、そろそろ動くでしょう」


ドルミルの言葉にローランドは眉根を寄せる。当然、闘技場内の歓声はローランドには聞こえない。魔力で身体強化をしているのだとしても、ドルミルの聴力は異常だった。そもそも身体強化をして聴力を上げているのだとすれば、これまで何気なくローランドとしていた会話も頭に響いて仕方がなかったはずだ。


「――魔道具を使っているのか?」

「いいえ。魔道具では特定の場所しか聞くことができませんからね。魔術ですよ。自分が意識した場所の音だけを聞くことができるのです」


思わずローランドは絶句する。良く目を凝らしてみれば、ドルミルの耳付近から細く長い魔力が石戸に向かって流れているのが見えた。

元々ドルミルは魔術に適性があったが、最近は頓にドルミルの魔術に磨きがかかっている気がする。それだけでなく、ローランドは目を凝らした時に不可思議なものを見かけた。


「ドルミル、お前、魔力量が増えていないか?」


現在、ドルミルから流れ出ている魔力はそれほど量はない。寧ろ微細な魔力操作に目を瞠るべきところだ。しかし、そのドルミル自身から感じ取れる魔力が、以前よりも強くなっているように思えた。

だが、平然と闇闘技場で戦っている者たちの音を聞き取りながら首を傾げる。


「そうでしょうか? 実感はありませんね。気のせいでは?」


ローランドは眉根を寄せた。ドルミルが実感していないことはあり得ない。しかし、間違いなく魔力量が増えていると断言するほど自分の感覚に自信もなく、ローランドは口を噤んだ。

戸惑うローランドに何を思ったのか、ドルミルは薄く笑みを浮かべる。そして、彼はひそやかに告げた。


「始まりますよ」


その瞬間――内部から吹き上げた風圧で、石戸が木端微塵に砕け散る。その風の抵抗をものともせず、ローランドとドルミルは地下へと身を躍らせた。



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