55. 魔窟の都 3
会議が終わった後、グリード伯爵は一人王都の邸宅に戻るための馬車に揺られながら渋い表情で考え込んでいた。
「――まさか、とは思っていたが――いや」
低く唸る。
リリアナ・アレクサンドラ・クラークが王太子を見限り大公の婚約者になりたいと打診して来た――その話をメラーズ伯爵から聞いた時、グリード伯爵は鼻で笑い飛ばした。大公派としては旨味もないが損もない。たかが小娘一人が大公派に寝返ったところで、大局に変わりはない。そう思っていた。
だが、本当にそうだろうかと、最近では違和感がグリード伯爵の心に芽生えていた。
「大公とスコーン侯爵は気が付く気配もないが――メラーズの奴もまだ察してはいないようだな。馬鹿の相手で忙殺されているから仕方のないことだろうが」
グリード伯爵は眉根を寄せる。メラーズ伯爵とは旧知の仲だ。元々、グリード伯爵自身は次期国王に大公と王太子のどちらを推すかなど拘ってはいない。グリード伯爵領自体それほど大きな領地ではないし、どれだけ領地改革に乗り出そうが懐が飛躍的に潤うような、画期的な策を講じられるような土地柄でもなかった。
質実剛健と言えば聞こえは良いが、いわば可もなく不可もなしな土地である。そんな土地の領主をしていれば、ある程度は身の程も弁える。グリード伯爵は間違いなく、貴族たちの間でも特に目立つような立場の存在ではなかった。
だが、そのグリード伯爵を大公派の中心人物として引っ張り出したのがメラーズ伯爵である。メラーズ伯爵は若かりし頃から野心に満ちた人物だった。上昇志向が強く、そのためにはどのような苦労も惜しまない。伯爵家の次男として年の近い兄と切磋琢磨する環境故かもしれないが、彼は文官として勤めた後、上司の覚えめでたく外交官となり、そしてついには宰相の座まで手にいれた。
今は亡き先代クラーク公爵と懇意にして居る時は、クラーク公爵の良い駒になっているように見えて多少の距離を取っていたが、そのクラーク公爵も亡き今遠慮はない。メラーズ伯爵の側に控えて適当に支援をしてやれば、後は勝手に旨いところだけを掠め取れる。メラーズ伯爵は、グリード伯爵の支援が――特に魔導省の繋がりが欲しかったのだろうから、そこは持ちつ持たれつである。
そう考えているから、グリード伯爵はある程度の距離感を保ちつつも、大公派の中心人物としての存在感を保持するよう努めていた。会議の度にスコーン侯爵の嫌味が一度以上は飛んで来るが、それもまた必要経費だ。
「あの小娘が、王太子の駒である可能性も否定できなくはない――か」
ここ最近でグリード伯爵の心に芽生えた疑惑は、リリアナが実は間諜のような役割を果たしていたのではないかという一点だった。
一番の切っ掛けは執務室の出来事だ。確かにリリアナはライリーとオースティンを足止めしていたし、その上魔導省の中でも一番大公派にとって邪魔なベン・ドラコすらも執務室に引き入れていた。本人の話を聞く限り偶然だったようだが、今となってはそれも怪しい。
八番隊が突入したにも関わらず、事前に知らなかったはずの王太子と近衛騎士オースティンは見事に逃げ果せたし、捕えていたベン・ドラコも今や行方不明だ。ベン・ドラコに対する切り札となる予定だったベラスタ・ドラコもいつしか姿を消したという。それに、国王ホレイシオも顧問会議招聘直前に出奔した。
王太子派の貴族たちが事前に何らかの情報を得ていたのだろうというのが大方の見方だったし、グリード伯爵も同意見だった。しかしそこにリリアナが一枚噛んでいたとしたら――王太子派の、直前に見せた見事な逃走劇も納得できるのだ。
リリアナのことは小娘として侮っていたし、実際に発言を見る限りは大した頭もないようだ。だが、どれほど脳が足りない者でも聞いた話を仲間に伝えることくらいはできる。
そして実際に、大公がライリーの居場所を掴んだと告げた時、リリアナの表情は僅かに強張った。予め疑いを持って注視していなければ分からない程度の変化だったが、はじめからリリアナの様子を観察していたグリード伯爵だけは気が付いた。
「だがそうなると、殿下があの娘を一人敵陣に置いて行ったということになるが」
グリード伯爵は首を傾げた。あまりライリーの性格にそぐわない気がする。しかし、彼の頭には女子供が自発的に考え動くという観念はない。彼にとっての妻や娘とは、当主や夫の意向に従い動く存在であり、頭の中には美容と衣装、恋愛事の話しか詰まっていない、取るに足らない存在だった。
「釈然とはしないが、そう考える他はないな。とはいえ実際にあの娘が殿下もしくは王太子派の何某かと繋がっているかどうか、調査は必要だ」
それに、とグリード伯爵は難しい表情を崩さない。
仮にリリアナが本当に間諜の真似事をしているとして、それがライリーの指示だった場合、リリアナの神経は存外に太いということになる。帰宅したらリリアナの身辺を探らせねばなるまいと、グリード伯爵は決意した。
「メラーズの奴には、結果が出てから伝えれば良いだろう。これもまた一つの貸しになる」
結論の出たグリード伯爵はにやりと笑う。
フランクリン・スリベグラード大公が会議で良く発言するようになってから、グリード伯爵の存在感は薄れがちだ。元々スコーン侯爵の暴走を補助する仕事はメラーズ伯爵に任せ、雑事ではあるものの重要な仕事を請け負っていたが、魔導省や王立騎士団を掌握し大公が存在感を示し始めた今、グリード伯爵の価値は下がり気味だ。一度、梃入れのつもりで何かしらの成果を出しておいた方が良い。
そう考えるのも、グリード伯爵の立場としては無理なからぬことだった。
*****
王宮でフランクリン・スリベグラード大公が王太子ライリーの暗殺および破魔の剣奪還の命令を出したとは知らないまま、ライリーとローランドはヴェルクの場末にある酒屋の地下で久方振りの再会を果たしていた。
「息災でなによりだった、ライリー殿」
「ローランド殿。そちらこそ、ご健勝のご様子でなにより。第一皇子殿下におかれては残念なことだった」
にこやかな顔で挨拶をした二人は既に支配者の顔だ。しかし最初の一言を交わしただけで、ローランドはにやりと皇族の仮面を取っ払う。
「残念だとは思っていないだろう? 兄上は王国への介入を企んでいたからな」
明け透けな物言いに、ライリーは苦笑するだけで明確な返答は口にしない。ローランドもライリーの答えを待っていたわけではないようで、あっさりと話題を変えた。
「とりあえずは時間もないから単刀直入に、例の話をしよう」
「ああ、そうだね。助かる」
ライリーもまた口調を平素のそれに近づける。ローランドとライリーが机を挟んで椅子に腰かける。皇子と王太子の密談にしては場所があまりにも不釣り合いな雑多さだが、お互い気にする様子もない。そして人目を避けるため、この場にはライリーとクライドの二人だけが来ていた。ローランドも例によって、後ろに部下のドルミル・バトラーが一人控えているだけだ。
「ヘルツベルク大公はヴェルクに別邸を持っている。武人だが同時に一風変わった趣味も持っているためヴェルクに滞在することも良くあるのだが――フィンスタ・ヴェルクという言葉を聞いたことは?」
破魔の剣を持つというコンラート・ヘルツベルク大公の情報を、ローランドはあっさりと開示する。しかしそこに出て来たフィンスタ・ヴェルクという言葉に聞き覚えはなく、ライリーはちらりとクライドを見た。クライドも知らなかったらしく首を振る。
二人の様子を見ていたローランドは、あっさりと「だろうな」と頷いた。
「ヴェルクを治める領主としても皇国としても、フィンスタ・ヴェルクとは忌まわしい名前でな。長らく続いてはいるものの封印されている言葉だ。ヴェルクに長く住み、土地に馴染んだ人間くらいしかその名前を聞いたことはないだろう。実際に領主もフィンスタ・ヴェルクそのものを殲滅しようと警邏に力を入れているんだが、なにぶん敵もさるもので鼬ごっこだ」
「――つまり、違法賭博のようなものということかな?」
ローランドはフィンスタ・ヴェルクに関して具体的な説明を口にしなかったが、ライリーは検討をつけて尋ねる。どうやらその推測は中らずと雖も遠からずだったらしく、ローランドは満足気に頷いた。
「そう、違法賭博も含まれる。つまりはヴェルクのフィンスタ、という意味だ。俺も実物を見たことはないが、なかなか凄惨なものだと聞いている」
「たとえば?」
聞きたくはないが、聞かねばならないだろう。そう考えてライリーは問うたが、ローランドもまたあまり口にはしたくない事柄のようだった。眉根を寄せて口をへの字に曲げる。
「手札賭博、曲芸、見世物小屋――他にも数え上げたら切りがないが、大公が好んでいるのは闇闘技場に剣闘士として出場することだ」
ライリーは首を傾げた。スリベグランディア王国では禁止されているため、剣闘士同士の戦いは存在していない。円形闘技場は遺されているものの、現在の用途は演劇であったり海戦の模擬戦であったりと、比較的平和な内容へと移行している。
しかしヴェルクでは円形闘技場での剣闘士同士の戦いや闘牛は定期的に開催されていると聞いたことがあった。そのため、フィンスタ・ヴェルクと言われてもピンと来ない。
「つまり、違法なものがあるということなんだね」
「その通りだ。ヴェルクも円形闘技場での催しは一大行事だから力を入れている。だから一日の開催時間、回数、参加する剣闘士、全てが厳格に管理されている。当然賭博に関してはヴェルク領主の管轄だ、一部が全て領地の収入となる。だが、人気があるだけに抜け道を探る闇闘技場も多い」
剣闘士も事前に体力や技能、健康状態が確認され、登録される。戦う相手は能力や体力が釣り合うように調整され、深刻な怪我も負わないように勝敗の判定基準も明確だ。
だがそれでは物足りないと思う者もいる。その結果生まれたのが、フィンスタ・ヴェルクの闇闘技場だった。
表の剣闘士と違って著名になることはないが、報酬は破格だ。掛け金が全て胴元の管轄となりヴェルクには入らない上、命の危険もあるのだから当然のことだった。一攫千金を狙う者や血気盛んな者、何らかの事情で正規の剣闘士になれない者はこぞって闇闘技場の剣闘士へと身を落とした。剣闘士とは言うが、実際には奴隷のような扱いだ。戦いの中で命を落としても自己責任だし、大怪我をしても連戦の猛者で金を胴元に落とす実力者でない限り、治療はされず放り出されたままだ。
「その――劣悪としか思えないんだが、闇闘技場に大公が出ている、と?」
ライリーは戸惑いを隠せない。斜め後ろに控えているクライドも僅かに目を瞠っていた。しかし二人に対峙しているローランドは真剣な表情で頷く。
「その通り。それも連戦の猛者にあたり人気も高いらしい。当然、素性が知れては困るからな。通り名は“仮面の死神”だ」
更にライリーとクライドはなんとも言えない顔になる。ヘルツベルク大公は武人として名を広く知られており、“緋色の死神”と呼ばれている。緋色ではなく仮面と称されているとはいえ、分かる人間には気付かれそうだ。
「それは――なんというか、あまりにも安直だな……?」
「俺もそう思うが、まあ、その程度の簡素さが逆に評判を呼ぶのだろうよ。それに闇闘技場に出場する剣闘士たちの名はどれもこれもが口にするのも恥ずかしいものばかりだ」
ローランドは呆れを隠さない。双眸に冷たい光が宿るが、それ以上の文句は口にしなかった。
そしてライリーやクライドも、何となく呼び名の傾向を察して小さく嘆息する。その様子を見たローランドは楽し気に笑った。
「予想がついたようだが、“両斧のギーズ”だとか“剛腕ハリー”、他にも“血飛沫の蝙蝠”とかな、見ていて飽きんぞ」
「――明言は控えるよ」
一方のライリーは苦笑する。クライドも複雑な表情で黙り込み、ローランドはそんな二人を面白気に見やった。しかし、すぐに彼は笑みを消す。そうするとローランドも王者の風格が垣間見えた。
「大公はヴェルク滞在中は必ず闇闘技場に出る。彼が例の剣を振り回すのは、戦場以外ではここだけだ。それ以外の場所では魔術も使い厳重に保管している上、常に本人と護衛が周囲に着いている。決して手放すことはない」
「寝ている間は?」
「盗難防止の陣が施された箱に入れてある」
「徹底しているね」
ライリーは肩を竦めた。ローランドも頷く。
どうやらコンラート大公は、愛剣を非常に大切にしているらしい。それではなかなか剣を奪う機会に恵まれないではないかと眉根を寄せたライリーに、一つ頷いたローランドは更なる情報を提供した。
「ここで鍵となるのは盗難防止の陣だ。実はこの術式は、戦闘中は解除される」
「つまり?」
ローランドの説明では不十分だったため、ライリーは更なる説明を求める。ローランドも隠す気はないらしく、あっさりと事の次第を告げた。
「持ち主――つまりこの場合は大公のことだが、剣自体には盗難防止の陣は施せない。どうやら新たな術式の付与を、剣自体が拒絶するようだ。そのため、大公は特別に造られた腰帯と箱に盗難防止の陣を施している」
確かに破魔の剣は宝剣だ。新たな術式を付与しようとしても受け付けないというのは非常に納得できる。そして、それならばやはり戦闘中に奪う、もしくはすり替える方がスムーズだ。
眠っている間に箱に施された盗難防止の陣をベラスタに解析させ持ち去ることも出来るが、極力早目に事を為したい。
しかし同時に、策は万全を期すべきだった。
「ローランド殿。その陣を解析し無効化できる可能性はどの程度あると思う?」
ライリーは問う。ローランドとドルミルはおや、というように片眉を上げた。だがクライドだけはライリーの真意を悟ったらしく、動じた様子を見せない。
ローランドはライリーの質問の意味を探るように目を細めると少し考えた。
「――俺は魔術には詳しくないから、仔細は分からんが――宮廷魔導士の力を借りたというから、相応に難しいのではないか」
「現物を見ないと分からないかな」
ライリーは呟く。当初の予定通り、クライドとエミリアだけが破魔の剣の奪取に来たのであれば、戦闘中に何とかすり替える、もしくは戦闘後の控え室に忍び込むといった方法しか取れなかっただろう。だが、幸いにも今ここにはライリーもオースティンも、そしてベラスタも居る。
上手く行けば箱の解術を施し夜中に奪うこともできるかもしれないし、戦闘中にすり替える必要が出て来るかもしれない。
簡単に状況を頭の中でまとめたライリーは、おおまかな指針を決定した。
「それならやはり私がベラスタと共に、大公閣下の屋敷へと侵入しよう。そこで魔術陣を複製する。解術できそうならば、大公が最後の戦いを終えた夜に剣をすり替える。もし不可能ならば、戦闘中に彼の腰帯をどうにかする、もしくは剣を奪うしかないだろうな」
具体的な策を立てると身動きが取れなくなるが、狙える隙は複数ある。そのどれかを突く他ない。
しかしローランドは渋い表情だった。
「あまり接触する回数が増えると、こちらの意図に気が付かれる可能性も増えるぞ」
「確かにその通りだけど、今を逃すわけにはいかないんだ」
ライリーは申し訳なさそうに、しかし断固とした口調で告げる。どうやら何か理由があるらしいと悟ったローランドは目を細めるが、それ以上追及しようとはしなかった。
代わりに、ローランドは一つの気がかりを口にする。
「今、ヴェルクにはイーディスも来てるのだ。偶然だが、一年に一度しか開かれない舞台があるらしく、それを観に来たようだ。だから極力、町全体を巻き込んだ抗争にはしたくない」
こちらの都合で申し訳ないが、というローランドに、ライリーは真面目な顔で首を振ってみせた。
イーディスがヴェルクに居ることは予想外だが、彼女を巻き込む気は毛頭ない。勿論、イーディス以外の者も同様だった。
「イーディス皇女殿下がいらっしゃらなくとも、町を巻き込んだ抗争は避けたい。無関係の者に被害を出すのは本意ではないからね。できれば何事もなく、気付かれない内にヴェルクを脱出したいものだよ」
「違いない」
ローランドはにやりと笑った。
大公が剣のすり替えに気付く時間が遅れるほど、ライリーたちが無事に逃れられる確率は高くなる。ライリーは薄っすらと笑みを浮かべると、最後に一つ、頼みを口にした。
「宿に戻って詳細を仲間と詰めた後、また貴殿と相談したい。闇闘技場の詳細と、大公の屋敷の見取り図があれば助かるのだが」
ライリーの不躾にも思える申し出に、ローランドは片眉を上げる。本来であれば、自国の武官が持つ武器を隣国の王太子に渡すための協力をすることは許されない。仮に協力するにしても、ローランドがここまでに口にしたことが限度だ。
しかし、ローランドは躊躇わなかった。
「ドルミル」
短く腹心の名を呼ぶ。ドルミルは一歩前に出ると、ローランドに巻物を二つ渡した。内容を見ることもなく、ローランドはその二つをライリーに渡す。受け取ったライリーは手早く巻物を解いて中を確認した。その口角が僅かに上がる。
一つはコンラート大公が出場する闇闘技場の詳細、そしてもう一つはコンラート大公の屋敷の見取り図だ。
「感謝する」
ライリーの端的な感謝の言葉に、ローランドは満足気な笑みを浮かべた。
*****
リリアナは息を飲んでいた。魔術で垣間見ている風景は、記憶のものと合致する。
ヴェルクの酒場――そこは、乙女ゲームで情報を得る場所として登録されている店だった。その地下で最初に行われる情報交換は、ローランド皇子と攻略対象者による破魔の剣奪還計画だ。酒場に連れて行ける攻略対象者の人数はたったの二名。その内の好感度が高いキャラクターの個別分岐で、ヒロインが誰との結末を迎えるのか確定する。
好感度が高いキャラクターが主体となり、ローランド皇子と会話するのだ。ヒロインの役割は相談役であり、選択肢を選ぶことはできるが、直接の交渉はしない。ローランド皇子との分岐に進むのであれば、ヒロインであるエミリアが主な交渉役となる。
「――そんな」
覚悟していたことのはずなのに、リリアナの声は震えた。
ヴェルクの酒場を訪れた攻略対象者は、ライリーとクライドの二人。ヒロインが居ないことだけが乙女ゲームとは違うが、間違いなくライリーとクライドであればライリーの方がエミリアに対する好感度は高いはずだ。リリアナの確信を裏付けるように、ローランドとの交渉役はライリーだった。
「ウィルの、分岐なの――?」
頭を槌で思い切り殴られたように、頭痛がする。
嫉妬に身を焦がしてはいけない。
悲しみを覚えてはいけない。
怒りを身の内に生まれさせてはいけない。
否定的な感情は体内にある闇の魔力を乱し、増大させ、やがて自我を崩壊させ――我が身は魔王に乗っ取られる。
そんな警告が頭の片隅で高らかに響くが、リリアナは最早うまく息を吸うことすらできなくなっていた。









