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悪役令嬢はしゃべりません  作者: 由畝 啓
第一部 悪役令嬢はしゃべりません
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55. 魔窟の都 2


ライリーとオースティンは、離れた場所に見える城壁を見て安堵の溜息を吐いた。長い旅路ではあるが、ようやくヴェルクに到着する。だが実際にはまだ始まったばかりだ。これからヴェルクに入った後、まずローランドと合流する必要がある。そしてユナティアン皇国の大公コンラート・ヘルツベルクの居場所を特定し、破魔の剣を得なければならない。

更に言えば、問題は剣を奪取した後だ。間違いなくコンラート・ヘルツベルク大公はライリーたちを追い、剣を奪い返そうとするだろう。


「とりあえずヴェルクには無事到着できるな」

「ああ」


オースティンに声を掛けられてライリーは頷く。クライドたちと合流した当初はリリアナに関する見解の違いで気まずくなったが、オースティンの態度が軟化した。そのせいか、これまで以上に関係性が良くなったように思える。


「ローランド殿下とはどう落ち合う予定だ」

「ヴェルクに入ってから指定の店を介して連絡を取り合うことになっている」


尋ねたオースティンに答えたのはクライドだった。元々はクライドとエミリアだけがヴェルクに行く予定だったため、ローランドと秘密裏に連絡を取り合っているのはクライドだ。恐らく今もローランドはクライドとエミリアだけが来ると思っているに違いない。そしてライリーもオースティンも実際の身分は明らかにせず、クライドたちの護衛としてヴェルクに入るつもりだった。


馬で暫く行けば、ヴェルクの町だ。ヴェルクの周囲には検問所が敷かれ、皇国の騎士たちが旅人たちの身元を確認している。これまでの町では見ることのなかった光景に、さすがのライリーたちも目を瞠る。

オースティンがライリーに馬を近づけ囁いた。


「さすが皇国第二の都市だな。身元不明の奴は入れないらしい」

「そうだね、皇都も厳しいと聞いたことはあるが、ヴェルクもそこまでとは思っていなかった」


ライリーも一つ頷く。ヴェルクは第二の都市と呼ばれるだけあり、皇国だけでなく隣国――特にスリベグランディア王国からも多くの商人や旅人が詰めかける。そのため、犯罪者や身元不明の人間が入れないように徹底して管理が行われているようだった。

二人から少し離れていた場所で馬に揺られていたクライドが近づいて来て、情報を付け加える。


「ただ、やはり抜け道は幾つかあるようです。その内の一つが、地元民に紛れることのようですよ」

「地元民は検問の対象じゃないのか」


オースティンが首を傾げる。ライリーは当然のことながら、オースティンもまたヴェルクについてはある程度知識がある。第二の都市ヴェルクが皇都トゥテラリィと同様の治安を誇るということ、そしてそれが厳しい監視によるものだということも知っている。しかし詳細までは把握しきれていない。どうやらクライドも、ここに至る道のりで商人等様々な人物から話を聞き、ヴェルクのより具体的な情報を手に入れていたらしい。


「ええ、ただし実際の民は行商でもない限り、ヴェルクの外には出ることもないでしょう」


クライドの言葉に、オースティンとライリーは納得して頷いた。

ヴェルクは第二の都市と呼ばれて非常に栄えているが、その分規制も多い。その内の一つが、芸事――音楽や舞台、絵画といった芸術に携わる者たちを保護する条件として定められた、他地域への移住禁止だった。当然ながら、芸事に携わる人々がヴェルクの外へ出る時は、たとえ旅であろうと厳しく審査される。同時に他の地域から芸事を生業とする者がヴェルクに来る時は、滞在期間も含めて厳重な監視下に置かれる。彼らがその後ヴェルクに移住するのであれば手厚く保護されるが、技術だけを盗み他の場所へ帰ることを防ぐための措置だという。

しかし、厳しい監視と反してヴェルクは非常に住みやすい都市だという。そのため民も好き好んでヴェルクの地を出ようとは考えないらしい。それこそ、行商を生業としている者くらいがヴェルクを出入りする。


「その行商に紛れるということか」

「そういうことのようですね。ただ行商の場合は入る方は簡単でも出る方が難しいようですが。それから、芸事に従事している者たちの監視が厳しいということは、過去にそれだけ他へ出ようとしていた者が多いという証でもあります」


馬の手綱を上手く操りながら、クライドが淡々と説明する。その説明を聞いたライリーとオースティンは、意外そうな目をクライドに向けた。

ヴェルクは民に住みやすい土地だと聞いている。それにも関わらず、ヴェルクの外に出たがる者が多く居たとは想像できなかった。しかしクライドは意味深な微笑を浮かべる。


「ヴェルクで一芸に秀でていたと言えば、他の土地では王侯貴族にも劣らぬ扱いをされることがありますからね。ヴェルクで芽が出ないまま保護を受けるよりも、よその土地で一旗揚げたいと願う者が相当数いた、ということでしょう」

「なるほど、そういうことか。つまりヴェルクは例外なしに、出ることが難しいと」

「さすがに皇族ともなれば例外でしょうが」


ライリーとオースティンは、理解したと頷いたが、導き出された結論にクライドは苦笑する。

確かにヴェルクに居れば、飢えることはない。しかし芸術の都と呼ばれるだけあり、ヴェルクでは常に優秀な人物たちが切磋琢磨している。他の土地では一流と持て囃されるだろう人物であっても、ヴェルクでは二流、三流と呼ばれることもあるに違いない。

それでは、日々暮らすに困らなかったとしても、贅沢な暮らしは望めない。そして同時に、他からの賞賛も得られないままだ。

それならばいっそ他の土地に行き、そこで賞賛を集め贅を凝らした暮らしをしたいと願う者もいるだろう。

とはいえ、さすがのヴェルクも皇族を相手に、法を犯すのではないかと強固な態度で迫ることはできないだろう。仮に出来たとしても、一般人よりは多少控え目になるには違いない。


「まず第一関門は、無事に中へ入れるかどうか、だな」

「そうだね」


オースティンの言葉にライリーは頷く。手元にある通行証はスリベグランディア王国での身分を示すもので、付き人の人数だけを書き換えた。王国を出た時はクライドとエミリアの名前、そして護衛二人とだけ記載されているが、今は護衛が四人と付き人の魔導士一人となっている。

公文書の偽造にあたるが、それも王族であるライリー、魔術の天才ベラスタ、そして王宮の文官の仕事に通じているクライドが揃えば簡単に書類は書き換えられた。


クライドは現実ではクラーク公爵家当主の肩書きしかないが、乙女ゲームでは父亡き後宰相の座を継いだ才物である。乙女ゲームよりも父エイブラムが亡くなる時期が早く、結果的に年齢が足らずに宰相の座をメラーズ伯爵に奪われた形とはなったが、その能力は決して劣っているわけではない。時期が来れば確実に宰相となるだろうし、ライリーが玉座に着けば宰相の座はメラーズ伯爵からクライドに移るのではないかというのが、最近貴族の間で流れている噂だった。


「入ることは、問題ないでしょう」


多少の緊張を見せたオースティンに、クライドが声を掛ける。ライリーは悠然と微笑み、一つ頷いた。


「そうだね。堂々としていよう」


分かったと、オースティンは頷く。彼らは、そんな自分たちの様子を見つめる目があることには気がついていなかった。



*****



リリアナは、魔術の接続を切った。無事にライリーたちはヴェルクへ入ったようだ。上手く通行証を書き換えたらしい。乙女ゲームではローランドの手引きがあったが、今回はヴェルクへ入るためにローランドの手は借りなかった。この変化がこの先どのような影響を齎すのかは読めないが、いずれにせよ良い知らせだった。


(ウィルもお兄様もベラスタもいらっしゃる中で、衛兵程度に気付かれるような改竄はなさらないとは思っておりましたわ)


当然の結果だと、リリアナは内心で呟く。彼らがローランドと連絡を取り合うところも確認したかったが、生憎とリリアナはこれから大公派の会議に呼ばれていた。重要な会議には呼ばれないというのに、他の貴族たちが集う場には呼ばれるのだから面倒なことこの上ない。それも、そのような会議では誰にも発言を求められることはない。リリアナが会議に呼ばれるのは、単にその場に花を持たせるというだけの意味だった。


(尤も、わたくしも発言したいとは思いませんけれど)


大公派に寝返ったように見せかけているとはいえ、決してフランクリン・スリベグラード大公が玉座に就くことを願っているわけではない。王国のことを考えれば、大公閣下には早々に逝去いただくのが順当だろうと、リリアナは本気で思っている。特に最近の大公は政にも盛んに口を出し、メラーズ伯爵も閉口している。フィンチ侯爵夫人にも最近は会っていないというから、最近作った愛人が影で大公を操っているのではないかというのが専らの噂だった。とはいえ、その“新しい愛人”がどこの誰だか、誰一人として知らないのだが――これまでの大公の行動を見る限り、愛人故の変化だと皆が理解してしまうのも致し方がない。


(それに懸念もございますしね)


リリアナは小さく嘆息する。

先日、王宮内部で見かけた不審人物は、結局何者か確定的な証拠は得られなかった。どうやら相手も魔術を使うらしく、リリアナが放った形代は破壊されたのだ。しかし幸運なことに暫くの間、その人物はリリアナの術に気が付かなかったらしく、王都のどこに向かったのかは把握できている。


「リリアナ様」


そこまで考えていたところで、女官の呼ぶ声にリリアナは顔を上げた。


「お時間でございます」

「そう。行くわ」


ゆったりと優雅な所作で立ち上がり、リリアナは部屋を出る。向かう先はメラーズ伯爵たちがいるだろう会議室だ。面倒なことは事実だが、行かないという選択肢はない。

今でこそ策を弄し、必要なことと判断すれば関わっているが、元々リリアナは興味のない事柄には一切関わらない性質だ。どちらかと言えばその性根は魔導士に似ていると、自分でも思っている。実際、数年前までペトラやベンと頻繁に交流していた時は、ペトラに良く“あたしら似てるかもしれないね”と言われていた。その時は実感はなかったが、今こうして面倒事に出くわす度、ペトラの言葉を思い出している。


廊下を歩き、リリアナは女官に案内されるがまま一室へ向かった。既にメラーズ伯爵とグリード伯爵は居るが、大公やスコーン侯爵の姿はない。そして驚いたことに、室内に置かれた椅子も五人分だった。どうやら珍しく、少人数での会議に呼ばれたらしい。

内心の驚きは顔に出さず、リリアナはツンとしたまま無言で椅子に腰かけた。グリード伯爵が僅かに眉根を寄せるが、メラーズ伯爵は穏やかな表情のまま内心を読ませない。


やがて、スコーン侯爵が姿を現わし、最後にフランクリン・スリベグラード大公が入室した。二人ともメラーズ伯爵には挨拶をするが、リリアナはこの場に居ないような態度だ。しかし今更リリアナが気に掛けるようなことでもない。とはいえ、リリアナが大公との結婚をねだったというのはこの場の全員が知っている事実だ。すまし顔でありながらも、リリアナは不服そうな表情を作ることを忘れなかった。


「さて、今回お集まり頂いたのは、内々に皆さまと共有したい情報があるからにございます」


この場では伯爵であるメラーズとグリードの地位が最も低い。口を開いたメラーズ伯爵は、大公やリリアナのことを慮ってか、丁寧な口調でゆったりと告げた。


「そのことはこちらから話そう」


にやりと告げたのは大公本人である。リリアナは意外な気持ちを隠せなかったが、それはスコーン侯爵も同様だった。意外そうに一瞬目を瞠る。メラーズ伯爵は事前に大公から聞いていたのだろうが、グリード伯爵は目を細めただけで驚いた様子ではなかった。

そしてたっぷりと時間を取った後で、大公はあっさりと核心を口にする。


「ライリーとオースティンが隣国ヴェルクへ入ったことを確認した。面倒になる前に、奴らにはヴェルクで死んでもらうことにする」


それはあまりにも唐突だった。まさか大公派が――否、フランクリン・スリベグラード大公がライリーの行方を掴んでいるとは思わず、リリアナは目を細める。殆ど表情は動かなかったが、心臓を鷲掴みにされたような気分だった。

しかし驚愕は長くは続かない。すぐに、怒りに似た感情が体を渦巻く。そんなリリアナの様子に気が付く様子もなく、スコーン侯爵は「ほう」と言った。ちらりとリリアナを横目で一瞥し、メラーズ伯爵に問いかける。


「珍しく女狐がここに居ると思えば、よもや婚約者殿に関わる話だったからとは思わなかったぞ、伯爵」

「左様、さすがにリリアナ嬢も、婚約を白紙撤回する予定とはいえ以前の婚約者の行く末は気に掛かるところかと思いまして」


物言いたげな視線を、メラーズ伯爵はリリアナに向ける。視線に気が付いたリリアナは、全ての感情を腹の底に隠し、嫣然と微笑んでみせた。


「まあ、お心遣い痛み入りますわ、伯爵」


メラーズ伯爵は目を細めて一つ頷く。リリアナの一切動じた様子のない態度に興醒めしたのか、スコーン侯爵は鼻を鳴らして視線を大公に向けた。


「さすが閣下ですな。さっそく見つけ出したとは――魔導省も王立騎士団も、どうやら閣下の手勢には叶わぬようだ」

「俺は王族だぞ。その発言、不敬に問うてやっても俺としては一向に構わんのだが」

「これは、大変失礼いたしました」


スコーン侯爵は謝罪する。しかしその表情には不遜なものがあり、自分を罰せられるのであれば罰してみよという自信が覗いている。幸いにも大公はスコーン侯爵の不服そうな目には気が付かず、メラーズ伯爵に顔を向けた。


「どうやら奴らは隣国ヴェルクで破魔の剣を手に入れようとしているらしい。我が母の生家チェノウェス侯爵家より隣国に流れたという情報を何処からか得たようだ」

「――殿下に奪われてしまえば、後々面倒なことになりますな」

「その通りだ」


苦々しく告げたメラーズ伯爵の言葉を、大公は肯定する。そして更に大公は続けた。


「奴に剣を王国まで持ち帰らせても構わんが、そのまま英雄の血筋は己にありと主張されては色々と七面倒だ。アルカシア派は味方につけたつもりが傍観、二つの辺境伯も傍観の姿勢。そこに破魔の剣を携えたライリー(あいつ)が戻ってみろ、仮に剣を奪ったとしてもそれが知れれば正義なしとして誹りは免れん」

「御意」


メラーズ伯爵は重々しく頷く。即ち、ライリーたちが王国に戻る前に彼らを亡き者にし、破魔の剣を奪うように、と大公は言っているのだ。


「できるな?」

「勿論にございます。大禍の一族に任せるのが宜しいでしょう――皇国は彼らの本拠地ですから」


大公の求めに、メラーズ伯爵は一も二もなく頷く。王国内であれば王立騎士団八番隊を動かすこともできるが、隣国となれば騎士を動かすと面倒事に繋がる。しかし裏社会の伝手を使えばそれほど困難でもない。


(――乙女ゲームよりも、難易度が上がってしまいましたわねえ)


平然とした表情の下で、リリアナは焦燥を覚えていた。

乙女ゲームでは、ヒロインと攻略対象者たちは謎解きをしながら封印具の行方を探し、敵を倒しながら封印具を手に入れていた。その中に、王国の敵対勢力から差し向けられた暗殺者は居ない。

それも当然だ。乙女ゲームでは明らかにされなかった本当の黒幕――リリアナの父エイブラムは破魔の剣を王国に持ち帰らせ、魔王を復活させた後、王族ですら滅ぼせなかった魔王を自ら滅ぼすことで英雄に成り代わろうとしたに違いないのだから。

それはリリアナの推測に過ぎない。乙女ゲームでは明らかにされることは終ぞなかった。しかし、父エイブラムが残した手記や乙女ゲームの展開を考えれば、自然と導き出せる推測だった。


(大禍の一族――二作目では出てきましたけれど、一作目では名前すら出て参りませんでしたのに)


リリアナの記憶にあるゲームは、第一作で人気が出たため、二作以降も発売された。大禍の一族は二作目で重要な役割を果たしたが、一作目では物語の本筋には関わっていない。


(ヴェルクで皇国の大公の追手から逃れ、更に大禍の一族からも身を護る――オースティン様もエミリア様もいらっしゃるとはいえ、大丈夫でしょうかしら。必要とあればわたくしが向かうことに否やはございませんけれど)


メラーズ伯爵たちの会話を聞きながら、リリアナは必死に思考を巡らせる。

たとえ大禍の一族が命を狙っていると警告しようにも、ライリーたちにとってリリアナは裏切り者だ。簡単に信用されるとは思わない。


話し掛けられたら直ぐに反応できるようにはしながらも、思索に没頭していたリリアナは、最後まで気が付くことはなかった。

――グリード伯爵は最初から最後までずっと、リリアナを探るように注視していた。



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