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悪役令嬢はしゃべりません  作者: 由畝 啓
第一部 悪役令嬢はしゃべりません
358/563

54. 追放された者 8


翌朝、ライリーたちは少し遅めに宿を出た。オースティンは昨夜遅くに戻って来た後、ライリーに一言「ごめん」と告げて寝入った。それで互いの間に降りた気まずさが完全になくなるわけではないが、ライリーもまたオースティンに謝罪を告げたことで、昨夜の言い争いは一旦終止符が打たれた。


馬に慣れていないベラスタはエミリア、クライドと共に馬車に乗り込み、封印具を捜索するための魔道具を完成させるべく、真剣な表情で手紙と魔道具を睨みつけている。封印具を探すための魔道具は早急に完成した方が良いと皆の意見が一致したからだが、問題は魔道具の完成までに必要な資材が道中で揃わないだろうことだった。


「ライリー、次の村で食糧は補給できると思う」

「そうか。分かった。ちょうど食事に出来そうな頃合いだな」


オースティンが声を掛ければ、ライリーは素直に頷く。中天に昇った太陽は眩しく、絶好の狩り日和になりそうだった。

ライリーたちがクライドやエミリアと合流してから立ち寄った町はそれなりに栄えていたため、食事にも宿にも困らなかった。しかし、次立ち寄る町だか村はそれほど規模は大きくない。寝る場所を借りることすらも難しい可能性が高く、当然食事も余所者に提供できる分はないと考えた方が間違いはなかった。


「できれば干し肉も欲しいところだな」

「ああ、それから次の町は確か川が近かったから、運が良ければ魚の燻製も手に入るかもしれない」

「肉と物々交換か? そこら辺の交渉は俺に任せとけよ」

「ああ、頼りにしてる」


オースティンの言葉にライリーは笑みを零す。幼少期から平民と交流を持っていたオースティンは、高位貴族でありながらも下々の者と言葉を交わす術を心得ていた。ベラスタは人懐っこく可愛がられるものの、どこか浮世離れしている。その点、オースティンは平民の価値観も良く弁えていた。

物を購入するにしても物々交換するにしても、貴族の感覚で金を払えば金持ちと判断され、その後物取りに追われる確率が高くなる。多少身分のある人物だと物腰から判断されたとしても、現在金を持っているか否かは悪党にとって、獲物にするか見逃すかの重要な判断要素だった。


しばらく馬と馬車で街道を移動し、夕刻が迫るよりは早く次の町に到着する。案の定、その町は大きめの村と言った方が差し支えない程度にこぢんまりとしていた。

適当な場所に馬車と馬を止め、野営の場所を確保する。エミリアも慣れた手つきで天幕を張り、オースティンとライリーは食糧調達のために、弓矢と剣を持ち森の方へと向かった。クライドとエミリア、そして護衛二人が手際よく準備を整えていくのを、ベラスタが戸惑いながらも手伝っている。


「なあ、これってこれで良いのか?」

「そこはもっと深く地中まで杭を刺さないと天幕が倒れる」

「うええ」


ベラスタがクライドに質問すれば、クライドが傍に近づきベラスタの代わりに釘を打ち付ける。手慣れたクライドが数回槌を振っただけで、杭の頭はあっという間に土へとめり込んだ。

頬を掻きながら、ベラスタは顔を巡らせる。当初、天幕は旅をしていたクライドやエミリア、護衛たちの分しかなかった。しかしオースティンとクライド、そしてベラスタが合流したため、急遽新たな天幕を入手した。多少手狭にはなってしまうが、寝泊まりするだけなのだから十分だ。


自分が明らかに足手まといだと気が付いているベラスタは、少しでも役立てることはないかと頭を巡らせエミリアに近づく。エミリアはライリーたちが獲物を狩って戻った時のために、調理の準備を整えているところだった。


「手伝うこと、ある?」

「ベラスタ様」


地面に穴をあけ、その隣で石を見繕いながら並べていたエミリアは、ベラスタに声を掛けられるとは思っていなかったのか、目を丸くした。しかしすぐに破顔して、「ぜひ」と言いながら横にずれた。


「様なんていらないよ、呼び捨てにして。オレ、一応平民だし」

「そんな……ドラコ一族は平民といっても、なんというか――別格ですし」


困ったように言うエミリアの横に立ったベラスタは、そこら辺に転がされている石に目を向ける。一抱えほどある石は、全てどこからか持ち寄られたものだった。


「この石、まとめて置けば良いの?」

「はい。(かまど)を作ろうと思って」

「かまど?」


エミリアの言葉を聞いたベラスタは目を瞠った。だが、エミリアは何故ベラスタがそれほど驚いているのか分からない。小首を傾げ、「ええ」と頷いた。ベラスタは目を丸くしたままエミリアに尋ねる。


「野営って、そんな大掛かりなことするのかよ」

「大掛かり、ですか?」

「そうだよ。だって、石窯つくるんだろ?」


そこまで聞いてようやく、エミリアはベラスタが何を想像したか理解した。

スリベグランディア王国でもユナティアン皇国西部でも、竈といえば石窯だ。煉瓦を並べた上に、円蓋状の土を盛り、その中、もしくは煉瓦の下で火を焚く。しかし石窯は作るにも時間が掛かり、野営には不向きだ。実際には焚火を起こすことが多いが、エミリアが今作ろうとしているのはもう少し簡単に組み立てられる竈だった。


「私が作ろうとしているのは土窯ですよ。穴を掘ってその中に熱した石を重ねるんです。穴の上に木の枝を渡して台にしたら、肉と野菜を乗せて草を乗せた後、土をかぶせます」

「へえ、初めて聞いた。土窯っていうの?」

「うーん、厳密には窯というよりは調理法の一種でしょうか。南方の民族が実際にしている方法らしいので、知らないのも当然だと思います」


私もビヴァリー様から聞いたので、とエミリアは微苦笑を浮かべる。

ベラスタは相槌を打ちながら、ビヴァリーとは確かカルヴァート辺境伯の名前だったと思い出す。貴族でもないのに、ドラコ家ではかなり高度な教育が施される。面倒だと思いながらも、兄ベン・ドラコの家宰ポールが口煩いから、ベラスタは諦めて赤点を取らないように頑張っていた。

その知識がまさかここで役に立つとは思っていなかったが、そんなことはおくびにも出さず、ベラスタは見様見真似で石を手に取る。


「あのさ」

「はい」

「焚火はしねえの? 野営って言ったら、焚火の印象(イメージ)だった」


会話をしながらも、エミリアは石の選別を欠かさない。


「夜中に野獣が来たら大変ですから焚火もしますが、この方が調理法の幅も広がるので――せっかく殿下方がいらっしゃいますからね」

「――へえ。でも、さ、その」


楽し気に笑いながら、エミリアは着々と準備を進めていく。ベラスタは言い澱むが、エミリアに「なんでしょう」と問われ、ぎりぎりまで声を落として尋ねた。


「あんた、光魔術の使い手だろ? それも結構、魔力量あるよな。だったら、多分その――あんたがいるだけで、魔獣とか野獣とか近付いて来ないように、眠ったままでも結界が張れる――と思う、んだけど?」


途端に、エミリアは目を瞠る。愕然とした表情でベラスタを凝視するが、ベラスタは気まずそうな顔のまま無言でエミリアを見返していた。エミリアは辛うじて驚愕から立ち直り、掠れた声でベラスタに問う。


「――オースティン様から、お聞きになったんですか?」

「え、なんでオースティン?」


ベラスタはきょとんと首を傾げる。エミリアはどこか焦った様子で、更に問いを重ねた。

エミリアにとって、自分が光魔術の適性が高いことは決して他言してはならないことだった。勿論、自分自身が決めたことではない。光魔術の適性が高いと知ったビヴァリー・カルヴァートが、他言無用だとエミリアに言って聞かせた。


光魔術の適性が高い者は殆どいない。そのため、エミリアが光魔術の使い手であると広く知れてしまえば、利用しようと企む者や命を狙う者が必ず出て来る。

だが、エミリアが王都で魔導剣士としての訓練を受けるに当たって、オースティンにだけは教えた。そしてエミリアに光魔術の適性があると知ったオースティンは真剣な表情で、決して他言しないと約束してくれた。


しかし、ベラスタはそんなことだとは知らない。ただ不思議そうな表情を浮かべ、殺気だったエミリアに少し腰が引けながら素直に答えた。


「誰からも聞いてない。オレの特技? っていうの? それでさ、ある程度魔力量があれば、その人の適性魔術が何かって直ぐに分かるんだよ」


他にも他人が使ってる魔術見たら、たいていの魔術は再現できるとか、そういう特技もあるんだけど、とベラスタは付け加える。

実際に、ベラスタがエミリアの魔術適性に気が付いたのは最近のことではない。一年前、立太子の儀で初めてエミリアを見た時、彼女の魔力に気が付いたのだ。しかもエミリアは希少な光魔術の使い手というだけでなく、魔力量も多い。聖魔導士に匹敵するほどだった。

その時は思わず興味本位で、周囲に人が居るにも関わらず魔力について問い質し、更にその場で魔術を使ってくれと頼み込んでしまった。結局ベン・ドラコに怒られ願いは叶わなかったが、もし他に人が居ない場所で彼女が自ら進んで魔術を行使してくれるのであれば是非見たいと、そう思っていたのだ。


しかし、エミリアはベラスタの話の後半は耳に入っていなかった。

オースティンから聞いたのではないと知り、肺からすべての空気を押し出す。そして少し頭を抱えた後、勢いよく顔を上げるとベラスタに真剣に訴えた。


「ベラスタ様」

「だから呼び捨てで良いって」

「では、ベラスタさん」

「――まあ、いっか」


呼び捨てにして欲しいと頼んだにも関わらず、多少親しみを込めただけの呼び名に変わっただけだ。ベラスタはがくりと肩を落とすが、あっさりと諦めた。様と呼ばれるよりは、多少居心地がましになる。

しかしそんなベラスタの心境には頓着せず、エミリアは真剣に告げた。


「その、私が光魔術の使い手であるということは、誰にも言わないでくれますか」

「え? まあ、うん、言うつもりはなかったけど。前それで兄貴にもこっぴどく怒られたし」

「――怒られたんですか。まあ、それは良いです。私に関しては言わないで頂けたら、それで」


ベラスタは今にも剣を抜きそうなエミリアの迫力に目を瞬かせていたが、慌てて頷く。反応が遅ければ、今にでも切り捨てられそうな気がした。ポールのお陰で、そこら辺の危機管理能力は多少、上がっている。


「わ、わかった。約束する。えっと、それで、答えは?」


大人しく頷いたものの、ベラスタは元々自分の興味に真っ直ぐな性質だ。エミリアは困ったように眉根を寄せたが、少し考えて答える。


「私の適性が光魔術と知られる可能性は少しでも減らしたいので。他に方法があるうちは、否、です」

「ふうん、そっか。分かった」


ベラスタはあっさりと引き下がる。エミリアは拍子抜けしたが、ベラスタはそのまま手元の石たちに目を向けた。


「それで、石の大きさで分けてるのか?」

「あ、はい。そうです。大きな石を下、小さな石を上に置くので」

「なるほどなあ」


感心したように頷きながら、ベラスタもせっせと石を並べ替えていく。

光魔術の使い手はそれほど多くない。だから、エミリアが光魔術を使うのであれば是非間近で見たいと、ベラスタはただそれだけを考えていた。つまりエミリアに光魔術を使う気がなければ、その時点で関心は薄れる。

エミリアは戸惑った様子だったが、それ以上エミリアの適性魔術について口にしないベラスタを前に、心を切り替えたらしい。その後は二人で雑談を交わしながら、手際よく準備を整えていた。



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