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悪役令嬢はしゃべりません  作者: 由畝 啓
第一部 悪役令嬢はしゃべりません
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54. 追放された者 3


ライリーたちは次の町に到着したところで、宿を取ることにした。王太子として移動している時であればその土地の領主の住まいに泊まるが、今のライリーたちは芸術の都ヴェルクに旅をしている貴族の一行だ。そのため、貴族御用達の宿に泊まる他ない。


「あとでそちらの部屋に伺っても構いませんか」


クライドが小さな声で尋ねる。部屋割はクライドとエミリアが一人部屋、ライリーとオースティンが二人部屋だ。本来であればライリーが一人部屋になるはずだが、身分を隠し護衛として動いている以上、不審を抱かれてはならない。

ライリーは小さく頷いた。何故突然ライリーとオースティンがクライドたちの前に現われたのか、そして本来の身分ではなく護衛に扮してヴェルクに向かうと言い出したのか、一切の説明をしていない。クライドが早く事情を知りたいと思うのも当然だった。


夕食を軽く摂った後、クライドとエミリアはライリーの部屋に向かう。自分が借りた部屋よりも簡素な造りの部屋を見たクライドは申し訳なさそうな表情になったが、ライリーは一切気にした様子がなかった。寧ろ楽し気な様子で、一部分が剥げて中の綿が見えているソファーに腰掛けている。


「わざわざ来て貰って悪いね」

「構いません。それで、一体何があったのですか」


飄々として普段と変わりない様子のライリーとは違い、オースティンは思い切り不機嫌さを隠さない。クライドはそんなオースティンを一瞥して目を瞬かせた。

どうやらこれまでオースティンは苛立ちを上手く隠し通して来たらしい。エミリアもクライドと同じく、オースティンの様子に驚いている。

しかしその理由も直ぐに分かるのだろうと、クライドはライリーに促されるまま、適当な椅子に腰かけた。オースティンは窓際の壁に背を預けて立ったままだ。エミリアも立とうとしたが、ライリーに言われて大人しくもう一脚のソファーに座った。


ライリーはおもむろに、部屋に防音の結界を張る。万が一でも他に洩れたら面倒なことになるのは目に見えていた。

そしてようやく、彼は口を開く。しかしどこから話せば良いのか、判断が付きかねているようだった。


「まずは、何から話そうかな」


そんなことを呟きながら、少し遠い目をする。オースティンは険しい表情のまま、無言でライリーを注視していた。

クライドとエミリア、そしてオースティンの視線を受けながらも、ライリーは表情を変えることがない。少し時間が経過したところで、ライリーはようやく口を開いた。


「順を追って話した方が分かりやすいだろうけど、先に結論だけ言うと、大公派が王宮と魔導省、王立騎士団を掌握したんだ」

「は――っ!?」


あっさりと告げられた内容でありながら、あまりにも衝撃的だった。

普段は冷静沈着なクライドもさすがに息を飲み、エミリアも愕然と目を瞠っている。しかしライリーは一人平気そうな顔で、「最初から言うね」と詳しく話し始める。


「色々な状況から、顧問会議の日に大公派がなにか仕掛けて来るんじゃないかと思ってね。普段は顧問会議に出るんだけど、今回だけはベン・ドラコ殿とオースティン、それからサーシャの四人で、執務室に居たんだ」


サーシャというのはリリアナ嬢のことだよと、ライリーは一人きょとんとした表情のエミリアに教える。リリアナのことをライリーだけは“サーシャ”と呼んでいるのだと、エミリアは理解して頷いた。


「ベン・ドラコ殿に来て貰ったのは、魔道具を頼んでいたからだった。彼の作った魔道具で、顧問会議の内容を盗み聞いていた。そうしたら驚くべきことに、叔父上が顧問会議に出席なさったんだよ。初めてのことだったね」


同意を求められて、オースティンは一つ頷く。

顧問会議は恙なく進んだ。しかし最後の最後で、大公派は大きな罠を仕掛けていた。


「陛下が、隣国に密通していたという確たる証言があると言うんだ。メラーズ伯爵が言うからには、信頼性も高い証言なんだろう。だけど、さすがに国王自らがスリベグランディア王国を裏切っていたとなれば醜聞も醜聞だ。皇国に付け入られる隙にもなってしまう」


だから大公派は、国王を顧問会議に招聘しようとした。その場で国王の口から、罪を認める代わりに自ら蟄居し玉座を明け渡すべきだと諫言しようとしたのだ。


説明を聞いている内に、クライドもエミリアも蒼白になっていく。一方のオースティンは歯を食いしばり、今にも怒鳴りそうな風情だった。だが、怒鳴る代わりに低く押し殺した声でクライドとエミリアに声を掛ける。


「信じるなよ」


弾かれたように顔を上げたエミリアは縋るように、そして目だけでオースティンを窺ったクライドは問うように、オースティンへと視線を向けた。

オースティンは噛んで含めるように、エミリアとクライドに言い聞かせた。


「こう言っては不敬になるだろうが、陛下は隣国と通じるような根性もない。大公派が陛下とライリーを嵌めようとしただけの話だ」


証言とやらも本当のものかどうか分かったものではないと、オースティンは吐き捨てる。エミリアはどこかホッとしたような表情になり、クライドも「確かに」と苦い顔になった。ライリーもまた、オースティンの言葉に同意を示す。


「間違いなく陛下は隣国と通じるような、器用なことはなされないお方だね。それほど気が強いわけでもないし。だから大公派は、顧問会議に連れ出したら退位するという言質を取れると踏んだんだろう。当然、陛下がそのようなことになれば、子供である私も王太子の地位から追われることになる」

「――殿下も、巻き込まれるのですか?」


エミリアが許せないと表情を険しくした。ライリーはあっさりと頷く。


「大公派にとっては、私こそ目の上のたん瘤なんだよ。陛下は大人しく言う通りにしてくれると思っているだろうけど、さすがに私も最近、彼らには警戒されるようになって来たからね」


十六歳になったライリーは既に体つきも成人に近くなり、幼少期の愚鈍という評価とは裏腹に、高い能力があると評判になっている。将来ライリーが国王になればこの国は安泰だと、ここ数年で王太子派は増える一方だった。

そのような状況で、大公派がライリーを警戒しないわけがない。国王ホレイシオに蟄居を迫って一番得たかった成果は、ライリーを王太子から外すこと――そして出来れば今後の憂いを絶つためにも、命を奪うことだったに違いない。


「それでは、陛下は――」


クライドが尋ねる。大公派にその身柄を捕えられてしまったのであれば、まずは国王を奪還するところから始めなければならない。

しかし、ライリーは首を振った。


「陛下はいつの間にか、王宮の中から姿を晦ましていた。多分、王太子派の貴族が事前に情報を入手して手を打ってくれていたのだと思う。大公派も警戒していなかったみたいだから、恐らく顧問会議直前に逃したんだろうね」


ライリーの説明を聞いたクライドは、ほっとしたように息を吐いた。両肩から力が抜ける。だが、それだけでは今ライリーたちがここに居る説明にはならない。

クライドは顔を上げると、更なる説明を求めるようにライリーを見た。


「それで、その後大公派は殿下の身柄を拘束なさろうと執務室に向かわれたのですよね。今オースティンと殿下がここにいらっしゃるということは、大公派の手からは逃れた――ということなのでしょうが」

「さすがクライド、その通りだよ」


クライドはここまでの話と現状から、ライリーとオースティンがその後に取るだろう行動を予想してみせた。そして確かに、その予想は間違っていない。しかし、一番大事な事実が抜け落ちている。尤もその事実は想定外すぎて、クライドが予測できないのも無理はなかった。


「私とオースティンは逃走を試みた。ベン・ドラコ殿もいるしサーシャも居たからね、特にサーシャは捕まったら不味いとは思ったんだけど――」

「そのリリアナが、俺たちを裏切っていたんだ」


耐えられなくなったのか、オースティンが口を挟む。単刀直入な言い方に、クライドは顔色を変え、そしてエミリアは信じられない話を耳にしたというように目をまん丸に見開いた。


「オースティン、呼び捨ては止めてくれないかな。彼女は私の婚約者だよ」


落ち着いた様子でライリーはオースティンを諫める。だが、オースティンは未だにリリアナが許せないらしく、吐き捨てるように言い放った。


「そんなもん、俺たちが王都を出た後に破棄されてんだろ」

「婚約の破棄にしろ撤回にしろ解消にしろ、双方の合意と神殿に保管されている契約書の正式な破棄が必要だ。簡単にできるようなものではない」

「簡単に大公派に寝返るような奴だぞ。大公派も汚い手を使って陛下とお前を嵌めようとしてるんだ。そんな奴らが正式な手順を踏むとは、到底思えないね」


ライリーの指摘は当然のものだったが、オースティンは吐き捨てる。どうやらリリアナに対する嫌悪感が確定的なものになってしまったようだと、ライリーは嘆息した。辛うじて平静を保ってはいるが、ライリーの表情に一瞬苛としたものが走る。しかし自分の中の怒りを持て余しているオースティンも、突然のことに驚いているクライドも、ライリーの僅かな変化には気が付かなかった。

小さく深呼吸して気持ちを落ち着かせたライリーは、「話を戻すけど」と穏やかさを心掛けて言う。


「とりあえず、顧問会議で陛下が逃げたことが分かった後、大公派は私の身柄を確保しようとした。王立騎士団の八番隊は大公派が掌握していて、最初に執務室に来たのは八番隊だ。ベン・ドラコ殿に関しては、途中でベラスタが人質になって手出しできなかった。反撃しようとしたところで部屋に光が満ちて、気が付けば私とオースティンだけがユナティアン皇国に居たんだ」

「恐らくあれは転移陣を使ったんだと思う。確証はないが、ベン・ドラコ殿がどうにかしてくれたんじゃないか?」


最後までライリーが説明したと踏んで、オースティンが補足する。先ほどより怒りは収まっているようだが、それでも不機嫌さは隠しようがない。

ライリーはちらりとオースティンを一瞥して「どうかな」と呟く。クライドとエミリア、そしてオースティンも問うような視線をライリーに向けるが、まだライリーは仔細を口にはしなかった。

代わりに、ライリーはこれからのことを話した。


「ここではそれほど情報を得られないが、状況からして大公派は王宮、魔導省、王立騎士団を掌握した――と思っているはずだ。魔導省はのらりくらりと躱すかもしれないけど、王立騎士団は大公の指示に従って動くだろうね。だから王国に戻るのであれば、私たちもある程度手勢を集めておかなければならないだろう」


八番隊が大公派――メラーズ伯爵の命令に従って動いていたということは、大公派は王立騎士団の掌握に乗り出したに違いない。

ライリーたちは皇国に来たからその後の状況は分からないが、事前の手筈に従って副団長マイルズ・スペンサーは騎士団長ヘガティに連絡を取り、ヘガティは北方の地域に潜伏して死んだと言う偽の知らせを王都に送っているはずだ。その知らせを受け取れば当然、大公派は身内でもあるスコーン侯爵の息子、八番隊隊長ブルーノを団長の座に据えるに違いない。


一方、魔導省はベン・ドラコが長官だ。しかし執務室に居たせいで、何らかの疑いを掛けられ勾留されている可能性は高い。実際に、以前ベン・ドラコは時の長官ニコラス・バーグソンの手によって副長官の座を追われ、無期限の謹慎を言い渡されていた。今回も同じような処遇になっている可能性は高い。

そうなると、空いた長官の座は副長官ソーン・グリードに与えられることになるだろう。何よりもソーンは大公派グリード伯爵の息子であり、大公派はソーンが自分たちの思い通りに動くと信じている。

しかし、ソーンが父親に見切りをつけて王太子派になったことは、この場に居るオースティンやクライドも承知していた。


「王立騎士団に対抗できる程度の戦力となれば、それなりの手勢が必要となりますね。ヘガティ団長は北に潜伏中でしたか」


クライドが真剣な表情で言えば、ライリーはその通りだと答える。


「ヘガティ団長に合流する前に一度、ケニス辺境伯領に行こうかと思っている。ただ、どうせここまで来てしまったからね、それなら君たちとヴェルクに向かって破魔の剣を奪還しようかと思って」


飄々と告げるライリーを前に、クライドは考え込んだ。

ヴェルクに行って破魔の剣を奪還する作戦が簡単である可能性は低い。最悪の可能性を考えれば、ライリーは王国に帰還することも叶わず命を散らすこともあり得るだろう。

しかし、かといってライリーとオースティンの二人だけで今王国に戻っても、無事で居られるとは限らなかった。特に大公派が抱えている情報が何なのか明確に分からない今、クライドたちには判断が難しい。


「エアルドレッド公爵とプレイステッド卿は、顧問会議で何か発言していましたか」

「いや、何も。確かプレイステッド卿は欠席だったんじゃないかな。ユリシーズ殿は出ていたけれど、何も話していなかった」


ライリーは首を振る。オースティンは複雑そうな表情を見せていた。

兄ユリシーズが国王ホレイシオやライリーを庇う発言をしなかったことが、心の隅に引っかかっているのだろう。しかしクライドは、逆に違和感を覚えた様子だった。


「――妙ですね。アルカシア派は王太子派の筆頭のはず」


それが、大公派の強硬な態度と手段に一切の反論をしなかった。不審に思わないわけがない。


「大公派が主張した陛下の疑惑に関して、事前にご存知だったのではないでしょうか」

「兄上が?」


目を瞬かせたのはオースティンだった。予想外のことを言われたと目を丸くしている。クライドは真剣な表情で頷いた。


「そうだ。事前に根回しをされていて信憑性があると認めていたから、止めることはしなかった。しかし大公派を支持するほどの確証もなかった、もしくは大公派を支持したいとは思えなかったから、後押しをすることもなかった。そういう可能性はあると思う」

「確かに、そう考えると辻褄は合うんだ。だから、もしかしたら陛下はユリシーズ殿か――あの日顧問会議に出ていたアルカシア派のフィンチ侯爵が手を回して救出した可能性がある」


クライドの説明を聞いていたライリーは頷く。まさしく、それがクライドとエミリアに合流するまでにライリーが考えていた一つの可能性でもあった。

オースティンは難しい表情で考え込む。兄ユリシーズが王太子派から距離を置くという可能性を、全く考えていなかった。


エアルドレッド公爵家を筆頭としたアルカシア派が傍観を決め込むのであれば、ライリーが王国に戻ったとしても、王太子を支持し大公派に敵対してくれる勢力は見込めない。ライリー側が劣勢になるのは間違いがない。

しかし、ライリーが三傑の有していた宝剣、破魔の剣を持ち帰ったとなれば話は別だ。英雄の再来と謳われ、多数の貴族を味方に付けることができるだろう。そしてオースティンだけではなくクライドやエミリアも居るとなれば、エアルドレッド公爵家を筆頭としたアルカシア派、クラーク公爵家、そしてカルヴァート辺境伯を動かせる。


「確かに、破魔の剣を手に入れることが最優先ですね」


クライドはライリーの判断に理解を示した。破魔の剣さえ得ることが出来れば、ライリーが有利になる。それはほぼ間違いのない真実だった。



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