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悪役令嬢はしゃべりません  作者: 由畝 啓
第一部 悪役令嬢はしゃべりません

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54. 追放された者 1


時間は顧問会議の日に遡る――。


ライリーは、大公派側に立って自分たちを見つめているリリアナを信じられない思いで見つめていた。だが驚愕や衝撃、憤怒よりも戸惑いの方が大きい。

それなりにリリアナとは付き合いも長く、ある程度はリリアナの性格や考え方も理解していると思って来た。だが、だからこそリリアナが大公派に鞍替えしたという事実は信じ難いものだった。それでも事実、大公派は王立騎士団八番隊を伴いライリーを捕らえようと近づいて来ている。

たいていのことは落ち着いて対処できる自信のあるライリーも、即座に状況を理解はできていなかった。


オースティンが激怒していることが、肌からも伝わって来る。王立騎士団八番隊と対峙し、逃走経路を探す。

リリアナのこともベン・ドラコのことも気に掛かったが、自分が捕らわれることが一番の問題だった。チェスと同じだ。王冠(キング)を取られてしまえば試合は終わる。そう連想した時、ふと卓上に転移陣が置かれていることに気が付いた。おかしい、と咄嗟に思う。ライリーは転移陣を持っていない。当然オースティンも、持っていない。今ここで転移陣を持ち込めるのはベン・ドラコくらいだが、ライリーはベン・ドラコに転移陣を持ってくるよう頼んではいなかった。

転移陣の作成、譲渡、利用には魔導省への登録が必要だ。魔導省長官のベンが、何の前触れもなしに転移陣を持って来る訳がない。


――もしかして。


何かが頭の中に閃いた気がした。視界の端に映るベラスタの姿が一瞬揺らいだ。

大公派の騎士たちを警戒しながらも、咄嗟に視線をリリアナに向ける。だがその詳細を理解するより早く、部屋の中に光が満ちる。大きな衝撃が体を襲い、ライリーの意識はそこで途切れた。



*****



「おい、ライリー!」


聞き馴染んだ声に名前を呼ばれ、ライリーは目を開けた。全身が打ち身を負ったように痛いが、大きな怪我はしていないらしい。全身を確認したライリーは、目を開けてゆっくりと体を起こした。

心配した様子のオースティンが、そんなライリーを見てほっと安堵の息を吐く。

周囲を見回すと、そこは見覚えのない森の中だった。森とはいっても奥深い場所ではない。少し周囲を探せば人の通れる道もありそうな、(きこり)が出入りしていそうな場所だ。


「良かった。ぐったりしたまま動かないから、焦ったぜ」

「心配かけたな。オースティン、お前は大丈夫か」

「ああ、どうともない」


幼い頃はライリーもオースティンもそれほど体力に変わりはなかったが、騎士団の訓練を受け続けているオースティンの身体能力はライリーより上がっている。同じ衝撃を受けても、オースティンの方がより上手に咄嗟に身を庇えたのだろう。

二人は周囲を見回した。


「ここ、どこだ? というかどうなってる?」


オースティンが戸惑いの声を漏らしている。つい先ほどまでは、二人とも王宮の執務室に居たはずだ。だが、何故か二人は今、屋外に放り出されている。


「ベン・ドラコ殿が、俺たちを助けてくれたということか?」

「いや、それはないと思うよ。彼も直前まで、サーシャに脅されて動けなかったはずだからね」


ライリーはオースティンの仮定を否定した。

ベン・ドラコも転移の術は使えるはずだが、自分以外の人間を二人も転移させることはできないはずだ。そして卓上にあった転移陣も、恐らくベン・ドラコが持って来たものではない。仮にベン・ドラコがライリーたちを助けるために転移陣を持って来たのだとしても、()()()()()()()()()()()()()()()。転移陣には魔力を流さなければ使えないのだから、当然誰も触っていない転移陣が稼働するはずはない。


一方のオースティンは、ライリーが口にした“サーシャ”という言葉を聞いて思い切り顔を顰めた。どうやら大公派に寝返った上にライリーを大公派の手に渡そうとしたことが心底許せないらしい。


「――あの女の名前は、聞きたくない」


不機嫌な声で唸るオースティンに、ライリーは顔を向ける。


「そこまで嫌うようなものじゃないよ」

「うるせえ」


ライリーはオースティンを宥めるが、オースティンは一切取り合おうとしなかった。今にでも激昂しそうになるのを抑えているのか、力強く握った拳が震えている。ライリーは眉根を寄せたが、オースティンはライリーが口を開くより先に立ち上がった。


「とりあえず、それよりも先にやらなきゃいけないことがあるだろ。場所の確認と、これからどうすべきか考えた方が良い」

「――――うん、そうだね」


オースティンの言葉にライリーも同意を示す。リリアナのことを話そうにも、今のオースティンが聞く耳を持つとは思えなかった。


「まあ、剣を持って来れて良かったな。(これ)があるのとないのとじゃあ、大違いだ」

「それは確かに、その通りだね」


武器がなければ、野盗や野獣に襲われた時に対処ができない。食料と同時に武器を入手しなければならないところだったが、武器がその辺に転がっているわけもない。

しかし、幸いにも今二人の手元には武器がある。それも普段から身に馴染んだ愛剣だ。不幸中の幸いと言われたら、間違いなくその通りだった。


ライリーとオースティンは、周囲を探る。最初に抱いた印象は正しかったらしく、少し進んだところに樵が普段利用しているらしい小屋があった。小屋の中には樵の道具や切ったばかりの木が積まれている。

小屋の中を見回したライリーは、卓上に放置されていた斧を手に取った。まじまじと検分する。


「オースティン」

「ん?」

「具体的な場所までは分からないが、ここがどこなのか、おおよそは分かったと思う」

「なんだって?」


ライリーの言葉を聞いたオースティンは瞠目した。まさか、これほどまでに早く答えが出るとは思わなかったようだ。

小屋の隅で棚の中を眺めていたオースティンがライリーの近くに寄って来る。そして彼は、ライリーが手にしている斧を覗き込んだ。


「これか?」

「ああ」

「普通の斧に見えるけど」

「そう。だが、これは我が国ではもう一般的には使われていない型だ」


淡々とライリーは斧について説明する。

スリベグランディア王国では、樵は斧ではなく鋸を使って木を伐採するようになっていた。それは昔に魔術を使って鍛冶を行うことが一般的になり、農業具の改良が進んだからだった。

それ以前は、スリベグランディア王国でも樵たちは斧を使っていた。当時の技術で作られていた鋸の形状では、伐採の時に腰をかがめなければならず、身体的に負担が大きかったからだ。その上、値段も非常に高かった。そして斧とは違い、鋸の歯を研ぐにはある程度の知識と技術が必要とされていた。

しかし鍛冶の技術が改善されたことにより、鋸は比較的安価となり、そして日常的な手入れも楽に行えるようになった。

斧と違い、鋸は二人で扱う必要があるものの、より太い木や枝を斬り落とせるようになる。そのため、鍛冶に使う燃料も増えて更に生産量が上がるという好循環が生まれた。尤も鍛冶屋で作るものは鋸や斧だけではないから、農業以外にも様々な用途の物が作られている。


「斧もまだ使われてはいるけれど、斧を使っている領はそれほど多くない。大半の領では例の農業具改革の時に領主が梃入れしてね、領民が鋸を使うように政策を立てたんだ」


結果的に、スリベグランディア王国で斧を使い続けている領は、領自体がそれほど裕福ではない辺境の土地ばかりになった。


「そういう領がどこにあるのかもある程度は把握しているけれど、大半が北方だ。そして北方の領に自生している木や植物と、ここにある植物は全く種類が違う。ここにある植物は、それよりも南方のものだよ」

「へえ、なるほどな。てことは、もしかしてここは王国じゃないのか?」

「うん。恐らくユナティアン皇国に入ってしまったんだと思うよ」


ライリーは溜息混じりに呟く。居場所はある程度把握できたが、ユナティアン皇国の何処なのかまでは分からない。


「ユナティアン皇国でも大半は斧から鋸に切り替えられていると聞いた記憶があるから、多分ここは中心部からは離れているんだろうね」

「つまり皇都(トゥテラリィ)でも第二の都市(ヴェルク)でもないってことか」

「そうだね。まあ、木も植物も我が国で見られるものだから、皇都(トゥテラリィ)ほど東寄りではないと思うけど」


オースティンは感心したような表情で、ライリーの手から斧を取り上げじっくりと眺めている。しかしどれほど眺めたところで、単なる斧だ。

やがてオースティンは小さく息を吐くと、斧を机の上に戻した。


「皇国だってなら、やっぱり早いところ場所を確認しておくべきだな。それから服もどうにかした方が良い。今のままじゃあ、明らかに高位貴族だってもろバレだ」


もろバレという言葉に、ライリーの表情が微妙に引き攣る。笑いを堪えている表情だが、小屋から出ようとしてるオースティンは気が付かなかった。


「――もろバレ……明らかに気付かれる、という意味かな。面白い言葉だね」


小さく呟きながら、ライリーはオースティンの後ろから小屋を出た。

オースティンは昔から下町に出かけて、下位貴族や平民とも良く遊んでいた。成長してからも、彼は王立騎士団に入隊した下位貴族や平民の騎士たちと親しくしているらしい。そのせいか、オースティンが使う言葉にはライリーの知らない下町言葉が含まれている時がある。

以前はよく聞いていたものの、オースティンが近衛騎士となってからは遠ざかっていた。どうしても近衛騎士としてライリーの側にいると、言葉遣いも近衛騎士として相応しいものになる。当然のこととして納得してはいたが、ライリーは昔からオースティンの使う砕けた言葉を知るのが好きだった。

そのため、久々に耳にした下町言葉に妙な嬉しさが込み上げる。


「おいライリー、こっちに道がありそうだ」


小屋の前できょろきょろと周囲を見回していたオースティンは、とある方向を指さす。確かにそちらの方向に人が通れる道が出来ていた。


「行こう」


ライリーとオースティンは、足元に注意しながら森の中を歩く。高位貴族と王族とはいえ、二人は幼い頃からそれなりに色々な場所で遊んで来た。オースティンはそれに加え、騎士団の訓練で様々な場所での戦闘を経験している。道なき道を進むとはいえ、全く危なっかしい足取りではない。


暫く歩くと、二人は村に出た。森の入り口付近で木立に身を潜め、二人は様子を窺う。あちらこちらで家畜の鳴き声が響き、水車の動く音も聞こえて来る。鼻をつく臭いは肥料と草だ。


「意外と栄えている村みたいだね。思ったよりも家が多い」

「ああ。あれが領主館か? 結構立派だな」


てっきり田舎の方かと思っていたが、二人が思っていた以上に栄えている村らしい。領主館があるということは、今二人がいる村は領主または領主の代わりに領地を管理する差配人が住んでいるということで、即ち中心部であるということだった。

村にある家や畑の位置、そして外に出る道の見当を付けたところで、オースティンがライリーに問う。


「一旦近くに身を潜めて、日が暮れたら領主館に行こうか。さすがに隣国で王太子(おまえ)が白昼堂々、姿を現わすのはまずい」

「そうだね、そうしよう」


ライリーは素直に頷いた。ユナティアン皇国の地方領主が隣国王太子の顔を知っているとは思わないが、万が一ということもある。今ここでライリーが皇国に捕らわれてしまえば、大公派に身柄を拘束されるよりよほど不味い事態だ。王国内に不和があることも知れてしまうし、そして王位継承者が捕虜となってしまえば王国は皇国に逆らえない。

そのため、オースティンの判断は当然のものだった。ライリーとオースティンは、木立の中からそっと森の奥へと戻る。日が暮れるまで、二人は軽い雑談を楽しみながら時間を潰す。その間、会話の中には大公派の話もリリアナの話も出て来なかった。



*****



日が暮れた後、ライリーとオースティンは人目を盗んで領主館に向かった。


「鍵がかかってる」

「そうだろうね。もう少し小規模なところなら兎も角、ここまで栄えていたら警戒はするだろう」


森の中に身を潜めてはいたが、それでも時々オースティンが村の様子を探りに行っていた。その結果分かったことは、この村には人の出入りが多いということだった。恐らく街道や大通りが近く、旅人や商人が立ち寄るのだろう。少し離れた場所には宿もあるらしい。


しかし、鍵が掛けられていても二人は諦めない。裏手に回り、使用人たちの勝手口を目指した。案の定、勝手口は鍵が掛けられるように誂えられているものの、閂はない。扉を引けば簡単に開いてしまう。

二人は警戒しながらも、領主館の中に入った。不法侵入だが、背に腹は代えられない。


領主館はそれなりの広さがあるが、王宮ほどではない。そして、たいていの場合内部の造りに大きな差はない。ライリーとオースティンは使用人たちが主に使う台所や配膳室、献酌係の控え室を横目に、領主たちの住まう区画へと向かう。その先に、目指す場所があった。

二階にある大広間にほど近い場所にある、執務室である。この領主館に住んでいる人物が領主であろうが差配人であろうが、執務室に領地の出納帳等の資料が保管されているはずだった。それを見れば、この場所がどこであるか見当がつくというものだ。


「こっちだ」


扉を僅かに開けて廊下に人がいないか確認したオースティンがライリーを呼ぶ。二人は気配を殺して廊下を進み、見当を付けた場所に向かった。

幸いにも、それほど迷うことなく執務室らしき部屋を見つける。二人は一瞬顔を見合わせて、室内に滑り込むようにして入った。部屋の中は閑散としていて、あまり物も置かれていない。どうやら領主館の住人はそれほど美術工芸品に興味がない性質らしい。


「オースティン、あれを見てくれ」


しかし、部屋に入った瞬間、ライリーの目は一つのものに釘付けになった。一拍遅れてオースティンも同じものを凝視する。

二人の視線の先にあったものは、壁に掛けられた大判の地図だった。ユナティアン皇国の西部とスリベグランディア王国の国境付近が描かれている。そして、その一部に赤く印がしてあった。更には他にも幾つか印がつけられているが、赤い印は一つだけだ。


「恐らくあの赤い印が、この村の場所だろう」


ライリーの言葉を聞いたオースティンも同意するように頷く。

どうやら今ライリーたちが居る場所はヴェルクに向かう街道沿いの村らしい。それも、スリベグランディア王国よりヴェルクへ向かった方が近い場所だ。

もしかしたらヴェルクへ行けということなのだろうかと思わず小さく唸ったライリーは、顔を覆って心の中で呟いた。


(――サーシャ、さすがに遠くまで飛ばしすぎだよ)


恐らくリリアナは、クライドやエミリアと合流してヴェルクに向かうと踏んでライリーとオースティンをこの場所に飛ばしたのだろう。時期的なことを考えても、もうそろそろクライドとエミリアの一行がこの近辺を通るはずである。

証拠は一切ないものの、ライリーはほぼそう確信していた。これまでの付き合いの中で、リリアナが無駄なことをしないことは良く知っている。彼女は良くも悪くも効率を重視する人物だ。

さすがに人二人を、なんの詠唱もなしで遠方に転移させられるほど魔術に秀でているとは想像していなかったが、リリアナならあり得るとライリーは納得していた。元々、自分から遠く離れた場所の幻術を維持できるほどの能力の持ち主だ。今更この程度のことで、驚きはしない。


だが、できれば事前に説明して欲しかった。

まだリリアナが何をしようとしているのか全容も分からない。だが、リリアナがライリーたちを蚊帳の外に置いて自分一人で何かを成し遂げようとしていることは間違いがない。

そう思うと、焦りと悲しみが沸き起こる。同時に、リリアナが大公派に寝返ったと態度で示した執務室では一切覚えなかった怒りも、腹の底に渦巻き始めた。


(ちゃんと、帰ったら説明して貰うからね)


一体何を企み、そしてどういうつもりでライリーを突き放したのか。


心の内に入れてくれてはいないと長らく感じていたし、信頼されている様子もないと分かっていた。それでもライリーは、リリアナが良かった。リリアナの側に居たかったし、頼られたかった。

側にいても良いのだと、他でもないリリアナ本人に認めて欲しかった。


それでも、リリアナはライリーのことを一切思いやることなく、ただ我が道を突き進む。これまでは、そんなリリアナの邪魔をしないように、傍から見守ろうと努力し続けて来た。助けを求め手を伸ばして来るのであればすぐに応えられるよう、距離を取りながらもずっと見守り続けて来たつもりだった。


だが、リリアナはいつまでもライリーを――否、他人を頼ろうとはしない。

それならば自分もしたいようにするだけだと、ライリーは一人決意を固めていた。


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