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悪役令嬢はしゃべりません  作者: 由畝 啓
第一部 悪役令嬢はしゃべりません

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53. 悪役令嬢の讃歌 13


王宮の一室でのんびりと本を読んでいたリリアナは、遠くから拾って来た音に耳を澄ませた。

部屋には他人に気付かれないよう、防音の結界を張っている。そのため第三者に聞かれたり見られたりする恐れはない。


『どうやら殿下とオースティン・エアルドレッドは転移陣を使ったものの、転移に失敗したようです』

『つまり、それはどういうことだ』


魔術で響いて来る声はメラーズ伯爵と大公のものだ。報告をしたのがメラーズ伯爵で、意味が分からないと言いたげに言葉を返した人物が大公だった。他にも人の気配がある。恐らくスコーン侯爵とグリード伯爵に違いない。

思わず、といったようにリリアナの口角に微笑が浮かんだ。リリアナは大公派に与したが、主要な有力者たちには未だ仲間として認められていないのか、会議には全く参加できていなかった。しかし、リリアナにとっては何の問題もない。魔術さえ使えれば、リリアナは簡単に彼らの会話を聞くことが出来た。


『詳細はグリード伯爵がよくご存知です。グリード殿、お願いできますかな』

『ええ、勿論です。殿下がお使いになった転移陣は魔導省長官に解析を依頼しましてな。どうやら転移陣を使ったものの、失敗して設定した場所とは全く別の場所に行ったようですよ』

『失敗したのであれば、体が千々に千切れて死んだのではないのか』


グリード伯爵の説明にかぶさるようにして口を挟んだ声は、わずかに嘲笑を含んでいる。リリアナも聞き覚えのある声は、スコーン侯爵のものだった。しかし、グリード伯爵は否定の声を上げる。


『そのような痕跡は見当たらなかったようです。元々設定されていた行き先はエアルドレッド公爵領の領都だったようですが』


こちらとしては幸運でしたな、とグリード伯爵は笑みを含んだ声で告げた。

エアルドレッド公爵家に保護されてしまえば、大公派も手出しが難しくなる。行方が分からないことも問題だが、手出しができない場所に匿われたよりはまだ対処できる余地があった。

だが、グリード伯爵の言葉にスコーン侯爵が反論する。


『何を愚かなことを。エアルドレッド公爵はメラーズ殿が仲間に取り込んだのだろう? それならば、エアルドレッド公爵領に逃げ込んで貰った方が、身柄の引き渡しを要求すれば良いだけだろう』

『だがな』


スコーン侯爵の台詞に、大公が反論した。普段であれば大公は殆ど彼らの話し合いに口を挟まない。しかし玉座が近くなったせいか、大公は妙に口出しをする頻度が増えていた。


『今回の顧問会議でも、エアルドレッド公爵やフィンチ侯爵は特にこちらの味方をしなかっただろう。声高に反対もしなかったが、果たしてあれで私を玉座につけるつもりがあると言うのか?』

『ご懸念も尤もとは存じますが、王太子派の急先鋒となっていた彼らが無言だったというだけでも、潮流はこちらに有利となっているかと』


大公の指摘に応えたのはメラーズ伯爵だった。沈黙が落ちる。

エアルドレッド公爵ユリシーズやフィンチ侯爵が明示的に大公を支持しなかったことが不満なのだろうが、メラーズ伯爵の指摘も的を射ていた。

四人の様子を音だけで聞きながら、リリアナは口角を上げて笑みを形作る。しかしその双眸は冷たく光っていた。


大公派(こちら)に関しては、わたくしの想定通り進んでいますわね。どのみち、ウィルのことも直ぐには見つけられないでしょうし――陛下に関しても、フィンチ侯爵がどうにかなさっていると判断して宜しいでしょう)


ライリーとオースティンは勿論、ベラスタも今どこに居るのかリリアナは把握している。ベラスタを一度呼び寄せて大公派に捕縛させたのもリリアナだし、本物のベラスタを途中で幻術にすり替え、全く別の場所に転移させたのもリリアナだ。

ライリーとオースティンに関しては、ちょうど良い頃合いを見計らって光を放ち、その場にいる人々の目を晦ました瞬間に転移させた。転移陣をライリーの執務室に持ち込んだのも、そしてその転移陣がまるで失敗したかのように細工を施したのもリリアナだった。


「転移陣の解析もソーン様にお願いすることになると予想はしておりましたけれど、正確に解析して頂けて一安心ですわ」


リリアナは小さく呟く。正直なところ、今回の計画で一番苦労したのが転移陣の細工だった。


これまでリリアナは転移陣を使って転移したことなど一度もない。他人が使っている場面を見たことはあるものの、自分自身が転移するのであれば陣など使わなくとも、術を行使した方がはるかに簡単で早いし確実だ。他人が組み立てた転移の術式など完全に信用できるものではない。当然、ベン・ドラコやペトラ・ミューリュライネンが作ったものであれば信頼性は高いから話は別だ。しかし、転移陣はたいていの場合、ある程度階位の高い魔導士が作っていた。

それでも、今回ばかりは転移陣が必要だった。しかも、そのまま置いておけば良いのではない。実際は使われていない転移陣に術が作動した痕跡を残し、かつ失敗したと見せかけなければならなかった。


生まれた時から馬に乗り生きて来た者は、落馬の練習をしなければ馬から落ちることができないという。リリアナもその彼らと同じく、魔術を失敗したことがない。そのため、転移陣に失敗の細工を施すことは酷く難しかった。幾つか書物を読み理論立てて失敗を理解し、そして数個の見本を手元に置き、時間をかけて術を構築した。

解析の時にリリアナが細工した通りの解釈をしてくれるか不安だったが、メラーズ伯爵たちの会話を聞く限りは大丈夫そうだ。


『殿下に関しては引き続き調査を続けます。各領主と神殿にも協力するよう要請を出していますので、可能な限り早急に発見できるのではないかと思います。それからもう一つ問題は、陛下の行方ですが――』

『協力者がいるに違いなかろう。見当はついていないのか。おおよそ、王太子派の貴族だとは思うが』


メラーズ伯爵が白熱しそうな議論を中断し、別の議題を口にする。すると、不機嫌な調子の大公が口を開いた。

リリアナは目を細める。国王ホレイシオがどこに居るのか、未だに大公派は掴んでいない様子だった。そして、そのことにリリアナはひっそりとほくそ笑む。


(信用されていないと、お気付きではないのですね)


当然、リリアナはホレイシオがどこに居るのか把握していた。ホレイシオ本人は有能でなくとも、彼の存在は大公派にとっても王太子派にとっても重要な鍵だ。ホレイシオを確保した派閥が有利になるのは当然のことである。だから、顧問会議の日に大公派が事を起こすと聞いた時、リリアナにとっての一番の懸念はホレイシオだった。


ホレイシオは騎士たちに踏み込まれてしまえば最後、抵抗できずにその身柄を確保される。大公派と王太子派のどちらと最初に接触するかによって、今後の勢力図はある程度確定する。

しかし、事前に王太子派の貴族が国王に接触すれば、それは大公派の知るところとなってしまう。王宮から大公派の息のかかった使用人や貴族が排除されたからといって、ゼロになったわけではない。そして間諜を動かしている大公派が、国王の動きに気が付かないわけがなかった。

そして、リリアナ自ら国王を助け出し保護する余裕はない。他にすべきことが、リリアナにはあった。


(フィンチ侯爵夫人が間諜と分かったからこそ、上手く行ったとも言えますけれど)


元々、フィンチ侯爵夫人が大公の秘された愛人である事実こそが妙だった。知った当初は大して不審にも思わなかったが、年を重ねてある程度政や勢力図が分かるようになってからは、不可解さは膨れ上がるばかりだった。

フィンチ侯爵は、アルカシア派の主要人物の一人だ。表面上は仲が良い夫婦でも実際は冷え切った関係で、それぞれに愛人がいるということもある。実際に敵対派閥の相手と恋仲になり、情報を流している貴族も存在してはいた。

しかし、それを加味しても、フィンチ侯爵夫人が大公と懇意になっているというのは不自然だった。


(さすが、賢夫人と呼ばれるだけあると申しましょうか)


フィンチ侯爵夫人が大公派から情報を得るため大公の愛人を務めていると知った時は、さすがのリリアナも感心した。長年に渡り不信感を与えることもなく、ただ情報だけを抜き取る。並大抵の精神力で出来ることではない。

だが、事実を知ってしまえば納得も容易かった。


賢夫人と呼ばれ、幼い王太子の教育係を務めるほどの人物。若い頃はライリーの伯母ヘンリエッタやカルヴァート辺境伯ビヴァリーと懇意にし、今でも連絡を取り合うほど仲が良いという。


大公派が騙され続けている理由は偏に、フィンチ侯爵夫人が女だからというその一点だ。直接会話をした回数は片手に収まるほどだとしても、大公派の主要人物たちが女性や若者を侮っていることは手に取るように分かる。

メラーズ伯爵はスコーン侯爵と比べるとまだ女性の侮り方が控え目だが、さすがに大公が極秘事項をフィンチ侯爵夫人に垂れ流しているとは思っていないのだろう。


だからリリアナは、侯爵夫人が決行の指示書を目にする頃合いを見計らって、手紙を大公の元に届けた。メラーズ伯爵の指示に従って送っただけなのだから、リリアナが疑われることはまずない。そしてリリアナが予想した通り、フィンチ侯爵夫人は侯爵へと大公派の陰謀を知らせ、侯爵は国王を保護した。

つまり、今頃ホレイシオはアルカシア派の土地のどこか――恐らくはエアルドレッド公爵領の保養地でゆっくりと茶でも飲んでいるに違いない。


『それから、もう一つですが――ドラコ家には動きがみられません。やはりどこかへ逃走を図ったものと思われます』


メラーズ伯爵の声が響く。

ベン・ドラコが物見の塔から逃走したという知らせは、即日メラーズ伯爵たちの元に届けられた。そして同日から、ペトラ・ミューリュライネンが魔導省に長期の休暇申請を出している。恐らくペトラがベン・ドラコを脱獄させたに違いないという見方がされていた。

しかし、不思議なことにベン・ドラコの姿はどこにもない。王都にある彼の屋敷に人を向かわせたものの、どうやら数日前から留守になっているらしく、人気(ひとけ)が全くなかった。押し入ったものの、家具全てに布が掛けられていたという報告があげられている。


『使えんな』


不機嫌に吐き捨てたのは大公だ。メラーズ伯爵が恐縮したように謝罪の言葉を述べるが、大公は取り付く島もない。


『あいつを逃せば何を仕掛けてくるか、分かったものではないだろう。腐っても我が国随一の魔導士というではないか』


魔導省の長官にグリード伯爵の三男ソーンを据えたものの、ベン・ドラコが自由の身となった今、魔術で勝てる可能性は低い。

不平を唱える大公を落ち着かせるべく口を開いたのは、スコーン侯爵だった。


『確かにベン・ドラコに関しては失策でしたな。物見の塔ではなく、最初から断崖の牢に送れば良かったのです。しかし今更それを申しても致し方ありますまい。幸いにも、王立騎士団は我らが既に掌握を完了しています。なにせ、ブルーノが団長となりましたからな』


反乱鎮圧のため北へ向かった王立騎士団長ヘガティが死んだとの知らせを受け、大公派は新たな団長として八番隊隊長を任命した。八番隊隊長であり団長となったブルーノはスコーン侯爵の息子だ。以前より大公派のために動き、様々な情報を持ち帰り、場合によっては暗殺にまで手を染めていた。大公派にとっては非常に役立つ存在だ。

大公は鼻を鳴らした。


『確かに、ブルーノはこれまでも良く働いていたようだからな。これからも期待している』

『は、有難きお言葉』


大公の鷹揚な言葉に、スコーン侯爵は礼を述べる。リリアナは彼らの顔を見ていないものの、スコーン侯爵がグリード伯爵に向かって得意気な表情を浮かべていることは容易く想像できた。


『まあ、ベン・ドラコに関してはベラスタ(おとうと)を使っておびき寄せましょう』


不穏な空気を打ち破るべく、メラーズ伯爵が決定事項を口にする。疑問を差しはさんだのはスコーン侯爵だった。


『意気消沈して殆ど部屋の中でも動いていないと聞くが、上手く使えるのか? 死んでしまっては囮にもならんだろう』

『問題ありませんよ。その辺りは上手くやります』


メラーズ伯爵はあっさりと侯爵の懸念を否定する。

しかし、彼らの会話を聞いていたリリアナは笑いを堪えていた。部屋の中で殆ど動いていないのも当然だ。彼らが捕えていると思っているベラスタは、幻術に過ぎないのだから――幻術が解けてしまえば、その正体は巨大な藁の傀儡である。木を使うことも考えたが、利便性と費用を考えれば藁の方が遥かに良かった。


(もしかしたら、ベン・ドラコも既に気が付いているかもしれませんわね)


ベラスタが未だに牢に居るというのが、その証拠だ。ベンとペトラが二人でいる時点で、ベラスタを捕えている牢はすでに牢の役割を果たしていない。彼らが本気を出せば、ベラスタは直ぐに救出されるだろう。

ベラスタが捕えられているのは王立騎士団の地下牢であり、王立騎士団は大半が未だに王太子派だ。副団長マイルズ・スペンサーが抑えているから、大公派に従順であるように見えるだけだった。ベンが助けに行けば、騎士たちはベラスタの脱獄を止めないだろう。


「こちらはこれで良いとして――」


リリアナは、大公やメラーズ伯爵たちの話を聞きながら、左手を軽く振る。すると空中に、立体的な映像が浮かび上がった。映っている景色は鬱蒼と茂った森の中であり、辛うじて人の通れる道があるだけだ。


「そろそろ、合流する頃かしら?」


立体的な映像には、人も動物も映っていない。しかし遠くからは、葉のこすれるような音が響いていた。




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