表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
悪役令嬢はしゃべりません  作者: 由畝 啓
第一部 悪役令嬢はしゃべりません
343/563

53. 悪役令嬢の讃歌 6


ジルドの話は、簡潔ではなかった。だが、彼自身が把握している情報もそれほどないのか、全体としてはそれほど時間もかかっていない。

静かにジルドの話を聞いたケニス辺境伯は、真剣な表情で考え込んだ。


「皇国が“北の移民”で構成された軍隊ないしは含んだ軍隊を有しており、そこに仲間を潜入させた――その軍隊が我が国を襲撃してくる可能性があると、彼の令嬢はそう考えていると言うのだな」

「じゃなきゃ、俺の知り合いに声かけたりなんざしねえよ」

「それにも関わらず、お前を馘首したのか」


どうにも、その点が釈然としなかった。何よりも、リリアナがジルドの知人を隣国に送り込んでからジルドを馘首するまでの時間があまりにも短すぎる。

大公派も愚かではない。リリアナが顧問会議の直前に寝返りを打診したところで、相手にもしないだろう。仮に取り込むことを考えたとしても、ユリシーズ・エアルドレッドや嫡男ルシアンがリリアナを裏切り者と判断するような状況が生じるかと考えれば、答えは否だった。逆に言えばリリアナを取り込むと考えた場合以外に、大公派がリリアナの裏切りをわざわざ知らしめる利点はないのだ。


「妙だな。大公派の中に彼女と面識のある貴族はいないはずだし、彼女自身の情報も出回ってはいないはずだ。年端のいかない少女を取り込んだと公にしても、奴らに利点はない。ただ手間だけが掛かると考えれば」


眉根を寄せて辺境伯は思考を整理する。

即ち、考えられる可能性は少ない。つまりリリアナ本人が大公派に寝返ったことを知らしめたということだ。そして正規の手段ではなく遠回しな方法で隣国の撃退手段を整えようとしたその裏の意味も併せて考えれば、リリアナ本人の意図も自ずと明らかになるのではないか。


ケニス辺境伯は、上質なソファーに堂々と腰かけている男を上目遣いに一瞥した。

リリアナの頭脳がどの程度優れているのか、詳しいことは辺境伯自身も知らない。だが初対面の時ですら、リリアナは百戦錬磨のケニス辺境伯と対等に話すことが出来ていた。天才も年齢を重ねれば只の人になると古くから言われているが、例外も当然存在する。仮にリリアナの能力が年々磨かれていたのなら、恐らくそこには簡単には理解し得ない何かがあるはずだった。


「――そう言えばジルド殿は、リリアナ嬢が婚約者である王太子殿下を裏切ったという噂を知っているか?」

「あ?」


ジルドは眉根を寄せて胡乱な目を辺境伯に向けた。一体何の寝言をほざいているのだと言わんばかりだ。

案の定、ジルドはリリアナが王太子を裏切り大公派に鞍替えしたという話を聞いていない。ケニス辺境伯もつい先ほど知ったばかりなのだから、リリアナが話していないのであればジルドが知る由もなかった。


「なんだそれ。知らねえぞ。そもそも、なんで嬢ちゃんが王太子を裏切らなくちゃいけねえんだ――って、あれか?」


ケニス辺境伯目を細める。途中までは、ジルドの反応はケニス辺境伯の予想通りだった。だが、まさか思い当たる節があるとは思わなかった。

ジルドはそんなケニス辺境伯の反応には気が付かない様子で、適当に思い付いたことを口にする。


「俺たち――えっと、お前たちが言う“北の移民”の救出作戦にはあの王太子も一枚噛んでんだ。それが嫌になったなら、王太子を裏切ることもあるかもしれねえよな?」

「――――なるほど」


ジルドの言葉に、ケニス辺境伯は頷く。しかし、それは決してジルドの意見に賛同したからではなかった。


「本当に嫌になったのであれば、お前を拘束すれば良いだけの話だろう。魔術で強化した檻にでも入れてしまえば、お前は手出しもできん。そしてお前がケニス辺境伯領(ここ)に来られなければ、“北の移民”の間諜は王国と連絡を取ることも出来ずに自滅する。馘首したお前を野放図にさせることの方が不利益だ」


ケニス辺境伯が導き出した答えは、リリアナがジルドを監禁した方が“北の移民”の救出計画は頓挫するというものだった。辺境伯は、ジルドから直接聞いたわけではないものの、ジルドや彼の仲間は魔術の効きにくい人間なのだと理解していた。ケニス辺境伯領にかつて敵軍が攻め込んで来た時、“北の移民”の中に魔術の効き難い体質の者がいるという報告を受けていた。彼らの同胞であるはずのジルドも、魔術が効き難い、もしくは効かない可能性はある。

だが、たとえ魔術で拘束できなくとも、魔術で強化した檻に閉じ込めればジルドは出られないはずだ。その方が護衛の任を解いてジルドに自由を与えるよりも、はるかに確実に計画を中止できる。

辺境伯の説明はジルドには多少難しかったらしい。不機嫌な表情を浮かべるが、それは彼が真剣に辺境伯の言葉を理解しようとしている証でもあった。彼はゆっくりと言葉を探しつつ、尋ねた。


「つまり、嬢ちゃんは俺があんたの所に来るって予想してたってことか?」

「そうだ」


少なくともケニス辺境伯であればそうする。しっかりと頷いた辺境伯を見てジルドは反論したそうな表情を浮かべたが、すぐに何か思い直したように「ああ、なるほど」と嘆息した。彼も口にはしないものの、辺境伯と同じ結論に至った。

リリアナはジルドが狼に変化した姿を知っている。そしてその時にどの程度の力が出るのかも、おおよそのところを理解している。本当にジルドを捕えようと思えば、リリアナには赤子の手をひねるよりも容易いに違いない。


「お前が馘首を言い渡された時期を考えると、恐らくお前が私に受け入れられる可能性を高めようとしたと考えた方が腑に落ちる」

「どういうことだ?」


ジルドは首を傾げた。だが、話は簡単だ。

ケニス辺境伯は名代としてルシアンを顧問会議に派遣している。つまり、顧問会議の日に大公派が王宮を占拠しリリアナが寝返ったとなれば、ルシアンは早々に手紙を(したた)め父に送るはずだ。

そしてジルドがリリアナの屋敷を追い出された日を考えれば、強行軍でジルドが突き進んだとしてもケニス辺境伯領にジルドが到着するのは顧問会議の日に起きた事件を知った後になる。

実際はぎりぎりだったが、リリアナが狙ったのはその点だろう。


ケニス辺境伯は王太子派の貴族だ。そのため、大公派が王宮を占拠し、更にリリアナが大公派に与していたと知れば、リリアナの護衛であるジルドを門前払いする可能性が高い。

そう考えたリリアナは、先手を打とうと考えたのだろう。


「お前には仔細を明かさず、無茶な状況で放逐する。お前は仲間を護るために私の所へ来て協力を要請する。彼女はお前の性格も把握しているのではないかな。道中色々と考えた挙句に判断が付かず、私にある程度打ち明けると踏んだのかもしれない。そこまでは考えなかったとしても、私が疑問を抱いてお前に質問すればいずれ明らかになる事柄だ」


そして実際に、リリアナの態度に不信感を持ったジルドは辺境伯に全てを打ち明けた。リリアナとしては、ジルドの立てた仮説かそれに似た判断をケニス辺境伯が下すと考えたのだろう。だが、ケニス辺境伯はリリアナが想定していた以上にリリアナの能力を買っていた。


「そう考えると、他のこともある程度説明がつけられる。大公派に鞍替えしたにしては、妙な行動だな」


確証は一切ない。全てはケニス辺境伯の心証だ。だが、ケニス辺境伯には妙な確信があった。知識や証拠に裏付けられるものではない。だが、様々な死線を潜り抜け多岐にわたる経験を積んで来た辺境伯は、自分の直感が決して馬鹿にできない重要なものだと知っていた。


「大方、寝返りも何か企んでのことだろう」


大公派へ鞍替えし王太子を大公派の手に渡そうと企んだという情報も、どこまで本当かは分からない。しかし仮に傍からそう見えたとしても、内実は分からない。


「奴らに脅されたわけでもなかろうしな」


そもそも、たった十四歳の少女を脅し大公派に付けようと考える脳など、大公派は持ち合わせていない。リリアナの能力を知っている者は限られているし、そして正確に把握している者に至っては何人いるのか、考えるだけ無駄に違いなかった。それほどまでに、リリアナはその本性を秘匿している。

仮に大公派がリリアナを脅しつけたとしても、あの少女が簡単に屈するはずがないと、ケニス辺境伯は判断していた。


「大公派の駆逐と国防――どころか隣国の軍隊の力を削ぐ、という計画を両立でもしているのかもしれんな」


大公派に寝返り、自ら獅子身中の虫となったつもりか。

辺境伯が口内で小さく呟いた言葉は、ジルドには届かない。しかし、ケニス辺境伯はジルドに一から十まで順序だてて教えるつもりはなかった。


「分かった。ジルド、お前は今日からケニス騎士団の騎士として雇い入れる」


まだ可能性に過ぎないが、ケニス辺境伯はリリアナが何かしらの魂胆を持ち大公を国王に持ち上げるふりをしているのだろうと判断した。そしてそのリリアナが、ケニス辺境伯領までジルドを送り込んでくれたのだ。ジルドにその意識はないだろうが、どう考えてもリリアナはジルドがケニス辺境伯の元に来るよう誘導している。

それならば、リリアナの策に乗ってみても面白いのではないか――そんなことを、ケニス辺境伯は考えていた。そして一度決断すれば、後は早い。

問題はルシアンをどのように説得するのかということと、エアルドレッド公爵ユリシーズとプレイステッド卿にどの程度まで打ち明け協力を願うのかということだ。しかし、彼らに関しては後で考えれば良いことだとケニス辺境伯は懸念を頭の片隅に追いやった。

重要なことは、ジルドをケニス騎士団に取り込んで隣国の脅威に備えることだ。

ケニス辺境伯は目を丸くしたジルドに向けて、更に説明を加えた。


「衣食住と金は規定に従い支給しよう。それと、契約期間だが――」


ケニス辺境伯は、にやりと笑う。


「一般的な条項の他に、お前がリリアナ嬢の元に戻りたいと思い、それが許される状況となった時も追記しておこう」


ジルドは目を瞠る。思ってもいない言葉だったが、それはジルドにとって願ってもない提案だった。



26-2

26-4

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。


第1巻~第5巻(オーバーラップ文庫)好評発売中!

書影 書影 書影 書影 書影
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ