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悪役令嬢はしゃべりません  作者: 由畝 啓
第一部 悪役令嬢はしゃべりません
340/563

53. 悪役令嬢の讃歌 3


顧問会議は滞りなく進んでいく。それでも緊迫感を感じるのは、フランクリン・スリベグラード大公が居るからかもしれない。

エアルドレッド公爵ユリシーズとフィンチ侯爵は適宜口を挟みながら、会議の行方を見守っていた。


「さて」


最後の議題が終わったところで、メラーズ伯爵が口を開く。大公派のスコーン侯爵や大公本人は動じていないが、何も知らないらしい貴族たちは不思議そうな表情でメラーズ伯爵を見やった。

議題は全て終わったはずなのに、他に何か用があるのかとでも言いたげだ。メラーズ伯爵は全く気にする様子もなく、隠された議題を口にした。


「誠に遺憾ではありますが、ここで皆さまにお伝えしたいことがございます」


フィンチ侯爵の眉がピクリと動く。メラーズ伯爵は沈鬱に見える表情のまま、しかし真剣そのものの声色で告げた。


「隣国と密通している者が居ります。その者への処遇を検討させて頂きたい」


途端に、貴族たちの眉間に皺が刻まれる。顧問会議に出席できる貴族は少ない。高位貴族であるだけでは駄目だし、何かしらに秀でた能力や功績があるだけでも顧問会議への参加資格は与えられない。実際に今この場に居る面々は、何かしらの形で王国に貢献したことのある者や、それに連なる者たちだった。

だからこそ、たとえ貴族と言えど隣国に内通していた者を裁く権限は顧問会議にはない。以前タナー侯爵が処された時は、顧問会議ではなく御前会議で裁かれた。


「メラーズ伯爵、妙なことを仰いますな。顧問会議で爵位を持つ者を裁くなど前代未聞ですぞ」


それも隣国への密通という大罪だ。王都での裁判は、神殿が行うか国王が自ら執り行うものであって、顧問会議で裁くものではない。


「いかさま。確かに本来であれば神殿ないしは陛下への御裁可を仰ぐところですが、今回は特例です」

「特例?」


尋ねた貴族が胡乱な声を上げる。メラーズ伯爵が何を意図しているのか、まだ理解できない様子だった。しかし一部の貴族には状況を悟った者もいる。その者たちは顔色を青くし、小さく「まさか」と声を漏らした。

メラーズ伯爵は目敏く悟ったらしい者たちを一瞥すると、「こちらに」と片手を上げた。隣室に通じる扉が開き、そこから入って来たのは王都にある神殿長だった。恰幅の良い体は神殿長の位を表わす豪奢な飾り付きのローブに包まれている。彼は片手に真実を示す杖を、そしてもう一方の手に聖典を持っていた。


「左様。神殿長だけでは裁くことの出来ない、やんごとなきお方が隣国と密通していると確かな筋からの情報を掴みました」

「な、なにを――っ!?」


部屋の中は騒然とした。ごく限られた貴族たちしか列席できない会議の場だからこそ、普段は粛々と話し合いが進む。しかし、今回ばかりは一部を除いて誰も冷静になることなど出来なかった。

例外は大公派の中心人物であるメラーズ伯爵とスコーン侯爵、そして大公。更に言えば、おおよそこの事態を想定していたユリシーズとフィンチ侯爵だった。だがユリシーズもフィンチ侯爵も、できれば避けたかった最悪の事態である。どうしても苦い表情を浮かべそうになってしまうが、どうにか堪えて無表情を取り繕った。


「フィンチ侯爵、首尾は」

「プレイステッド卿から魔道具を預かっていますので、あとはそれを使う時機を見計らうだけです」


魔道具を使えば、フィンチ侯爵の手勢は真っ直ぐに王太子ライリーの元へと向かうだろう。だが時機を誤れば、侯爵の手勢は阻まれ大公派にライリーの身柄を確保されてしまう。今はまだ、顧問会議の面々しか混乱に陥っていない。手勢を向かわせるためには王宮全体が混乱に陥る必要がある。

そのためには、大公派にある程度動いて貰う必要があった。フィンチ侯爵の手勢だけが動けば、その責任はフィンチ侯爵にだけ向けられてしまう。有力な味方を今の段階で犠牲にするのは悪手だった。


貴族たちの視線を受けながら、メラーズ伯爵はきっぱりと告げる。


「事は先代国王陛下の折、チェノウェス侯爵家の没落の切っ掛けとなった政変にあります。当時の陛下は王位継承が確実ではなかった。恐らくそのことを気にして、隣国と通じ大公閣下の後ろ盾でもあったチェノウェス侯爵家の凋落を企んだのでしょう」


滔々と告げるメラーズ伯爵は、確信を持っていた。一部の貴族は戸惑ったような視線で互いの顔を見合わせる。国王自らが隣国と密通していたとは俄かには信じ難い。だが、メラーズ伯爵の堂々とした態度は貴族たちに疑念を抱かせるに十分だった。

メラーズ伯爵たち大公派は自分たちの優勢を確信する。しかし、そこに皮肉な口調で言葉を挟んだ男が居た。


「随分と、貴殿は自信があるようですね」

「――ルシアン殿」


一瞬メラーズ伯爵の瞳に苦いものが走る。皮肉に口角を上げてメラーズ伯爵を見据えているのは、ケニス辺境伯の長男ルシアン・ケニスだった。

国境の様子が思わしくなく領地を離れられない父親の名代として、顧問会議に出席している。元々武にそれほど秀でている訳でもない彼は、領地に居てもそれほどすることがないと王都で過ごすことが多かった。尤も、定期的に領地に戻っては領地経営の手助けもしている。しかし彼の本分は王都で他の貴族たちの動向を注視することにあった。


「貴殿のその話が嘘である場合、寧ろ貴殿こそが不敬と言われ謀反を問われると理解してのご発言でしょうね」

「無論です。私に二心はありません。全てはこの国のため」


メラーズ伯爵は堂々と胸を張り、ルシアンを見返す。二人の視線が空中で絡み合い、火花が散るかのようだった。


「いずれにせよ」


伯爵は告げる。視線をルシアンから逸らし、ユリシーズの方を見る。その態度にルシアンは片眉を上げるが、何も言わなかった。伯爵の視線を受けたユリシーズは、一切表情を変えない。

メラーズ伯爵がユリシーズに発言を求めていることは、ユリシーズも薄々察しがついた。わざわざエアルドレッド公爵邸に赴き詳細を打ち明け、協力を願うほどなのだ。そして今回決行したということは、メラーズ伯爵はユリシーズ――否、エアルドレッド公爵家を筆頭としたアルカシア派が大公派に寝返ったと考えているのかもしれない。


だが、ユリシーズは今動く気は一切なかった。静かにメラーズ伯爵を注視する。伯爵はユリシーズに発言する気がないと悟ったのか、小さく肩を竦めて貴族たちを見回した。


「事の次第は陛下に直接お伺いし、その大御心を拝聴すると致しましょう」

「陛下をここへお連れするのですか、伯爵」


尋ねたのは、顔色を悪くしていた貴族の一人だった。メラーズ伯爵はゆっくりと顔をそちらに向けて頷く。


「勿論です。私も陛下を無駄に苦しめたいという気持ちはありません。証拠を提示してしまえば陛下の罪は確定的なものになる。しかしながら、陛下自らのご意思で蟄居を選ばれるのでしたら、僥倖というもの」


国王ホレイシオが自ら退位するのであれば、大公派にとっても最善だ。国は荒れることなく、隣国に付け込まれることもない。長年病に伏していた国王が数年後に病死したとしても、誰も疑うことはないだろう。

大公派の考えは明らかだった。ユリシーズとフィンチ侯爵は一瞬目を交わす。


国王は、既に王宮から出ているはずだ。つまりこの場には表れない。国王ホレイシオは病に倒れているが、妻を愛していた。妻を亡くしてから失意のうちに体調を崩したと一般的に考えられているほどには、傍から見ても相思相愛の夫妻だった。息子ライリーとの交流はそれほどないが、妻との間に出来た唯一の子だ。

つまり、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


ホレイシオが部屋に居ないと分かった瞬間、大公派はライリーの確保に向かう。その時が勝負だった。


次の瞬間、部屋の扉が乱暴に開かれる。飛び込んで来たのは王立騎士団の制服を着た騎士だった。


「王立騎士団だと?」

「馬鹿な――!」


貴族たちが騒めく。しかし乱入して来た騎士は一切頓着せず、国王確保の命令を出した大公に向けて叫ぶようにして報告した。


「陛下がどこにもいらっしゃいません!!」

「なに!?」


大公とスコーン侯爵が、愕然を目を瞠る。しかしメラーズ伯爵は驚愕を一瞬にして押し込めた。


「ならば殿下を確保しろ。陛下の息子なのだから、何かご存知かもしれん」

「は!」


フィンチ侯爵は一切躊躇しなかった。服のポケットから魔道具を取り出し作動させる。幸運にも、その動作を目撃したのはユリシーズだけだった。



*****



その時、王立騎士団のマイルズ・スペンサーは二番隊隊長ダンヒル・カルヴァートと通常通りの訓練を続けていた。ふと、スペンサーは顔を上げる。胡乱な目で彼は王宮を見た。

ダンヒルは首を傾げる。


「どうかされましたか、副団長」

「いや――」


スペンサーは表情を険しくすると、ダンヒルに顔を向けた。


「気のせいかもしれないが、王宮の結界が揺れた。同行してくれ」

「承知」


ダンヒルは頷くと二番隊の面々に号令をかける。王宮の結界が揺れたということは、非常事態である可能性が非常に高い。そのため、万が一に備えることを考えれば、二番隊を連れて行く他の選択肢はなかった。


「急ぐぞ」


端的な言葉を告げたスペンサーは走り出す。その後ろを、ダンヒル率いる二番隊が追う。訓練場の端に繋いでいた馬に飛び乗ると、彼らは王宮を目指した。



*****



顧問会議の音声を聞いていたライリーは、顔色を変えた。


「サーシャ、一旦撤退だ。さすがに王立騎士団を動かすとは思っていなかった」


国王が居ないという報告には驚いたが、それ以上に愕然としたのは貴族が呟いた“王立騎士団”という単語だった。どうやら大公派は王立騎士団を動かしたらしい。

確かに、近衛騎士でない限り王立騎士団は国王や王太子個人ではなく王族に従うことになっている。仮に王族が謀反を企てた場合、国王は王立騎士団を動かして鎮圧することも出来る。しかし、大公が国王を追放するために王立騎士団を動かすという発想は簡単には出て来なかった。


ライリーは立ち上がってリリアナを促そうとするが、不思議なことに彼の体は動かなかった。口と顔程度は動くが、その場から立ち上がったり歩いたりすることは出来ない。


「え――?」


一体何事かと焦るライリーを見て胡乱な表情になったオースティンもまた、自分が動けなくなっていると気が付く。二人に悟らせないよう魔術で身体を拘束したリリアナは穏やかに、微笑さえ浮かべて告げた。


「あらまあ――残念ですけれど、()()()()()()()

「サーシャ?」


一体何を言っているのかと、ライリーは眉根を寄せる。リリアナは楽し気にライリーとオースティン、そしてベンを眺めた。


「今あなた方に逃げられては困りますの」

「何を言って……」


普段から泰然自若とした態度を崩さないライリーには珍しく、戸惑いを隠せない。その様子に目を細めたリリアナは、優雅な仕草で一人ソファーから立ち上がった。


「だって、今逃げられては大公閣下の脅威になるではありませんか」

「な――っ!?」


その台詞を聞いた途端、ライリーとオースティンは愕然とする。まさしく、リリアナが大公派に鞍替えしたと分かる台詞だった。政には興味がないベン・ドラコも、唖然としてリリアナを凝視している。

息を飲んだオースティンは、動けないままリリアナに食って掛かった。


「お前、寝返ったのか!?」

「寝返るだなんて、そんな」


いつもであれば、オースティンもリリアナに対しては比較的丁寧に接する。その態度が崩れたということは、オースティンが既にリリアナを敵として認識したことを意味していた。

しかしリリアナは平然としたまま、寧ろ迷惑そうに眉根を寄せる。人聞きの悪い、と言いたげな表情だった。


「わたくしがしたい事を為すためには、必要だったというだけですわ」


いっそうっとりとした表情でリリアナは告げると、ことりと小首を傾げる。その仕草はあどけなく、オースティンもライリーも自分の目が信じられない思いで一杯だった。

だがリリアナは彼らの都合など一切斟酌しない。容赦なく、彼女は婚約者と幼馴染を突き放した。


「ですからこのまま、捕らわれてくださらない?」


優しい口調を裏切るような内容に、沈黙が落ちる。オースティンは呪い殺すような目でリリアナを凝視し、ライリーは呆然とした様子で、しかし探るようにリリアナを注視していた。ベン・ドラコは眉根を寄せたまま、ソファーに腰掛けている。

その様子を、リリアナはただ楽し気に眺めていた。


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