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悪役令嬢はしゃべりません  作者: 由畝 啓
第一部 悪役令嬢はしゃべりません
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8. 都鄙の難 4


ペトラとマリアンヌ、そしてリリアナは教会に逃げ込んだ。そこには既に避難した人々が身を寄せ合い、魔物の襲撃に怯えている。教会には光魔術を使える魔導士と騎士が必ず数人滞在することが定められているため、他の場所にいるよりも安全だった。しかし、今回の魔物襲撃(スタンピード)は他に類を見ない規模だ。万が一教会が襲われた場合、対抗できるかどうかは賭けだった。


ペトラも魔導省の一員である以上、教会が襲われた時は他の魔導士と共に魔物と戦わねばならない。だが、極力そのような状況は避けたかった。他人のために自分が死にたいとは思わないし、これまでそういう生き方をして来なかった。リリアナとマリアンヌと共に転移でこの街から抜け出す、それがペトラにとっての最善だ。尤も、転移の術で三人を運ぶとなると、魔力も体力も精神力もそれなりに必要となる。屋敷に到着するまでには数回に分けて術を行う必要があるし、その間には休憩も挟まなければならない。

そこまでしてやる義理はない――とこれまでであれば考えたに違いないが、その信条もリリアナに限定しては曲げてやっても良いかとペトラは内心で呟く。


「とりあえず、ここまで来れば……」


人々は押し合いながら教会に詰めかける。マリアンヌは蒼白な顔ながらもどこかほっとした表情で気丈に呟く。ペトラは無言で頷いた。どうにかペトラたちも教会内部に入り、隅の方に腰を下ろしてようやく一息ついた。

しかしマリアンヌとは違い、ペトラの顔は先ほどよりも深刻になっていた――ペトラは、リリアナが何をしているのか気が付いていた。


(――まさか、最高位の光魔術を一人で連発できるとはねぇ。もはや魔王のレベルだよ、末恐ろしい)


魔力量も精神力も、そして光魔術に対する耐性も異常だ。天才と表現できる程度を越えている。しかし、光魔術は魔王や魔物とは相容れない力だ。魔王と表現するのも間違っている。


(妥当な表現を選ぶなら聖女だけど、あの子の得意な魔術って確か風だったよね?)


ペトラは往路の宿で、リリアナに得意な魔術についても聞いていた。簡易な方法ではあるもののペトラ自身もリリアナをテストし、風魔術に適性があることを確認している。

だからこそ理解ができない。一番の得意分野ではない光魔術でこれほどの能力を有するのならば、最も得意な風魔術でどれほどの力を見せるのか――できればそのような機会には恵まれたくない。間近に見ることがあれば、その時こそペトラは死神と握手する羽目になるだろう。

知らず、ペトラの体がぶるりと震えた。


――ふと、ペトラは空気が揺らいだことに気が付いた。視線を横に向ける。途端に、その目を僅かに見開いた。同時にペトラの視線の動きに気が付いたらしいマリアンヌは息を飲み、「お嬢様!?」と悲鳴を上げた。


二人の傍に居たはずの、リリアナの影が()()()()()()


マリアンヌは自分たちと共に居たリリアナが、幻視だと気が付いていない。突如として大切なお嬢様が消えたと錯覚している。蒼白になり震えながら周囲を見回す。腰を上げて立ち上がりかけたが、周囲の視線に晒されて腰を下ろした。しかし、視線は変わらずリリアナを探している。


(良い判断だね)


ペトラは内心でマリアンヌを見直した。ここで下手に騒ぎ立てると、ただでさえ殺気立っている周囲からどのような横槍が入るか分からない。

――マリアンヌは“お嬢サマ”のこととなると途端に視野が狭く狭量になる女だと認識していたが、存外理性的だった。


(でも――参ったな。多分これ、死にはしてないだろうけど、どこかでぶっ倒れてんじゃない?)


先ほどまで感じていた瘴気の気配は霧散している。リリアナが無事に全てを消し去ったのだろう。だが、先ほどまで自分たちと共に存在していたリリアナの影が消えたということは、その術を保つだけの意識が既にないということに他ならない。何故か、死んだ可能性はペトラの脳裏から掻き消えていた。あの規格外のお嬢サマが死んだはずがない、という確信と、そして幻影が消えたのが瘴気が消失するよりも後だった事実がペトラを勇気づける。


(こんなことなら、多少無理しても追跡用の魔道具渡しとくんだったな)


後悔先に立たずだが、ペトラは内心で舌打ちをする。魔法陣とリリアナの持ち物を使えば正確な場所は把握できるが、衆人環視の中で自分の術をひけらかす趣味はない。これまでの経験から、どれだけ面倒なことになるか想像がつく。特にこういう場では、はぐれた家族や恋人の場所を探してくれと言われるに決まっていた。生きている人間ならともかくも、死んだ人間の居場所など分かるわけがない。生きていたとしても、魔力がない相手であれば絶望的だ。しかし、期待に胸を膨らませた人間ほど面倒な存在はないということを、ペトラは骨身に沁みて知っていた。


(大体、そういう奴らに限って自分が納得できる答えを貰うまで満足しないんだから、ふざけんなっつーんだよ)


夫は生きているはずだもう一度探してくれ、妻は居なくなったりしないお前が嘘をついているんだろう――ただでさえ差別される容姿のペトラとしてはうんざりするにも程がある。こちとら親切心でやってやってんのに文句垂れてんじゃないよ屑共が、と何度も思ったものだ。


(でも、お嬢サマだけは別だからなァ。探してあげたいけど――この侍女サン放って行くのも、ちょおっと憚られるっていうか)


理性と狂気の狭間にいるマリアンヌは、辛うじて理性に傾いている状況だ。放っておいて物陰でリリアナの居場所を探しても良いが、その間に“大切なお嬢サマ”を探しに出て行かれても面倒だ。何より、ペトラはリリアナに『マリアンヌをよろしく』と頼まれたのだ。リリアナとの約束事であれば守ってやりたい。


(――ああ、面倒くっさいなァ、全くもう)


一人でいれば頭を悩ますこともなかったのに、リリアナと出会ってからは自分が自分ではないような判断と行動を取ってしまう。それが嫌ではないことが、ペトラには不思議だった。



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