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悪役令嬢はしゃべりません  作者: 由畝 啓
第一部 悪役令嬢はしゃべりません
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53. 悪役令嬢の讃歌 2


顧問会議の日、王宮は緊迫感に包まれていた。顧問会議に出席する貴族の一部が普段よりも神経を尖らせているせいか、文官や使用人たちにまでその緊張が伝播している。

王太子ライリーもまた執務室に控えたまま険しい表情を隠さなかった。執務室にはオースティンとベン・ドラコ、そして婚約者のリリアナが座っている。ライリーたちが睨むようにして注視しているのは、ベンが持ち込んで来た魔道具だった。


「先ほどの試運転では大丈夫でしたが、顧問会議中動かすとなると途中で切れる可能性もあります」


疲れた様子のベンが簡単に注意喚起する。しかしライリーは怒らなかった。

思いついたのもつい数日前で、ベン・ドラコは忙しいにも関わらず時間を割いて魔道具を組み上げてくれた。無茶な仕事を頼んだ自覚はある。そして天才魔導士は、見事にライリーの要望に応えた。

魔道具からは顧問会議が開かれている部屋の音声が流れて来ている。どうやらまだ貴族たちは出揃っていないらしい。


「一体、大公派はなにを言い出すつもりでしょう」


呟いたオースティンに、ライリーは珍しく皮肉な答えを返した。


「大公派というより、メラーズ伯爵だろうな」


大公派は烏合の衆だ。大した実力もない貴族も多い。そのため、実際に大公を王位に就けるべく動ける人物は限られていた。更に顧問会議で他の貴族たちに影響を与えられる者も限られている。

ライリーは淡々と言葉を続けた。


「スコーン侯爵やグリード伯爵も中心人物ではあるが、メラーズ伯爵が上手く二人を動かしているように見える。これまでも切っ掛けを作るのはメラーズ伯爵で、乗って来るのがスコーン侯爵だった。だから今日も、仕掛けてくるとしたらメラーズ伯爵だろう」


そしてグリード伯爵はあまり表立つようなことはしない。良く言えば控え目で、悪く言えば陰湿な目付きで全体を俯瞰しているようなところがある。

ライリーが簡単に説明すれば、オースティンは納得して頷いた。ベンは興味がない様子だが、リリアナはライリーたちの様子を横目で伺う。


以前から、ライリーは他人を良く観察し分析していた。婚約者として間近でライリーを見ていたリリアナは、そのことを良く知っていた。リリアナが呪術の鼠やオブシディアンに探らせようやく確信を持つに至った為人も、ライリーは普段の会話や表情から見事に読み取る。

実際に、リリアナもライリーと同じように大公派の主要人物たちを理解していた。彼らの中心はメラーズ伯爵だ。スコーン侯爵は陰謀を考えるには頭の回転が悪く大雑把だし、グリード伯爵は表立って何かをするような性質ではない。寧ろスコーン侯爵とグリード伯爵はそれほど仲が良くないこともあり、グリード伯爵は明確な意思表示をしないよう心掛けているようにすら見えた。


(実際に敵として面倒なのはグリード伯爵でしょうね)


リリアナは内心で小さく呟く。スコーン侯爵は良くも悪くも分かりやすい。嫌いな相手に対してははっきりと態度に示し、嫌悪を隠さない。貴族でありながら取り繕わずに無事で済むのは、彼の地位故だった。そんな侯爵を捕らえるのであれば簡単だ。適当な罪をでっち上げてでさえ、あっさりと捕縛できるだろう。

だが、グリード伯爵は侯爵に比べると陰湿だし警戒心が強い。人知れず策を弄し、背後から他者を引きずり降ろすことを好む。冤罪をかぶせようにも弱味は見せないし、自分が何かを企む時も必ず身代わりを用意する。

そしてメラーズ伯爵は、どちらかと言えばグリード伯爵と同じ穴の狢だ。決して自分に捜査の手が伸びないように警戒し、そして濡れ衣を着せられそうになればあっさりとその場から立ち去る。その程度の芸当ができなければ、長らく外交官を務めることもできなかっただろうし、故クラーク前公爵の後釜となって宰相の任を得ることもできなかっただろう。


リリアナは神経を集中する。

大公派のメラーズ伯爵は、今日の具体的な手筈を直前になるまでリリアナには教えなかった。ようやく共有された情報も、リリアナが関与する事柄だけで、全体像は最後まで秘匿したままだった。

間違いなくメラーズ伯爵は最後までリリアナを信じ切ってはいない。敵に情報を漏らすのではないかと、わずかな疑念を残したままにしている。恐らくそれはリリアナだからというわけではなく、メラーズ伯爵の資質だ。彼はスコーン侯爵やグリード伯爵といった旧知の相手にも、計画の詳細を教えてはいない様子だった。


だが、それでも様々な情報を集めた上で想像力を働かせれば、ある程度までは予測できる。


(アルカシア派とオースティン様がどの程度動くかが、見どころですわね)


ライリーたちに気が付かれないよう、リリアナはこっそりと口角を上げる。

魔道具からは、顧問会議が開始されるという声が響いて来た。



*****



顧問会議が始まる直前、部屋に入ったユリシーズは隣に腰かけたフィンチ侯爵からこっそりと耳打ちされた。


「――金糸雀(カナリア)から喫緊の連絡がありました」


ユリシーズは一瞬目を見開きそうになるが、辛うじて堪える。メラーズ伯爵やスコーン侯爵、グリード伯爵といった大公派の主要面子はまだ顔を見せていない。だが、どこに内通者が居るか分からない。

金糸雀はフィンチ侯爵夫妻とエアルドレッド公爵、そしてプレイステッド卿の間で交わされる隠語の一つだった。

高級な鳥で修道院が専売しているが、毒に敏感だということが判明したのが十数年前のことだ。その事実を元に、フランクリン・スリベグラード大公の愛人として間諜の働きをしているフィンチ侯爵夫人のことを金糸雀と呼んでいた。


「生憎と私が領地を発った後でしたので、十分な用意はできませんでしたが」

「確保するのか」


全てを語らずとも、ユリシーズはフィンチ侯爵の意図を的確に汲んだ。以前、ユリシーズの元にメラーズ伯爵が訪れ、大公派への協力を要請している。その時に打ち明けられた内容とフィンチ侯爵夫人が夫に緊急連絡を取ったという事実を合わせれば、大公派が今日この日に何らかの行動を起こすということは確実だ。そして、最悪の可能性は国王と王太子が大公派の手に落ちることだった。


「はい。一人は既に確保に向かわせていますが――もう一人は、人手が足りず」

「――そうか」


ユリシーズは低く喉の奥で唸った。

メラーズ伯爵が屋敷を訪れてから伯爵の監視を強めていたが、碌な情報は集められなかった。事を起こすに当たって、直前で露見し計画が阻まれる可能性を恐れたのだろう。


「先に確保するのは()()()だな」

「はい。手紙を差し上げましたので、今頃はお一人か従者一人を連れて歩かれているかと思います」


芸術家と言うが、実際には国王だ。頷いたフィンチ侯爵に、ユリシーズは妥当な判断だと頷いた。

国王を逃すと言っても、並大抵のことではない。王が普段暮らしている私室は王族と許可を得た婚約者、そして使用人のみが立ち入りを許されている。そのため、フィンチ侯爵が向かわせた手勢は正面からではなく、隠し通路の出口付近で国王の訪れを待っているはずだった。具体的な場所は分からずとも、凡その場所は三大公爵家の当主であれば把握している。

ただし、それぞれの公爵家が把握している出口は全く違う。それぞれが知る隠し通路の出口を共有することは許されていない。そのため、国王は連絡を寄越した者がエアルドレッド公爵家に連なる者ということを認識した時点で、エアルドレッド公爵家が知る出口に通じた隠し通路を歩いているはずだった。


当然、本来であれば王族以外が城の隠し通路を知るはずもない。しかし、国王自ら出て来て貰うのであれば話は別だ。フィンチ侯爵は隠し通路を使って王宮の外に出てくるよう、国王に手紙を出した。金を握らせた使用人はエアルドレッド公爵家とも繋がりのある者で、了承したという返事があった。

だが、残念なことに国王と王太子の居る場所は同じ棟でも遠い。そのため、隠し通路の出口は遠く離れている。そのため、二人同時に身柄を確保することはできなかった。


そこで優先されたのが国王ホレイシオだ。

国王の周囲に護衛はいるが、政や争いごとを好まない本人の性格を考えると、大公派が事を起こした後に逃走するのも一苦労に違いない。一方の王太子ライリーは、近衛騎士にユリシーズの弟オースティンが居る。その上ライリー本人も十分に戦う資質を備えている。いざとなれば二人で大公派の魔の手を逃れることが出来るだろう。


「分かった。その手の者は?」

「一人目を確保し安全な場所へと逃した後、待機させています。彼の執務室近くまでは有事でない限り突入できませんので」

「そうだな」


致し方ないことだと、ユリシーズは嘆息した。有事になればどさくさに紛れて本来は入れない場所まで侵入できるだろうが、今はまだ何も起こっていない。足を踏み入れようとすれば当然、阻まれる。


大公派(あちら)の手勢とどちらが先に到着するかの勝負になりそうだ」

「は」


フィンチ侯爵は小さく頷いた。ユリシーズは更に声を低める。


「プレイステッド卿は?」

「領地にて控えています」


端的にフィンチ侯爵が答えると、ユリシーズは「そうか」と呟いた。

本来であればプレイステッド卿も顧問会議に出席するところだが、今回は都合が悪いと領地に引きこもっている。そして表向きには分からないよう、エアルドレッド公爵家が有している騎士団の準備を整えているはずだ。


エアルドレッド公爵家としては、王太子を支持する意思に変わりはない。

しかし、国王ホレイシオが隣国と通じてチェノウェス侯爵家を取り潰し、国宝である破魔の剣を皇国の要人へと渡したという疑いについて、メラーズ伯爵がどの程度まで明らかにするかが問題だった。


仮に顧問会議で全てを明らかにされた場合、エアルドレッド公爵家が国王を支持すると強固に言い張ればエアルドレッド公爵家は孤立する。王国を作った三傑に対する尊敬の念がないと判断されてしまえば、貴族だけではなく領民からも批判の的となってしまう。

その上、万が一にも大公派に国王ホレイシオや王太子ライリーの身柄を確保されてしまえば、エアルドレッド公爵家を筆頭としたアルカシア派は身動きが取れなくなる。大公が王位に就けば王国の未来には暗雲が立ち込めるが、エアルドレッド公爵家が没落すればその時期は早まるだけだ。更に言えば、多くの者が命を落とすことになる。

そのため、簡単に立場を表明できるものではなかった。


だからこそのプレイステッド卿だ。彼はアルカシア派でも重鎮であり、エアルドレッド公爵と並んで影響力がある。その彼を領地に残して公爵領を護り、ユリシーズとフィンチ侯爵は王都で大公派の動きを監視しできれば牽制する。それが、彼らの目的だった。


「上手く行くことを祈ろう」


ユリシーズが囁くと、フィンチ侯爵もまた顔を引き締めて頷く。ちょうどその時、大公派の中心人物であるメラーズ伯爵とスコーン侯爵、そして珍しい人物――フランクリン・スリベグラード大公が、部屋に入って来た。メラーズ伯爵は着席している貴族たちを見回して微笑を浮かべる。その表情は、勝利を確信した男の顔だった。



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