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悪役令嬢はしゃべりません  作者: 由畝 啓
第一部 悪役令嬢はしゃべりません

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50. 繭の糸 5


やがて、どこからともなく低い笑い声が響く。驚きに目を瞠る貴族たちの視線の先には、片手で口を抑え笑いを堪える皇帝カルヴィンの姿があった。カルヴィンは楽し気に目を細めてローランドを注視している。しかしローランドは表情を変えない。

皇帝が笑っているからと言って、安心するのは早い。ローランドは読み間違っていないと自負しているが、皇帝にとっては甚だしい失敗も娯楽に等しい。そのため、皇帝の笑みは肯定と同義ではなかった。


しかし、皇帝はローランドの言葉を否定はしなかった。


「面白い」


小さく呟く。そのことに、貴族たちの間に動揺が走った。同時に第一皇女や第三皇子の顔色が更に悪くなる。どう考えても、ローランドが皇帝の興味を引いたことは間違いなかった。

同じ皇女でありながら、第一皇女とイーディスは全く性格が違う。仮に第一皇女が皇帝となれば自らが冠を被り采配を振るうだろうが、イーディスの場合は確実にその夫や側近が実権を握る。御しやすい皇族は他にも居るが、皇帝の覚えがめでたいのはイーディスだけだ。今は皇位継承争いに参加していなくとも、何かの切っ掛けで皇帝から直々に皇位継承者として指名される可能性はある。直接的な権力を得たいのであれば、イーディス以上に適当な皇族はいない。

だからこそ、イーディスの婚約は本人の意思に関係なく非常に重要だった。


皇帝は笑みを浮かべたまま、鋭く尋ねる。


「それでは、その議題で話を進めるとして、如何とする」

「そのお答えは、私が」


皇帝の言葉に応えたのは、ローランドではなかった。全員の視線が声の主に集まる。ローランドは、発言主の姿に一瞬目を瞠った。

ただ一つ空いている席――元々、第一皇子が座っていた席の後ろに陣取っていた壮年の男が立ちあがる。


「キュンツェルか。発言を許可しよう」


立ち上がった姿を認め、皇帝が頷いた。キュンツェル宮廷伯は優雅に一礼すると、ローランドに視線をやり黙礼した。ローランドもまた鷹揚に頷く。何も知らない者がみれば、二人のやり取りは明らかに一定の意味を示していた。つまり、キュンツェル宮廷伯は第一皇女でも第三皇子でもなく、第二皇子(ローランド)の陣営に入ったのだと態度で示したことになる。

実際にはローランドにとっても寝耳に水だった。第一皇子が暗殺されてから今に至るまで、キュンツェル宮廷伯から連絡は一切ない。他の派閥に与したという情報を得られなかったためまだ静観しているのだと受け取っていたが、今回の御前会議でキュンツェルは今後の方針を固めたようだった。


ローランドから視線を逸らしたキュンツェルは、資料を片手に滔々と述べはじめた。


「私の手元に、イーディス皇女殿下との婚姻を成した上で皇女殿下の御即位、そしてその後は皇女殿下に離宮へご滞在頂いた上で己は宮廷に留まろうと企んだ者たちの一覧がございます。その者たちの名は、順に――――レンダーノ侯爵」


貴族たちが騒めく。数人の貴族たちの顔からは血の気が失せ、小刻みに震えていた。ローランドは彼らの顔に見覚えがあった。間違いなく、イーディスに婚約の申し込みをしていた者たちだ。ほぼ間違いなく、彼らもキュンツェル宮廷伯の持っている一覧に載っているのだろう。


これまで沈黙を貫いていたバトラーが、ローランドだけに聞こえる声で耳打ちした。


「――大物が釣れましたね、殿下」

「まあな。だが、胃は痛い」

「ご冗談を」


キュンツェル宮廷伯がローランドを支持すると表明したことは非常に大きい。皇帝がローランドと晩餐を共にし、そして掌中の珠であるイーディスの後ろ盾と指名したこともローランドの足場を盤石なものとしたが、今回の御前会議ではそれ以上の成果を得た。

キュンツェル宮廷伯の支持表明と、皇帝に投げかけられた難題を解決したという名誉。

間違いなくこの会議の後から、有力貴族たちからの繋ぎが増えるだろう。しかしそれは第一皇女派と第三皇子派から執拗に命を狙われるということでもある。更に、キュンツェル宮廷伯を筆頭に有力貴族は癖の強い者が多い。それを全て御さなければならないと思うと、それだけでローランドはうんざりした。


「――だから本当は」


もし次の皇位を任せても良いと思える相手が居れば、ローランドは皇位継承争いに名乗りを上げたりなどしなかった。皇帝の座など、ただ重責を抱えるだけで良いことなど一つもない。だが他の皇位継承者に任せてしまえば、帝国は崩壊し、そして王国も無事では済まない。ローランドが護りたいと願う唯一の家族であるイーディスも、無事は保障できない。

だから、ローランドは皇位を狙う。

零れ落ちそうになる溜息を、ローランドはどうにか堪えた。



*****



御前会議が終わった後、第三皇子マティアスは激昂していた。皇帝陛下の手前我慢していたが、ローランドの独壇場となった途中から、怒りで頭が煮えくり返るかと思うほどだった。


「くそ、くそ、くそ――っ!」


軍人とも交流のある第一皇女とは違い、マティアスは付き合う相手を厳選して来た。そのため毒づくとなった途端に語彙は貧弱になる。皮肉や嫌味は言えても、ただ罵るだけの言葉は彼の辞書にはない。

自室に戻ったマティアスは、机の上に置かれた書類や棚に置かれた愛読書、飾りを片っ端から床に叩き落とす。飾りとはいっても大半は剥製で、自らつくった物が殆どだ。一番の宝物である解剖標本は特別に誂えた場所に保管されているから、自室にはない。当初は部屋に置いていたものの、掃除のため訪れた侍女が悲鳴を上げてからは撤去している。その時はたかが召使いのために宝物を自室から下げなければならないとは、と思ったが、良く考えれば不届き者の手によって勝手に処分されても困る。そして今、八つ当たりの巻き添えを食わなかったことは良いことだったと、マティアスは改めて過去の己の判断を評価した。


無茶苦茶になった部屋は後で侍女に片付けさせるとして――間違いなく大量の剥製に恐怖するだろうがマティアスの知ったことではない――マティアスは今後の方策を練るため、執務椅子に腰かけた。


「さて、どうするか」


今日の御前会議は、マティアスにとって失策続きだった。皇帝が考えていた真の議題に気付くことなく提案をし、そしてその提案は事もあろうにローランドの一声で却下されたのだ。

今でもマティアスは、自分が間違っているとは思っていない。そもそも国宝黒水晶の盗難については、皇帝公認の下で人体実験の被検体を集めるためにマティアスが流した噂だった。最近、生きの良い被検体が少なく困っていたのだ。たとえ隣国と戦争になったとしても、それでマティアスの懐は痛まない。寧ろ捕虜を得ることが出来れば、堂々と拷問が出来る。

最近マティアスが嵌っているのは、古来の拷問を現代によみがえらせることだった。


だが、その希望に満ちた計画もローランドの発言により全て白紙に戻ってしまったのだ。


「キュンツェルも篭絡されたか」


語弊があると分かってはいるが、マティアスにとってはそれが事実だ。皇位継承争いに後から名乗りを上げて来たローランドは、着実にその影響力を広げている。それでも、第一皇子が死ぬまでは誰もローランドに目を向けはしなかった。それにも関わらず、第一皇子の死からこの方、ローランドの支持者は増える一方である。

皇帝(カルヴィン)の晩餐に呼ばれたというだけでも業腹だったというのに、ローランドは事もあろうに掌中の珠の後ろ盾としての地位も手に入れ、そしてキュンツェル宮廷伯の支持も得た。今やローランドの派閥は第一皇子の最盛期と同等かそれ以上だろう。どう考えても、マティアスにとっては悪い知らせだった。


「全く腹立たしい。どうにかならないものか」


マティアスは深く考え込む。なかなか良い案は思い浮かばない。だが、やがて彼は喜色を浮かべ「そうだ」と呟いた。


「隣国と通じている証拠を作るのも良いが、それよりも手っ取り早いのは第一皇子の暗殺犯に仕立て上げることだろうな」


第一皇子暗殺の下手人は自害し、黒幕は見つかっていない。当然、ローランドが第一皇子を殺したという証拠もない。しかし、彼が暗殺を企てなかったという証拠もないのだ。


「まずは噂を流すところから始めようか。そう――それから、コンラートも取り込みたいところだ」


コンラート・ヘルツベルク大公はカルヴィンの甥であり、戦を好む男だ。皇位継承権を有しているにも関わらず、戦場に居たいがために皇帝にはなりたくないと明言する変わり者である。


「頭が働く男ではないが、あの地位と権力は魅力的だ」


大公という地位、そして長年の戦で培われて来た兵士たちからの信頼。それはマティアスが全く持ち合わせていないものだった。もしコンラート・ヘルツベルク大公の協力を仰ぐことが出来れば、ローランドの住んでいる館から第一皇子暗殺の証拠を見つけ出し、その身柄を拘束することなど容易い。皇族を捕縛するなど一介の軍人では出来ないが、大公であれば別だ。


「問題は、彼と姉上の関係性だな。特に協力関係にはないと報告は受けているが、果たしてどうか」


コンラート・ヘルツベルク大公は、戦好きなだけあって隣国への進軍には積極的だ。その考えは第一皇女の嗜好と合致している。もし大公と第一皇女が協力関係にあるのであれば、大公が第一皇女の対抗馬であるマティアスに協力してくれるとは考えにくい。

だが、それはそれで方策はあるとマティアスは考え直した。


「兄上は姉上にとっても敵じゃないか。そこを突けば、大公は動くに違いない」


そうと思い付けば、早速側近たちに命じなければならない。

部屋に戻った時とは裏腹に機嫌を良くしたマティアスは、早速側近たちを呼び付けることにした。





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