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悪役令嬢はしゃべりません  作者: 由畝 啓
第一部 悪役令嬢はしゃべりません
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49. 封印具の行方 1


ユナティアン皇国皇帝カルヴィンと第二皇子ローランドの晩餐会は、和やかに終わった。カルヴィンは終始機嫌が良く、あっさりとローランドがイーディスの後見として采配するように告げた上で、更に一筆認めて証拠としてくれた。どれもローランドが頼んだことではなく、カルヴィンが自ら言い出したことだ。

あまりにも順調に進んだことに疑心暗鬼に苛まれそうになりながらも、ローランドは自室へと向かった。湯あみを終え、寝台に腰掛ける。


「思った以上にうまくいったが――」


ローランドは溜息を吐いた。今日の一日だけで、ローランドの宮廷における立ち位置は大きく変わった。なによりもカルヴィンの晩餐会に呼ばれたというのが大きい。ローランドも敢えて隠そうとはしていなかったから、既に文官たちの間にはローランドがカルヴィンの晩餐に呼ばれたという話が広まっているようだった。実際に、晩餐会の会場から部屋に戻るまでの間も、ローランドに向けられる視線は今朝とは全く違っていた。

今朝宮廷を訪れた時は軽んじるようなものが多かったが、今はローランドがどのような人物でどの程度の権力を持つようになるのか、推し量るような視線が圧倒的に多い。


「俺は何一つとして変わっていないのだがな。まあ、敢えて理解して欲しいとも思わんが」


小さく呟いて口角を引き上げる。

イーディスの後ろ盾になるという目標は期待以上の成果で達成できたが、ローランドにはあともう一つの仕事が残っていた。


「英雄伝説、か」


スリベグランディア王国では英雄たちの伝説とされているが、ユナティアン皇国では英雄であった初代皇帝を殺害した重罪人たちの話だ。伝えられ方は真逆だが、起こった出来事自体は両国で共通している。

この大陸を支配していた強大な権力者が三人の男に殺され、そして三人の男たちは仲間と共に新たなる国を建国した。それを切っ掛けに、強大な帝国は崩壊し、ユナティアン皇国となった。今もなお嘗て帝国の一部であった国々は小国に分かれ争っている。

その切っ掛けとなった、三人の男――彼らが持っていたという三つの道具がどこにあるのか、どうやらスリベグランディア王国王太子ライリー・ウィリアムズ・スリベグラードたちは探しているらしい。本当にそのような道具があるのか、正直なところローランドは半信半疑だ。しかし、ライリーたちには世話になった。それならば皇族しか入ることの出来ない部屋にある国宝や書物を確認して、差し支えない範囲の情報を渡すべきだろう。


「問題は、どの程度までなら差し支えないか――だが。それよりもまずは、三つの封印具(そのようなもの)が実在しているのかどうか、という所から確認せねば」


ユナティアン皇国にとっては、初代皇帝が殺害された過去は忘れ去りたい記憶だ。寧ろ復活するというのであれば諸手を挙げて歓迎するところである。

しかし、ローランドにとっては“今更”という気持ちの方が強い。どれほど強大な権力を有していたと言っても、長い年月を経て時代は変わった。古き時代の常識や価値観を押し付けられることほど煩わしいことはない。その上、その押し付けて来る相手が強い力を持ち、こちらの事情を一切斟酌してくれない可能性もある。それならば、封印されたままの方が双方にとっては幸福ではないかとすら思えた。


「確か、スリベグランディア王国の伝承では、剣、鏡、宝玉の三つが封印具とされていたな。ライリー殿から話が来たということは、そのいずれもスリベグランディア王国の国宝として保管はされていないということか。普通に考えれば、本物だろうが偽物だろうが国宝として厳重に保管されているものだろうが――」


何故厳重に保管されていないのか、その理由はローランドには分からない。既に破壊されているのかもしれないし、スリベグランディア王国建国の際に保管しようと思い立った者がいなかったのかもしれない。もしくは、国宝として保管されていたにも関わらず、何者かの手によって内密に持ち出された可能性だろう。

いずれにせよ、ローランドに出来ることはユナティアン皇国での情報を集めることだけだ。元々調査のために宮廷に滞在する必要があったが、今宵晩餐に呼ばれたのはローランドにとって僥倖だった。訝しく思われることなく宮廷に滞在し、時間は限られているものの宮廷内部に存在している隠し部屋を確認できる。


「まずは宝物庫か。そもそも、宝物庫には皇族であってもまず足を踏み入れんのだがな」


ローランドは呟くと、部屋の扉に鍵をかける。そして黒い服に着替え、部屋の中にある隠し通路へと足を踏み入れた。



*****



ローランドが隠し通路を歩いている頃、スリベグランディア王国の王都近郊にあるクラーク公爵邸の屋敷で、リリアナは一人魔術を使っていた。寝台の上に腰かけ視線を宙に彷徨わせているが、彼女の目に映っているものは自室の景色ではなかった。

暗闇の中を仄かに明るく照らしているのは、とある青年が手にしている蝋燭だ。青年が歩いている狭い通路は酷く暗く、滅多に人が通らないせいかとても汚れていた。足元を鼠が走り、頭上には蜘蛛の巣が張っている。


「湯浴みをされたばかりでしょうに」


思わずリリアナは呆れるが、事が済めば青年は魔術で体を清めるつもりに違いない。

青年は迷いのない足取りで暗がりを歩いて行く。彼の名はローランド・ディル・ユナカイティス――ユナティアン皇国の第二皇子だ。彼がヘンリエッタ・ブロムベルク経由でライリーの依頼を受けたことを、リリアナは知っていた。


「それにしても、思ったよりもうまく行きましたわね」


普段からリリアナは情報収集のために呪術の鼠を使っている。しかし鼠の移動範囲は存外狭い。そのため、これまでもリリアナが情報を集められる場所は限定的だった。転移の術で鼠を目的の場所まで飛ばすとしても、問題は帰りだ。情報を持ち帰って貰うためには鼠が自力でリリアナの元へ辿り着かなければならないが、呪術具とはいえ所詮は鼠だ。転移の術で送った場所が遠ければ遠いほど、途中で猛禽類や肉食獣の餌となる危険性が高い。

そのため、リリアナは鼠が見たり聞いたりしている情報を、そのまま自分も確認する方法を模索していた。術の完成には時間が掛かり、結局は試運転することもなくユナティアン皇国の宮廷に鼠を送り届けることになったのだ。今のところは問題なく鼠と同調出来ているようで安心する。だが、まだ気は抜けなかった。


「皇子殿下がこれほど早く行動に移してくださるとは思いませんでしたから焦りましたけれど」


ライリーたちとの会話の中で、魔王を封じる道具に関する情報をローランドからも提供して貰えないかという結論に至った。だが、ユナティアン皇国はスリベグランディア王国が魔王と呼んでいる存在を英雄としてとらえている。

只人ではあり得ないほど長い年月を生きていたという初代皇帝を何故“英雄”として崇めるのかリリアナには理解が難しいが、恐らく神のような存在として認識されているのだろう。だから、その存在を封じるための道具に関する情報を渡してくれるのか、それが問題だった。


「乙女ゲームでも、第二皇子が情報を共有してくれたのはヒロインと知り合ってからでしたし」


ゲームの中で、ローランドは当初“愚かな皇子”としてユナティアン皇国の貴族たちから軽んじられていた。妹姫を弔ってからその傾向は顕著になり、頑なに他人に心を開こうとはしない。常に捻くれた物の見方をし、刹那的な生き方をしていた。当然、この世界が廃れようが滅びようが、どうでも良いと思っているような青年だった。

そのローランドが、魔王封印の手掛かりを探してユナティアン皇国を訪れた王太子やヒロインと出会い、今のままの自分ではいけないのだと心を入れ替える。そして彼は皇位継承者としての自覚を持ち、同時に下々の幸福を考えて動けるようになるのだ。

だからこそ、今の段階でローランドが魔王封印に関する情報を探しに出てくれるかどうかは、リリアナにとっては賭けのようなものだった。


「どうやら、皇子殿下の性格はゲームとはだいぶ異なっているようですわね。既にある程度物語が進行した段階のようにも見えますわ」


攻略対象者たちは、乙女ゲームの中で肉体的にも精神的にも成長していく。謎解き要素の多い乙女ゲームではあったが、恋愛パラメータを上昇させるためには攻略対象者たちの精神的な成長も重要だった。尤も、それもプレイヤーが意識的に言動を選択して攻略対象者たちを成長させるという訳ではなく、物語が進むにつれて各人の心に刻まれた傷が癒されていった結果生まれる変化だ。


「現実に起こる大まかな事件(イベント)は乙女ゲームと変わりはございませんけれど、攻略対象者たちの精神面や関係性は随分と変わっているようにも思えますわね。その結果、彼らが起こす行動やそれに付随して生じる出来事(イベント)の発生時期がゲームよりも早まっている気がしますわ」


だからこそ、リリアナは気が抜けない。

正直なことを言えば、リリアナは魔王の封印具がどこにあるか把握している。封印具の発見は乙女ゲームの中でも主要な謎だった。様々な証言や書物、遺跡を巡って情報を集め、その全てを集める。そのために、攻略対象者たちとヒロインはスリベグランディア王国やユナティアン皇国を旅して回った。

だが、ゲームで封印具を探す旅が始まった時期はもう少し先だ。その上、現実はゲームの筋書きと外れて来ている。そのため本当にゲーム通りの場所に封印具があるのか、確認する必要もあった。


「それに、本当にその封印具で魔王を封印できるのかも疑問ですのよね……」


思わずリリアナは眉根を寄せる。

乙女ゲームをプレイしている最中は、リリアナも封印具で魔王を封印できるのだと信じて疑っていなかった。攻略対象者たち一人一人のエピローグに辿り着いた時も、魔王は封印されたものだと確信していた。

全ての攻略対象者たちとのエピローグを迎えた後にようやく進める隠しキャラクターのルートだけは、魔王が復活してしまう。隠しキャラクターが魔王なのだから、当然封印されては困るのだ。

リリアナはずっと疑問に思って来なかったが、ライリーを始めとした攻略対象者たちのルートで魔王を封印出来ていなかったのだとしたら、何故隠しキャラクターが魔王だったのかその理由も説明できる。悪役令嬢(リリアナ)に一時的に取り憑いていた魔王は、悪役令嬢(リリアナ)に封印具が使われ殺害されたり幽閉された時、既にその体から抜け出し他の器に移っていたか、もしくは封印具が上手く働かなかったのだろう。恐らくその器が、二巡目で登場するキャラクターだったに違いない。


「封印具が正常に作動したのでしたら、わたくしの身の内にある魔王の力は封印より前にこの体から抜け出していたはずですわ。でも、もし封印具が無意味なものでしたら、その仮説は成り立ちませんわね」


リリアナは小さく呟く。

思索に没頭しかけていたリリアナは、ふと視界が明るくなったことに気が付き顔を上げた。

ずっとローランドは真っ暗闇の隠し通路を歩いていたが、ようやく皇族しか入ることのできない隠し部屋に到着したらしい。リリアナは眉根を寄せた。


「陣が敷かれていますわね」


皇族しか入ることの出来ない隠し部屋というのは、ただ隠されているというだけではない。皇族由来の魔力を感知できなければ一歩たりともは入れないよう、部屋自体に陣が施されているようだった。

リリアナは呪術の鼠にほんのりと魔力を流し、ローランドの靴にぴたりとくっつけさせる。そしてリリアナの魔力を遮断して外に漏れないよう鼠の体に沿うように結界を張った。これで、リリアナの放った鼠はローランドの体の一部のように認識させることが出来る。案の定、鼠は陣に弾かれることなく、ユナティアン皇国の皇族だけが存在を知る部屋へと侵入することができたのだった。



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