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悪役令嬢はしゃべりません  作者: 由畝 啓
第一部 悪役令嬢はしゃべりません
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47. 魔王復活の予兆 3


ライリーが不穏な気配を感じ取ったその日の午後、彼の執務室には早速人が集まっていた。召集が出された全員が一堂に会しているが、深刻な表情をしているのはライリーとベン・ドラコだけだ。ともに呼ばれたペトラ・ミューリュライネンやリリアナ、クライド、オースティン、そしてベン・ドラコに連れられて来たベラスタは全く普段通りだった。


「突然の呼び出しに応えてくれて助かる。昨夜、気になる気配を感じてね。どうにも放置できないものだと思ったから、こうして皆に集まって貰ったんだ」

「昨夜?」


不思議そうに首を傾げたのはオースティンとクライドだった。ライリーは発言しながらも、注意深く皆の反応を窺っていた。そして、凡そ自分が想像していた通りだと確信する。

即ち、昨夜の妙な気配に勘付いていたのは、ライリーを除けばベン・ドラコとペトラ・ミューリュライネン、そしてリリアナの三人だけだ。ベン・ドラコが連れて来たということはベラスタも気が付いた可能性はあるが、まだ言質は取っていない。

案の定、ライリーの視線に応えて口を開いたのはベン・ドラコだった。


「瘴気よりも濃い闇の気配が、王都一帯に広がりましたね。その後消息は不明ですが、消滅したというよりもあるべき場所に収まったという方が正確でしょう」

「さすがだね、さすがに私も気配を察知するところまでしか出来なかったよ」


素直に感嘆の声を漏らしたライリーは、視線を動かして順に全員の顔を確認する。


「他に気が付いた者は?」


質問に、ペトラとベラスタがはっきりと、そして遠慮がちにリリアナが頷く。予想通りの反応だったのか、ライリーは驚いた様子を見せなかった。


「そうか」


一つ頷くと、ライリーは更に質問を重ねる。


「その正体を確認し、危険性を予想したいんだ。そしてもし何かしらの危険が迫っているのであれば、早急に対策を練りたい」


だが、誰も口を開かない。これまでの経験からも、昨夜感じ取られた闇の気配が良いものではないということしか分からなかった。具体的にそれが一体何であるのか、確証のある者は誰もいない。

重苦しい沈黙を破ったのは、ベン・ドラコに連れられて来たベラスタだった。


「――何かは、分からないんですけど」

「言ってくれ、ベラスタ」


クライドとオースティンほど頻繁にベラスタを顔を合わせて来たわけではないが、ライリーはベラスタと面識がある。ベラスタが言葉に詰まったのはちょうど良い表現を上手く見つけられなかったからで、王太子を前に怖気づいたわけではなかった。

ライリーに促され、ベラスタは考え込みながら言葉を探す。


「ちょっと前に気になって調べてたことがあってさ」

「ああ」


ベラスタは魔術に関する能力に、言語能力が追い付いていない。特に今回は間違いがあってはならないと思っているのだろう、真剣な表情で腕を組んだ。


「瘴気があれば魔物が増える、っていうけど、その逆もありじゃないかって考えたんだ」

「逆?」


考えすぎているせいか敬語が崩れるが、誰も気にしない。問い返したライリーに、ベラスタははっきりと頷いた。


「そう。卵が先か鶏が先か、って良く言うだろ。それって瘴気と魔物の関係にも表れてるんじゃないかと思ったんだよ。瘴気があるところに魔物が現れるっていうけど、魔物自体が瘴気をまき散らしてるの、オレも見たし」

「――ああ、あの最大規模の魔物襲撃(スタンピード)の時だな」

「そう」


ベラスタの言葉を補足したのはベン・ドラコだ。ベラスタが遭遇した魔物襲撃(スタンピード)はそれほど多くない。その大半は聖魔導士でなくとも鎮圧できる程度のもので、魔物が瘴気をまき散らすほどの規模となると六年前に王都近郊で発生したものしかなかった。


「あの時は何も思わなかったけど、今思えば妙なんだよな。瘴気が魔物を呼び寄せるのはある意味間違っていて、例えば自然発生する瘴気から生まれる魔物はそれこそスライム程度の、人間には何の影響もない水準(レベル)のものなんじゃないかって」

「つまり、私たちが見過ごす程度の魔物が撒き散らす瘴気が蓄積することで、更に強大な魔物が発生するということ?」

「そういう可能性もあると思うんだ」


ライリーがベラスタの言葉を纏めると、ベラスタは神妙な表情で、しかしはっきりと頷いた。


「そう。実験するわけにはいかないから仮説でしかないんだけど、そこで更に考えたんだよ。あの時の魔物襲撃(スタンピード)は瘴気が異様に濃かった。つまり魔物の強さは瘴気の密度に比例するんじゃないのか。それじゃあ、その密度が最高濃度にまで到達したらどうなるのか?」


あくまでも推測に過ぎないけど、と付け加えるベラスタだったが、彼が何を考えているのかは最早明らかだった。


「――魔王、か」


呟いたのはクライドだった。魔物や魔族を統べる者、それが魔王だ。スリベグランディア王国建国の前にこの地一帯を支配していたユナティアン皇国の前身、ユナティアン帝国の初代皇帝は魔王だったとスリベグランディア王国では伝えられている。

魔王の配下は魔族であり、知能が非常に高い。魔族に使役されるもの、それが魔物だと歴史書は語っていた。

その場にいる者は皆、難しい表情で考え込んでいた。リリアナだけが、普段とそれほど変わりない表情のままだ。それでも重苦しい空気を意識しているのか、常よりも気配を消している。

次に口を開いたのはクライドだった。


「ただ、魔王が復活すると昼が消えると歴史書には書かれています。まだ完全に復活はしていないのでは?」

「そう願いたいね。だが、歴史書が常に正しいことを書いているとは限らないし、魔王が復活してからでは遅いのではないかと思うよ」

「確かに、その通りですね」


クライドの言葉を聞いたライリーは静かに指摘する。クライドはあっさりとライリーの言葉を認めた。重要なのはいつ魔王が復活するのかではなく、今この国がどのような状況に陥っているのか、ということだった。

ライリーは無言で皆の発言を待つ。自分が口を開けば、どうしても王太子の発言を尊重し自分は遠慮しようという意識が働きかねない。オースティンはともかく、他の者たちの意見を無闇に抑圧するような真似はしたくなかった。


一方でリリアナも、皆の出方を伺っていた。どうやらほとんどが魔王の復活を念頭に置いているらしいと、内心で安堵する。自ら気が付かなければ、どうにかして認識させなければならないところだ。だが、リリアナがただ一人、魔王復活に勘付いているという状況は避けたかった。乙女ゲームでも、リリアナは何も知らず、そしてライリーや攻略対象者たちが魔王の復活を予見しているという状況だったのだ。

魔王の復活は国家機密に相当する。下手に広まってしまえば民が混乱し、国が荒れる。本来であれば一丸となって魔王に対抗するべきところなのに、暴動が起これば魔王どころではなくなってしまう。だからこそゲームでは一部の――即ち王太子とその側近だけが把握し、あくまでも婚約者でしかないリリアナには知らされていなかった。

そして、もし今この時リリアナだけが魔王復活を予期していたとなれば、いつかは必ず疑いの目がリリアナに向く。最終的にリリアナが疑われることになっても構いはしなかったが、しかし今はまだライリーたちに疑惑を持たれてはならなかった。


「最初にすべきことは魔王の封印がどうなっているか、確認することでしょう」


リリアナの様子を気にすることなくそう断じたのは、ベン・ドラコだった。普段であれば、ライリーはその提案に一も二もなく頷いただろう。だが、今回ばかりは直ぐには頷けなかった。

彼の脳内を占めているのは、妙な気配で目を覚ます直前に見ていた夢だ。たかが夢と一笑に付すには、あまりにも身に迫る危機感があった。

だが、ライリーがその懸念を口にするよりも早く、難色を示した人物がいた。ベラスタ・ドラコは口をへの字にして、どこか不満そうな様子を見せる。目ざとく弟の変化に気が付いたベン・ドラコは、わずかに眉根を寄せてベラスタに尋ねた。


「どうした」

「えっと――魔王の封印を確認しに行くのは、やめた方が良いんじゃないかなーって……」


控え目ながらもはっきりとした主張に、ベン・ドラコは眉根を寄せる。しかし弟の提言を無碍にするつもりもないらしく、端的に「何故そう思う」と尋ねた。ベラスタは多少気まずそうに、頬を掻きながら呟く。


「――やな感じの夢、見たんだよ。たかが夢だろって言われたら、そうなんだけどさ。でも、オレの見た夢の中にはすっげぇ濃い闇の力が出て来て。それが、夜に感じた気配と殆ど同じだったんだよな。まあ、夢の中の方がだいぶ濃かったけど」


既に普段通りの口調に戻ってしまったベラスタの言葉だったが、ライリーはその内容に思わず目を瞠った。

ベラスタが言う夢の話を、ライリーは眉唾物だとは思えない。寧ろ、自分と似たような夢をベラスタが見たことに妙な符号を感じとっていた。


「ベラスタ、その夢の内容を詳しく教えてくれないか」


オースティンとクライドが驚いたようにライリーを見やる。ライリーは本来、現実的な人間だ。吟遊詩人の歌や宮廷文学で出て来る恋愛物語で、夢と恋人を関連付ける表現が出て来る。だが、ライリーは夢に出て来た相手が自分を想っているという夢想的(ロマンティック)な表現はあまり理解できないらしく、いつもほんの僅かに苦い表情を浮かべていたものだった。尤もその変化は幼馴染であるオースティンやクライドだから分かる程度のもので、他に気が付く者はいないだろう。

ベラスタもまたライリーの質問に違和感を覚えた様子だが、深く考える様子もなく素直に頷いた。


「なんか、オレ結構成長しててさ。視線高くなってて、それで魔術使ってた。なんか水晶みたいな、大きめの玉を持って、そこに闇の力の源を封印しねえといけないってことだけ分かってた。でも目の前にある闇がすっごく大きかったから、本当にできるのか緊張してたんだよ」


ベラスタの夢はそれほど長くはなかったらしい。ライリーと同じく、結末を見届けることもないまま嫌な気配で目を覚ましたそうだ。

誰もが深刻な表情でベラスタの話を聞いていた。たかが夢だと笑い飛ばすことは、誰もしない。ライリーは視線を全員に向けた。


「他に同じような夢を見た者は?」


皆が顔を見合わせる。おもむろに手を上げたのは、クライドだった。予想外の人物に、ライリーとベン・ドラコは目を瞬かせる。

特にライリーは、夢を見たのが自分とベラスタだったことから、闇の力を感知できる人間が夢を見る可能性を推測していた。だが、クライドは先ほど闇の力に気が付かなかったと言っていた。その彼がベラスタと似た夢を見たということは、ライリーの立てた仮説が崩れることになる。


「どのような夢だった?」

「それが――私の見た夢は、少し違いまして」


クライドが告げた言葉に、ライリーは頷く。無言で先を促せば、クライドは淡々と昨夜見たという夢のことを話し始めた。



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