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悪役令嬢はしゃべりません  作者: 由畝 啓
第一部 悪役令嬢はしゃべりません

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47. 魔王復活の予兆 1


ライリー・ウィリアムズ・スリベグラードは、一日の予定を全てこなした後、私室で寛いでいた。婚約者であるリリアナ・アレクサンドラ・クラークの誕生日を祝った日以降、会う機会はない。王立騎士団の公開訓練を見学した時に暗殺未遂事件があった為、会話もそこそこに別れることになってしまった。再び会いたいと思いながらも、王宮に蔓延し始めた自身とネイビー男爵家の令嬢エミリアとの噂が沈静化しない今、リリアナが王宮を訪れないことはある意味で幸いだった。


「私と彼女の噂を聞いてもサーシャは動じなさそうなんだよね……」


それはそれでライリーにとっては辛い。自分とリリアナの感情に温度差があることは分かっているが、だからこそそれを目に見える形で突き付けられることは辛かった。尤も、その程度で怖気づくような想いではないという自信はあるが、多少気落ちしてしまうだろうことは予想が付いた。


「だけど、噂の大元が分からないというのも妙な話だよ。本当に私がエミリア嬢に会いに行ったのであればまだしも」


実際に、ライリーは一度もエミリアの元に足を運んではいない。彼の意図は全てクライドやオースティンといった第三者を介してエミリアに伝えているし、逐一エミリアの状況を報告させてはいるものの、当然二人きりになったこともなかった。

大公派の仕業かとも疑ったが、大公派の息が掛かっている使用人で、かつ王太子の不祥事とも言えるような噂話を流すだけの権力と実力を持った者は全て解雇している。当然多少は残っているものの、彼らには全て監視を付けていた。完璧な監視ではないものの、不穏な動きが見つかればすぐにライリーの耳に入る。


だからこそ、余計に今回の件は妙だった。事実ではないため、たとえ何か問題が起こったとしても、当事者であるライリーやエミリアは勿論、オースティンやクライドも噂を否定するに違いない。

何者かの思惑が働いていると考えた方が自然だが、問題は一体何を目的として噂を流したのか、という点だった。


「大して利点もないと思うんだけれど」


ライリーは溜息を吐く。

頭痛の種はエミリアとの噂だけではない。隣国の第一皇子が死亡し、後継者争いが熾烈化しているという話はほぼ確定的な情報としてライリーの耳に届いている。

大公派に資金を提供していたショーン・タナーを始めとして、人身売買に手を染めていた貴族たちにはそれぞれ適切な処罰を言い渡したものの、メラーズ伯爵やスコーン侯爵を筆頭とした主力の大公派は変わらずそれなりの勢力を誇っていた。

そして極めつけは、ケニス辺境伯領とカルヴァート辺境伯領でほぼ同時に起こった戦だ。ライリーたちはカルヴァート辺境伯の加勢に向かったためケニス辺境伯領での戦は後から報告書を読んだだけだった。しかし、どうやらケニス騎士団はそれほど苦労せず敵をやり込めたらしい。ただ、カルヴァート辺境伯領のフィーニス砦を襲った軍勢と比べて、ケニス辺境伯領に攻撃を仕掛けた敵勢は訓練された騎士団ではなく小規模な傭兵団だったという。それも、ケニス騎士団を揶揄うかのように攻撃を仕掛けては撤退する、という行動を繰り返していたそうだ。

カルヴァート辺境伯領を襲った敵軍とは全く無関係という結論が報告書には記載されていたが、ライリーは素直に頷く気にはなれなかった。


「――取り敢えず、明日考えよう」


小さく呟いて、ライリーは寝台に上がる。

夜中に考え込んでも碌な結果にならないということは、経験上良く知っていた。夜は昼と比べて、どうしても否定的な感情や考えに至りやすい。理性的であろうと努めても、どうしても感情に左右されやすくなる。

目を閉じて、ライリーは夢の中へ旅立った。



*****



ざわりと黒い影が揺らめく。他の場所と比べて一際瘴気が濃くなっているその場所は、王宮の地下にあった。以前魔導省長官のベン・ドラコやペトラ・ミューリュライネン、そしてリリアナが訪れた場所である。

嘗て勇者が魔王を封印したと言われる地下には、どこからともなく増えた瘴気がますます密度を増していた。密度を増した瘴気はしかし魔物を増やすことはなく、壁に浮き上がり光を放つ封印に触れては霧散する。しかし、瘴気が増えるに従い封印が放つ光は弱まり、今やその光は嘗ての十分の一以下ほどの明るさになっていた。

そして――ぱきん、と何かが折れるような音が響く。その瞬間、地下に充満していた瘴気よりも更に濃い闇が壁に施された封印の隙間から流れ出て来た。闇は周囲に漂っていた瘴気を飲み込み、その大きさを広げていく。戸惑うように暫く揺れていたその闇は、実態を持たぬまま地下を彷徨い、空気に乗って隙間から外へと出て行く。

しかし、闇は王都には広がらなかった。漂っている瘴気を吸収してその密度は濃くなっていくものの、全体的な大きさは変わらない。ただ重苦しさだけが増していく。

そして、闇が移動し密度を濃くすればするほど、周囲に伝播していく目に見えぬ風は遠くまで広がって行った。



*****



深夜――普段であればぐっすりと寝付いた後は、物音が響いたり周囲の気配が動かない限り朝まで目を覚まさないライリーにしては珍しく、彼は目を開いた。鳥肌が立ち、目覚めたばかりだというのに全身が緊張している。臨戦態勢を整えている体に驚きつつも、ライリーは正確にその原因を察知した。


「――空気が、妙だね」


ぽつりと呟いた彼は寝台から起き上がり、ガウンを羽織ると窓から外を見た。普段とは何も変わりのない景色だが、総毛立つような妙な気配が絶え間なく続いている。


「夢のせいだけでは、ないらしい」


眉根を寄せてライリーは考える。

目が覚める直前まで、ライリーは妙な夢を見ていた。青年ほどに成長した彼は、産まれてからこの方着たことのない粗末な服に身を包み、それとは裏腹に業物の剣を腰に佩いていた。そして睨み据えていたのは、どこまでも深い闇だ。

周囲の全てを飲み込みそうな闇を睥睨し、ライリーは剣に手を掛けていた。その闇を討ち取らねばならないと、何故かライリーは理解していた。

妙な焦燥感に駆られていたが、もしかしたらその夢は無意識の警告なのかもしれない。

そう思えるほどに、夢で見た闇と、今窓の外から感じる気配は同じだった。


「良くないものだということは分かるけれど、でも一体何なのだろうか」


ライリーは首を傾げる。これまで生きてきた中で出くわしたことのない類のものだ。ただ、今感じている気配は決して捨て置いてはいけないことは本能的に察している。

元々ライリーの持つ魔力量は多い。たいていの貴族と比べても、軽く凌駕している。実際に比べたことはないため、当代随一と名高いベン・ドラコやペトラ・ミューリュライネンほどではないと思うが、それでも嫌な空気に気が付いた。


「日が昇った後、ベン・ドラコ殿に確認してみた方が良さそうだ」


つまり、ベン・ドラコたちもライリーが気が付いた嫌な気配を悟っている可能性がある。魔力が少なければ気が付けない異変も、量が多いだけで簡単に悟れるようになる。

そこまで考えて、ライリーは眉根を寄せた。


「――もしやとは思うけど、一人で動こうとはしてないよね?」


脳裏に浮かんだのは、ライリーの大切な婚約者リリアナだ。リリアナの魔力量は、ほぼ間違いなく王国一である。つまり、ライリーが気が付いた異変も難なく認識しているだろう。

そして婚約者候補となった時から長年付き合いのあるライリーは、ほぼ正確にリリアナの性格を理解していた。

彼女は何かしら疑問を抱けば、納得できるまで一人どこまでも追及していく性質である。だからこそ、今回の異変に気が付けば誰にも相談せず、原因を解明すべく奔走する可能性があった。

だが、明らかに今回の異変は異常事態だ。ライリーの全身に鳴り響く警告が、一筋縄ではいかない存在だと告げている。


「例えるなら、封印された魔王が復活したというような――大規模な魔物襲撃(スタンピード)よりももっと静かで禍々しいものだ」


魔物襲撃(スタンピード)であれば聖魔術で対応できるが、恐らくライリーの体が警告を発している対象は聖魔術では如何ともしがたい。恐らく対処しようと奮闘する間に、あっさりと返り討ちにされるような、そんな気配がした。

そして大規模な魔物襲撃(スタンピード)よりも質が悪い存在といえば、魔王以外にない。魔王の封印は修繕されたという報告は以前受けたが、その封印が解けた可能性もある。ただ問題は、以前魔王の封印が解けた可能性があるとしてベン・ドラコたちが報告に来た時のように、地下に入ることが出来るか保証はないということだった。


「もし本当に封印が解けたのであれば、地下には入れないだろうしね。それにそうなると、一人で抵抗するなど悪手だから――サーシャも、巻き込むか」


本音を言えば、リリアナには安全な場所に居て欲しい。だが、放っておけばリリアナは興味の赴くままに一人で調べ、そして何かしらの手を打とうとしかねない。仮に何もしないよう言葉を尽くして説得したとしても、リリアナが素直にライリーの頼みを聞いてくれるとは思えなかった。


「王太子妃としても王妃としても得難い稀有な資質なんだけど、こういう時には寧ろない方が良かったのにと思ってしまう」


ライリーは自嘲を浮かべる。だが、ライリーの頼みや命令に素直に従う令嬢であれば、ライリーもこれほどまでにリリアナを大切に思いはしなかっただろう。そして共に生涯を生きたいと願うこともなかった。

だからこそ、リリアナのその性格を直して欲しいとは思えない。


「それなら、こちらでどうにかしなければね」


リリアナを変えるつもりがないのだから、残るはライリーがどうするか――という一点に尽きる。以前ベン・ドラコとペトラ・ミューリュライネンにリリアナを同行させた時のように、ライリーは今回もリリアナを会議の場に同席させることにした。

急ではあるが、夜明けと共に午後王宮へ上がるよう手紙を出さねばならない。

脳内で素早く今後の方針を立てながら、ライリーは一つの事実に思い至り深く溜息を吐いた。思わず額を片手で覆う。


「――あとは、噂をサーシャの耳に入れないようにしないと」


王宮に蔓延してしまった、王太子がネイビー男爵家の令嬢とただならぬ仲らしいという噂は、未だに沈静する様子がない。基本的には使用人や文官たちの間で広まっているようだから、普通にしていればリリアナの耳には入らないはずだ。だが、万が一の可能性もある。


「怒るとは思えないけど、でも噂を先に聞かせたくはない」


同じ事柄を聞くにしても、噂を聞いてからライリーに告げられるより、ライリーが話をしてから噂を聞いた方がはるかに良い。リリアナは気にしないかもしれないが、ライリーはせめて筋を通したかった。少なくとも、噂一つですら管理できないなど王太子として恥ずべき事だとライリーは考えている。だからこそ、事実無根の噂であろうとリリアナには謝りたい。


窓の外を見ながらある程度考えをまとめたライリーは、少し考えて書物を書架から取り出した。ソファーに腰掛け、途中のページを開く。

寝直そうかとも思ったが、既に目は冴えている。書物を読んで気を落ちつけた後、改めてベン・ドラコとリリアナに宛てた書簡を(したた)めるつもりだった。



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