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悪役令嬢はしゃべりません  作者: 由畝 啓
第一部 悪役令嬢はしゃべりません
301/563

45. 強制分岐ルート 1


スリベグランディア王国王太子ライリー・ウィリアムズ・スリベグラードは、堪え切れない溜息を零した。幸いにも今彼が居るのは王族しか入室が許されていない部屋で、他に人はいない。常にライリーを護衛している騎士たちは遥か離れた廊下に待機しているが、その場所はライリーの私室の前だ。十中八九、彼らは護衛すべき主が自分たちの背後にある私室から遥か離れた場所にいるとは思っていないだろう。


「全く――面倒な」


普段は決して口にしない愚痴が零れ出た。事の発端は二日前だ。王立騎士団の公開訓練の初日、クライド・クラークとオースティン・エアルドレッド、そしてエミリア・ネイビーが乗っていた馬車が襲撃された。幸いにも三人に怪我はなかったが、刺客たちは皆捕える前に絶命していた。オースティンたちは命を取るほどの攻撃はしなかったというから、彼らに指示した者の正体が露見しないよう自ら口を封じたのだろう。それだけで、オースティンたちを襲った刺客が玄人であることが推察できる。

そして、公開訓練の見学と言う名目で王立騎士団長ヘガティに会い何気なく問うたところ、大禍の一族という名を教えて貰った。仔細は分からないが、どうやら高位貴族の当主と一部の――それこそ王立騎士団長なら知っている名前らしい。


「本来なら王も知るべきだが――陛下はご存知ないだろうし」


頭痛を堪えながら、ライリーは次々と棚に置かれた手記を手にとってはページをめくっている。彼が読んでいるのは、先代国王の祖父が残した日記や覚え書だった。

公式には先代国王の私室や執務室は全て整理が終わり新たに使われているが、祖父が個人的に使っていた小さな個室は例外だ。賢王と名高かった先代を偲ぶ場所として遺されている。そして、ライリーが今いる場所は小さな個室から隠し通路で繋がっている、秘密の私的空間だった。

恐らく今、この部屋の存在を知っている人間はライリーしかいない。ごく幼い頃、ライリーは一度だけ祖父に連れられてこの部屋に入ったことがあった。殆ど記憶はない時期のことだが、秘密基地のようなこの空間はずっとワクワクしていて、鮮明に記憶が残っている。

しかし、それ以来ライリーはこの隠し部屋に足を運んだことはなかった。正直、存在を忘れていたということもある。幼い頃に一度だけ訪れた場所だし、祖父が“私だけの部屋だ”と言っていたから、祖父が居なければ入ってはいけないと頑なに思い込んでいた。


「少しでも何か手掛かりがあればと思ったんだけど」


ライリーは呟く。

祖父が亡くなってから誰も入っていなかっため、部屋の中は酷く埃っぽく黴臭かった。それを全て魔術で清潔にし、今は魔術で手元を照らし必死に探し物をしている最中だ。

そして、何冊目になるか分からない手帳を捲っていたライリーは、片眉を上げた。探していたものではないが、気になる記載がある。


「これは――魔王の封印?」


非常に古い文体で書かれているが、少し時間を掛ければ辞書はなくとも読めた。所々隠語のようなものが使われていて、一文の解読がなかなか思うように進まない。

だが、ライリーの気を引くことは確かだった。何より魔王の封印が解けかけているという報告が、魔導省長官のベン・ドラコから齎されたことも記憶に新しい。祖父が記録に残しているということは王太子として記憶し理解しておくに越したことはない。

そうして読み進めていく内に、ライリーは一つの文に目を止めた。


『魔王ノ封印ハ通常ノ法ニハ成セザル故魔力ト記憶ソシテ感情ノ三ツニ分離サスル必要アリ。三ツニ分ケシ魔王ヲ鏡ト剣ナラビニ宝玉ヲ用ヰテ封ジルニコノ地ニ太平ガ齎サルト心得ヨ』


ライリーは眉根を寄せてその文章を吟味する。即ち、魔王を封印するには魔力、記憶、感情の三つを別に封印する必要があるということだ。そして封印には剣と鏡、宝玉を用いる必要があるという。

他の箇所と比べると比較的理解はしやすいが、違和感は残る。その理由は明らかだった。


「少し物語とは違うね」


物語では魔王の封印は三人の英雄によってなされたということになっている。勇者、魔導士、そして賢者だ。ものによっては聖女も含まれているが、どの物語にも共通しているのは三傑である。そして三傑が協力して魔王を封じたという流れだ。そしてそれぞれの武器が、剣、宝玉、そして鏡だった。だが魔王を三つに分離して封じるという話はライリーの知る限りでは存在しない。

今ライリーが読んでいる文章を書いた人物が祖父でなければ、恐らくライリーはただの戯言としてその記述を無視しただろう。だが、祖父は自身の英雄譚をライリーに話聞かせながらも、物語や御伽噺の類は鼻で笑い飛ばすような人間だった。そのような人間が、スリベグランディア王国建国の三傑に関わる話とはいえ、夢物語のようなものを書くとは思えない。


「もしかして」


一つの可能性がライリーの脳裏に去来した。

以前、父である国王がライリーに先代国王の功罪について話し聞かせたことがある。その時に、本来であれば次期国王となる者に語り継がれる王家の秘密が伝わっていないということが分かった。

ライリーにとっては衝撃だったが、ライリーの父は予想していたことだったらしい。そしてその話を聞いて以来、ライリーは代々の王が知る秘伝は絶えたものだと思い込んでいた。

しかし、今ライリーが手にしている手記には、これまでどの書物にも書かれていなかった話が多く記載されている。極めつけが、今ライリーが目にした魔王の封印に関する記述だ。


「これが、代々の国王が受け継ぐという伝承なのかな?」


問うたとしてもライリーの疑問に答えてくれる人はいない。しかし、ライリーは半ば確信を抱いていた。先ほどまでも真剣だったが、更に食い入るように文章を読み解く。

魔王の封印に関する記述は、それほど多くなかった。


『英雄ノ道具ヲ使フベキハ、英雄ノ血ヲ継グ者ノミ。タトヘ長キニ渡リ血分カレムトモ、ソノ血筋ニ当代一人血ヲ継グ者ウチイヅ。王トナルハ勇者ノ血ヲ、カクテ魔導士ト賢者ノ血ヲ継グ者ハ、王ノ両手足トナリ共ニ国ノユクスヱヲ築ク、コレ我ガ国ノ在リ様ナリ。血ヲ継ガヌ者ガ英雄ノ道具ヲ使ハムトモ、真ノ力ヲ発揮スルコトハ、ユメユメナシ。サレド真ノ力ノ発揮サルルホド、英雄ノ子ドモハコノ世支配シ、全テノ魔打チ払フベカラム』


魔王に関する記述はそれで終わっている。

確かに、国王は勇者の子孫だと伝わっていた。三大公爵家もまた、三傑に数えられた魔導士と賢者の血筋だ。だが、その血は長い国史の中で混ざり合っている。特に王家とエアルドレッド公爵家は関係が深い。そのため、現在でも貴族たちの根底には国王派と旧国王派という二つの派閥が眠っている。


国王派は先代国王を支持する派閥、そして旧国王派はエアルドレッド公爵家こそ王家に相応しい血筋だと主張する派閥だ。その対立が元で、先代国王の時代には政変が起こった。首謀者とされたチェノウェス侯爵家は既に取り潰され永遠に失われているが、彼らもまたエアルドレッド公爵家の傍系だった。そして家系図を辿れば、王族スリベグラードに遡る。そして一番の問題は、エアルドレッド公爵家やチェノウェス侯爵家の先祖でもある王族は当時の王太子であり、ライリーたち王族の先祖は同時代の第二王子だったことだろう。

当時の資料は、それほど多く残されていない。だが、何らかの事情で当時王太子だった第一王子は一年だけ国王に在位し、その後弟へ譲位して臣籍へと下った。そして玉座に座ることとなったのが、第二王子だった。当時の研究をしている歴史家は、王太子と第二王子の母が違うことが理由だと主張している。とはいえ、その当時は隣国からも執拗に戦争を仕掛けられていたというから、隣国との関係も一因になっていたのかもしれない。いずれにせよ真相は闇の中だった――だが。


「当代に一人だけ、英雄の血を継ぐ者が現れる」


ライリーは手記の文章を繰り返し読む。心臓がうるさいくらいに高鳴っていた。


「三傑が使っていたとされる道具は三傑の血が発現した者だけが真の力を使える、ということはつまり」


そうか、とライリーは目を輝かせて呟く。


「第二王子が王になった理由は、これだ」


当時の王太子には英雄の血が現れなかったのだ。そして第二王子にその血が現れた。そのため、たった一年で時の王太子はその座を弟に明け渡したのだろう。

王位を争ったのであれば、王太子が臣籍に下り爵位を賜ったというのも理屈に合わない。しかし、手記に書かれた内容を双方が理解し合意に至ったのであれば、双方の関係性は良好だったに違いない。

ただ、その理由は貴族たちには知らされなかった。王族の王位を継ぐ者にしか伝えられない内容なのであれば、当然当事者以外に広まる理由ではない。だからこそ、臣下たちはそれぞれが勝手に理屈をつけ憤り、国王派と旧国王派に分かれたのだろう。エアルドレッド公爵を中心としたアルカシア派がほぼ旧国王派で占められている理由は、王太子の信奉者が多かったという理由にもなり得る。


だが、過去のことが分かっても問題は解決しない。今は目の前のことが重要だ。


「――今代で英雄の血が現れているのは誰だ?」


幸か不幸か、同年代はそれほど多くはない。候補者はある程度絞れる。しかしその候補者を一ヵ所に集めたとしても、どのようにして血が現れているのか確認するのかは分からない。手記のページをめくってみても詳細な方法は書かれていなかった。


「恐らく英雄が残したという道具を手に入れられたら分かるのだろうが、そもそもその道具はどこにあるんだ」


ライリーは頭を抱える。

本当に英雄たちが使っていたという剣や鏡、宝玉があるのであれば、それこそ国宝として厳重に保管されて然るべきだ。だが、生憎と残っていない。スリベグランディア王国は勿論、隣国のユナティアン皇国にもそれらしき剣や鏡、宝玉は残っていなかった。


「てっきり比喩だと思っていたが、この感じだと何処かにはあるんだろうね」


溜息を吐いて首を振り、ライリーは眉間を指先で揉む。肩が凝ってるが、今日わざわざここまで足を運んだのは魔王の封印について調べるためではない。ついつい時間をかけて読み込んでしまったが、一番の目的は大禍の一族について何かしらの記録がないか調べることだった。

魔王の封印について書かれた手記には全く書かれておらず、ライリーは更に数冊の手記を調べる。刻々と次の予定が迫って来ているが、最後にもう一冊だけ――と、ライリーは少し古びた日記帳を手に取った。だいぶ祖父の多少癖のある直筆にも慣れ、読む速度も上がっている。ページをぱらぱらと捲っていたライリーは、日記帳の最後の方に目当ての文字を見つけた。


『ゼンフノ町ニヰル一族ハ皇国ノ手先ナレド、ソレヲ承知シ、カシコク使フ分ニハ、イト良ク躾ケラレシ犬トナリ、我ニ敵対スル者ヲトコシヘニ屠ル』


たったそれだけの文章だが、ライリーは直感した。ほぼ間違いなく大禍の一族について書かれた文章だ。


「ゼンフ、か。やっぱり神殿かな?」


ライリーは口角を上げる。視察のためゼンフの神殿を訪れた時、ライリーは常に違和感を覚えていた。神殿の前に立った時から門を出てから暫く経っても、どこからか見られているような気配を感じていた。働いている神官たちも、ライリーの良く知る神官たちとは雰囲気が違った。そして王家の“影”にゼンフ神殿を探らせているが、面白いほどに()()()()()()()()()()


「何もない神殿が中央と揉めるわけがないんだから。完全に証拠を隠滅するなんて、逆に怪しんでくれと言っているようなものだよね」


だが、それも彼らが大禍の一族だというのであれば話は簡単だ。神殿という顔をしながら、その実は裏社会の掃除屋なのだろう。だからこそどれほど“影”が調べても怪しげな話は一切出て来なかった。全ての神官が清廉潔白という結論しか導けなかったが、勿論ライリーは頭から信じたりはしない。寧ろ疑惑を深めていたところに、祖父の手記に書かれた一文だ。


「もし本当にオースティンたちを襲った刺客がこの一族だったとして、依頼者は大公派ということになるかな」


元々大公派が企んだことだろうと見当は付けていたが、祖父の手記に書いてある“敵対する者を屠る”という言葉に確信を深める。


「そろそろいい加減に、大公派とも決着を付けたいところだね」


呟いたライリーは日記帳を閉じて元の場所に戻す。この部屋に時計はないが、凡その時間は分かる。もうそろそろ私室に戻って婚約者(リリアナ)を迎えなければならない。本当はライリーがリリアナの屋敷に行きたいところだが、王太子にわざわざ足を運ばせることをリリアナが拒否した。そして二人の意志をすり合わせた結果、リリアナが王宮に来てライリーが茶菓子を用意することに決まったのだ。


王立騎士団の公開訓練の最終日――今日この日が、リリアナ・アレクサンドラ・クラークの誕生日だった。


9-5

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