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悪役令嬢はしゃべりません  作者: 由畝 啓
第一部 悪役令嬢はしゃべりません
30/563

7. 披露宴と思惑 4

ブックマーク、誤字報告、誠にありがとうございます。




外は既に夜の帳が降りていた。リリアナはライリーにエスコートされながら庭を歩く。屋敷から漏れる灯りはそれほど強くない。足元を照らすため、ライリーが二人の周囲に魔術で明かりを灯していた。ライリーが連れて来た護衛たちは、離れた場所から二人を見守っている。何かあればすぐに駆け付けられるが、ライリーとリリアナの会話は聞こえない程度の距離だ。


「この屋敷に来られて良かったよ。貴女に会えた」


リリアナは頷く。暗い中では筆談もできない。しかしライリーは気にした様子もなく、「貴女も喜んでくれているなら嬉しいのだが」と続ける。リリアナは曖昧に微笑して小さく頷いた。先ほどよりも控え目な動きに、ライリーは僅かに苦笑する。二人はしばらく無言で庭を歩いた。


「――リリアナ嬢。その――貴女の声のことを、公爵から伺った」


言葉を濁すライリーだが、恐らく彼はリリアナの声が二度と戻らないことを含んでいるのだろう。

ライリーと公爵の会話を聞いていたとも言えず、リリアナは目を瞬かせライリーの様子を窺う。ライリーは困ったように笑みを浮かべ、足を止めた。リリアナも立ち止まり、ライリーに促されるまま向き合う。王太子はポケットから小さな宝石で小花があしらわれたブレスレットを取り出した。


「貴女にプレゼントしようと思って持ってきたんだ。今日はクライド殿のお披露目会だから、堂々とは渡すことができなかった。すまない」


構わないのです、というようにリリアナは首を振り、そっとブレスレットを受け取る。ブレスレットは華奢だったが造りはしっかりとしていた。


「これは魔道具だ。受信機が必要になるが、これを使えば他人とも会話ができるようになる。念話のようなものだな」


リリアナは驚愕に目を瞬かせた。念話は人間が使うことのできない魔術だ。たとえ範囲を限定したとしても、魔道具でそれと似た機能を持たせることは非常に難しい。リリアナにプレゼントだと渡された道具が非常に高価なものであること――もしかしたら国宝に匹敵する品物であることは、明らかだった。

じっとライリーを見つめ返すと、ライリーは不思議な微笑を浮かべてリリアナを見つめている。そして、逆のポケットから別のブレスレットを取り出す。リリアナのものと似ているが意匠は異なり、宝飾も少ないシンプルな造りだった。


「これが受信機。私が持っている。両方のブレスレットが揃っていないと、会話はできない。つまり、今のところは貴女と私だけが会話できるということだね」


試してみる? とライリーは悪戯っぽく笑う。


(――なんと余計な……でも、残念ながら断る選択肢はございませんわね)


婚約者候補から脱落する予定のリリアナにとっては、特に欲しいと思えない代物だ。だが、冷静に考えて、ここは喜び感激するところだろう。幼い頃から淑女教育を受けて来たリリアナにとって、心の底から歓喜することはできないし、その感情を表現することも苦手だ。だから、その代わりにリリアナは笑みを深めて軽く頭を下げ、ブレスレットを左腕に付ける。それを見たライリーは安堵したように一つ息を吐き、左腕にブレスレットを付ける。


「何か、話してみてくれるかな?」

『――殿下、わたくしの声が聞こえていらっしゃいますか?』


リリアナは話すつもりで言葉を頭の中に作る。ライリーは破顔一笑した。


「ああ、聞こえている。良かった、成功だ」

『まぁ、素晴らしいですわね。お心遣い、誠にありがとうございます。このような高価な――希少なものでございましょうに』

「構わないよ。魔導省に、この手の魔道具を作るのが好きな者がいてね。多少の無理は言ったが、喜んで作ってくれた」


リリアナは一瞬言葉を切る。一瞬目を伏せ、再び顔をライリーに向ける。


『わたくしもお礼を申し上げたいですわ』


風が吹く。


(――その方の、お名前はなんと仰るのでしょう)


ライリーは「そうだね」と頷いた。


「それならまた今度紹介しよう」


気付かれないよう、リリアナは安堵の溜息を吐く。どうやらこの魔道具は、心の中に思い浮かべた言葉を全て相手に伝えるものではないらしい。相手に伝えようという意志を持って言葉を形作らなければ、効果を発揮しない。下手をすれば心の内全てが相手に筒抜けになることは避けるべきだ。


(それにしても、この魔道具を転用すれば、下手な拷問よりも効果的に自白を引き出せるではございませんの)


――その事を、この王太子(ライリー)は分かっているのだろうか。


リリアナはブレスレットに触れながらそんなことを思う。ライリーはリリアナの腕を取り、再びゆっくりと庭を歩き始めた。


「このブレスレットは使い方によっては非常に危険だからね。これは完全に私個人が行ったことだし、作るにあたって魔導士と魔術契約を結び、他言無用の制約を掛けた。だから貴女も、このことは他言無用だよ」

『かしこまりました』


付け加えられた言葉に、さすがにリリアナは安堵する。危険性を分からずに作らせたのではないかと思っていたが、ライリーは自分で気づいたらしい。王太子教育が十二分に身についているようだ。


「貴女とまた話せるようになって、嬉しいよ。これからも宜しく頼む」

(“これから”はなくなって欲しいのですけれど――)


ライリーはにっこりと笑むが、リリアナは本心からの同意を返せない。しかし、本意は微笑で誤魔化し、『こちらこそ』と無難な答えを返すに留めた。


『殿下、この魔道具は双方向で使えますの? それとも、殿下のブレスレットは受信機能だけが付与されているのでしょうか』

「残念ながら、一方通行なんだ。双方通行にしようとしたら、術が反発しあってしまって――」


どうやら無理だったらしい。リリアナは納得して頷いた。魔道具には詳しくないが、一方通行とはいえ念話と同程度の能力を持たせることはやはり至難の業であるに違いない。


「これまでは、あまり私的なこと(プライベート)を話して来なかったからね。嫌でなければ、色々と貴女のことも教えて欲しいんだ」


ライリーは穏やかに微笑み告げる。リリアナは曖昧な笑みを返すに留めた。ゲームのリリアナならば、喜んだだろう。彼女は最後まで王太子の婚約者であることに固執した。だが、今の彼女は望んでいない。むしろ撤回されていることを望んでいる。そんな中で交流を深めたいとは到底思えない。だからといって、今ここで拒否をするのも悪手だ。


『――たとえば、どのようなことを?』

「そうだね――貴女の趣味、とか。何か好きなものや、好きなことはある?」


予想外の問いに、リリアナは口を閉じた。


(わたくしの趣味――魔術の鍛錬ですけれども、それを口にすることはできませんわ……)


詠唱ができないのに魔術を使えると知られるのは不味い。リリアナは少し考え、『読書ですわ』と答えた。そこで話題を変えるなりしてくれたら良いものを、ライリーは更に「どんな本が好き?」と会話を広げる。


(コミュニケーション能力が高いにも程がありましてよ。もう少しぎこちなさがあっても宜しいのではなくて――?)


王族としては好ましいが、リリアナとしては全くもって好ましくない。結果的に、リリアナは優等生的な回答を返すことにした。


『特に問いませんわ。ですが、舶来の文化や学問を知ることは非常に面白うございます』

「すごいね。最近一番面白かった本は?」


ライリーは更に食いついて来る。リリアナはここで敢えて難しい書物に言及することで彼を突き放す決心をした。


『――そうですわね。アシャーク・ジュンムリアトの宗教儀式に関する書物は非常に興味を惹かれました』

「アシャーク・ジュンムリアト? アナトーレ帝国建国よりも更に四千年ほど前の国だね。多部族によって支配されていた共和制の国だっけ。あまり資料がなかったように記憶してるけど、そんな本があったんだね。スリベグランディア王国語には翻訳されていなかったと思うけれど」


翻訳されていたら記憶にあるはずだ、と淡々と告げるライリーに、リリアナは思わず顔を引きつらせそうになっていた――淑女の自尊心(プライド)で、辛うじて堪えたが。


アナトーレ帝国は、リリアナたちの住むスリベグランディア王国から複数の国を挟んだ遥か東方の国だ。一般市民はその正式国名すら知らず、しかし民芸品や工芸品といった物資の輸出入はあるため、東方帝国と呼んでいる。そちらの名の方が、民衆には伝わりやすい。

勿論、リリアナだけでなく王族はアナトーレ帝国についても学ぶ機会に恵まれる。とはいえ扱いはほんの僅かで、その歴史を学ぶとしてもアシャーク・ジュンムリアトについてまで習うことはない。アナトーレ帝国ですら二千年の歴史を持つ国だ。

まさかライリーが正確な情報を理解しているとは思わず、遠い目をしたリリアナは、どうにか取り繕い言葉を絞り出す。


『――――――オリエンタム語にて出版されておりましたのを、叔父が取り寄せておりましたの』


オリエンタム語は現在はほとんど使われていない。アナトーレ帝国の前身となる小国の一つで、今では歴史の影に埋もれている。アナトーレ帝国に行けばある程度詳しくは学べるだろうが、スリベグランディア王国では膨大な書籍を探して一言だけ見つけられたら良い程度だ。

リリアナの言葉に、ライリーは絶句した。しかし、少しして微苦笑を漏らしわずかに首を振る。


「すごいな。貴女はオリエンタム語まで理解できるとは。どのようにして学んだのかな?」

『独学ですわ。現在のアナトーレ帝国では複数の共通語が使われておりますが、その内の一つが同じ語族でございます。他の共通語の変遷から類推致しまして、おおよその意味を理解することは可能でございました。勿論、読むことはできても書くことは無理でございます。とは申しましても、わたくしだけの力ではございませんが……叔父が途中までオリエンタム語の研究を進めておりましたので』

「なるほど。物事を習得するだけでなく、分析する能力にも秀でているんだね。ちなみに、その宗教儀式は私たちのものとはだいぶ趣が異なるのかな」


ライリーは衝撃から立ち直ったらしく、更に質問を重ねる。リリアナは素直に答えながらも、内心では喚きたい気持ちだった。

(――コミュニケーション能力が高すぎませんこと?)


好奇心旺盛なのは良いことだが、できればリリアナ(自分)のこと以外で発揮して欲しい。


『ええ。あちらは儀式を非常に重視していたと書いてございました。特に巫術(シャーマニズム)と呼ばれる術が盛んで、その術を操る巫女(シャーマン)は非常に位が高く、尊重されていたようですわ』

「その巫術――というのは?」

『精霊や死霊の意識を己の体と同調させ、その意志を生きた人間に伝えることが主な目的だったようです』

「なるほど――となると、いわゆる輪廻転生と呼ばれる宗教観が一般的だったのだな」

『そのようでございますわね』


スリベグランディア王国では、精霊や死霊の存在も公には認められていないし、ましてや輪廻転生の概念も一般的ではない。一部、少数部族が信仰する宗教では信じられているが、その人々も公共の場では滅多に口にすることはなかった。


リリアナは頷きながらも、ライリーの知識欲と素直さに舌を巻いていた。

この年頃の少年であれば自分よりも秀でている年下の少女に対して敵愾心や対抗心を燃やしても良いはずだ。それなのに、ライリーは素直に感嘆し賞賛の言葉と目をリリアナに向ける。実際は前世の記憶があるから有利な立場にいるだけだというのに、リリアナは珍しくも居心地の悪さを味わっていた。


しかし、それからほどなくしてマリアンヌが近づいて来る。どうやら時間らしい。控え目にしながらも寝る時間だと告げられ、リリアナはライリーに美しく礼を取った。ライリーは少し照れたような笑みを漏らして、「ありがとう、貴女と同じ時を過ごせて楽しかった」と告げる。


「また王宮に来た時に会えるのを楽しみにしているよ」

『――ええ、殿下。こちらこそ、ありがとう存じます』


二人が言葉で会話ができると、他の者たちは知らない。だから二人はそれ以上何もすることなく別れる。

緊張していたのか、リリアナはその日夢も見ずにぐっすりと眠った。ライリーが屋敷を出たのは、翌日の朝早くのことだった。



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