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悪役令嬢はしゃべりません  作者: 由畝 啓
第一部 悪役令嬢はしゃべりません
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2. 魔術

ブックマークありがとうございます。

リリアナは、回復した翌日から屋敷内にある図書室に入り浸ることにした。幸いにも、読書家であり収集家でもあった今は亡き叔父のお陰で、クラーク家の書庫は王宮のそれよりも充実している。本館だけでなく裏庭に独立した図書館も設けられており、図書館の方は地下二階、地上五階建てだ。王国の中で収蔵数は最多だろう。王都や領地にあるクラーク家の屋敷よりも、リリアナが暮らしている屋敷が一番置いてある書物の冊数が多い。本好きの叔父が長く暮らしていたせいに違いない。ゲームの中には王宮の書庫も描写されていたが、クラーク家の書庫よりも狭かった記憶がある。


リリアナもこれまでも本を嗜んで来ていたものの、その内容は淑女教育や王太子妃教育に関連するものだけだった。だが、その殆どは既に習得し終えている。歴代の王妃に教育を行って来た家庭教師も、リリアナの習得する才には舌を巻いていた。そこで、リリアナはそれ以外の教育――特にこれまでの家庭教師には習っていなかった分野を自ら学ぶことにしたのである。


優先すべきは己の身を守る術の習得だ。剣術や護身術は気になるものの、学ぶ相手が必要である。突然体を鍛え始めても、周囲に違和感を与える。結果、リリアナが選んだのは魔術の習得だった。


(詠唱が必要だと常識のように言われているけれど、詠唱は言葉の一種。言葉というものは、曖昧な()()()()()()に形を与えるものだから、詠唱の音そのものに魔術が反応するという原理でない限り、声に出す必要はないはずだわ)


そして、リリアナの仮説が正しいのであれば、声を失っている状態はリリアナにとって好都合だ。魔術の行使には詠唱が必要という常識で生きている人々は、リリアナが魔術を使えるとは思わない。つまり、リリアナを害そうとする相手の意表を突くことができる。敵の裏を掻くことは、戦術として有効だ。


リリアナはまず入門書を手に取った。魔術には、火、風、土、水の四属性に加え、光と闇の特殊属性がある。人には得意な属性が一つあり、複数属性を存分に操るには相応の魔力と経験、才能が必要らしい。だが、全く他属性を使えないわけではない。ただし、光と闇の二属性を使えるようになるためには魔力の質が非常に重要であり、使い手はほとんどいないようだ。特に闇魔術はその危険性から使用が制限されている。


(クラーク家は代々、男性が火で女性が風、だったわね)


ゲームのリリアナも、得意な魔術は風だった。


(風の使い手のリリアナが闇魔術に手を出した――ということだったけど、闇魔術をどうやって習得したのかしら)


疑問に思うリリアナだったが、入門書には特殊属性である光と闇魔術の記載がない。ざっと目を通したが、案の定、入門書には基本四属性の簡単な詠唱と方法が書いてあるのみだった。


(やっぱりそうよね)


だが、リリアナには諦めるという選択肢はない。本来ならば次は基本書になるのだろうが、二冊ほど目を通しても、魔術の難易度が上がるだけで、詠唱以外の方法は書かれていなかった。書棚に目を移すと、基本書の一段階(ワンランク)上は属性ごとに本が分かれ、初級、中級、上級にそれぞれ分類されている。初級、中級、上級も複数巻に渡り、目次を確認したところ、様々な詠唱と術式の解説に終始していた。


(実践はしてみるとして――やっぱり闇魔術の記載はほとんどないわね。光魔術の使い方は、それなりに上級書に記載があるけれど。闇魔術の記載はごくわずかだわ)


闇魔術の記載はほんのわずかであり、その用途は幻術が主だ。即ち相手を惑わす術。戦の時や暗殺の時に用いられるのだろうが、上級書に記載されている内容を見る限り、幻術の解除に重点が置かれている。結局、この術を知っている人間に相対した場合、闇魔術は全て解除されてしまうことになる。


(闇魔術の存在さえ表に出さないようにされている気がする。となると禁術――という扱いなのかしら)


禁術というものは、普通に生活していれば手に入れられるはずのないものだ。

王太子妃教育の一環で出て来る可能性もあるが、基本的に魔術に関しては魔導省が一括管理しているはずで、王太子妃になった場合はともかく、婚約者候補の時点で知らされるものではないはずだ。


(謎が深まるばかりだわ……)

ゲームのリリアナがどのようにして闇魔術を習得したのか、現時点では分からない。


リリアナは溜息を吐く。しかし、闇魔術に関しては優先順位は低い。できれば一生関わらないようにして生きていきたいものである。そして、今彼女が優先すべきは護身にもなる能力の開花だ。


(とりあえず、無詠唱で魔術を行使できるようになれば最高よね)


無詠唱についての記述は、上級指南書にも記載されていない。だが、論文集――即ち手法として確立されていない研究書の中に、無詠唱について検討した研究結果が数本、載っていた。結果的には、いずれも「理論的には可能だが、現段階では不可能」という結論に達している。


しかし、リリアナは知っていた。


(ゲームのリリアナは知略にも魔術にも秀でていた――体力はないけれど、魔術を最大限に活用して、王立騎士団や魔導省の魔導士たちも相手取っていたわ)


そして、前世で触れた小説やゲームでも、魔術については様々な設定があった。それに、魔術と前世の知識を組み合わせれば、現時点では存在していない新しい魔術も使えそうだ。基本書を読み解けば、魔術に必要なのは想像力であることが分かる。魔術で起こしたい事柄を理論的に説明できるのであれば、その理論を魔術で再現すれば良い。理論が分からないものに関しては、魔力でごり押しできるものもあるが、それには膨大な魔力が必要になる。


(不思議なことに、前世の記憶はあってもその殆どが知識なのよね。細かい出来事とか人間関係とか――それに、感情も。ほとんど覚えていないもの)


蘇った前世の記憶はほとんどが知識に集約されていて、人間らしい感情や家族の名前も覚えていない。自分が女性で、享年三十歳前後であったこと、友人はいたが家族を忌避していたこと、近しい間柄の存在を作れなかったこと――そういったことはぼんやりと覚えているが、細かくは思い出せない。

だが、今それを考えても仕方がない。大事なのは今、目の前にある現実だ。

リリアナは豊富な蔵書を良いことに、古今東西の魔術書と格闘し、誰にも知られぬよう細心の注意を払いながらも、無詠唱での魔術習得に専念することにした。


そして一時間程度かけて分厚い書物を数冊読み終えたリリアナは――


(――――あら、できてしまったわ)


読んでいた本がひとりでに空中を移動して書架に戻される。

無詠唱という、()()()()()()()()()()()()()使()()()風の魔術を、リリアナはあっさりと会得していた。



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