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悪役令嬢はしゃべりません  作者: 由畝 啓
第一部 悪役令嬢はしゃべりません
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44. 計略の端緒 3


リリアナは目を瞬かせた。夜半過ぎ、滅多にない気配が順調に屋敷へと近づいて来ている。


「まぁ。最近は減ったと思っておりましたのに」


その気配が一体何なのか、リリアナは既に分かっていた。刺客だ。これまでも幾度となく刺客は差し向けられて来たが、その殆どは傭兵のオルガやジルドの手によって屠られて来た。ごく稀に二人の監視を抜け出た者が居たとしても、リリアナの強固な結界に阻まれて無事にリリアナの元へ辿り着けはしない。

しかし、その日リリアナの屋敷を無断で訪れた刺客は全ての罠を潜り抜け、着実にリリアナの寝室へと近づいて来ていた。


「珍しいこともあるものですわねえ」


なかなか見どころのある刺客らしいと、リリアナは他人事のような感想を抱く。近々誕生日を迎えるというのに傍迷惑な贈り物だと、正体の分からない依頼主に苦言を申し立てたところで、招かれざる客たちの気配は直ぐそこまで辿り着いた。


「折角ですし、新しい術を試してみましょうかしら」


亡父の企みを知り、そして自分の体内に今もなお増えている魔力が魔王由来のものであると確信してから、リリアナの魔術研究はますます他人には言えないようなものになっている。

最初に判明したことは、消費した魔力が回復する速度が異様に早いということだった。恐らく魔王の魔力は――良くも悪くも順調に封印から流れ出ていて、未だリリアナの体に吸収されていない分が相当量、地上に留まっているのだろう。

そして更に検討を繰り返した結果、乙女ゲームのリリアナは折角の魔力を有効に活用できていなかったと分かった。魔王の魔力は人間の魔力と質が違うらしく、本来であれば禁術とされている術もある程度は使える。死者を甦らしたりするようなことは出来ないが、恐らく寿命を延ばしたり、本来の治癒魔術では治すことのできない瀕死の人物を治療する程度のことであればそれほど苦労なく行えるはずだ。


「禁術を使えると知られたら面倒ですけれど――でも、ねえ?」


刺客として人の館に不法侵入するくらいなのだから、多少の不利益は覚悟しているはずである。ただ、その不利益が恐らく当初彼らが想定している以上のもの――即ち禁術を掛けられるという、もしかしたら悪夢に思えるかもしれないこと、というだけだ。

そして刺客に禁術を掛けたところで、他言できないよう様々な処理を施せばリリアナが禁術を使えると知られることはない。もし何者かが禁術の存在に気が付いて解析しようとしても、魔王の魔力でなければ使えないような禁術を解析できる者は、人間の中には存在しない。


「特に精神干渉系の術は、魔王の魔力と相性が宜しいようですのよね……」


魔王の魔力を持っていた乙女ゲームのリリアナが、闇魔術を使っていると思われたのもこれが原因だ。一般的には黒魔術は即ち闇魔術と思われている。これは、禁術と呼ばれている魔術の大半が闇魔術に属するものだからだった。そして精神干渉系の魔術はほぼ禁術であり、闇魔術に属するものだ。

実際は他の属性であっても黒魔術を使える。しかしその事実を知る者は殆ど居らず、そして魔王の魔力は闇魔術に適性のある人間の魔力と非常に近いものに見える。実際に魔王の魔力を手に入れて観察すれば全く違うと分かるのだが、何も知らない人間が見れば“闇魔術”と判断するのも致し方のないことだった。

とはいえ、闇魔術に似ている魔王の魔力が精神干渉系の魔術と相性が良いのは理解できる。


「きっとこの術を使えば、自白も促せると思いますのよね」


リリアナは小さく笑みを浮かべ、部屋の周囲に張り巡らせた結界を何気なく()()()

オブシディアンであれば、結界が緩んだことに違和感を覚えて警戒心を高めただろう。だが、どうやら今日の訪問者は物事をあまり深く考えない性質のようだった。速度を落とすこともなく、リリアナの居る部屋に近づいて来る。その気配を魔術で観察しながら、リリアナは全く気が付いていない様子を取り繕っていた。

少しして、リリアナの居る室内に妙な香りが充満し始める。リリアナは薄く笑みを浮かべたが、すぐに無表情を取り繕い、ふっと意識を失ったようにソファーへと倒れ込む。そのまま動かずにいると、ゆっくりと窓が開いた。外から風が入り込み、同時に二つの人影が室内に侵入を果たす。

リリアナは目を瞑ったまま、しかし気付かれないよう魔術を展開して相手の出方を窺っていた。


「こいつか」

「ああ、ここは私室だからな。まず本人で間違いないだろう。もし違う奴だったとしても、改めて本人を殺せば良いだけだ」


二人とも男らしい。小声で囁き合う。どうやらリリアナを殺しに来たようだが、リリアナの顔ははっきりとは知らないらしい。


「さっさと済ませようぜ」

「ああ、折角王都まで来たんだし、酒飲んで帰るか」


気楽な会話を交わした二人は、リリアナに近づく。緊張感の欠片もない二人の様子を感じ取ったリリアナは溜息を堪えて、無詠唱のまま術を行使した。


「――――っ!?」


侵入者二人の体は一瞬にして茨に縛られ身動き一つ取れなくなった。想像だにしていなかった事態に、刺客二人は息を飲む。その時には既に、リリアナは目を開けて起き上がり、ソファーにゆったりと腰かけていた。

緑色の目で真っ直ぐに賊二人を見据え観察する。二人とも騎士ほど屈強な体躯ではないが、しなやかながらも筋肉に覆われた体だ。柔軟性もあるようで、それは恐らく傭兵でも騎士でもなく刺客だからこそだろう。


「ごきげんよう」


にこりと笑みを浮かべ、リリアナは場違いなほど穏やかな声で挨拶する。オルガとジルドの監視を掻い潜ってここまで来た程度には、二人とも優秀な刺客だ。そのせいか二人が絶句していたのも一瞬で、あっという間に刺客たちは理性を取り戻していた。物騒な目付きでリリアナの様子を窺っている。

リリアナは全く気にすることなく小首を傾げた。


「先ほど、わたくしの部屋に流し込んだ気体は眠り薬であってましたでしょうかしら?」


眠り薬と踏んだからこそ、リリアナは気絶した振りをした。刺客二人は疑問を抱かなかった様子だったため自分の推測は合っていると考えたが、毒物の専門家でもないため自信はない。それと同時に、リリアナは質問を投げかけることで相手の出方を窺うつもりだった。

だが、刺客はリリアナの問いに答えない。そして、リリアナも返答があるとは思っていなかった。もし反応があれば面倒が省けるが、それなりに実績のある刺客であれば軽々しく手の内を晒すはずがない。そしてもしリリアナの推測が正しければ、二人は逃亡できないと判断した時点で自死を選ぶはずだ。そのため、質問を投げかけながらリリアナは相手が死を選べないように魔術を掛ける。当然、精神干渉系の禁術だ。ごっそり魔力が減った感覚があったが、すぐに減った分の魔力が補填される。それどころか、減った分よりも多少増えているくらいだ。


「お答えいただけませんのね。残念ですけれど、致し方ございませんかしら」


笑みを浮かべたまま全く表情を変えないリリアナを、二人の侵入者は不気味そうに見やる。しかし一切気に止めず、リリアナは更に質問を口にした。


「それでしたら、もう一つの質問には答えていただけるかしら?」


それと同時に、再び術を掛ける。禁術でも行える術ではあるが、それよりも前世の記憶を元にして四大属性を用いた魔術を使った方が魔力の減少は抑えられる。リリアナは二人の前頭前野に複合魔術で干渉した。前世の知識でも中枢神経系を構成している神経細胞(ニューロン)とシナプスを経由する伝導物質が一体何であるのか確立していない。だが、具体的な物質名が定義されておらずともリリアナには十分だった。前頭前野に関わる神経細胞(ニューロン)とシナプスの一部分――特に大脳皮質から基底核ループの上部に干渉すれば、長期的な思考が阻害されるはずだ。

とはいえ、リリアナ以外では当然できるはずのない偉業だ。中枢神経系の知識があることは当然のことながら、簡単に壊れかねない脳に異常を起こさないよう細心の注意を払って、適切な量の魔力を流し込まなければならない。一歩間違えれば、対象者は廃人になってしまう。

だが、リリアナはいとも簡単に、同時に二人の脳へと干渉した。


(あまり気持ちの宜しいものではありませんわね)


脳には神経回路が集中しているせいか、魔力を流しているリリアナの方にも多少の影響がある。二人の纏っている魔力はどうやら薬物で無理矢理高められているらしく、あまり長時間干渉しすぎるとリリアナの方が体調を崩しそうだった。

だが幸いにも、それなりに優秀な刺客であるはずの二人は、リリアナが魔術を使ったことにも気が付いていないらしい。

さっさと終わらせようと決意したリリアナは、あっさりと一つ目の質問を口にした。


「あなた方は大禍の一族かしら」


リリアナの部屋まで辿り着いた刺客が普通の刺客でないことは分かっている。オルガとジルドの目を掻い潜ることができるのは、大陸の中でも最強の刺客集団と有名な大禍の一族だけではないかと思い至ったのだ。

鋭く見つめる先で、背の高い男は口を引き結ぶ。既にリリアナの術によって朦朧としているが、どうやら理性はリリアナが想定していたよりも強いらしく、リリアナが掛けた魔術に必死で抗っている様子だ。だが、もう一方の男は大して抵抗もなく頷いた。


「俺たちは一族と呼ぶが、他は大禍の一族と呼んでいる」

「そうでしたの。でしたら、わたくしを殺すように依頼した方をご存知?」

「知らねえ。俺たちは分家長の命令で動く」

「分家長? どなたのことかしら」


背の高い男はリリアナの術に抗い自ら応えようとはしないが、術の影響は多少あるらしく、仲間が機密事項を躊躇なく口にしているのを咎めようとはしない。ただ茫然とその場に立ち尽くしている。

大人しく質問に答えていた男は、リリアナの質問を聞いた瞬間に激昂した。


「俺は認めねえぞ! あんな余所者の女なんざ長じゃねえ、俺たちの長は代々神官長が務めてたんだ!!」


理性を抑圧されたせいで、男は非常に短気になっているようだ。自分の感情を抑えられないらしい。刺客であれば任務中に大声を出すことなど言語道断だが、そんな基本的なことにも気が付いていない。

大声に慣れていないリリアナは肩をびくつかせた。心臓がどきどきと脈打っているが、表情は変えない。そして驚いたにも関わらず、リリアナの術は全くぶれることなく二人の刺客に掛けられ続けていた。


「つまりあなた方は神官長の指示に従ったということですのね。どちらの神官長かしら」

「知らねえのかよ、俺たちの里だ」


男は茨に縛られたまま胸を張る。リリアナはにっこりと笑みを浮かべた。


「里がどこか、教えて頂けたら嬉しいわ」


リリアナの質問に、男は鼻を鳴らす。


「ゼンフだ」

「あら」


さすがに予想外だと、リリアナは目を瞬かせた。ゼンフの神官長がリリアナに刺客を差し向けた張本人らしい。だが依頼主は末端の者たちには伏せられているのだろう。

ゼンフの神殿を訪れた時、リリアナは大して違和感を覚えなかった。だがあの時リリアナたちと挨拶をしたりすれ違ったりした神官たちが全員大禍の一族だったのだとしたら、上手く擬態したものである。もしかしたらライリーたちは知っていたのだろうか――と考えて、リリアナは首を振り自分の仮説を否定した。

ライリーたちはそもそも大禍の一族の存在を知らない可能性が高い。一族の名前は貴族たちの中でも基本的には伏せられている。実際にその名はおとぎ話のように語られているが、若年の者たちの耳には入らない。貴族の当主となり爵位を受け継いで初めて、その名を聞く――それが、大禍の一族だった。

それにも関わらずリリアナが知っている理由は、やはり乙女ゲームだ。一作目には出て来ていないが、二作目には一族の名前が頻繁に出て来る。

恐らく一作目の筋書きでも大禍の一族は関わっていたのだろうが、物語上必要のない存在だ。だから一作目では名前も出て来ていなかったに違いない。


「神官長は今もゼンフにいらっしゃるの?」

「さあな。お忙しい方だから、俺たちも把握はしてねえよ」

「そうでしたの」


それは残念、とリリアナは呟く。もしゼンフ神官長の居場所が分かれば、さっさと転移して話を聞けただろうに――と思う。それに今目の前に居る二人はあくまでも実行部隊で、詳しいことは知らなさそうだ。もしかしたらリリアナの事も大して知らないのかもしれない。確かにリリアナは魔術に秀でていることを喧伝はしていないし、まだ社交界デビューもしていないためそれほど情報は出回っていないだろう。それでも、刺客として対象の情報を知らないというのは如何なものか。

そんなことを考えながら、リリアナは二人を締め上げている茨の力を強めてみる。多少息苦しくなるだろうが、鍛えた肉体を持つ二人にはそれほど苦でもない程度だ。


(他に訊きたいことも特に思い付きませんし、術が有効であることも確認できましたし――有効と言っても個人差が大きいと分かったことも収穫でしたわね)


他に何かしておくべきことはないだろうか、とリリアナは腕を組んで考える。しかし良い案は思い付かない。すると次は、捕らえた刺客二人をどうするかが問題だ。


(妥当なのはジルドを呼び出して任せてしまうことですかしらね。いつもはジルドかオルガが対処してくださってますし。さすがにわたくし、まだ一人を殺せば二人も三人も同じだと思えるほど開き直れてはおりませんわ)


父エイブラムを殺したのはリリアナだが、あの時はそうするより他なかった。あまりにも強敵で、手加減をしていたら間違いなく自分が殺されるか、もしくは隷属の術に掛けられ自我を殺されていた。だから間違いなく正当防衛だったと、リリアナは思っている。

だが、今リリアナが捕えた刺客は父ほどの強敵ではない。現に今、リリアナはあっさりと二人を拘束している。ここで殺すことは明らかに正当防衛ではなく過剰防衛だ。


(情報を聞き出すために禁術を使う程度でしたら辛うじて悪()とも名乗れましょうが、殺してしまえば正真正銘の悪()になってしまいますわねえ)


リリアナは物憂げな溜息を漏らした。自分で()()しないとなれば、取られる選択肢は限られる。


(裁判に付き出す――と言っても、この地域の裁判はフィリップが裁量を持っておりますから――あまり頼りたいとは思えませんし、やはりここはジルドにお願い致しましょう)


大禍の一族にリリアナ暗殺を依頼した者がフィリップではないとは言い切れない。リリアナにとって父親の右腕として領地の切り盛りをして来たフィリップは警戒すべき相手だ。平民出身で魔力も相応にしかなく、更には剣も護身術程度にしか嗜んでいないフィリップが敵対したところで実害はないかもしれないが、彼の執事としての能力は父エイブラムも認めるほどだった。


リリアナの方針が粗方決まったところで、彼女はふと窓の方を向く。新たな訪問者が、窓の外に姿を現わしている。だがその人物は、招かれざる客ではなかった。


「今日は窓からのお客様が多いこと。二階ですのに」


嘆息混じりに言えば、気配を殺して室内に入って来た男が苦笑を漏らした。


「悪ぃ、足止めしたつもりが漏れてたみてぇだな」


肩を竦めた少年――オブシディアンは、茨に縛り上げられた刺客二人を横目に見てそう言い放った。



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