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悪役令嬢はしゃべりません  作者: 由畝 啓
第一部 悪役令嬢はしゃべりません
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43. 策謀の発覚 5


ユナティアン皇国の皇子ローランドはその報告を受けた時、顔色を変えた。その日が来るかもしれないとは思っていたが、現実に起きた出来事として連絡を受けると緊張が高まる。ローランドを前にして得たばかりの情報を伝えたドルミル・バトラーは、顔色一つ変えずに立っていた。


「本当か」

「はい。第一皇女派か第三皇子派かは分かりませんが、どうやら上手くやったようですね」


秘密裏に齎された知らせは、最大派閥に支持されている第一皇子の死亡を伝えるものだった。第一皇子は次期皇帝として最有力で、同じく次期皇帝として支持されている第一皇女や第三皇子と比べても全体的に能力が高い。第一皇女や第三皇子はそれぞれ突出した特技があるが、第一皇子はどの分野も相応に高い水準(レベル)でこなすことが出来ると言われていた。

ローランドは難しい顔で黙り込む。


「キュンツェルがどうするかが気になるところだな。少し前から陰で動いているという話は聞いていたが」

「第一皇女殿下と第三皇子殿下とはあまりにも方針が違いますからね。すぐにはどこかの派閥に属するということはないでしょう」

「そうか」


宮廷伯キュンツェルは皇国の中では非常に有力な貴族であり、皇帝の覚えも目出度い。第一皇子が亡くなることによって、第一皇子を支持していた他の貴族たちが没落したとしても、キュンツェルだけは決してその影響力を失ったりはしないだろう。

それほどに彼の力は甚大だ。

ローランドは皮肉に笑みを浮かべた。


「それでも、どの派閥もキュンツェルを放ってはおかないだろうな」

「そうですね。既に第一皇女派と第三皇子派の貴族が一部動き始めているようです」


あっさりとドルミルはローランドの言葉に頷いてみせる。案の定の状況に、ローランドは苦笑した。キュンツェルを積極的に取り込もうと考えるなど、随分と自信があるらしい。

その気持ちを込めて、ローランドは呆れた声で呟いた。


「キュンツェルとは目的が合わない限りは手を組もうとは思えんが……。あれを手の内で飼えると思っているのだとしたら大した自信があるというべきか、それとも勇気があると言うべきか」

「無謀という方が相応しいのではありませんかね」


ドルミルの歯に衣着せぬ物言いに、ローランドは堪え切れずに笑い声を漏らす。しかしドルミルは気にした様子もなく、淡々と言葉を続けた。


「キュンツェルは第一皇子殿下と同じく、スリベグランディア王国を表面上は敬いつつ傀儡としたいと考えていますからね。第三皇子殿下は傀儡とするところまでは同じですからまだある程度は協力関係も築けるでしょうが、その後が続かない。第一皇女殿下に至っては武力制圧を考えていますから、最初から決裂するでしょう」

「俺もそう思う。キュンツェルの性格を考えても決して迎合する性質ではないし、影響力も大きいからな。身の内に取り込んだところで、逆に腹の内から食い破られるのがオチだ」

「殿下はキュンツェルを取り込もうとは思われませんか」


ローランドは、思わず呆れた視線をドルミルに向けた。お前は俺の話を聞いていたのかと言いたげだ。だが、ドルミルは顔色一つ変えない。小さく息を吐いて、ローランドは首を振った。


「俺はスリベグランディア王国を支配下に置きたいとは思っていないからな。キュンツェルとは最終的には敵対することになるだろう」

「そうですね」


ドルミルも頷く。スリベグランディア王国には視察に訪れたことがあるせいか、ローランドは皇国の中では珍しく王国に対して好意的だ。そしてドルミルもまた、視察の後から王国に対して強固な態度を取ることはなくなった。

ローランドは僅かに揶揄うような色を瞳に乗せて、ドルミルを見やる。


「お前も昔は強硬派だったのにな。結局未だにお前の心を変えた女性の名前を聞いていないのだが」

「変わらずお元気に過ごされているようですよ」


ローランドは、王国にドルミルが一目で気に入った女性が居ることは知っている。視察から帰国する際、ドルミルから直接話に聞いた。しかし、未だにその相手が誰であるかは聞いていない。どうやらドルミルは秘密裏に今でも相手の様子を探っているようだが、幸いにも無理に皇国へ攫って来ようとはしていないようだった。

尤も、ローランドもドルミルに女性へ無理強いはしないよう言っている。ドルミルはローランドを一応敬ってはいるため命令に背くことはないはずだが、どちらかと言うとローランドに対しては教師のような態度を取ることが多いため、ローランドは時折ドルミルに確認するようにはしていた。


「――気になるという気持ちは分かるが、本人の同意を得ずに様子を探るような真似はするなよ。気持ち悪がられるぞ」

「ご安心を。必要最小限にしかしていません。彼女の仕事上、どうしても命が危険に晒されることがありますのでね」


どうしても心配で不安になるのですよ、とドルミルが言う。ローランドは思わず眉根を寄せた。

ドルミルの想い人について詳細の情報を聞くのはこれが初めてだ。危険な仕事をしているとは思わなかった。勝手にどこぞの貴婦人かと思い込んでいたが、どうやら違うらしい。女性が就ける危険な仕事で、かつ視察の最中にドルミルが接する可能性が高い職業言えば騎士や傭兵しか思いつかなかった。

その上、ドルミルが“心配で不安”になるとはあまり想像ができない。どのような悲惨な場面を見ても落ち着き払っているところしか見たことがないせいか、ローランドは思わず疑うような目つきになってしまう。


「殿下、その顔は何ですか」

「いや――お前がそうなるとは思ってもいなかったからな。驚いているだけだ」


正直に答えたローランドに、ドルミルは心外だと言いたげに片眉を上げた。


「私を何だとお思いで?」

「冷徹で有能な次期宰相だな。ついでに俺の右腕であり続けてくれたら嬉しいとは思う」


ドルミルは優秀だ。皇国の中でも一、二を争うほど優れた文官でもある。だが魔術の能力もずば抜けて高く、文官として働いている最中もその能力を惜しむ声はそこかしこから聞こえた。

彼が望めばどのような立場も得られただろう。だが、何故かドルミルはローランドのために動いてくれている。元々はローランドも皇太子になりたいという気持ちを持って居なかったし、一般的な評価も高いものではなかった。だからこそ、余計に理解できなかった。

そしてドルミルは、素直に告げたローランドを一瞥する。表情は一切変えなかったが、彼は淡々と答えた。


「そうですね。最近の貴方はなかなか見どころがありますから、そのまま皇太子の座まで押し上げるのも面白いのではないかと思い始めました」

「協力はしていてくれたが、積極的に思い始めたのは最近ということか」


苦く笑ったローランドに、ドルミルはあっさりと肩を竦める。


「そうですね。殿下を皇太子にする過程は楽しいだろうと思っていましたが、最近は殿下こそが次期皇帝に相応しいのではないかと思うようになりましたよ。特に王国に対する態度が、今は一番重要ですからね」


どうやらドルミルは想い人がいる王国を皇国の傀儡にはしたくないようだ。薄々ローランドも勘付いてはいたが、ドルミルの発言に確信を強めた。

もしかしたら、ドルミルは想い人に嫌われたくないと思っているのかもしれない。完全無欠で冷血漢だと思っていたドルミルの意外な面に、ローランドは思わず目を瞬かせた。



*****



ライリーは齎された知らせに難しい表情を隠せなかった。傍に控えているクライドや近衛騎士のオースティンもまた複雑な表情だ。


「第一皇子が暗殺された――か。厄介だな」

「そうですね。これを機に第一皇女と第三皇子が影響力を伸ばそうとするでしょうから、こちらとしては有難くない状況です」


ぽつりとライリーが漏らした言葉にクライドが頷く。状況を把握しているオースティンもまた苦く息を吐いた。


第二皇子(ローランド)殿下が皇太子になってくれたら良いんだが、まだ難しいか」

「ああ。ローランド殿も頭角を現してから着実に一大勢力へと近づきつつあるが、やはり王国を敵視する貴族の方が多い以上、第一皇女や第三皇子に支持が集まるのも仕方のないことだ」


第一皇子は表面上はスリベグランディア王国との友好関係を維持する方針だった。そのため何度か王国にも親交を深めることを目的とした書簡が届けられている。だが、その実は第一皇女や第三皇子とそれほど変わらない。

暗殺された第一皇子は苦手なことなど一つもないと噂されるほど、広い分野に秀でた皇子だったが、その中でも際立っていたのが商才だった。彼は商売でユナティアン皇国を隆興させようと考えていたらしく、旨味のある相手としてスリベグランディア王国に目を付けていたのだ。簡単に言えば、大して価値のない物を高値で王国に売りつけ儲けるということだ。そのためにスリベグランディア王国の王侯貴族に根を張り、皇国の傀儡にしようとしていた。


対して第一皇女と第三皇子はもっと過激だ。彼らの目的は地図上からスリベグランディア王国という名前の国を消し去ることだった。

特に第一皇女は武芸に優れ、次期皇太子と目されている皇族たちの中でも特に苛烈な性格だとの噂だ。彼女の機嫌を損ねた女官や騎士たちは、次の瞬間皇女自らの手で首を落されるとすら囁かれている。

一方の第三皇子は、静かだが腹黒い性格だと言われていた。彼は表面上は友好関係を築いたまま、刺客や間諜をスリベグランディア王国内に潜ませて内部から王国を切り崩したいらしいと聞いている。


そんな三人と比べたら、ローランドは一番王国にとってありがたい存在だ。裏表なく王国と友好関係を築こうとしている。ライリーたちが次期皇帝にローランドを望むのは当然だった。


「それで、どうするよ。第一皇女を抑えてたのはキュンツェルなんだろ。第一皇子が暗殺された今、キュンツェルがどこまで第一皇女を抑えられるのかも疑問だぜ」

「確かにそうだな。キュンツェル宮廷伯は非常に優秀な人物というから、各陣営もどうにか自陣営に取り込もうと策を立てているだろう」


オースティンの指摘にクライドも頷く。それはあくまでも彼らの予想であって報告を受けたわけではないが、凡そ真実を言い当ててもいた。

頭痛を堪えるようにライリーは低く唸る。正直なところ、第一皇子が暗殺される時機としてはあまりにも悪い。


「――大公派が落ち着いたところであればまだ良かったのだけどね」

「俺たちにとって敵は二つってことか」


自嘲するようにオースティンが肩を竦める。ライリーは無言で一つ頷いた。

人身売買に手を染めていた貴族たちはショーン・タナーを筆頭として表舞台から退いたが、大公派という観点から見れば大して実力のない者たちばかりである。処刑されたタナー侯爵ショーンも当主の座を継いでから目覚ましい活躍を見せていたが、結局大公派にしてみれば金蔓としてしか扱われていなかったようだ。つまり、大公派の中心人物たちには一切の影響がなかった。


「そうだね、敵は大公派と隣国の二つだよ。“北の移民”の人身売買組織はほぼ潰したから、我が国から皇国へと戦力が流れることはないけれど――でも大公派と皇国が繋がっている可能性が否定できない以上、やはり私たちにとってはあまり有難くない事態だ」

「厄介だな」


どこか疲れた表情のライリーに、オースティンは低く唸る。クライドもまた難しい顔で考え込んでいた。


「どうにか、大公派を掌握したいものですが――問題は中枢部ですね。スコーン侯爵はともかく、メラーズ伯爵が一番手強い相手でしょう」


クライドが考えつつ推測を口にすれば、ライリーも真剣な表情で頷き同意を示した。


「ああ。メラーズ伯爵が一番厄介だね。スコーン侯爵は、まぁ――ああいう方だし。それにソーン・グリード殿が伯爵の指示を密告してくれたことも良かった」

「まさかグリード伯爵が――と思ったけどな」


グリード伯爵はメラーズ伯爵やスコーン侯爵と比べてそれほど目立たない。メラーズ伯爵と昔馴染みだということは知っていても、それほど過激な手段を取るような人物には見えなかった。

物静かで堅実な印象のあるグリード伯爵は、貴族社会ではあまり相手にされないが、同時にある程度の信用を得ている。そして他人にそれほど興味を持たず、淡々かつ粛々と自分のすべきことをしている印象が強かった。

だが、ソーン・グリードが持ち込んで来た情報はその印象を根底から覆すものだった。まさか邪魔だからという理由だけで一人の人間を殺せと命じるとは誰も想像しない。


「意外とグリード伯爵が手強い可能性はあるんじゃないか」

「そうかな」


オースティンの言葉にライリーは僅かに首を傾げた。オースティンの指摘を考える余地はあっても、同意はしかねる様子だ。問う視線を向けたオースティンに、ライリーは淡々と思う所を告げた。


「ソーン・グリード殿がどう思うかも把握せずに殺人を依頼している時点で、恐らく人を見る目はそれほどないんだと思うよ。手強いことは手強いかもしれないけど、他人の機微を察知できないことは致命的だ。どこかで必ず馬脚を現すだろうね」


そんなものか、と頷くオースティンの隣で、クライドもまた納得したように「確かに」と呟いた。


「いずれにせよ」


ライリーが嘆息混じりに告げる。


「大公派を早いところ対処しないとね。いつ隣国が攻め入って来てもおかしくない」


カルヴァート辺境伯領フィーニス砦が陥落した時のように、隣国が攻め入って来たにも関わらず王立騎士団を動かせなければ大問題だ。万が一でもあってはならない。そのような事態を防ぐためにも、大公派の粛清は必要だった。

大公を是が非でも王太子にせねばならないと意気込んでいない大公派の貴族もいるから全員を粛清する必要はない。だが、中心人物に温情を示せば今後の治世に差し支える。

本来であれば頼れるはずの国王も政治的な駆け引きは大の苦手だし、ライリー自身が父親に頼る気がない。それでもこの先の事を考えると、消え去ろうとしていた頭痛が再び襲ってくる気がした。



*****



ライリーたちが隣国の知らせを受けたのと同時刻、リリアナもユナティアン皇国第一皇子の訃報を受け取っていた。勿論こちらは正規の経路(ルート)ではない。

呪術の鼠が持ち帰った情報を確認し、リリアナは小さく溜息を吐いた。


「第一皇子殿下の暗殺は、乙女ゲーム(シナリオ)通りですわね」


ただ一つ気になるのはその時期だ。既に乙女ゲーム通りに物語が進んではいないし、乙女ゲーム内でも第一皇子死亡の時期は明記されていなかった。それでも、本来はもう少し先の未来だったようにも思う。


「隣国のエルマー・ハーゲン将軍とお父様が通じていたことは確かですし――――」


そこまで考えて、リリアナは一つの仮説に行き当たった。


「ああ、そういうことですの」


それならば話は早い、と得心する。

エルマー・ハーゲンはスリベグランディア王国に侵攻する気はなかった。そして彼は直情的で長期的な戦略を立てるのが苦手だった。彼の周囲に参謀となれるような人間はおらず、長らくハーゲンに知恵を授けていた者は誰だったのかと疑問だけが残されていた。

当初は、亡父エイブラムがエルマー・ハーゲンと密書を送り合っていたと聞いても、最悪の可能性として亡父が政変を起こすために隣国の侵略を抑えたかったのではないかという可能性しか思いつかなかった。

だが、亡父エイブラムが残した手記を読んだ今、より細部が明らかになっていく。


「お父様は、英雄となりたかったのですものね」


将軍エルマー・ハーゲンに政変を起こすよう焚きつけたのは間違いなく亡父エイブラムだ。そして亡くなった第一皇子とエルマー・ハーゲンの共通項は、いずれもスリベグランディア王国を武力侵攻するつもりがなかったこと。

乙女ゲームでは、エルマー・ハーゲン将軍は出て来なかったがエイブラムは生きていた。つまり、エイブラムは将軍亡き後に第一皇子へと繋ぎを付けたのではないか――。


「もしお父様が乙女ゲームの通りまだ生きていらしたら、第一皇子もまだ御存命だったかもしれませんわね」


リリアナの呟きは一種不穏な色を纏っていた。



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