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悪役令嬢はしゃべりません  作者: 由畝 啓
第一部 悪役令嬢はしゃべりません

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43. 策謀の発覚 3


手記の日付は三年前で止まっている。リリアナが父を殺した時だ。父の手記を読み終えた時、リリアナは呆然としていた。

父が長年に渡って書いた手記を読めば、彼が何を考えていたのか――そして禁術の研究が一体何のために行われていたのか、火を見るよりも明らかだった。


父は魔王を復活させようとしていたのだ。自らの手で復活した魔王を倒し英雄となる。確かに、父の暮らしている部屋や屋敷には英雄譚に関わる像や書物が多く置いてあった。彼は英雄に憧れ、そして自分こそが英雄だと信じていたのだろう。

生きて英雄になる、それこそが父の目的だった。


「そして――わたくしが、倒される魔王となるべくして育てられた娘ですのね」


カラカラに渇いた声で、リリアナは呟く。

更に、手記を読めば亡父が英雄となった後のことも考えて行動を起こしていたことも明らかとなった。その一つが農地の拡大だ。

英雄となり玉座を得た暁には、彼は農地として開拓されていない土地を全て王家に献上させる計画を立てていた。開拓されていなくとも、放棄されている土地も同様だ。そしてそういった土地を王家の直轄領とし、人を住まわせ開墾させる。そして中央集権化を図り王家の権力をより強力なものにしたいと考えていたようだ。


「王家の土地とは別に、クラーク公爵領もまた私財として運用していくおつもりだとは思いませんでしたわ」


思わずリリアナはぽつりと呟いた。

クラーク公爵領で人は増えていないのに農地の拡大をしていたのは、その計画を見据えてのことだった。公爵領であれば王家直轄領ではないため、自由が効きやすい。自分の自由に使える財産を拡充するため、父は敢えて農地を拡大していったのだ。

時期尚早とも思えたが、もしかしたらその法案自体は自分が国王になるよりも前に成立させるつもりだったのかもしれない。そうすることにより、父の目論見を阻止しようとする貴族たちの力を削ぐことができる。二つの辺境伯領やエアルドレッド公爵領も、全てが開墾されているわけではない。農地となるべき場所が王家直轄領となれば、彼らは陸地の孤島となり、互いに手を組むことも難しくなる。

いずれにせよ、父エイブラムは自分の治世を夢見て様々な場所に種を植えていった。


「全て志半ばで終わられたのですね」


それもリリアナが父を殺したからだ。当初は自分の凶行に疑問を抱くこともあったが、今こうして手記を見ると、少なくとも自分にできる最善の策が父の殺害だったのではないかとすら思えた。

研究に関する書物だけでなく、父の手記を読めば、当初思っていた以上に被害が甚大だったことが分かる。父が目的を達成するために行った研究や作戦の直接的な被害者たちだけでなく、間接的な被害者も含めれば、彼のせいで命を落としたり怪我を負った者は千人をくだらないだろう。


「でも――父が亡くなったとはいっても、その影響は随所に残っておりますわ」


普通であれば、術者が亡くなればその術は解ける。そして、作戦の主導者が居なくなればその作戦も中止される。しかし、エイブラムが手を出した術や作戦は、父が亡くなっただけでは終わらない。

リリアナの体にある魔力は未だに増えているし、魔王の封印は解け始めている。父親以外の何者かが手を出している可能性もあるが、少なくともリリアナの魔力に関しては父親が主導したらしい術の影響だと考えるべきだろう。


「ただ、この手記のお陰で今後の方策が立てやすくなったのは確かですもの」


父の目的を考えれば、記憶にある前世の乙女ゲームの筋書きも納得できた。そして、魔力量が異様に増え始めた時の自分の予想も当たっていたと、どこか他人事のように思う。

ここ最近になって頓に増え始めた魔力は、もしかしたら王宮の地下から流れ出て来た魔王の魔力ではないかと疑っていた。魔王や魔族の魔力は闇に分類される。ゲームのリリアナが闇属性の魔術を使えた理由は、魔王の魔力が体内に取り込まれたからではないかと――そう考えるようになっていた。

今のリリアナは前世の知識があるため、水や風、火、土、そして光と闇という分類に捉われることなく魔術の術式や構成を理解することができる。しかし、ゲームのリリアナに化学や科学の知識はない。その彼女が闇魔術を使える理由など、魔王の魔力が関わっている他に考えられなかった。


「お父様による魔王の復活、大公派、そして隣国――この三勢力の思惑が複雑に絡み合っていますのね」


その全てを別々に考えなければ、現状を正確に把握することなどできはしない。乙女ゲームでは父がまだ生きていたから、その点も念頭に置いておかなければならないだろう。

そして、良く考えれば乙女ゲームでは魔王の復活と大公派、隣国という三つの勢力を分けて考えるようなことはなかった。今思えば多少は大公派や隣国との絡みもあったが、基本は魔王に関するイベントや謎解きが主だった。だからこれからの事を考えるのであれば、乙女ゲームでの出来事や事件を改めて分類しなければならない。


「お父様はご自身が国王になりたいと考えていらしたから――大公派ではない。けれど、大公派の勢力を使おうと考えてはいらした。一方で大公派は、恐らくお父様を仲間だと認識されていたことでしょう」


父はニコラス・バーグソンを手先として使っていたようだ。隷属という言葉が手記には出て来ていたから、バーグソンに隷属の術を掛けたのはエイブラムで間違いない。ただ、父が死んでからもなおバーグソンに掛けられた隷属の術が残っていたことは気になる。やはり父には魔導士の協力者がいて、その人物は生きているということなのだろう。その魔導士が研究者である可能性は高い。

そしてバーグソンは、恐らくリリアナの父エイブラムの真の目的を知ることはなかったに違いない。


「お父様に協力していた魔導士がどこに居るのかも調べなければなりませんわね」


だが生憎と魔導士に繋がる手掛かりはほとんどない。今、リリアナの手元にある研究の報告書だけだ。それでも、どうにかして見つけ出さなければならない。今後、事態がどの程度エイブラムの意志に沿う形で動いていくのか――それが分かれば、魔導士がどのような立ち位置にいるのかも把握できるようになるだろう。


「“北の移民”の人身売買は隣国が戦力を得るためにしていたこと――ただ、その人身売買を商売にすることで大公派は金を得ていた、ということでしょう。ただ、大公派の中枢にいる方々は隣国に(おもね)るつもりはないはずですわ」


大公派の中枢と言えばメラーズ伯爵とスコーン侯爵だ。彼らの性格を考えるに、隣国に下ってまで旨い汁を吸おうとは考えていないだろう。特にスコーン侯爵は隣国を毛嫌いしている。

しかし大公派は一枚岩ではない。中枢にいる者たちは隣国に下る気はなくとも、一部の貴族は目先の利益に捉われて隣国に――意識的にしろ無意識的にしろ、寝返っている可能性は否定できない。

そして隣国は、以前からスリベグランディア王国を傘下に入れようとしている。彼らにとって、目先の利益に捉われる貴族は手駒として非常に扱いやすいはずだ。戦力となる“北の移民”も得られて王国の貴族も一部味方に引き入れられる人身売買は、皇国にとって非常に旨味のある商売だったに違いない。

だが、今回ショーン・タナーの処刑に伴い、人身売買に関わっていた幾つかの貴族が隣国に通じていたとして処分された。その事態に隣国がどのような反応を見せるか、そこも着目しておくべきだろう。


「ただ不思議なことに、乙女ゲームではそこまで隣国とのいざこざはございませんでしたのよね。唐突に戦争が始まった、という印象がありますもの」


確かにイベントの一つとして隣国との戦争はあったが、筋書きのせいか、若干唐突な印象が否めなかった。主軸になるイベントではなかったし、ユナティアン皇国がスリベグランディア王国を元々傘下に置きたいと考えていた、という簡単な説明はあったから、大して気には留めていなかった。

とはいえ、恐らく隣国に関しては父エイブラムが何かしら手を回していた可能性はある。手記には将軍エルマー・ハーゲンの名があった。既に暗殺されているが、彼はユナティアン皇国の将軍でありながら、政変を目論んでいたという噂もある。その謀略の裏側にエイブラムの策略がなかったとは言い切れない。どれほど王国を支配下に置こうと企んでも、皇国内で政変が起きれば隣国に戦争を仕掛ける余裕もなくなるからだ。

英雄として認められ国王になろうと企てていたエイブラムにしてみれば、隣国が王国に攻め入って来ることほど面倒なことはないだろう。せめて自分が英雄として認められてから隣国の脅威を退けた方が、英雄としての名声に箔がつく。


「もう一つの可能性は、漁夫の利(三匹目の犬)になろうとしていた、ということかしら」


二匹の犬が骨を巡り争っていれば、三匹目の犬がその骨を奪い去っていく――エイブラムは大公派と国王派、もしくは大公派と隣国を共食いさせて、自分は美味い部分だけ取っていくつもりだったのではないか。

そう考えれば、敢えて隣国や大公派を泳がせていた理由も分かる。

大公派と国王派、そして隣国が争い残った一つだけを相手取るのであれば、その後は酷く容易い。敵の敵は味方ともいうから、最後に残った一勢力を退けるといえば、その勢力に倒された者たちはそれほど抵抗なくエイブラムの指示に従うに違いない。


だが、どれほどエイブラムが英雄になりたいと願っても、死んでしまっては意味がない。リリアナの手で命を奪われるとまでは、さすがのエイブラムも予想はしていなかったはずだ。

そして同時に、エイブラムは自分の願望を果たすために踏みつけられた人間たちの無念や怒りを全く勘定に入れていなかった。自分の作戦を知られるつもりもなかったのだろうが、ただ一人――リリアナだけは、その例外だ。リリアナは父エイブラムの意志を知ってしまった。そして、自分が父にとってどのような働きをする駒だったのかも、理解してしまった。


「もしかしてわたくし、もう一度殺して差し上げたいくらいには、腹が立っているのかしら」


手記と研究内容を記した書物を手に持ったまま、しばらくぼうっとしていたリリアナはぽつりと呟いた。

大量の情報を一度に処理しなければならず、しかも父の手記から読み取れる彼の感覚や信念はリリアナの理解の範疇外だった。そのため全ての情報を分類し繋がりを付けるのに多少の時間を要したが、それも暫くすると落ち着いて来る。

そして、時間の経過と共に緩み始めているらしい感情が、ゆっくりとリリアナの理解に追いついて来た。


何故だか分からないが、大声でわめいて周囲一帯を破壊してしまいたい――そんな衝動に駆られる。勿論実行に移すことはしないが、整理したはずの頭の中が再び渾沌とし始めている。

研究対象となり命を落とした人が大勢いることも、魔物に変えられてしまった人々のことも、そして何より殺されるために産まれて来たリリアナ(じぶん)という存在も――その全てが、酷く虚しく思えた。



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