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悪役令嬢はしゃべりません  作者: 由畝 啓
第一部 悪役令嬢はしゃべりません

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43. 策謀の発覚 2


リリアナがフォティア領のクラーク公爵邸で、執務室に仕掛けられた魔術陣の解析を完了させたのは、二日目の夜だった。多少時間は掛かったが、当初の予定よりも早い。


「【我が名に於いて命じる、汝の真なる姿を示せ】」


念のために詠唱を唱え、魔術陣の術式を保持したまま解術する。時計の針が緑色に光り、パキリと小さな音が響く。解術が成功した証に、書棚の反対側に置かれている飾り棚が揺れた。リリアナは迷わずに隠し部屋に入る。背後で扉が閉まった。これも以前、一度だけフィリップの後を追って隠し部屋に入った時と同じだ。

だが、あの時とは違い隠し部屋に入るための魔術陣は完全にリリアナの支配下にある。不安もなく隠し部屋に入ったリリアナは、部屋の中を見渡した。


「それほど前から物は増えていないように見えますけれど」


執務室よりも書物が多く、以前は珍品にしか見えなかった魔道具も飾り棚に飾られているままだ。だが、その内容が変わっているのかまでは分からない。少し考えたリリアナは、先に並べられた書物を確認することにした。かなりの量があるため、目ぼしいものを見つけるにも時間が掛かるに違いない。

リリアナが探し求めているものは、亡父が何を考えていたのかが分かる“何か”だ。亡父自身が考えていなかったとしても、彼が関わった可能性のある何かしらの情報を手に入れたい。特に以前リリアナが住んでいる屋敷の近くで見つけた隠し部屋にあった禁術の研究書の類があれば、一層自分が置かれた現状が分かるに違いない。

とはいえ、そう簡単に見つかるはずもないとリリアナは思っていた。禁術は隠し通すべきものだから、たとえ入るのに苦労する隠し部屋に置いていたとしても適当な所に放置はしていないはずだ。実際に以前見つけた研究結果を記した手帳も隠しこまれていた。


「書棚にはないかしら」


リリアナは書棚に並べられた書籍の題字を眺めていたが、これと言ったものが見つからずに視線を他の場所へと向ける。彼女の目に止まったのは、以前フィリップが腰かけていた簡易机だった。簡単な作業ができるように誂えられている机は執務室のものよりも簡素で小さいが、造り自体はしっかりとしている。リリアナの脳裏に過ったのは、以前禁術の覚え書を見つけた場所だった。あの時も、研究結果を記した手帳は机の隠し扉にあった。


「まさか、同じような場所に隠してあるなどということはありませんわよね」


もし禁術に関する書物がこの場にあるのであれば、亡父かフィリップが関係している可能性が高くなる。だが慎重な二人が隠したのであればもっと慎重を期すはずだと、リリアナは眉根を寄せた。とはいえ、もし机に隠し扉があり、そこに探し求めているものがあれば話は早い。

リリアナは机に近づくと、一つずつ怪しげな場所を確認していくことにした。そして、それほど時を待たずして一つの気配に気が付く。


「魔術陣――」


机の下に隠された魔術陣には見覚えがある。それほど複雑ではないが、物を隠すためのものだ。簡単に解術したリリアナの眼前で、何の変哲もない机の横板に空洞が開く。そこに収められていたのは数冊の書物だ。


「『研究番号其の一、魔物の発生条件および魔物発生による瘴気蔓延の影響について』、『研究番号其の二、延命および肉体の老化停止に関する諸条件ならびに対応策について』、それから――『手記』」


リリアナは一つずつ題字を確認する。隠されていたものの内、二つは以前見つけた研究の報告書に連なるものだった。これで、研究が四つ以上為されていなければ全ての報告書が揃ったということになる。そしてもう一つは、リリアナの予想していなかったものだった。『手記』とだけ記されたものは日記だった。

リリアナは、その文字に見覚えがあった。滅多に目にすることはなかったが、明らかに亡父エイブラムの直筆だ。

慎重で狡猾なところもある亡父が何故禁術を扱った研究の報告書を葬り去らなかったのか、リリアナは直感的に理解した。


知識の奥深く――リリアナの体に入っている魂が生きていた頃に得たのだろう知識が、一つの回答を教えてくれていた。


「反社会性を持つ精神病質者(サイコパス)は、不正や犯罪に手を染め非難されても自己の正当性を確信し、世間に広くその正当性を主張する」


研究に関する書物と日記が共に保管されているということは、この研究に亡父エイブラムが関わっていたに違いない。そしてリリアナの父は、禁術を研究し実行することに何の罪悪感も覚えていなかったのだ。とはいえ禁術を使っていると知られてしまえば処断が下されることは分かっていたから、適当に隠すことにしたのだろう。しかしその正当性を確信している以上、本気で隠す気はなかった。何かの切っ掛けさえあれば、公表することも視野に入れていたに違いない。

少し悩んだ末に、リリアナはまず研究報告から内容を検めることにした。最初は“研究番号其の一、魔物の発生条件および魔物発生による瘴気蔓延の影響について”と題されたものだ。


「嫌な予感しかしませんわね」


内容を読む前から、リリアナは顔を顰めてしまう。脳裏をよぎるのは、最近落ち着いて来た魔物襲撃(スタンピード)のことだ。一時期、王国内では魔物襲撃(スタンピード)の異様な増加と凶悪化が問題視されていた。そのことと、今リリアナが見つけた研究報告に関係がないとは言い切れない。

ベン・ドラコとペトラ・ミューリュライネンの二人が、魔物を人為的に発生させている可能性を疑って調査を進めていたが、全く歯が立たなかった。禁術を用いていたのであれば、王国一の魔導士である二人が辿り着けなかったのも仕方がないことなのかもしれない。


古びた紙をめくると、冒頭部にはやはり研究を支援している何者かへの感謝が書かれている。そして更に読み進めば、書き手が非常に魔物発生条件の解明に苦慮していることが読み取れた。


『魔物は瘴気から発生することは疑いようがない。しかし問題は、その瘴気をどのように発生させるかということである。一般には瘴気を発生させる“気”は魔の源となるものであり、通常は空中に漂ってはいない。憎悪、悲哀、絶望といった負の感情が一定以上存在した場合にその“気”は生まれると言われているが、一般的な人間の負の感情が増幅されたところで瘴気の元となる“気”は発生しないことも確認が取れている』


分厚い報告書も中盤になれば、徐々に瘴気を発生させる方法が明らかになっていく。

案の定、以前リリアナたちが想像していたように、魔術と呪術を組み合わせる方法を研究者は選んでいた。即ち、呪術で贄となる存在に恐怖や憎悪、絶望といった負の感情を覚えさせ、その感情を魔術で増幅させる。瘴気の元となる“気”を圧縮して瘴気へと変換し、それを繰り返す。

どうやら研究者の選んだ方法では、感情を増幅させたり瘴気の元となる“気”を圧縮することはできても、瘴気自体を増やすことはできないようだった。

そして贄にどのように負の感情を植え付けるのかも、研究者は検討していた。


『拷問も有益ではあるが、時間効率が悪く、瘴気を発生させるに十分な“気”を集めるより前に“気”が霧散してしまう。そのため、一定数以上の贄を集めて同時に恐怖ないし絶望を覚えさせる術が必要である』


そこで研究者が選んだのは、呪術を使い贄として目を付けた標的たちに同時に恐怖や絶望を覚えさせることだった。特に人は、希望を抱いた後の絶望が最も深いという。

ページを捲ったリリアナは、そこに書かれていた文言に言葉を失った。


『本研究によって魔物の発生条件が特定され、瘴気の元となる“気”の発生も可能であることが確認された。しかしながら魔物を発生させるほどの“気”を安定して発生させるためには大量の贄が必要であり、その贄全てに恐怖や憎悪、絶望を覚えさせる必要がある。大量の贄には家族や知人が居ない、共同体から外れた存在を選ぶ、ないしは一つの村ごと贄とするのが適当であろう。故に、最初の贄として以下を検討する』


そこに列挙されていたのは、いくつかの村の名前だった。それぞれ住人たちはおおよそ五十名から百名に至らない程度と幅がある。しかしながら、リリアナの目はその内の一つに釘付けだった。

その村の名前を、リリアナはつい最近耳にしていた。カルヴァート辺境伯領にあるその村は、ネイビー修道院に移った修道士ディーターが居た村――黒死病で多くの村人たちが命を落とし、そして火を放たれ全員が死亡したという、あの村だった。


「つまり――あの黒死病は、呪術で人為的に起こされたものだったというわけですわね」


黒死病で次々に人が死に、家族や親しい人を亡くして行った村人たちは、悲哀に暮れたに違いない。そして次は自分の番だろうかと恐怖に慄き、そして助けてくれない隣村たちに憎悪を抱く。

最後は火をつけて死の恐怖を目前に突き付けながら全員を殺せば、術は完成する。


ディーターが言っていた“見慣れぬ旅人”とは研究者のことだったに違いない。最初の実地研究として選んだ村がどのような状態になったのか、そして本当に“瘴気”を発生させることが出来たのか、己の目で確認したかったのだろう。


「もしかして」


リリアナは目を瞬かせた。

確か、ネイビー男爵領でエミリアとディーターに話を聞いていた時、二人は黒死病の前に孤児たちが複数人行方不明になったと言っていた。


「その子たちが、最初の贄に使われましたの?」


子供であれば捕えやすく、そして術にもかけやすかっただろう。

黒死病が発生する前に増えていたという魔物は、元々は行方不明になった子供たちではなかったのか。

その記録が残されていないかと、リリアナは慌ててページをめくる。すると、その村の名前が挙げられていたページより数ページ進んだ先に、リリアナの推測を裏付ける文面が書かれていた。


『先日実施した検討において、孤児に呪術を掛け魔術で感情を増幅させ精製した“気”を圧縮することで、魔物数体を造り出すことができた。しかしながら、黒死病様の症状を発生させ負の感情を露出させた上で贄を疲弊させ、村を焼いた場合は、魔物を発生させることはできなかった。これは時間の経過が一因と思われる。即ち、魔物の発生には一定程度以上の瘴気を同時に発生させる必要がある』


そして研究者は、次から次へと人間を使った実験を行っていく。書かれている内容が全てではない可能性を考えると、それだけで命を奪われた贄は五百を超える。もしかしたら千人を超えるかもしれない。表には出ていないが、間違いなく大量虐殺(ホロコースト)だ。しかし研究者は一切罪の意識を持っていないように見える。

リリアナは、喉がからからに渇いていることに気が付いていた。淡々と書かれてはいるがあまりにも内容は凄惨だ。


『しかしながら、呪術と魔術を贄に用いることで生じさせた魔物は低位の物が多く、瘴気を殆ど発生させない。そのため、本研究の最終目的を達成するためには、大量の贄から短時間で魔物を発生させる、ないしは()()()()()()()()()()()()()()()()()


やがて目にしたその文面に、リリアナは瞠目した。

とある時期を境に減った魔物襲撃(スタンピード)――しかし、その直前までは異様に増えていたし、そして何より()()()()()()()()()()()()()

そして魔物の解析をした結果、リリアナは人が魔物に変えられていたことも突き止めた。術者までは分からなかったが、今手元にある資料を見る限り、この記録を記した研究者の仕業だったと考えて良いだろう。そうそう簡単に禁術に手を出す人間がいるとも思えない。


「魔導省でも、騎士団でも、どこぞの貴族でもございませんでしたわ……」


リリアナは疲れたように呟く。まさかの術者は自分の身内だったようだ。その文面から先、研究者は贄自体を魔物に変化させる方法を模索していく。そして何度かの実験を経て、術者はとうとう人間を魔物に変質させることに成功した。贄を集めた方法や時期、変質にどの程度時間をかけたのかまで詳細に記されていたが、リリアナの目を引いたのはその時期だった。


「七年前に二度目の贄が集められた――?」


最初の実験の贄が集められたのは、八年前ほど前。そして数年かけて複数回行われた実験は成功している。初めて成功したのは最初の実験が行われた翌々年だった。


「この日付、もしかして」


直ぐには思い出せなかったが、違和感を覚えて記憶を辿ったリリアナは一つの事実を思い出す。リリアナが六歳になった時、フォティア領の屋敷ではクライドのお披露目会が開かれた。手帳に書かれた日付は、お披露目会の一週間程度前だ。披露目会のためフォティア領の屋敷を訪れたリリアナは確かに、使用人の数が妙に多いと思った。

もしそれが、使用人の募集にかこつけて集められた贄だったとしたら――あの時目にした彼らは、あの後幾許もなく命を奪われたのだろう。


だが、問題は――何故そこまでして、魔物を発生させたいのか。

魔物を発生させて何をしたいのか、ということだった。


リリアナは疲労を覚えたが、手を止めるつもりはない。魔物の発生について検討した一つ目の研究とは違い、二つ目の延命と肉体の老化停止――つまり不老不死の研究に関する手記はそれほど長くなかった。結論は簡単で、禁術を使っても肉体を不老不死にする方法は見つからなかったようだ。

どこか安堵を覚えたリリアナは、亡父エイブラムが書いたらしい日記に目を通すことにした。



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