43. 策謀の発覚 1
夜半過ぎ――王都近郊のとある屋敷の一室に、三人の男が集まっていた。三人共それぞれに質の良い服を纏い、ゆったりと葡萄酒を嗜んでいる。沈黙を破ったのは、三人の中でも最も高位な存在――スコーン侯爵だった。
「全く、タナー侯爵が処刑されるとはな。明確に我々の仲間ではなかったものの、金払いは良かったものを。惜しいことをしたわ」
苦々しく呟くスコーン侯爵を一瞥し、穏やかな声音で落ち着かせるように言い聞かせるのはメラーズ伯爵だ。
「ええ、確かに彼が我々に齎してくれる財は目を瞠るものがありました。ただ金庫番として長く一人を重用すればその後に問題が出ます。ここ最近は増長した言動が見受けられましたので、少々予定より早くはありましたが、舞台からご退場頂けたのは逆に我々にとっては重畳でしたよ」
メラーズ伯爵の言葉に、スコーン侯爵は一つ頷いた。
大公派である彼らにとって長年問題だったのは金策だった。王太子派とは違い、大公派は玉石混交の集団だ。この場に居るスコーン侯爵、メラーズ伯爵、そしてグリード伯爵は相応の資産を持っている。しかし大公派の大部分は金策に走らねば領地経営も儘ならないという者ばかりだった。そのため、王太子ライリー・ウィリアムズ・スリベグラードを引きずり降ろしフランクリン・スリベグラード大公を玉座に押し上げるために必要な金が不十分だった。
そこで役立ってくれたのが、若きタナー侯爵ショーンだった。
「確かに」
口を開いたのはグリード伯爵だった。
「貧乏伯爵が上手く彼を隣国との商売に駆り立ててくれたお陰ですな。まあ、まとめて今回首を落されるようですが」
「グリード伯爵、そのような言い方をされると品性を疑われますぞ」
スコーン侯爵が揶揄する。だが、グリード伯爵は片眉を上げて「これは失礼」と言ったまま取り合わなかった。何年経とうが、スコーン侯爵とグリード伯爵の仲は改善しない。大公派として手を組む以上表立って対立はしないが、事あるごとに嫌味を連発する習慣は変わらなかった。
いつものことだと、メラーズ伯爵は気にも留めない。
金策のため走り回っていた伯爵に目を付けて、隣国との商売――人身売買を斡旋したのはグリード伯爵だった。勿論、彼らと自分たちの間に関係があると思われてはいけない。慎重に行動した結果、ショーン・タナーたちは自らの力で隣国との商売の糸口を見つけたと確信しているはずだ。
メラーズ伯爵は重たくなったその場の空気を軽くするべく口を開いた。
「それに、必要な資金はほぼ貯まりました。ニコラス・バーグソン元魔導省長官が捕縛された時はどうなることかと冷や冷やしましたが」
メラーズ伯爵たちは、ショーン・タナーたちが人身売買で売り上げた金を大公派の活動資金にするため、魔導省を間に挟むことにした。ニコラス・バーグソンがソーン・グリードに命じた魔導石の売買がそれだ。ショーン・タナーが人身売買で得た金を魔導石に変え、魔導石を購入したグリード伯爵たちは更にその魔導石を北の領主たちや隣国に売り捌いた。しかも、その名義人はメラーズ伯爵たちではない。数人の他人を挟み、簡単には辿り着けないように慎重を期している。
そのお陰で、王太子たちはグリード伯爵たちまで辿り着けていない。
グリード伯爵の発言に不機嫌そうな表情をしていたスコーン侯爵だが、メラーズ伯爵の台詞を聞きすぐに機嫌を直した。
「確かに、資金は貯まった。魔導省に関しても、ベン・ドラコが死ねばこちらの手中だ。後は大禍の一族が働いてくれたら、王太子を引きずり降ろす舞台は整う」
スコーン侯爵の言葉にグリード伯爵は答えないが、ほんのわずかに眉を寄せる。しかし幸いなことに、スコーン侯爵は気が付かなかった。
大禍の一族に、王太子の側近として力を付け始めたクラーク公爵クライドと近衛騎士オースティン・エアルドレッドの暗殺を命じた――その話をスコーン侯爵がメラーズ伯爵に意気揚々と告げたのは、一ヶ月弱前のことだった。長く接触を図っていたが、ようやく依頼ができたのだと告げるスコーン侯爵は得意気だった。
彼の私財を投じたようだから何も言えなかったが、このことが他に知れてしまえば醜聞だ。それこそ反逆罪で捕縛されかねない。そのため、メラーズ伯爵は計画を早めなければならなかった。
「カルヴァート辺境伯とケニス辺境伯はしばらく領地に縛られることとなるでしょうからね。カルヴァート辺境伯領に王太子が駆け付けたことは計算外でしたが、王都から騎士団が出されなかったことに対しての不満は溜まるでしょう」
ただ放置しているだけでは生温いと、人をやって王太子が辺境伯領を軽んじているという噂を流すように指示も出している。王太子派から辺境伯二人を引き剥がし、そしてアルカシア派も離反させたい。大公派に与さずとも、王太子に手を差し伸べる貴族たちを極力減らしておきたかった。
「あとは彼が王太子として致命的な欠陥があるという証拠を突き付ければ良いのです。その時に、陛下も不相応なものを王太子に据えた責任を取って離宮へとお引越し願いましょう」
つまり幽閉である。
王太子派の数を減らした後にライリーが王太子として不適切であるという証拠を見つけ、国王は幽閉してしまえば良い。そしてフランクリン・スリベグラードを正当な王として玉座へ押し上げる。それが、大公派の先導役としてメラーズ伯爵たちが打ち立てた作戦だった。そしてその計画も佳境に差し掛かっている。
「思ったのだがな」
スコーン侯爵がおもむろに口を開いた。メラーズ伯爵とグリード伯爵がスコーン侯爵に視線を向ける。
「タナー侯爵の処刑が不当なものだったとするのはどうだ。濡れ衣を着せられたにも関わらず処刑されたとなれば、大半の貴族たちが黙ってはおるまい」
「なるほど」
メラーズ伯爵は曖昧に頷いた。ショーン・タナーの罪状が間違いなく本人の行ったものであることは、メラーズ伯爵も承知している。だが、もしそれが濡れ衣だったとしたら――確かに、スコーン侯爵の言う通り、貴族社会は震撼するだろう。とはいえ、本当にあった罪を無実だったと訴え出るのだから、相応の理由と証拠が必要だ。そしてメラーズ伯爵たちが先頭に立てば、中立派や王太子派の貴族たちはそこに大公派の陰謀を嗅ぎつけてしまうかもしれない。
「もし本当にそれが必要ならば、旗印が必要となりそうですな」
少し考えた結果、メラーズ伯爵はそう返した。すると、スコーン侯爵はどこか馬鹿にしたように笑う。嘲弄に似た光を両眼に浮かべ、侯爵は「ちょうど良い者がいるではないか」と嘯いた。
「ちょうど良い――? 一体どなたのことです」
「そうとも。タナー侯爵には妹がいた。マルヴィナという娘だ。婚約者候補として名を連ねていたが、クラーク公爵家の令嬢に敗れただろう。多少頭は弱いが、所詮女だ。兄の無念を晴らせと言えば、簡単に乗ってくれるに違いあるまい」
首を傾げたメラーズ伯爵は、スコーン侯爵の返答に一瞬、訝し気な表情を浮かべた。
メラーズ伯爵から見たマルヴィナ・タナーは“多少頭が弱い”少女ではなかった。自己顕示欲が強く、思い込みが激しい。常に自分が一番でなければ耐えられないという、非常に扱いが難しい少女だ。だからこそ、御しきれないと判断したショーン・タナーは隣国のケプケ伯爵に妹を押し付けたのだと、メラーズ伯爵は理解していた。
だが、スコーン侯爵の評価は違うらしい。尤も女は全て愚かだと信じ込んでいるスコーン侯爵が、正確にマルヴィナの性格を理解できているかと言えば答えは否だった。
とはいえ、スコーン侯爵の提案を頭から否定することは望ましくない。スコーン侯爵の機嫌を損ねないように細心の注意を払い、メラーズ伯爵は言葉を探した。
「――そうですね。立場的には確かに彼女が相応しいでしょう。しかし彼女は元々王太子妃を狙っていましたから、大公閣下が王位につくとなれば閣下に付きまとう可能性があります」
その言葉に、スコーン侯爵は鼻を鳴らした。
「そんなもの、適当に理由をでっちあげて処分してしまえば良いだろうが。それが難しければ適当な男を宛がってやっても良い。隣国から良い薬も買い付ければあっという間だ」
つまり、殺すなり薬漬けにしてしまうなりすれば良い、ということだ。確かに最終手段はスコーン侯爵の提案通りになるだろうが、それまでに負わなければならない危険性はやはり考慮に入れなければならない。
慎重に考えるべきだと思ったメラーズ伯爵とグリード伯爵は無言だったが、自分の発想に愉悦を感じていたスコーン侯爵は全く気にすることなく、腹を揺らして楽し気な笑い声を立てた。
「どのみち、あのような娘は大公閣下のお好みではないからな。もっと年齢が上で落ち着いていれば、違ったかもしれんが――夢を見るだけは自由だ」
メラーズ伯爵は葡萄酒を口に含む。その脳内では、目まぐるしく今後の計画が組み直され始めていた。
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リリアナ・アレクサンドラ・クラークは、自室でこれまでに集めた資料を整理していた。
昨夜リリアナの部屋を訪れたオブシディアンは、執事のフィリップは数週間ほどフォティア領の屋敷を留守にするらしいと教えてくれた。
これまでリリアナはフォティア領の屋敷にも転移し、中に何があるか調査を繰り返している。しかしフィリップが屋敷を留守にする時間は非常に短く、碌に調査もできなかった。だからこそ、今回はまさに好機だ。とはいえ、ここ最近は打つ手なしとしてフォティアの屋敷には赴いていない。そのため、これまで探した場所を整理し、フィリップと父が重要な事項を隠すのであればどこに隠すのか、今一度よく考えるべきだった。
「とはいっても、それほど候補はございませんわね」
フォティアの屋敷は非常に広いが、物を隠せる場所と言えばそれほど多くはない。特に以前は祖父母や母も住んでいたのだから、彼らが出入りできる場所には何かしらの物も隠し部屋もないと考えた方が良いだろう。
「やはり、あの隠し部屋に入るしかございませんかしら」
リリアナが思い付いたのは、以前一度だけフィリップが入って行くのを目撃した隠し部屋だった。一人で侵入を試みた時もあの隠し部屋に入ろうとしたのだが、フィリップの警戒心は高く、フィリップ以外の人間が入ろうとすると必ず弾かれる仕組みだった。解除できなくもないのだが、非常に高度な魔術陣が使われているため、フィリップに気が付かれないように解術するには時間が掛かる。そして、リリアナの能力を以ってしてもフィリップが屋敷を離れている僅かな時間だけで痕跡を残さず解術するのは無理だった。
「何度か行って確認しておりますし、多少はどのような魔術陣なのかは把握しておりますから――どうにかなりますでしょう」
否、どうにかなるのではない。どうにかするしかないと、リリアナは分かっていた。
昼間に行けば、リリアナが誰にも内緒で部屋を抜け出しているとマリアンヌや使用人たちに気が付かれてしまう可能性がある。だから行くとしたら夜しかない。
「決行は――今夜ですわね」
久しぶりに、フォティア領の屋敷に転移する。その決意を胸に、リリアナは一旦仮眠をとることにした。
そしてその日の夜、リリアナはフォティア領の屋敷にある執務室に転移した。フィリップの居ない屋敷はどこか穏やかな雰囲気だ。使用人たちも、フィリップが居ない時は多少緊張を解いているのかもしれない。
執務室は整然とした雰囲気だった。フィリップの性格を反映するかのように書類が全てあるべき場所に整えられている。しかしリリアナは書類には目もくれず、壁際に置かれている書棚に向かった。
記憶にある通り、書棚に置いてある時計には魔術陣が施してある。リリアナは魔術の解析を始めた。時計の針を回せば魔力に反応して隠し扉が開く仕掛けだ。だが、一見単純に見える魔術陣もその実、非常に複雑だった。
特定の魔力以外を感知すると、ただ隠し扉が反応しないだけではない。誰がいつ時計に触れたかも記録されてしまう。つまり、完全に解術をする前に時計を作動させることはできない。
そして、解術した後はフィリップに勘付かれないよう魔術陣を完全に復活させる必要がある。ただ解術するだけであれば簡単だが、リリアナの魔力を感じさせないよう術を再構築させるには幾つかの手順を踏まなければならない。簡単にできることではなかったが、フィリップが戻って来るよりも前に全てを終わらせなければならない。
「中を調査する必要もありますから、時間はそれほどありませんわね」
そう呟いたリリアナは、早速術の解析に取り掛かった。
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