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悪役令嬢はしゃべりません  作者: 由畝 啓
第一部 悪役令嬢はしゃべりません
286/563

41. 摘まれた不義の芽 5


貴族たちが騒めいているのを尻目に、ライリーは淡々と証拠を提示していった。


「その人身売買に関わった者たちの契約書がここにある。必要であれば観覧するが、人数が多いため一旦こちらで確認して欲しい」


ライリーが言うと同時に、契約書の文面が大きく空間に映し出される。玉座に集まった全員がそちらに視線を向けた。間違いなくショーン・タナーという文字がある。そして契約の内容も、ライリーが言った通り人身売買とはっきり明記されてあった。“北の移民”という文字こそないものの、肉体的にも健康的にも健康であり戦闘能力の高い青年ないしは少年を対象としていることは文面からも明らかだ。

ざわつく貴族たちの視線がショーンたちに注がれる。


「契約書にはケプケ伯爵領に続く街道で、タナー侯爵家の紋章が付けられた商品については中を検めないよう周知徹底することと書かれている。ケプケ伯爵はユナティアン皇国の貴族であり、タナー侯爵家のご息女マルヴィナ嬢が嫁ぐ予定となっている。その伯爵からタナー侯爵へと出された手紙がこれだ」


そう告げられた瞬間、契約書の文面が消えて手紙が空間に現われる。大きく表示された書簡にははっきりと、人身売買の販路をケプケ伯爵領から他に移さないよう釘をさす内容が書かれていた。


「ケプケ伯爵はかねてより人身売買に手を染めていらしたようだが、この書簡からはタナー侯爵が主導の立場に居たことが明白に読み取れる」


貴族たちの騒めきが一層大きくなるが、ライリーを始めとして玉座の付近に立つ側近たちは全く気に止めなかった。


「そして次に――証人をここへ」


その指示に動いたのは近衛騎士としてライリーの傍らに控えていたオースティンだった。ショーンが入室した扉の脇に立つ騎士に合図を送る。何気なく背後を振り返ったショーンは、開かれた扉から不貞腐れた様子で姿を現した破落戸を見て眉根を寄せた。

記憶にはない男たちだが、見覚えがあるような気がしなくもない。嫌な予感がひたひたと迫って来る。

後ろ手に枷で拘束されている破落戸たちは、騎士の手によってその場に膝をつかされた。ショーンたちよりも遥か後ろ、足元には絨毯もない。

口を開いたのは騎士の一人だった。


「この者共は人身売買の際に商品となる人を皇国まで運搬する役目を負っていたと自白しております。雇い主に直接会っていたのは彼らの頭目であり偽名を名乗っていたそうですが、念のためにその頭目が素性を調べ、タナー侯爵家の執事が仲介していたことが明らかとなりました」

「馬鹿な!」


さすがに居ても立ってもいられず、ショーンは叫んだ。

確かにショーンは適当な者を雇って皇国に商品を運ばせるよう、執事に指示した。そして執事は慎重に全ての事を行った。ショーンも姿を隠して遠目に執事と破落戸たちが密会している場面を確認した。その時も執事は顔を隠し名乗らず、決して足が付かないよう万全の注意を払っていた。破落戸共が調べたところでショーンに辿り着くはずはない。


「騎士団はそのような者たちの言を信じると言うのか! 大方、私を陥れようとしている者に指示されたに違いない」


破落戸たちの証言を認めたのは王太子だが、さすがに王太子を糾弾してはならないと判断するだけの冷静さは残っている。ショーンは全てを騎士団の不手際として非難することにした。

だが、破落戸たちを連行して来た騎士は全く表情を変えない。それどころか許可を求めるようにクライドの方へ視線を向けた。クライドは答えなかった。代わりにライリーが口角を上げてショーンに問い質す。


「タナー侯爵。貴殿は、王立騎士団の仕事に不手際があったと主張するつもりか。王立騎士団には団長が据えられているとはいえ、その指揮は国王の下にある。現在は代理で私が立つこととなっているが、私の指示に過ちがあったと?」


ライリーの言葉にショーンは蒼白になる。冷静になればライリーが巧みに誘導していることが分かるはずだが、今のショーンに気付くだけの余裕はなかった。


「まさか、そのようなことは決して――!」


焦燥に駆られたショーンは慌てて否定する。ライリーはショーンに考える隙すら与えずに「それは良かった」と鷹揚に頷いてみせた。


「だが突然このようなことを言われたところで、貴殿が納得したくないと思うのも理解はできる」


ライリーの言葉に、ショーンは知らず安堵の息を漏らす。しかし、ライリーが見せた理解の顔は決してショーンのためになるものではなかった。


「この者たちの証言が正しいのか否か、裏付けは取らねばなるまい。ということで、もう一人の証人を呼んでいる」


その言葉を受けて動いたのはクライドだった。近くに立っていた騎士に小さな声で指示を出すと、命じられた騎士は一礼し一旦退出する。そして先ほど破落戸たちが入って来たのとは別の扉から、こちらも枷で両手を封じられた初老の男が騎士に引っ張られるようにして姿を現した。


「――っ!」


ショーンはその姿を見て絶句する。破落戸に関しては遠目で見ただけだった。それに所詮使い捨ての駒に過ぎない存在を、ショーンが覚えようとするはずもない。そのため容貌を忘れていたが、執事に関してはしらばっくれることも出来なかった。

そしてここに来てようやく、ショーンは全てがライリーの掌の上であったことを理解した。


ショーンが王宮に向かうため屋敷を出た時、執事は玄関ホールまで出て見送ってくれた。それにも関わらず今この場に拘束されているということは、ショーンが出た後を見計らって屋敷に騎士団が押し入り、執事を拘束して尋問をしたに違いない。そして執事は殆ど時間を掛けずに自白したのだ。

裏切り者め、と殺意さえ覚えたショーンは執事を睨みつけた。しかし執事は一切ショーンの方を見ない。心の中を読ませぬ無表情さで、騎士に促されるがままの場所に立ち尽くす。

次の証人は一体何者なのかと貴族たちが不思議そうな表情を見せる中、クライドは淡々と新たなる人物を紹介した。


「彼はタナー侯爵家の執事を務めている男であり、この度の人身売買に関しては全て主人であるタナー侯爵の指示だったと認めています」

「私は存じません」


端的な説明に納得した様子の貴族たちも一部に居たが、ショーンは殺気の籠った視線を必死に押し隠そうとしながら反論する。


「その者が勝手に為したことです。十分な給金を支払っているにも関わらず、それでは足りないと手を染めたに違いありません。先ほどの契約書もその者の策略でしょう。執事として相応の権限を与えておりますので、私の筆跡を真似ることも印章を持ち出すことも出来たはずです。主として管理監督できなかった点についてはお咎めを受けるに吝かではございませんが、その者が犯した罪まで私の罪とされては堪りません」

「なるほど」


ライリーは楽し気に笑みを零した。その様子にショーンは違和感を覚える。探るような視線をライリーに向けるが、考えは何一つとして読み取れなかった。まだショーンの知らない切り札を幾つか持っているように思えてならないが、心当たりは全くない。その事が余計にショーンの不安を煽った。

何よりも王太子はショーンが首謀者の一人だと確信している。それは事実だが、首謀者と確信を持たせるような証拠はほぼ全て廃棄したはずだ。残されている数少ない証拠はショーンが管理しているから易々とは持ち出せない。とはいえ、その内の一つである契約書はいつの間にか王太子の手に渡っていた。

隠してある証拠も毎日無事を確認しているわけではない。存在を確認する頻度が高くなればなるほど、他者に情報が洩れる危険性も高くなる。そのため、万全を期して保管した後は極力その隠し場所には近づかないようにしていた――それが悪かったのかと後悔しても手遅れだ。


「それではもう一つの情報だ。タナー侯爵家は専属魔導士を雇ったそうだな」

「――問題でもございましたでしょうか。全てではありませんが、必要とあれば専属魔導士を雇う貴族もありましょう」


警戒しながらショーンは反論する。ライリーはにこやかに頷いた。


「勿論、魔導士を専属として雇うことは問題ない。領地を富ませるため魔導士の力を借りることも往々にしてあるだろう。実際に貴殿も専属の魔導士を雇ってからは商売のため様々な仕事を頼んだとか」


沈黙が落ちる。貴族たちは固唾を飲んで話の行方を見守り、ショーンは語るに落ちるを避けるため口を噤んだ。しかしライリーは気にする様子もない。


「主なものは魔道具の開発だそうだね。一つは街道整備を円滑に進めるため、石や岩を破壊するためのものだ。とはいえ威力は抑えられているから、人力で破壊しやすいようにした上で、更には人には反応しないよう設定が加えられている。他には存在感を消す魔道具。荷が周囲に感知されにくいよう気配を薄くするためと、魔導士には説明したそうだ。そして拘束用の魔道具。これは野盗に襲われ反撃した際、野盗を捕えるためのもの――それに相違はないかな」


ショーンは直ぐには答えられなかった。じわりじわりと真綿で首を絞められているように、息がしにくくなっている。確かにショーンは専属魔導士となったソーン・グリードに魔道具を作るよう依頼した。

専属魔導士は違法と判断した場合、依頼を断ることができる。そのため、相手が納得できるような理由を作り上げた。ソーン・グリードは優秀だった。ショーンが望んだとおりの魔道具を、短期間で大量に用意してくれた。お陰で商売は捗った。

優秀だが政治に興味がなく、ショーンの説明を額面通りに受け取る。それはショーンにとって非常に理想的な専属魔導士の姿だった。


無言の圧力が続く。自分よりも年下の王太子が相手であるにも関わらず、ショーンは自分の喉がからからに渇いていることに気が付いた。脂汗が額から滴り落ちる。簡単に御せると思っていた王太子が、自分を獲物と狙い定めた野生の獅子のように思えた。


「――――相違、ありません」


どうにかショーンは声を絞り出す。掠れた声は、それでも重々しかった。対するライリーは軽やかに「そうか」と相槌を打つ。


「だが不思議なことに、納品された魔道具は別の使われ方をしたらしい。人には反応しないはずの魔道具は、狙われた青年と少年の足元を崩して無傷で捕えるために。存在を薄くする魔道具は、捕らえた青年と少年たちの姿が善意の第三者に見られないようにするために。そして拘束用の魔道具は――説明するまでもないかな?」


当然、拘束用の魔道具は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()使われた。


「――私ではなく、その者が」


これ以上、言い逃れはできない――薄々そう勘付いていたが、ショーンは認めたくなかった。だから声を絞り出し、呪い殺すほどの眼力で執事を睨み据えた。


「その者が、我が侯爵家の執事が、一人で勝手に為したことにございます」


幼い頃から、両親の穏やかで現状に満足するような態度に腹を立てていた。

折角の侯爵領には隠された商機が多くあった。その全てを表舞台に出し、王都で名を立てる。そうすることでタナー侯爵家の地位は確立し周囲は跪き尊敬の眼差しを向け、そして更に侯爵家は富む。

ショーンにとっては自明の理だったし、何度も必死に父親を説得しようとしたが無駄だった。両親は共に人が良すぎた。領民には慕われていたが、ショーンにとってはただ怠惰なだけだった。

だからこそ両親を説き伏せ早々に隠居させ、自ら家督に就いた。元々領地が好きだった両親は大きく反対はしなかった。ただショーンに正しい行いこそが身を助けるのだと、繰り返し言うだけだった。


だが、正しい行いだけでは短期間で目覚ましい成果を出すことはできない。多少泥水を啜ることとなろうと、必要だと思える行動は全てとってきた。

人身売買もその一つだ。妹マルヴィナが王太子妃となれないと確信した時、ショーンは王国で地位を確立するに必要な手札を一つ失ったと自覚した。マルヴィナが王太子妃となれば顧問会議にも入れただろうに、その可能性が潰えた今、隣国との繋がりを強くすることで王国に必要とされる存在となる必要があった。

メラーズ伯爵が亡きクラーク前公爵の後釜として宰相となれたのも、元外交官として培った皇国の人脈が認められたからだ。

予定より時期は遅れるが、ショーンはメラーズ伯爵を追い落として宰相になるつもりだった。


「あくまでも執事が為したことだと主張するのだね」


ショーンの言葉を聞いた執事は無言のまま、己の主を一顧だにしなかった。真っ直ぐに前を見つめたまま身動き一つしない。そしてショーンもまた、ライリーを睥睨する。その両拳はしっかりと握られ小刻みに震えていた。

最後まで諦めはしない。足掻いてみせる――そう思っての発言だった。

専属魔導士はそれほど多くない。そのため、その契約に纏わる様々な制約を知らない貴族は多い。ただ手間と金がかかるというだけで、忌避する者がほとんどだ。だからこそ、ショーンは王太子が制約を知らない可能性にかけた。


玉座の間に、沈黙が落ちる。一人一人の吐息すらも響くのではないかと思われた緊張を打ち破ったのは、ライリーだった。

ライリーは小さく「残念だよ」と溜息混じりに呟いた。その表情から笑みが消える。整った顔から一切の感情が削ぎ落されると、恐ろしいほどの鋭さを放った。


「専属魔導士との契約はその性質上、当主でなければ行えないこととなっている。実際に契約書も当主がその魔力を、魔力を用いることができない場合は当主の血を使って作成する必要がある。これが破られてしまえば契約は効力を発揮せず、魔導士は専属魔導士としての職務を全うできない。仕事の指示ですら、当主の意思が確認されなければ実行はできない」


幼子に教え諭すように優しく告げ、いっそ恐ろしいほど穏やかにライリーは蒼白なタナー侯爵家当主に問う。


「なにか、申し開きはあるかな?」


何か言わねばと、ショーンは口を開く。しかし、漏れ出たのは掠れた吐息だけだった。



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