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悪役令嬢はしゃべりません  作者: 由畝 啓
第一部 悪役令嬢はしゃべりません
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41. 摘まれた不義の芽 4


王都の邸宅に居たショーン・タナーは王太子からの書簡を受け取った翌日、少々緊張した面持ちで王宮に足を踏み入れていた。

領地を盛り返し先代の頃と比べると人脈も増えたが、顧問会議にすら席が用意されていない彼にとって、王宮とは滅多に訪れる場所ではない。しかし文官としてではなく王宮に頻繁に訪れることはある種の格式(ステータス)であり、誇るべきことだった。


だが、今回呼ばれた理由は分からない。もしや何かしら違法すれすれの事業が気付かれたのか――とも危惧したが、それならば騎士団なり衛兵なりが捕縛に来るはずだ。しかし実際に届いたのは書簡だけであり、王宮までショーンは侯爵家の馬車でやって来た。騎士団や衛兵が捕縛のために邸宅を訪れたのであれば、その場で逃げ出すだけの用意は常にしてある。

単なる書簡での呼び出しであれば悪い話でもないのだろうと判断したショーンは、大人しく自ら招聘に従った。


しかし――と、ショーンは案内のため前に立つ従僕に視線をやる。単なる従僕にしては妙に体格が良い気がした。以前であれば気付かなかっただろうが、人身売買に手を染め始めてからならず者とも付き合うようになり、武術や剣術とまではいかずとも戦うことになれた人間と、そうでない人間の区別もつくようになってきた。その経験が、従僕がある程度戦い慣れているのではないかと囁いている。


「――そういうこともある、か」


ショーンは誰にも聞こえないように一人で呟いた。普通、従僕は戦う方法を知らないまま経歴を積んでいく。しかし中には例外もある。例えば騎士を目指していたものの途中で才能がないと諦めた場合、本人の希望や何らかの切っ掛けで従僕という仕事に就く可能性はあった。


妙な焦燥感を気のせいだと押し殺し、ショーンは従僕に伴われるがまま向かう。驚くべきことに、連れて行かれたのは応接間でもなく――玉座の間だった。


「こちらで皆さまお待ちです」

「皆さま――?」


従僕の言葉を聞いたショーンは違和感に眉根を寄せる。一体どういうことだ、という疑問は直ぐに解けた。

玉座の間の扉の前には衛兵が一人ずつ、両側に立っている。従僕が扉を開け放ち中に入るよう促され、ショーンは一歩中に入った。背後で扉が閉められる。


「これは、一体」


何事かと息を飲むショーンの視線は玉座の間に集った人々に向けられた。そこには顧問会議の面々が居る。そして居心地が悪そうに中央に立たされている数人の男たちに、ショーンは見覚えがあった。その内の一人は、ショーンに仕事を持ちかけた伯爵だった。

彼らの共通点に気が付いたショーンは、臓腑が冷えるような感覚を覚える。顔から血の気が引く気がしたが、衛兵に肩を押され渋々と中央へ足を進めた。


「全員集まったようだな」


声を上げたのはクラーク公爵家当主クライドだった。ひんやりとした視線でショーンたちを見やる。そして彼が合図をすると、奥の扉から正装のライリーが姿を現した。彼は悠然と王太子の椅子に腰かける。


その姿を見ている内に、ショーンは段々落ち着いて来るのを感じていた。何故ここに呼ばれたのか、面子を見れば薄々察しがつく。しかし、まだそれは疑惑でしかないはずだ。罪になると確定していれば近衛騎士か衛兵がショーンの身柄を拘束するはずであり、こうして自由の身で居られている事実こそが、ショーンの有罪が確定していないことの証左でもあった。


「これから殿下の御令旨を謹んで拝聴するように」


クライドが宣言する。その言い回しに、ショーンは違和感を覚えた。

聴取ではなく令旨――つまるところ“命令”だ。それは一方的なものであり、反論を許さない。自分の想像を超えた事態が進行しているのではないかという恐怖心が沸き起こるが、無理矢理抑えつけてショーンは余裕の笑みを浮かべた。

だが、その余裕もライリーの発言を聞くまでだった。


「ここに貴殿らを呼んだ理由は他でもない。皇国と密通しているとの嫌疑が上がっている」

「な――っ!?」


中央に集められた貴族たちだけでなく、顧問会議の貴族からも驚きの声が漏れる。だが顧問会議の大半は仮に驚いていたとしても一切その感情を表に出してはいなかった。


ショーンも例外ではない。必死に無表情を装いながら、脳内は目まぐるしく働いていた。

集められた面子を見た時、てっきり“北の移民”を売り飛ばしている件についてだろうと想像がついた。だが証拠となるようなものは殆ど残っていないはずだ。直接の取引相手である皇国のケプケ伯爵も慎重を期して迂闊な書簡を送ってきたりはしていないし、書類も必要最低限のものだけ残して全て燃やしている。

そもそも“北の移民”はスリベグランディア王国の民ではなく、いわば奴隷のようなものだ。尤も今のスリベグランディア王国で奴隷は禁止されているし、仮に許可されていたとしても奴隷や家畜を領主に無断で売買することは禁じられている。しかし領主自身が売買するのであれば問題はない。


そう思うが故の余裕だったのだが、ライリーの一言は完全にショーンの想定を裏切っていた。


――国家反逆罪は問答無用で処罰の対象だ。


だが、まだ逆転の目はあるはずだとショーンは自分に言い聞かせた。ショーンが罪人としてこの場に引っ立てられなかったのがその理由だ。しかし、ライリーはそんなショーンの内心を見抜いているかのように口角を引き上げて無情な事実を告げた。


「本来であれば騎士団を迎えにやるべきところだが、そうすると証拠を隠滅し隣国へ亡命しかねない者がいたため、自ら来ていただくよう手筈を整えた。証拠は揃っているが、公平性を期すために御前会議を設けることとした」


ショーンは息を飲んだ。木槌で頭を殴られたような気分になる。

つまり罪人でないと思っているのはショーンだけで、実質は罪人として扱われているということだ。しかしすぐにショーンは自らを鼓舞した。

そう――証拠があると言っているのは王太子だけだ。だがショーンは証拠など殆ど無きに等しいと知っていた。何故ならショーンは当事者だ。“北の移民”の人身売買はショーンが関わる前から行われていた。だが、当初は皇国の商人が呪術陣を編み込んだ布を王国内にばらまいて“北の移民”の居場所を特定し、個別に誘拐して皇国へ送り届けるという非常に手間のかかる方法で行われていた。それを組織化し効率を高め収益性を上げたのはショーンの成果である。そして同時に、彼は全てを把握するように努め、弱味や証拠を握られないよう細心の注意を払って来た。


妹であるマルヴィナを取引相手であるケプケ伯爵に嫁がせるよう画策したのも、王太子妃に固執している妹が王国に居れば事業の邪魔になるからだった。人身売買に関わる貴族は中立派もいるが大公派が大半を占める。そのため、ショーンが国王派と思われるのは商売上都合が悪かった。それに、何かの拍子で妹が王太子に、ショーンにとって不都合な情報を漏らさないとも限らない。器量はそれなりに良いものの、頭の出来については全く評価できないと、ショーンは妹を評価していた。


「恐れながら、発言の許可を願いたく」


真っ青な顔で震える貴族たちの中で、ショーンだけは冷静に口を開く。予想していたのか、ライリーもクライドも全く表情を変えずに視線をショーンに向けた。クライドは一瞬ライリーに顔を向ける。ライリーが小さく頷いたのを確認し、クライドは「許可する」と答えた。


「殿下の御令旨と宣われるからには、確たる証拠があるものと拝察申し上げます。しかしながら、私には思い当たる節がございませんことも事実。故に、我がタナー侯爵家の没落を策謀する何者かの奸詐に相違なかろうこと、奏上申し上げます」


顧問会議の貴族たちがざわつく。ショーンの周囲に居る数人の貴族が信じられないものを見るようにショーンを凝視していたが、彼はその一切を無視した。ショーンの注意はライリーとクライドにだけ向けられている。

ショーンの言葉は、自信と確信に満ちていた。

つまり彼は、二心などなく、当然反逆の罪に値するようなこともしておらず、即ちライリーの言う証拠は全てタナー侯爵家を妬ましく思う者たちの捏造だと断言したのだ。彼の発言は王太子であるライリーの言葉を完全に否定するものであり、不敬とも捉えられかねないものだった。

しかし、ライリーはその点については咎めない。穏やかだが厳しい表情のままショーンを注視している。

ショーンは更に言葉を重ねた。


「我が侯爵領は、近年目覚ましい発展を遂げております。僭越ながら私が手掛けた商売も多数軌道に乗り、それを嫉視する者もおります。人の世の常とは申せど誠に遺憾なこととは存じますが、そのような者たちの姦計に嵌り殿下のお手を煩わせる事態となりましたことは、私の不徳の致すところにございます。故に、必ずや真の売国奴をこの手で挙げ汚名を返上したく、何卒ご許可を賜れますよう、切にお願い申し上げます」

「なるほど」


ライリーはただ一言返した。その反応にショーンは内心で安堵する。やはり確たる証拠はなかったのだと確信した。多少なりとも疑うべき証拠はあったのだろうが、確信はなかったに違いない。

だが、ライリーはクライドに合図をした。クライドは用意されていた書類を一式、ライリーに渡す。書類を一瞥したライリーは、冴え冴えとした口調で「それでは」と述べた。


「一つ一つ、貴殿の言う偽証とやらを検証していこうか」


一つ目、とライリーは王太子然とした態度で告げる。


「今回の国家反逆罪に関しては、我が国の一大資源である人が隣国に売られていること――即ち人身売買に端を発する」


ぞくりと、ショーンの背筋が泡立つ。嫌な予感がした。

ショーンの勘はそれなりに当たる。そうでなければ、複数の商売を軌道に乗せることなど出来なかっただろう。だが、その勘と危機管理能力故に様々な策を弄して証拠を潰して来た。

人身売買についても、この国の保護対象とならない奴隷を売り飛ばしただけであり、更には侯爵として領地を治めている自分であれば罪には問われないと考えていた。念のために証拠は潰しているが、元々罪悪感や違法行為をしていたという意識もない。

そもそも、国のお荷物でしかない“北の移民”を売り飛ばして皇国から利益を得ただけで、反逆罪と言われる理由も理解できなかった。


だが、ライリーの言葉は止まらない。それ以上の発言を許されていない以上、ショーンは反論することもできない。


「前提として」


冷たい声が玉座の間に響く。


「此度の人身売買で隣国に売られていた者たちは、ほとんどが働き盛りの若者か子供。更には男が中心であったことは調査の結果明らかになっている」


顧問会議の一部の貴族たちが騒めく。働き盛りの人間が隣国に売り飛ばされているというのは、農業や林業等で労働力が必要とされている以上、許されないことだった。

だが、それもこの国の民に限ってのことだ。商品は“北の移民”であってそれに該当しないと主張したくとも、この後の論理展開が分からない以上、迂闊なことは言えない。


若き敏腕侯爵と呼ばれたショーン・タナーは、そっと唇を噛みしめた。



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