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悪役令嬢はしゃべりません  作者: 由畝 啓
第一部 悪役令嬢はしゃべりません
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41. 摘まれた不義の芽 3


その日、オースティンは普段以上に神経を尖らせていた。

近衛騎士としての仕事に就く前に少し時間があったため、王都のカルヴァート辺境伯邸に立ち寄りエミリア・ネイビーの特訓に付き合っているが、ピリピリとした雰囲気にエミリアは気遣わし気な視線をオースティンに向けている。


「あ、あの」

「どうした?」


恐る恐る口を開いたエミリアに、オースティンは首を傾げた。


「今日、何かあったんですか?」


エミリアの言葉にオースティンはきょとんと目を瞠る。エミリアの問いはオースティンにとって予想外だった。少し考えて、苦笑を浮かべ頭を掻く。


「そんなに変だったか」

「変というより、いつもより緊張なさっている様子だったので」


最初はオースティンにも緊張を隠せなかったエミリアだが、魔導剣士として指導を受けていくうちに、徐々に慣れた様子だった。オースティンが着飾らない態度だということも多いが、何より本気で剣術と魔術の特訓をしていれば礼儀に気を遣う余裕もなくなる。オースティンも寧ろざっくばらんな態度の方が良いと言って憚らなかったため、エミリアの口調は多少丁寧な程度にまで落ち着いていた。


「いや――今日はちょっと、面倒な仕事が残っているんだ」


それを思うと気が重い、とオースティンは苦笑する。具体的にどのような仕事が残っているのかオースティンは口にしない。だが、エミリアは問い質すようなことはしなかった。男爵家の娘ではあるが、カルヴァート辺境伯領で教育を受けたため、王太子の近衛騎士であり側近でもあるオースティンの仕事には他言できない内容も多く含まれていると理解している。


「そうなんですね。無事に終わると良いですね」


エミリアの言葉に、オースティンはふっと笑みを浮かべる。優しい表情に、エミリアは目を奪われた。


「ああ、そうだな。ありがとう」

「いえ、そんな――私は何もできませんから」

「そんなことはないだろう」


オースティンは多少緊張を解いて、エミリアの言葉に楽し気な声を立てて笑った。普段の様子を取り戻したオースティンを見て、エミリアはほっとする。

その時、辺境伯邸の家令がエミリアとオースティンの居る中庭に姿を見せた。


「オースティン様、クラーク公爵閣下がお見えです」

「もうそんな時間か」


予想外に早く時間が過ぎていたらしいと、オースティンは目を瞬かせて汗を拭う。そして申し訳なさそうな顔でエミリアを振り返った。


「悪い、今日はここまでだ」

「とんでもありません、こちらこそいつもお付き合い頂きありがとうございます!」

「隊長が忙しいからな。隊長ほどではないにしろ、俺が出来る範囲でならいつでも手合わせの相手になるよ。俺の勉強にもなるし」


慌てて頭を下げたエミリアを宥めるようにオースティンは言葉を紡ぐ。その言葉選びの優しさに、エミリアははにかんだ。その表情を見て、オースティンは眦を緩める。

オースティンは模造剣を家令に手渡すと、そのまま屋内に入った。私物を置いているのは応接間だ。手早く服を身に着け、腰に愛剣を下げる。そして足早に慣れた廊下を歩いて館を出れば、馬車止めのところに見知った紋章の記された馬車が停まっていた。

見送りに出て来た家令とエミリアに挨拶をすると、オースティンは駆け足で馬車に乗る。そこには、書類を睨むように読んでいるクライドが座っていた。


「悪い、待たせた」

「それほどでもない。時間に余裕はある」


答えたクライドは御者側の壁を軽く二度叩く。それを合図に、馬車が動き出した。相変わらず報告書から顔を上げようとしないクライドに、オースティンは呆れ顔を隠さない。


「お前、少しは休んだら? 最近休みも碌にとってないんだろ」

「――オースティン、また下町に出たな?」


クライドは報告書から顔を上げて眉根を寄せる。オースティンは悪びれる様子もなくニヤリと笑ってみせた。口にはしないが、クライドの言葉を肯定している。

確かにクライドはここ最近、休みを取っていなかった。だがオースティンにもライリーにも告げていない。それにも関わらずオースティンが知っているということは、彼が従僕や侍女から話を聞き出した以外にない。クライドの勤務状態を把握しているのは執事のフィリップくらいで、そしてフィリップが軽々しく主人の予定を他言するはずはなかった。


「全く。エミリア嬢がいるんだから、軽々しく侍女に声を掛けるのはやめろ」

「おい待て、クライド。エミリア嬢がいるからって、どういう意味だよ」


何を言っているのか分からないと言いたげにオースティンは顔を顰める。再び報告書に目を落としていたクライドは片眉を上げて意外そうにオースティンを見やった。


「まさかとは思うが、自覚がないのか?」

「なんのことだ?」

「いや――お前が分かりやすいという話だ」


その言葉に、オースティンは無言になる。しばらく考えていたが、やがて深く溜息を吐いた。


「――――クライド。まさかとは思うが、俺がエミリア嬢を好きだとかそういう話か?」

「違ったか? 確かにこれまでのタイプとは違うとは思ったが」


もっと妖艶で大人の魅力がある女の方が好きだっただろう、とクライドは何の臆面もなく告げる。オースティンは更に深く溜息を吐き、両手で頭を抱えた。


「くっそ、これだから昔からの友達っていうのは厄介なんだ」


小さく毒づくものの、クライドは全く取り合わない。オースティンは恨めし気にクライドを見やると、言い訳がましく口を開いた。


「頑張り屋で真っ直ぐで、良い子だとは思うけど、それだけだ。まだそんな――好きとか言えるほど、付き合いも長くないだろ」

「そこまで訊いてはいないが、そうか。好ましくは思ってるんだな」


おや、と言うようにクライドは片眉を上げる。オースティンはクライドに鎌を掛けられたと気が付いた。二人の付き合いは長い。ライリーとオースティンほどではないが、その次に互いのことを良く知っている。好意を仄めかされたオースティンは素直に心情を吐露すると読まれたのだろう。そして、オースティンはクライドの目論見通りに振る舞ってしまった。

一瞬唖然としたが、深く溜息を吐く。


「お前……本当、良い性格してるよな」

「誉めても何も出さないぞ」

「誉めてねえよ」


楽しそうに口角を上げるクライドを、オースティンは恨めしく睨んだ。しかし本心からではない。

直ぐに表情を元に戻すと、これ以上腹を探られては堪らないとばかりに話題を変えた。


「それより、今日はソーン・グリードも来るのか?」


オースティンのその様子にクライドの笑みが深まるが、オースティンは見なかった振りをする。クライドも敢えて話題を戻したりはせず、小さく首を振った。


「いや、来る予定はない。証言として調書は作ってあるから、それで十分だろう」

「そうか。それにしても意外だったな。確かソーン・グリードはベン・ドラコ殿のことは毛嫌いしてたはずだろ」

「そう聞いている」


人身売買を行った咎でタナー侯爵を裁く件の後、ライリーからその話を聞かされたオースティンとクライドはさすがに言葉を失った。ソーン・グリードがベン・ドラコを毛嫌いしていることは周知の事実だ。

特にライリーやオースティン、クライド――そしてその場にいたリリアナも、五年前の事件ははっきりと記憶している。当時、ベン・ドラコは時の魔導省長官ニコラス・バーグソンの姦計に嵌められ魔導省を追放された。その時にベン・ドラコの追放に一役買ったのがソーン・グリードだった。結局彼の用意した偽の証拠は無効となり本懐を遂げることはできなかったが、偽証を用意してまでもベン・ドラコを追い落とそうとするソーン・グリードは明らかにベン・ドラコを憎悪していた。


「魔導省から追放してやりたいと思うほど憎んでいても、さすがに殺すのは怖くなったんじゃないか」


クライドは淡々と推測を口にする。

ライリーが教えてくれたのは、ソーン・グリードが父親を密告したという情報だった。どうやらグリード伯爵はベン・ドラコの殺害を企んでいるらしい。その実行を息子に託したらしいが、結局ソーンは実行するどころか、その事実をライリーに告げてしまった。グリード伯爵にしてみれば青天の霹靂だろう。裏切りも良いところだ。


「それに、あの男と伯爵は仲が良くない。何かあれば伯爵は“自分は知らなかった”と無罪を主張し、息子を切り捨てるくらいのことはするだろうからな」


それが分からないはずもない。情報を少々ばかり手に入れた自分にも分かるのだから、と付け加えたクライドに、オースティンは同意を示すように頷いた。


「はっきりと意識はしてなくても、薄々勘付いてはいるだろうしな。まさかライリー(あいつ)に直接言うとは思わなかったけど」

「他に信用できる相手も居なかったのだろう」


魔導士は自分の興味ある分野にしか関心を持たない。ソーン・グリードはその出自故に否応なく政争に巻き込まれているようだが、本来であれば彼も政治事には関わりたくないと思っているはずだ。だからこそ、普段から情報収集していない彼には誰を頼れば良いかも分からなかったに違いない。


「さすがに父親が大公派だってことは分かってたんだろうなあ」


オースティンがぽつりと呟く。しかし、クライドは僅かに首を傾げて懐疑的な表情を浮かべた。普段はあまり内心を表に出さないクライドも、昔馴染みのライリーやオースティンの前では多少緩む。特にライリーに対しては主従という事もあり多少取り繕うが、オースティンに対しては殆ど隠す必要性を感じていない様子だった。


「分かっていなかったのかもしれないぞ」

「は?」


そんなことあり得るのか、とオースティンは目を剥く。だが、クライドには確信がある様子だった。


「恐らく直前に気が付いたんだろうな。話を切り出したのも殿下が退室される間際だった上に、到底理路整然とはいえない話し方だったというから」

「じゃあどうして気が付いたんだ?」

「さあな」


訝し気な表情のオースティンに、クライドは肩を竦める。ソーン・グリードの思考回路などクライドたちに分かるわけがない。ただ一つ考えられることを、クライドは口にした。


「大方、殿下が魔導省長官にベン・ドラコ殿を指名したことを思い出したんじゃないか。あの時の状況を考えれば、余程の愚か者でない限りベン・ドラコ殿は国王派であって大公派でないことは予想ができるだろう。つまり、ベン・ドラコ殿を害そうと企むグリード伯爵は大公派だ。そして幸いなことに、伯爵の息子は大公が国王になった場合の被害がどの程度になるか理解した。という所だと思う」

「なるほどなぁ。まあ、あながち間違ってもないな」

「それに、最近はベラスタとも多少交流しているようだから――絆されたか」


腕を組んで納得しているオースティンは、更に追加された情報に「え」と声を上げた。


「待て、初耳だぞ、それは」

「そうか」


ベラスタはベン・ドラコの末弟だ。最近魔導省に最年少で入省したばかりの少年は、次代を担う存在として注目されていた。当然、ライリーを筆頭にオースティンやクライドも顔合わせは済んでいる。頻繁に会っているわけではないが、ベラスタの人懐っこい性格のせいか、いつの間にか打ち解けるようになっていた。

オースティンは納得したような声を上げる。


「そうか。会ったってことは、やっぱりあの天然に絆された可能性は高そうだな。ついでにベラスタの兄だからベン・ドラコに対する害意も減ったのか」

「そこまでは分からないが。憎悪は変わらずとも、ベラスタが悲しむ可能性があると思えば殺すことはできないだろう。元々、あの男は年下や目下の面倒見が良い」


得た情報から淡々と推測を組み立てるクライドに、今更ではあるがオースティンは小さくぼやいた。


「そこまで把握してるお前も大概怖いよ」


だがクライドは肩を竦めるだけで何も言わない。そしてオースティンも本心から言っているわけではなかった。寧ろ揶揄うような色を声音に滲ませている。クライドが答えることもないまま、馬車は停まる。車窓から外を眺めれば、そこは王宮だった。



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