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悪役令嬢はしゃべりません  作者: 由畝 啓
第一部 悪役令嬢はしゃべりません
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7. 披露宴と思惑 2


高い金属音が聞こえたと思ったその時、執事のフィリップがリリアナたちの元へ小走りで駆けて来た。全員の視線がそちらに向けられる。彼は公爵とバーグソンに一礼した後、王太子の来訪を告げた。リリアナの存在は綺麗に無視されている。


(――一応、殿下はわたくしの婚約者なのですけれどね)


リリアナは冷たい視線をフィリップに向ける。だが、彼のお陰で助かったことも事実だ。公爵と魔導省長官の意識は、どうやらリリアナが声を取り戻すための解呪を拒否した事実から逸らされたようだった。


(わたくしの声については、殿下の来訪よりも価値が低いということですわね。もし殿下も巻き込んで解呪を迫られましたら面倒ですけれど)


余計なことを言うなよ、とリリアナは笑顔の下でライリーに念を送る。当然、念話ではない。できればこのまま、リリアナの声を戻そうという企みは忘れて頂きたいと心底願う。

リリアナは父親とバーグソンの後ろに付き従い、フィリップに先導されるまま門へと向かった。先にフィリップに知らされていたのか、リリアナの兄であるクライドは既にライリーの来訪を待っている。

門の前には王家を示す獅子と剣の紋章が飾られた立派な馬車がちょうど停まったところだった。急ぎ準備を整えたところで、馬車の中から護衛の騎士に前後を護られるようにしてフラックコートを着たライリーが降り立つ。一歩前に出たのは公爵だった。


「殿下。本日は我が公爵家への御行啓、恐悦至極に存じます」


如才なく口上を述べる公爵を、ライリーは片手を挙げて制した。


「クラーク公爵、今日は畏まらなくて構わない。私の学友と婚約者殿のめでたい席だからな」

「有難きお言葉、御寛容なる御心に感謝申し上げます」

「クライド。お前も息災で良かった」


ライリーは公爵からクライドに視線を移してにっこりと笑う。そしてリリアナにも挨拶を告げ、最後に魔導省長官のバーグソンにも「お前も来ていたんだな」と言った。


「お前にも世話になっているな、バーグソン」

「いえ、とんでもございません。むしろ私の不甲斐なさをつくづく感じているところですよ、殿下」


(――不甲斐なさ?)


リリアナは首を傾げる。だが、ライリーもバーグソンも具体的に話そうとはしなかった。

バーグソンの言葉は一歩間違えれば不敬と捉えられかねないが、ライリーは気にした様子がない。コートを侍従に預けてタキシード姿になると、ライリーは公爵の先導に従い歩き出した。中庭に向かって歩き出した五人の背後で、執事のフィリップが取り仕切りながら、ライリーの持ってきた荷物を公爵邸に運び入れる。

リリアナは皆の様子を見つつ、ライリーが他の来客との挨拶で忙しくなればさりげなくその場を辞そうと考えていた。ライリーとは普段から王宮で会えるし、声が出ない状況で歓談することもできない。

そう思っていたのだが、ライリーは楽し気な表情を浮かべたまま、リリアナに腕を差し出す。どうやら中庭までエスコートしてくれるらしい。父と話しながら歩くのだろうと思っていたリリアナは一瞬意外そうに目を瞬かせたが、常に湛えている微笑を崩すことはなく、素直にライリーの腕を取った。


「久しぶりだね、リリアナ嬢。体調はどう?」

〈お陰様で〉


念話を使えれば楽だが、ペトラ以外には使えることを教えたくはない。多少の面倒臭さを感じながらも、リリアナは笑みを深めて頷いてみせた。ライリーはほっとしたように頬を緩める。


「それは良かった。どうか体は大切にしてくれ」


声の話になるかと一瞬危ぶんだリリアナだが、ライリーはそれ以上健康状態に関して口を挟もうとはしない。父兄の視線は感じるが、二人ともリリアナに解呪を試してみないかと勧めることはなかった。

ほっと安心していると、ライリーの存在に気が付いた来客たちが高位貴族から挨拶にやって来る。リリアナはその場から立ち去ることもできず、淑やかにライリーの隣で微笑んでいた。バーグソンはライリーたちから離れたが、主催を務める公爵とクライドはライリーの近くで一人ずつ紹介していった。

人数も多いため、それほど話し込むことはできない。お陰でリリアナは一言も発さずに済んでいた。


(特に御年輩の方々は、女は一歩引いていろとお考えのようですし、有難いことですわね)


ここでリリアナが発言しようものなら、女の癖にはしたないと眉を顰めるような人間が多い。後半戦になれば比較的柔軟な考え方をできる若年者の割合も増えるが、そうなると今度は一人当たりに割ける時間も減る。必然的にリリアナが話す機会はないということだ。


挨拶を一通り終えたライリーは、クライドの祝いだと告げプレゼントを渡す。それを契機に、他の貴族たちも次々とクライドに祝福の挨拶と贈答品を手渡していった。こうなると、もはやリリアナは用がなくなる。だからといってこの場を立ち去ればクライドとの不仲を噂される可能性もある。リリアナは微笑を湛えたまま、兄と貴族たちの交流を見守っていた。


しばらくしてようやく区切りがついたところで、公爵がライリーを誘った。内密の話があるということだろう。内容が気になるが、リリアナはこれ以上会場にいる義理もないだろうと、屋敷の部屋に戻ることにする。ちらりとライリーがリリアナを一瞥した気がしたが、視線が絡むことはなかった。


(――でも、お父様が殿下とどのようなお話をなさるのか――それは気になりますわね)


リリアナはマリアンヌを手招いて部屋に戻ることを告げる。マリアンヌは黙って頷きリリアナに付き従った。


(試してみましょうかしら)


一つ、リリアナには試してみたい術があった。ただ、公爵が魔力探知の術でも使っていたら面倒だ。かといって、転移の術や幻視の術で話し合いの席に忍び込む方が気付かれる危険性(リスク)が高い。


部屋に入ったリリアナはしばらく休むとマリアンヌに告げて人払いを頼み、椅子に座った。本を開いて窓の外を眺める。そして――――、


(【魔術探知(マギス・ズーハ)探索(フードゥン)】)


何の反応も起こらない。

リリアナは安心し、索敵の術で公爵とライリーが居る部屋が応接室であることを確認する。その上で、彼女は次の術を放った。


(【遠耳(アプヒューロン)】)


途端に、耳元にリリアナだけに聞こえる音声が明瞭に響いた。


『――――ほど、一進一退ということですな。それは、気がかりでしょう』

『心遣いありがとうございます、公爵』


――――――うまくいった。


リリアナの美しい唇が弧を描いた。



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