39. 狂乱の魔導剣士 4
エミリア・ネイビーは興奮を隠しきれなかった。カルヴァート騎士団の騎士たちは優秀だ。彼らの戦いを幼い頃から見て来たエミリアは、剣術や武芸に関してある程度目が肥えているという自負がある。
しかし、その彼女にしてもオースティン・エアルドレッドの戦いは目を瞠るものがあった。
何よりも、彼は魔術陣ではなく魔術を使っている。ビヴァリーがエミリアに教えてくれている戦い方はどうしても魔術陣を駆使するビヴァリー特有の戦い方が基礎となっているため、大雑把な性格のエミリアとは相性が良くなかった。ビヴァリーもその点は良く理解しているためエミリアに合わせてくれようとするのだが、やはり大元となる感覚が分からないらしく、教える側としても難儀していた。
奪い返した砦に入って後始末を手伝うが、力仕事は全て騎士や兵士たちがしてくれている。そのためエミリアは怪我をした者たちの手当てを買って出ていた。だが、カルヴァート騎士団の騎士たちは多少の怪我なら自分で治療をしてしまう。エミリアの仕事もあっという間になくなり、手持ち無沙汰で敷地内を動き回っていると、背後から声を掛けられた。
「エミリア嬢、怪我はなかったか」
振り向くと、そこには服を少し着崩したオースティンが居た。その表情には気遣いが見える。今回の戦闘では女性騎士としてエミリアだけでなくオルガも参戦していたが、オースティンにとって実力を知らないのはエミリアだけだった。オルガに関しては実際に武闘大会で手合わせをしたこともあり、たいていの事では怪我をしないだろうことも分かっている。しかしエミリアは普通の少女だ。気にかかるのも当然のことだった。
オースティンの後ろには一人の年若い騎士が居たが、オースティンに「またな」と言うとエミリアに黙礼しさっさと立ち去ってしまう。
「今の方は宜しかったんですか?」
「ん? ああ、大丈夫だ。昔からの知り合いなんだけど、今回捕虜になっちまって。心配だったから声を掛けたんだけど、怪我もないし体調も悪くないって」
「それは良かったですね」
知り合いが捕虜になっていたのであれば心配だっただろうと、エミリアは心の底から安堵する。自分の友人が助かったと聞いた時のように笑みを浮かべれば、一瞬複雑そうな顔をしていたオースティンは目を瞠った。そして破顔一笑し、頷いてくれる。
「まあ、うん。そうだな。本当に良かったよ。それで、エミリア嬢は?」
そういえば質問に答えていなかったと気が付いたエミリアは恥ずかしさに頬を赤らめる。しかし無礼になってはいけないと思い直し、慌てて背筋を伸ばすと直ぐに答えた。
「えっと、怪我は大丈夫です。ありがとうございます!」
“立太子の儀”や領地視察の時は必死で借りて来た猫を被っていたが、戦闘が無事に終わり砦も奪還できたという安心感のせいか、普段通りの元気な話し方になってしまう。
それに驚いた様子で、オースティンは更に目を丸くした。しかしまた楽しそうに笑い声を上げる。そうすると凛々しい表情が年相応に可愛らしくなり、エミリアは目を奪われた。
高位貴族であればあまり明け透けに感情を露わにしないものだと思っていたが、オースティンの開けっ広げな様子はエミリアにとっても心地良いものだった。
「そうか、それなら良かった。それにしても、君はそういう話し方なんだな」
「あ、御無礼を――申し訳ありません」
オースティンの指摘を受けたエミリアは一瞬にして蒼白になり、慌てて両手で口を塞ぐ。しかしオースティンは腹を立てたわけではなかった。
「いや、正直そっちの方が良い。殿下やリリアナ嬢は根っからああいう喋り方だけど、俺は元々貴族的な話し方はしてなかったんだ」
「――そうなのですか?」
エミリアにとっては予想外の言葉だった。きょとんと首を傾げてしまう。
「そう。公爵家といっても、俺は次男だからさ。結構色々なところに行ってて――商人とか農民の奴らとつるんだりもしてたんだ」
「えっ」
あっさりと語られたオースティンの過去に、エミリアは言葉を飲む。オースティンの生家がエアルドレッド公爵家であり、それが三大公爵家だというのもエミリアは知っている。だからこそ、歴史ある大貴族の子息が平民と親しくしていた、というのは思ってもみなかった。しかもオースティンはそれを恥じる様子もない。
「だからエミリア嬢が話し辛いなら、俺にはそこまで畏まらなくても良い。それから、俺のことはオースティンと呼んでくれ」
エアルドレッドという名前は長いからな、と笑うオースティンの顔から、エミリアは目を離せなかった。オースティンの顔は砂ぼこりで汚れているが、感情豊かな表情はひどく魅力的だ。“立太子の儀”や視察の最中に見せていた真面目な顔よりも遥かに素敵だと、エミリアはどこか茫然としたまま思った。
「――わかりました、ありがとうございます。オースティン様」
目を白黒させながらも、正直エミリアにとってオースティンの申し出は有難いものだった。どうしても堅苦しい喋り方は頭で考えなければならないため、鬱憤が溜まってしまう。思わずお礼を言うと、オースティンは楽し気に口角を引き上げて「それにしても」と話題を変えた。
「エミリア嬢は魔導剣士だったのか? 何度か使っていただろう」
「えっと、まだ魔導剣士と言えるほどのものではないんですけど。でもいずれは、そうなりたいと思っています」
立派な魔導騎士であるオースティンに問われて、エミリアは恐縮しながらも頷く。オースティンは「なるほどな」と呟いた。
「誰に師事しているんだ?」
「ビヴァリー様――カルヴァート辺境伯様に教わってます」
「ああ、確かに彼女の腕は凄いと評判だよな」
納得したオースティンに、エミリアは思い切って告げる。彼女にとっては非常に勇気が要ることだったが、恥を忍んでも知りたいことでもあった。
「あ、あの――もし良かったら教えて欲しいんですけど」
「ん?」
オースティンが首を傾げて続きを促す。そのことに励まされ、エミリアは必死で言葉を紡いだ。
「実は、私あんまり魔力の操作が上手くなくて。大雑把なのが悪いと言われるんですけど、でも剣を動かしてたらどうしても――魔力操作が体の動きに釣られてしまうんです」
半ば唐突に始まった相談に、オースティンは一瞬目を瞠った。しかしすぐに真剣な表情でエミリアの言葉を聞く。少し考えたオースティンは腕を組んだ。
「つまり、動きが大きくなるとどうしても放出する魔力量も増えてしまうということか?」
「えっと、そんな感じです」
エミリアは恥ずかしさに頬を染めながら頷いた。
剣術はそれなりに得意だから、考えずとも体を動かすことはできる。だがそこに魔術を乗せるとなると、一気に難易度が上がる。立ったまま剣に魔力を纏わせ術を発動させるのであれば問題ないが、実際に戦い始めると体の動きの大小によって放出する魔力量も増減してしまうのだ。そのため、剣を大振りした時には魔力が暴走するほど大量に放出され、そして軽く敵を突く程度であれば魔術は不発に終わる。
二人の間に沈黙が落ちた。オースティンは考え込んでいる。やはり質問したのは失礼だったかと、エミリアが半ば後悔に襲われていると、オースティンは「分かった」と呟いて顔を上げた。
「辺境伯は元々そういった細かい作業が向いてる性質だけど、君は無理ってことだな。それから、恐らく辺境伯は理論的に考える一方で、君は実際に体を動かして覚える方が得意だ」
思わずエミリアは目を見開く。愕然としてオースティンを凝視し、掠れた声を出した。
「どうして――分かるんですか?」
「さっきエミリア嬢と辺境伯の戦い方を見たから。つまりどちらが悪いという問題じゃなくて、これは相性の問題だ」
あっさりとオースティンは告げる。
しかしエミリアは困ったように眉根を寄せた。
「でも――近くに魔導剣士の方はビヴァリー様しかいらっしゃらなくて」
「魔導剣士も少ないからな。自分と相性の良い師匠を見つけるのもかなり難しい」
「ですよね……」
魔導剣士はそもそもその人数が少ない。他人に教えられるといえば更に数は絞られる。師弟の相性が悪かったとしても、他に師事する相手を探すことができる可能性は酷く低かった。そしてそれが一層、魔導剣士の不足に拍車をかけている。タイプの違う師匠に師事した結果魔導剣士としての芽が出ず、道半ばで心折れる者が多い。
しかし、オースティンから見てエミリアは十分魔導剣士としての素質があるように見えた。本人にその気があるのであれば、このまま燻っているのは勿体ない。
「エミリア嬢」
「はい」
改まった様子でオースティンに名を呼ばれ、エミリアは何気なく居住まいを正す。そんなエミリアに、オースティンは真剣な表情で尋ねた。
「もし君と御父上と――それから辺境伯が良いと言えば、王都に来ないか?」
「王都――ですか?」
「そうだ」
一体オースティンが何を考えているのか分からず、エミリアは目を瞬かせる。首を傾げているエミリアに、オースティンは淡々とその真意を説明した。
「王都になら魔導剣士も――厳密には魔導騎士だけど、それなりの人数が集まってる。そこなら、君と相性の良い師匠にも会えるだろう」
オースティンが教えても良いが、まだ彼も他人に教えられるほどの技能はないと思っている。そしてエミリアは思わぬオースティンの申し出に顔を輝かせた。
「良いんですか!?」
嬉しさのあまり、エミリアは前のめりになってしまう。
「ああ、だが君の御父上と辺境伯の許可を得てからだ」
「分かりました! 許可、もぎ取ってくれば良いんですね」
意気込むエミリアに、一瞬オースティンは頬を引き攣らせる。しかしすぐに楽し気に笑うと、はっきりと頷いた。
「もぎ取るって――行く気満々だな。でも、その意気だ。やる気があるなら直ぐに成長できるよ」
褒められたエミリアは喜色を浮かべる。オースティンはエミリアの素直な表情の変化を優しく見つめていたが、エミリアが気が付くことはなかった。









