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悪役令嬢はしゃべりません  作者: 由畝 啓
第一部 悪役令嬢はしゃべりません
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39. 狂乱の魔導剣士 3


リリアナとユージン・プレストン将軍は、砦とその付近の戦闘の様子を眺めていた。次々と敵が降伏して行っているのが分かる。ビヴァリーとライリーが戦場を駆け、砦の中に入っていくのも見えた。


「ビヴァリー様は参加なされないのかと思っておりました」

「あのお方は集団よりもお一人で戦う方がお好きでございますから」


ぽつりと漏らしたリリアナの独り言を拾って、将軍が簡単に説明する。リリアナは顔を裂傷の死将軍に向けた。


「そうなのですか?」

「いかにも。元来、あのお方は魔導剣士に憧れていらした。しかしながら、魔力量が不十分であったため、魔道具を使って魔導剣士のような戦い方をするようになられたのだ」

「そうでしたのね」


将軍の説明にリリアナは驚いた様子で頷くが、その情報は既に手に入れていた。あまり大きく取り沙汰されるような話ではないが、貴族の中でも知っている人は知っている。だからこそ、リリアナはビヴァリーに初めて会った時、その衣装に目を奪われたのだ。


ビヴァリーが“立太子の儀”で身に着けていた()()は、噂通り見事と言う他なかった。普通であれば決して手に入れられぬだろう魔道具ばかりを身に着けていたにも関わらず、全体のバランスが崩れていない。寧ろ洒落ていると社交界のお歴々にも賞賛されるようなものだった。だからといって魔道具として貧相になっている、というようなこともない。彼女であればたとえ茶会に護衛を伴わずとも、たいていの敵を退けてしまえるだろう。そして戦場で衣装を変えたとしても、その印象に変化はなかった。


二人の眼前では徐々に戦況に変化が見え始めている。明確には分からないが、カルヴァート騎士団が勝利を収めようとしていることは分かった。

リリアナは将軍に気が付かれないように安堵の息を吐く。

フィーニスの砦を取り返すことは前世の記憶にある乙女ゲームの筋書き(シナリオ)と同じだ。オースティンの後悔(トラウマ)となる、見習い騎士たちの死という事件も回避できた。今回の一件でリリアナの気に掛かることと言えば、エミリアが誰との親密度を高めるのか――という点だった。


(候補は三つですわね。王太子(ウィル)近衛騎士(オースティン)――そして次期公爵(おにいさま)


このうち、ライリーとオースティンの好感度を上げるためには、同じ出来事(イベント)をこなす必要があった。クライドだけは別だが、オースティンがライリーの近衛騎士だからか、二人の好感度は途中まで同じ出来事をクリアすることで上がっていく。


(本当は、隣国皇子(ローランド)の好感度を上げて欲しかったのですけれど)


魔王を封じた魔術陣が緩んでいること、それによって本来であれば現れないはずの二巡目キャラクターである隠しキャラクターが現れる可能性が高いことを考えれば、是非ともヒロイン(エミリア)にはローランドとの愛を()()()()育んで欲しかった。つまりローランドがエミリアに向ける愛情が親愛で留まる程度までに仲良くなる――それが最善の策だったのだが、残念ながらエミリアは今この場に居る。つまり、ローランドのエミリアに対する好感度は上がらない。


(エミリア様は、ウィルとオースティン様のどちらの分岐(ルート)へと進むのかしら)


リリアナの心には疑問が浮かんで来る。現状であればクライドの可能性もまだ否定しきれないが、可能性が高いのはライリーとオースティンどちらかが選ばれる未来(ルート)だ。だが、オースティン相手であればともかく、ライリーがエミリアの相手になると思えばどこか心が落ち着かなくなる。

何物にも執着心を持って来なかったリリアナには理解し難い感覚だった。執着は強い感情から生まれる。生まれながらにして禁術で感情を制御されて来たリリアナは、年齢に比べて感情面の成長が著しく遅い。嫉妬、というほどの狂おしさを感じるわけでもない。


ライリーは、リリアナにとって一番身近に長くいる相手だった。

家族とは殆ど顔を合わせていないし、家族の中でも一番会う機会が多いクライドともそれほど込み入った話はしない。

侍女のマリアンヌや傭兵のジルドとオルガ、そして間諜として傍に置いているオブシディアン、そして黒獅子のアジュライト――リリアナにとって身近にいるライリー以外の存在と言えばその程度だ。だが、マリアンヌやジルド、オルガは主従の関係でしかない。オブシディアンはたまたま利害関係が合致しているから手を組んでいるが、彼の気が変わればいつ敵対するかも分からない。そしてアジュライトは常にリリアナの傍に居る存在ではなかった。

そんな中で、ライリーはリリアナの傍に居て、込み入った話も長年して来た。リリアナが望まなくとも、ライリーが振ってくる話題に答えていたら、いつの間にか自分の意見を口にする機会も増えていた。

ライリーもまた、深い話をしている相手はリリアナを除けばオースティンやクライドくらいだった。当然、女性でライリーに一番近い相手はリリアナだ。


(――エミリア様は可愛らしいお方だから)


だから、ライリーがエミリアに惹かれる可能性も高い。もしライリーがエミリアに好意を抱けば、今リリアナが居る場所にエミリアが座ることになるだろう。そしてライリーの“一番近くに居る女性”はリリアナではなくなる。

それは、前世の記憶にある乙女ゲームと同じ展開だ。だからこそリリアナは、ライリーの傍に居るべきは自分だと誇示したいとは思わない。いつでもその場は譲り渡す気だ。だが、その場を譲り渡すのであれば、自分自身のことは極力ライリーに教えたくなかった。


(何が起こるかは分かりませんもの。わたくしがどの程度魔術を使えるのかも――何を考えているのかも、全てはわたくしだけのものですわ)


転移の術や治癒魔術を使えることは、既にライリーに知られてしまった。だが、それ以外のこと――たとえば自分が禁術によって造り出された存在であることや、別人の魂が持つ記憶を持っていることは決して喋るつもりはない。

結局、ライリーの一番になれないのであれば自分の一番にもしたくない、という感情が根底にある。だが、リリアナにとってその感情は全て雲をつかむような話で、上手く分析し理解することもできなかった。


しばらくして、勝鬨が上がる。カルヴァート騎士団がフィーニスの砦を取り返したのだ。リリアナの隣に立っていた将軍が横目でリリアナを見下ろす。そして彼は不愛想にリリアナへと声を掛けた。


「参りましょう」


一瞬、リリアナは目を瞬かせる。しかしすぐに頷くと立ち上がった。


「ええ」


天幕から出て、周囲に待機していた護衛たちに移動すると伝える。あっという間にリリアナと将軍の前には馬が引かれて来た。

天幕は後程騎士たちが撤収に来るはずだ。二人は別々の馬に乗る。以前は貴婦人の手習い程度にしか馬を扱えなかったリリアナを心配して、ライリーがリリアナと共に乗ってくれた。だが幸いにも今は多少乗馬も練習し、リリアナもそれなりには馬に乗れるようになった。勿論、騎馬兵たちのように縦横無尽に駆け回ることは無理だが、多少であれば有事にも対処できる程度にはなっている。

リリアナの準備が整ったことを確認して、将軍は馬の腹を蹴る。リリアナもまた馬の手綱を操作し、護衛たちも従えて砦へと向かった。



*****



ビヴァリーとその息子でありカルヴァート騎士団団長でもあるアンガス、そしてライリーの前には、縄で縛り上げられた敵将のカルツ将軍と年若い領主が地面に膝をついていた。領主の方はおどおどとした様子を隠せないまま、ライリーをちらりと見ては堪え切れないように顔を俯けて震えている。一方のカルツ将軍は苛立ちを隠せないまま、ビヴァリーとライリーを睨み据えていた。


「正々堂々と戦いもせず、砦に侵入するなど全く騎士の風上にも置けぬ者共よ。全くもって嘆かわしい。前辺境伯は貴様のような女狐とは違い魔術などという紛い物には手を出さなかった。卑怯な手を選び魔術に手を染めるなど、これだから女は」


カルツ将軍は憎々し気に吐き捨てる。しかしビヴァリーは全く動じなかった。呆れた視線をカルツ将軍に向ける。


「お言葉ですこと。この砦に転移陣を忍び込ませ内側から篭絡するという、貴方のなさりようこそ間諜や刺客のようではございませんか。ああ、それとも傭兵の如き戦い様とでも申し上げた方が宜しいかしら」


途端にカルツ将軍は真っ赤になる。

勿論ビヴァリーは間諜や刺客、傭兵たちの戦い方を馬鹿にしているわけではない。カルツ将軍の主張に沿った形で反論しただけだった。

案の定、カルツ将軍は怒りで顔を真っ赤に染め上げる。そして視界の端に映った見知った顔に向けて怒鳴る。


「プレストン!!」


それは耳元で銅鑼を思い切り叩いたような怒号だった。リリアナは慣れぬ大声に、思わずびくりと体を震わせる。それに気が付いたライリーが気遣わしげな視線をリリアナに向けるが、リリアナがライリーの視線に気が付くことはなかった。

裂傷の死将軍ユージン・プレストンは、ほんのわずかに眉根を寄せて溜息を吐いた。一歩前に出て低い声を出す。


「そこまで怒鳴らずとも聞こえておるわ。貴様と違ってまだ若い」

「相変わらずの憎まれ口を叩きおって! おのれ、このような女に主従の誓いを交わし恥ずかしくはないのか!?」

「お前の言う恥と俺の思う恥はどうやら違うらしい」


言外に、プレストン将軍はカルツ将軍の言葉を否定した。怒りに火を注いだらしく、カルツ将軍の顔が真っ赤に染まる。ぎりぎりと歯を鳴らしてプレストン将軍を睨み上げるが、縛られているカルツ将軍に出来ることはない。

そしてカルツ将軍の怒りは、ビヴァリーの隣に立っているライリーに向けられた。


「――先日は分からなかったが、その装束――どうやらスリベグランディア王国の王太子殿下ではございませんか」


一応王太子を相手にしているからか、口調が丁寧なものになる。ライリーは、おやというように僅かに眉を上げて首を傾げてみせた。


「いかにも。私がスリベグランディア王国王太子ライリー・ウィリアムズ・スリベグラードだ」


堂々とした態度には若いながらも貫禄がある。カルツ将軍は怯まなかったが、その隣にいる若き隣国領主はぶるぶると体を震わせて、少しでも距離を取ろうと後退る。しかし体を縛られている彼が動けたのはほんの僅かだった。

領主は夜半過ぎ、ライリーと戦って負けている。そのため、その時の敗北感や恐怖が今更ながらに蘇っているに違いなかった。

一方のカルツ将軍はじろじろとライリーの全身を眺めると、取るに足らないとでも言いたげに鼻を鳴らす。


「この家臣にしてその主あり、ですな。主従共に卑怯な手がお好きと見える」

「カルツ」


警告するように低く名を呼んだのはプレストン将軍だった。現役時代を思い起こさせるような鋭い眼光に、震えあがったのはカルヴァート騎士団の面々だ。アンガスは平然を装っていたが、ほんのわずかに顔色が悪くなっている。

そんな周囲の反応に頓着することなく、プレストン将軍はゆっくりと問うた。


「我が主君を侮辱し続けるのであれば、その命、この俺が貰い受ける」

「はっ、笑止。それならば一騎打ちと相見えようぞ。その生意気な首を斬り落として進ぜよう」


しかし、カルツ将軍はプレストン将軍の怒りを鼻で笑い飛ばす。勿論この場に居るのはライリーやリリアナたちを除けばカルヴァート騎士団の者ばかりで、隣国の騎士や兵士たちはいない。そのため、明らかにプレストン将軍を見下し嘲弄するカルツ将軍に誰もが殺気立つ。しかし、それまで傍観の体を取っていたライリーが剣呑な雰囲気を切り裂くように呆れた声を出した。


「全く。先ほどから勝手なことを。魔術を使うことが卑劣な手だというのであれば、貴殿のその鍛えられた肉体も、貴殿より肉体的に弱い者を相手取る時は卑怯な手段の一つになるではないか」

「な――っ」


ライリーの言葉にカルツ将軍は絶句する。愕然とライリーを睨みつけるが、ライリーは全く動じた様子なく冷たい目をカルツ将軍に注いでいた。

カルツ将軍の額に血管が浮き上がる。ライリーの言葉はカルツ将軍の逆鱗に触れたようだった。


「何を仰るか。この肉体は長い年月をかけて鍛え上げてきたものですぞ。それを、魔術のような姑息な手段で、ですな――」

「魔術を使いこなすには剣術と同様、才能と長年の鍛錬が必要になる。それのどこが姑息だと?」


カルツ将軍は悔しそうに唇を噛んで黙り込む。ライリーの指摘は尤もだったが、それを認めるのは彼の矜持が許さないらしい。

ライリーとカルツ将軍のやり取りを眺めていたビヴァリーが溜息を吐く。これ以上話をしていても、実になる話は出てこないとはっきりわかった。これならば領主をカルツ将軍から引き離して事情を聴いた方が何かしら収穫はあるだろう。


「アンガス」


ビヴァリーは息子の名を呼ぶ。カルツ将軍と領主の背後で二人が妙な動きをしないよう見張っていたアンガスは、短く返事をして一歩前に進み出た。


「この者たちを捕虜として丁重に扱うように。後日改めてお話を伺いましょう」

「御意」


母親にではなく、辺境伯に対してアンガスは頭を下げる。そしてカルツ将軍と年若い領主はカルヴァート騎士団の手によって隔離されることとなった。

その後ろ姿を見送ったビヴァリーは、隣に立つライリーを横目で一瞥する。


「殿下」


他の誰にも聞こえないように、彼女は静かにライリーに問うた。


「カルツ将軍とは、どこでお会いになられたのです?」


ライリーは苦笑する。聞き逃して欲しいと思っていたが、生憎とビヴァリーははっきりとカルツ将軍の言葉を聞き取っていたらしい。そしてほぼ正確に、ライリーが何をしたのか理解したようだ。そのため、ライリーは言葉短く答えた。


「恐らくは、辺境伯の想像通りかと」


ビヴァリーは頭痛を堪えるように溜息を吐く。だが、彼女も豪胆な人だった。叱ることも嘆くこともなく、淡々と告げる。


「危険なことはお避けください」

「善処するよ」


決して二度としないとは言わない。その答えはライリーにとっての誠意だった。そのことが分かったのか、ビヴァリーは優し気な笑みを浮かべて一つ頷く。しかし、次に告げられた言葉にライリーは僅かに頬を引き攣らせた。


「もし殿下が私の息子であれば、教育的指導を行っていたところです」


カルヴァート辺境伯家で言う“教育的指導”は、即ち鉄拳制裁である。この時ライリーは初めて、自分がカルヴァート辺境伯家の一員でなかったことに感謝した。


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