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悪役令嬢はしゃべりません  作者: 由畝 啓
第一部 悪役令嬢はしゃべりません
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39. 狂乱の魔導剣士 2


白く光った剣を見て、カルツ将軍はビヴァリーの戦略を悟った。


「魔術陣か――!」


カルツ将軍は騎士であって魔導士ではない。魔術陣を無効化にする術など知らない。それならば、物理的に魔道具を破壊するか、術者を倒すしかない。

彼は剣を片手に姿勢を低くし、一気にビヴァリーに向かって走り出す。しかしビヴァリーはそれも予想していた。薄く笑みを浮かべたまま、気付かれないよう左手で腰から鉄扇を取り出す。


剣は偽装だ。勿論実際に使うが、本命は他の魔道具だった。剣が魔道具と思わせることで、他の魔道具から注意を反らす。それがビヴァリーの戦術だった。普通であれば魔道具は一つだけしかないと考えるものだ。ビヴァリーが居る場所が戦場であれば尚更だった。

なによりも、魔道具の長所は詠唱が不要なことだ。魔術であれば詠唱が必要だから、次に何の術を使うか敵に分かってしまう。しかし魔道具であれば魔力を流せば良いだけだから、発動するまでどのような効果があるのか敵に知られることはない。尤も魔道具の中には詠唱を必要とするものもあるが、ビヴァリーが身に着けている魔道具は全て詠唱を必要としないものばかりだった。


正統派の騎士からは、邪道と言われる戦い方だ。そして集団戦にはあまり向かない。そのためビヴァリーはカルヴァート騎士団の団長の座にはついていない。彼女の戦法は、間違いなく一人か少数の時にその効果を発揮するものだった。

カルヴァート騎士団の騎士たちは皆それを熟知している。だからこそ、最初の軍勢に加わっていなかったビヴァリーが後から参戦しても文句を言わない。


「少しは楽しませてくださいませね」


実戦に出るのも久しぶりだ。そして骨がありそうな相手と戦うのも、息子でもあるカルヴァート騎士団団長アンガス以来である。

好戦的に光るその双眸は、猛攻を仕掛けるべく上腕の筋肉を隆起させているカルツ将軍の動きを見落とすまいと鋭く細められ、そしてその唇は楽し気に弧を描いていた。


カルツ将軍の剣がビヴァリーの胴を薙ぎ払う。しかし彼女の胴体を切り裂いたように見えた剣は、不自然に歪んだ。


「な――っ!?」


愕然と将軍は目を見開く。しかし振りぬいた剣はいつの間にか元の形に戻っていた。気を取り直した将軍は再び猛攻を仕掛けるべく剣を握る手に力を込める。

将軍は魔道具である剣を破壊することにしたらしい。ビヴァリーが地面に突き刺した剣のちょうど真ん中を狙って、将軍は気合を込めた剣を振るう。真っ二つに折るつもりなのだろう。魔道具は破壊されたらその効力を失う。

だが、それこそがビヴァリーの狙いだった。

背中に隠し持っていた鉄扇を開き仰ぐようにして前方へ持って来る。それと同時に、ビヴァリーが身に着けている腕輪と首飾りの宝石が光った。


元々魔力がそれほど多くないビヴァリーは、事前に魔力を宝飾品に込めている。腕輪と首飾りの宝石が光ったのは、込められた魔力を使った証拠だった。

戦闘の時には自分の持つ魔力と合わせて宝飾品に込めた魔力を使うのが彼女のやり方だ。ついでに、魔力を増幅する魔道具も身に着けている。ただしこれらを全て正確かつ適切に使うのは非常に難易度が高い。魔力を封じ込めた宝飾品も無限に魔力を供給できるわけではないし、魔力を増幅する魔道具は制御が難しい。ビヴァリーは、多種多様な魔道具を同時に使い、更に魔力を精密に制御する天賦の才に恵まれていた。


ビヴァリーが鉄扇で煽った瞬間、突風がつむじ風のようになり砂を巻きあげる。うず高く巻き上がった砂は、カルツ将軍の視界を奪った。


「小癪な!」


腹を立てて叫びかけるが、その瞬間口に砂が入りそうになったらしい。将軍は慌てて顔を手で庇う。


「隙だらけですわよ」


嘲笑を滲ませて呟いたビヴァリーは、ふとカルツ将軍の背後で剣を構えていたへっぴり腰の領主の不穏な動きに気が付いた。攻撃しようとしているわけではない。ただ、彼はその場から逃げようとしていた。


「あらまあ、仮にも指揮官ではなかったの?」


思わず呆れてしまう。しかしある意味、領主は賢明だった。自分の実力とビヴァリーの能力を冷静に比較し、自分では勝てないと悟ったのだろう。その選択は正しいが、指揮官がこの体たらくでは部下たちの士気にかかわる。それとも部下の士気を上げる役割はカルツ将軍が担っていたのだろうか――と思いながら、ビヴァリーは指輪に魔力を流す。するとその指輪からは細い蔓が次々と生まれ、領主とカルツ将軍にあっという間に迫って行った。


「な、なんだこれは!」


情けない悲鳴を上げたのは領主の方だった。抜身の剣を持っているにも関わらず、蔓を必死に手で払おうとしている。騎士であれば剣で蔓を斬ろうとするはずだ。しかし、突然のことに慌てふためくことしか出来ていない。剣もある程度は使えるようだが、実戦経験が圧倒的に少ないようだった。

一方のカルツ将軍は、それでもさすがだった。多少なりとも砂が目に入ってしまったらしく充血しているが、顔を顰めながらも剣で迫りくる蔓を切り捨てている。


「さすがですわね。でも、」


それならこれはどうかしら、とビヴァリーは地面に突き刺していた剣を抜いた。そして今度は切っ先を空に向け、体の中央で握る。今度彼女が魔力を流したのは、先ほど剣を光らせた時に魔力を流したのとは逆の面だった。

即ち剣の両面に、全く違う種類の魔術陣が彫られているのだ。複合魔術が難解であると言われているのと同様、魔道具に複数の魔術陣を組み合わせることはほぼ不可能とされていた。魔術陣を書き込む物理的な制約もあるが、同時に複数の魔術陣を稼働させて耐えられる物質がないという現実的な問題もある。そして更に、複数の魔術陣を組み込んだとしても、使い手が使いこなせないという問題もあった。そのため、魔道具は普通一つの物質に一つの魔術陣を組み込んで作られる。

しかし、繊細な魔力操作ができるビヴァリーにとって、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。問題は複数の魔術陣を組み込んでも耐えられる物質を探すことと、その魔道具を作れる魔導士を探すことだけだったが、ビヴァリーは辺境伯という地位を駆使してその二つの問題も解決していた。


剣の片面だけに、魔力が流し込まれる。光を失っていた剣は、次の瞬間炎を巻き上げた。

魔術であれば本人の適性に合った属性の術を使う者が多い。だが、魔道具であればその制約はなかった。ぎょっとしたようにカルツ将軍が目を瞠るが、直ぐに険しい表情になる。

そしてビヴァリーは、そこでようやく動いた。鉄扇は再び腰の定位置に戻っている。炎を纏わせた剣を構え、カルツ将軍と剣を交える。ビヴァリーの剣が纏っている炎でカルツ将軍の袖口が焼けた。術者であるビヴァリーに影響はないが、敵対している者に対しては物理的な攻撃になり得る。

それに気が付いたカルツ将軍は舌打ちを漏らして後方に飛び、再び構えを取った。


「小狡い真似を」

「魔導剣士に対する侮辱ですかしら?」


厳密には魔導剣士ではないが、ビヴァリーは敢えてそう問う。彼女の戦い方が魔導剣士に見えることは事実だからか、カルツ将軍はその点には言及しなかった。苛立ちを隠さない目でビヴァリーを睨みつける。


「騎士たるもの、剣技にのみ頼り誇るべきだ」

「あら」


大層おかしいことを聞いたというように、ビヴァリーは軽く声を立てて笑った。


「転移陣を持ち込んだ方にしては、面白いことを仰ること」


つまり魔道具や魔導士に頼っているのはお前も同じだろうと言うことだ。その指摘はカルツ将軍の痛いところを突いたのか、わずかに将軍は頬を紅潮させる。しかし将軍も動揺は見せない。一切の隙を見せないのはさすがと言えた。


「何のことだか分からんな」

「潔さの欠片もございませんのね」


ビヴァリーの言葉は痛烈な皮肉だった。騎士道とは正義と忠義を貫き淑女に優しく、そして公明正大であることとされている。潔さがないとは、騎士にとっての侮辱に他ならない。

正面切って言われたせいか、カルツ将軍は顔を真っ赤にした。

そして、その瞬間がビヴァリーの狙っていた瞬間だった。何の前動作もなく床を踏み、目にも止まらぬ剣戟を仕掛ける。多少は身体強化の術も掛けているが、剣技自体はかなりの熟練だ。体力や腕力では男に適わないものの、短期的な戦いであれば優位に立てる。そして何よりも、彼女は猛攻を仕掛けている最中にも複数の魔道具を稼働させることが出来た。


「な――っ!?」


カルツ将軍は険しい表情でビヴァリーの攻撃を受け止めながら隙を狙っていたが、不自然な剣の動きを避けて体勢を崩した瞬間、足を取られて驚愕に目を瞠った。地面に尻もちをつき、慌てて足元を確認する。すると、ビヴァリーの靴から伸びた蔦が地面を這い、将軍の足に絡みついて動きを止めさせていた。

尻もちをついた瞬間に背中の方へ回し地面に付いた左手も、素早く蔦が絡め取る。そして身動きできなくなった将軍の右手にある剣は、ビヴァリーが剣先で絡め奪い取った。そのまま指輪から出て来た蔓が将軍の体を縛り上げる。


「呆気ないこと」


片眉を上げたビヴァリーは残念そうに呟く。蔓で縛り上げられた将軍は悔し気にビヴァリーを睨み上げるが、彼女は一切頓着しなかった。将軍の背後では、同じく蔓で縛られ転がされている領主が失神している。

これで一先ずは終わりだろうかと思いながらも警戒を解かずに、ビヴァリーは周囲に視線を巡らせた。すると、少し離れた場所から数人の人影が駆け付けて来る。カルヴァート騎士団の騎士たちだと気が付いて、ビヴァリーは微笑んだ。


「辺境伯様ー!」

「母上、殺してませんね!?」


辺境伯様と言ったのは長年勤めている騎士で、殺していないかと血相を変えて尋ねて来たのは嫡男であり騎士団団長でもあるアンガスだった。その後ろにはライリーも居る。激戦だったらしく、三人の服は返り血で赤く染まっていた。思わずビヴァリーは片眉を上げる。


「人聞きの悪い。捕らえただけですわ」

「ああ、良かった」


ビヴァリーのすぐ傍に辿り着いたアンガスは、縛り上げられた領主とカルツ将軍を見て安堵の息を漏らす。ビヴァリーは不服そうな表情で剣を腰に収め、すぐににっこりと魅惑的な笑みを浮かべた。


「アンガス、後でお話しましょうね」


その言葉に、アンガスの頬はひくりと引き攣る。そんな団長の様子を、駆け付けた騎士たちは気の毒そうな表情で眺めていた。



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