39. 狂乱の魔導剣士 1
砦の中は更に騒がしくなっていた。どれほど攻撃してもカルヴァート騎士団は怯むことなく砦に迫って来る。その上、彼らが有している魔導士は砦に待機していた魔導士二人よりも優れているらしく、悉く無効化された。否、幾つか直撃した攻撃魔術もあったが、カルヴァート騎士団は一切構わず砦に近づいて来るのだ。
騎士たちはともかく、専門の訓練などしたことのない兵士たちは敵の様子に腰が引け始めていた。
その上、未だに領主やカルツ将軍も見つかっていない。本当であればもう少し捜索を続けていたかったが、それでは敵兵の迎撃に人手が足りなかった。
カルツ将軍の代わりに指揮を執っていた副将軍は、ふと妙な音を聞き付ける。それは閉め切られているはずの正門にある跳ね橋を巻き上げている鉄鎖の音だった。理解した瞬間、彼は城壁の上を走って門へと向かう。
「何をしている!」
「て、敵が!」
近場に居た兵士を怒鳴りつけると、その兵士は泡を食って叫んだ。
まさか、という思いと共に彼は門へと辿り着く。既に跳ね橋はほぼ降ろされ、敵方の騎士たちが次々と跳び上がって跳ね橋に飛び乗り、砦内部に侵入し始めていた。
門の手前には、巨大な扉を巻き上げていた鉄鎖に数人の若い騎士が取り着いている。よく見れば拷問で死にかけていたはずのカルヴァート騎士団の見習い騎士だと分かるはずだが、焦燥と入り乱れた状況下では、誰も気が付いていなかった。
必死で敵を倒そうと兵士たちが斬り掛かっているが、手前に居るたった一人の男を前に為す術もない。
「はっはァ、こんなもんかぁ!?」
楽し気に笑い声を上げている男――ジルドは今まさに三人の兵士を投げ飛ばしたところだった。丸腰で剣も持たない傭兵が、子供を相手にするように武器を持った兵士たちを相手にしている。少し離れた場所から弓を射っても、全てを見通しているかのように避け、掴み、そして斬り掛かって来た兵士を盾にしていた。
「貴様ら、かかれぇぇえええ!!」
副将軍は怒鳴る。既に門は完全に開かれ跳ね橋も下り、敵兵がなだれ込んで来る。砦の中は敵味方入り乱れての混戦状態となった。
*****
エミリア・ネイビーは、信じられない思いで眼前の光景を見つめていた。
髪は解れ顔は砂ぼこりで汚れている。衣服に付いている血は全て返り血で、彼女自身は怪我一つしていなかった。それも偏にカルヴァート辺境伯ビヴァリーがくれた魔道具のお陰だ。
彼女は男爵家の令嬢ではあるものの、武芸も嗜んでいた。一般的な令嬢は武芸を嗜むことはないし、仮に興味を持っても手習いとして覚えるだけで実戦に出るほどまで技術を高めることはしない。しかし、エミリアはカルヴァート辺境伯ビヴァリーから淑女教育を施される過程で、剣を持ち戦う方法を学んでいた。
ネイビー男爵領は国境に接してこそいないが、元々はカルヴァート辺境伯に連なる家系だ。位置的にもカルヴァート辺境伯領の国境が怪しくなった時に手勢を率いて駆け付けることが求められている。そのため、エミリアも自ら望んで厳しい鍛錬を繰り返した。ビヴァリーの息子アンガスと気安く話すようになったのも、その鍛錬が切っ掛けだ。
そしてエミリアは才能があったのか、カルヴァート騎士団の騎士たちと一対一で戦ってもそれなりに良い成績を出すことが出来るようになっていた。ただ肉体的にはどうしても男に劣る。その不利を補うために、ビヴァリーは魔導剣士としての戦い方をエミリアに教えてくれた。
「なにあれ、凄い」
荒い息を整えながら斬り掛かって来る敵を屠り、エミリアはどこか茫然と呟く。
彼女が目にしたのは、次から次へと高度な複合魔術を放ちながら眼前の敵を倒していくオースティン・エアルドレッドの勇姿だった。
複合魔術はそれだけで難易度が高い。それにも関わらず、オースティンは遠方から降り注ぐ石を魔術で撃破し、同時に剣や四肢に魔術を纏わせ複数の敵を一撃で倒していくのだ。
軍勢の反対側に居るオルガもオースティンと同様、見事な戦いを見せているのだが、離れているためエミリアの目には映っていない。ただ彼女はオースティンの惚れ惚れするような戦い方に目を奪われていた。
「私も、あれくらいできたら良いんだけ、ど!」
横から繰り出された敵の槍を一刀両断し、返す剣ですれ違いざま敵の騎馬兵を無力化する。勿論、振るう剣には多少の魔力を絡めている。しかしエミリアの現在の技術では、実戦で使える魔術は身体強化が精々だ。
「どうしても、大雑把なんだよね……」
細かいことに拘る性格でもなければ緻密な計算も苦手な性質だが、それは魔術の使い方にも如実に表れていた。お陰で適性はあるにも関わらず、魔導剣士としては落第だ。だからこそ、オースティンの洗練された魔術と剣術の組み合わせには目を奪われてしまう。実際はまだ荒いところがあるとして王立騎士団二番隊隊長のダンヒル・カルヴァートに扱かれているのだが、エミリアには十分な実力者に見えた。
「開門したぞ!」
遠くから騎士の声が聞こえる。どうやら内部に潜入していた者が上手く己の任務を全うしたらしい。このまま二手に分かれて、一部は砦内部に入り、その他は外で逃げ出した敵を片っ端から捕まえる手筈になっている。エミリアとオースティン、そしてオルガは砦の外に待機する役割だ。魔導剣士は接近戦も遠距離もどちらにも対応できる。更には破壊力も高いため、砦の中よりも外で存分に腕を奮う方が適していた。
*****
軍勢の後方に待機し様子を窺っていたビヴァリーは、頃合いを見計らって振り返る。天幕の中から様子を窺っていたライリーは、一つ頷くと立ち上がって外に繋がれていた馬に乗る。入れ替わるようにして、リリアナの隣には先ほどまでビヴァリーの隣に居たユージン・プレストン将軍が立った。
ライリーは振り返るとリリアナに笑みを向ける。自信に満ちた表情の中、その双眸は力強く煌めいていた。
ビヴァリーとライリーが二人揃って最後に姿を現わすのは、軍議で決定したことだった。効果的にカルヴァート辺境伯と王太子の姿を敵に見せつけることで恐怖心をあおる。最初から参加しなかったのは、ビヴァリーは元々単独での戦いを得意とすること、そしてライリーは初陣でありどれほど腕に自信があろうが命を落とす危険性があるためユージンたちの反論があったことが理由だった。
「殿下、参りましょう」
「ああ、せめて足を引っ張らないように頑張るよ」
ライリーの謙虚な言葉を聞いたビヴァリーは笑みを浮かべた。
「期待しております」
奪われた砦を取り返すまで後少し――だが、最後まで油断はできない。恐らくジルドの仕業だろうが、カルツ将軍の姿が未だに見えないのは妙だった。
カルツ将軍は自身の能力を高く評価しており、更に戦で武功を上げることに拘っている。一騎打ちを好むため、彼を知らない人間はカルツ将軍のことを正々堂々とした騎士らしい男なのだと考える。だが、実際は全く違う。砦に転移陣を持ち込んだことからも分かる通り、目的のためには手段を選ばないところがあった。騎士は魔導士を嫌うことが多いが、彼の場合はそれに当てはまらない。
だが元々の性格故か育った環境故か、その手段はそれほど常識外れでもない。転移陣を持ち込む策も、意外ではあるが型破りといえるほどではなかった。
「怪我人は思ったより居りませんわね」
ざっと見たところ、カルヴァート騎士団側に死人はいない。大きな怪我をしている騎士や兵士は数名程いるが、命には関わらなさそうだった。偏に魔導剣士であるオースティンやオルガの活躍のお陰だろう。
安堵の溜息を吐くが、すぐにビヴァリーは表情を引き締める。
問題は砦内での戦いだ。障害物も多く敷地に限りがあり、更には敵陣の真っ只中である。敵将を討ち取ることが手っ取り早く戦を終わらせる方法だが、カルツ将軍の姿はない。眉根を寄せるビヴァリーは小さく呟いた。
「ジルドに訊きましょう」
ライリーは一瞬口を開いたが、思い直して何事もなかったかのような素振りをする。
ジルドは間違いなくカルツ将軍たちを牢に放り込んだはずだが、万に一つも脱獄していないとは限らない。昨夜ライリーたちが忍び込んだことがビヴァリーに知られてしまえば大きな雷が落ちることは必須だが、取り立てて言う必要のない事ではあった。そもそも投獄されていると思えば油断してしまいかねないが、どこに居るか分からないと警戒しながらも実際には牢に入っていたのであれば不利益はない。
「どうやら敵も兵を内側に取られているようですね」
気を取り直したライリーは呟いた。ビヴァリーも同意するように頷く。
砦に近付いても矢はそれほど降って来ない。壁の上に控えた兵士たちの大半が砦内の戦闘に移っている証拠だった。魔導士が居ることも掴んでいるが、これまでの様子を観察すればそれほど能力が高いわけでもなさそうだ。
自分に向けて放たれた矢をあっさりと避けさせ、ビヴァリーは馬の尻を鞭で叩いた。ぐん、と体が引っ張られる感触と共に一気に馬足が速まる。その後ろにライリーも続いた。二人とも危なげなく馬を走らせ、敵の歩兵たちを蹴散らしながら砦の中に駆け込んだ。
入った瞬間に飛んで来た複数の矢を、ライリーとビヴァリーは同時に斬り落とす。そしてライリーは腰に提げた矢を数本同時に取ると、馬の速度を落とさないまま体を捻って弓兵を射落とした。
「お見事」
ビヴァリーが薄く笑い、ライリーは苦笑する。
砦の中は予想通りの惨状だった。双方の陣営が入り乱れて戦っている。少し進むと、当初の手筈通りビヴァリーとライリーは二手に分かれた。
するりと馬から降りたビヴァリーは、腰に提げた細い長剣に手を掛けたまま敷地内を闊歩する。途中横合いから襲い掛かって来た敵兵は、剣を抜きざまに弾き飛ばした。
信じられない表情の兵はそのまま石壁に体を打ちつけて意識を失う。
ビヴァリーは傍から見れば普通の貴婦人だ。戦場で剣を持って戦うような人物には見えない。しかし、彼女は女だてらに辺境伯を務め、騎士団に所属している騎士たちの信奉を集めている。それは偏に、彼女の卓越した剣技とそれに付随した特技故だった。
時折襲い掛かって来る敵を撃退しながら、ビヴァリーは砦の中を練り歩く。残念なことに直ぐにジルドは見つからず、それならば先にカルツ将軍を探そうと考えた。そして物見の塔の近くを通った時、気配を感じて咄嗟に身構える。物見の塔の扉が内側から蹴破られ、人影が姿を現した。
「くっそ――あの野郎共め」
苛立ったように毒づきながら出て来たのは、ビヴァリーも見覚えのある人物だった。屈強な男はカルツ将軍だ。そしてその背後におどおどと隠れているのは最近領主になったという男だろう、とビヴァリーは見当を付ける。
物見の塔には地下に牢がある。恐らくジルドはそこに二人を放り込んだのだろうと推察したビヴァリーは、楽し気に頬を緩めた。
「おい、女。ここで何をしている」
カルツ将軍は胡乱な目をビヴァリーに向けた。身なりからして騎士でないことは明らかだが、普通の女性が戦真っ只中の砦に来るとも思えない。その上、彼女は右手に剣を持っていた。
少し考えたカルツ将軍はようやく思い至ったらしく、にやりと笑みを浮かべる。
「ああ、そういえば辺境伯が代わったって噂があったか。思い出したぞ」
「だいぶ情報が遅れてましてよ、将軍」
一線を退いて後進に譲っては如何、とビヴァリーは挑発染みた台詞を口にした。案の定カルツ将軍の頬がぴくりと引き攣る。
だがカルツ将軍もすぐに挑発に乗るようなことはしない。馬鹿にしたように鼻で笑うと、敢えてゆっくりと前に出た。
「所詮は女だ、どれほど剣を持ち戦場に出て来ようと勝つことなどない。そのような細腕では碌に剣も振るえまい」
カルツ将軍は侮蔑に満ちた視線をビヴァリーの持つ剣に向ける。確かにビヴァリーの剣は特注品で、全体的に細く軽量化が図られていた。だが将軍は、その剣でさえ扱うことは難しいだろうと嘲弄する。
「何故、女ごときが辺境伯になったのかは知らんが――このような戦場に出て来ずとも、大人しく城で護衛に守られいていれば良いものを」
あくまでも将軍の口から漏れ出るのは侮蔑だ。しかしビヴァリーは一切の動揺を見せない。怒りも悲しみも、彼女の表情や態度からは全く読み取れなかった。
そのことに苛立ったのか、カルツ将軍は舌打ちを漏らす。
「だが、ここは戦場だ。女であろうと手加減はせん。ここで出会った不運を恨むのだな」
「まあ」
黙ってカルツ将軍の口上を聞いていたビヴァリーは、そこでようやく声を立てて笑った。
「何がおかしい」
将軍は苛立ちを露わにする。己の言葉を笑われたと思うと、矜持が傷つけられた気がしたのだろう。だが同時に、違和感も覚えていた。てっきりビヴァリーは恐怖を覚えて動けないのだと思い込んでいたが、その割にはビヴァリーに余裕が見える。
ビヴァリーは嫋やかな笑みを崩さずに、社交界で菓子を勧めるような優雅さで言葉を続けた。
「遠慮など、なさる必要はございませんわ」
「なに?」
胡乱な目になった将軍に、ビヴァリーは告げる。
「私、剣には覚えがございますの」
にっこりと、ビヴァリーは余裕の笑みを浮かべる。カルツ将軍の額にはくっきりと青筋が立った。愚弄されたと思ったのだろう。
「おのれ、この小癪な女狐が!」
カルツ将軍の一撃は重たい。ビヴァリーも普通に受け止めることなどできるはずはない。だが彼女は一切うろたえなかった。真っ直ぐに将軍の攻撃を見据える。そしてその凶刃がまさに触れるとなった時、ビヴァリーの剣が将軍の切っ先を弾いていた。
「なに――!?」
将軍は目を見開く。愕然と、信じられないものを見るかのような目でビヴァリーを凝視した。しかしすぐに気を取り直す。戦場で呆然としていればそれこそ命取りだ。
立て続けに剣を繰り出し攻撃を仕掛けるが、その切っ先は悉く弾かれビヴァリーには届かない。それどころか、ビヴァリーの握る細い剣には殆ど力が入っていないように見える。さすがにカルツ将軍も違和感を覚えて眉根を寄せた。
「魔導士――では、ない――な? 魔導剣士か? その割には――妙だが」
確認するようにカルツ将軍は問いを口にする。ビヴァリーは嫣然と微笑んだまま答えなかった。将軍はビヴァリーを睥睨する。
ビヴァリーが彼の剣を弾いたのは明らかに剣術ではなく、全く別の何かだ。しかし明らかに魔術ではない。それが意味するところが分からず、カルツ将軍は警戒を高める。
そしてビヴァリーは、自身の特技を教えてやる気はなかった。
カルヴァート辺境伯ビヴァリー。彼女は、魔道具に精通している。多種多様な魔道具を身に纏い、繊細な魔力操作で複数の魔道具を迅速に発動することができた。そのため、彼女が着ている衣服も手にしている剣も、全てが魔道具である。
素材自体は一級品ではないことも多い。高価なものであろうが安価なものであろうが、魔道具に適した素材であれば迷わずに身の回りの品に取り入れる。そしてその素材に陣や術式を刻み込み、身に着ける。
素材は安価でも魔道具に加工すればその価格は跳ね上がる。だからこそ、品として一見したところは粗末なものだと思われたとしても、掛けられている手間暇と金は辺境伯だからこそ用意できるものだった。
ビヴァリーが手にしている剣も、魔道具だ。そのため剣本来の使い方はしていない。彼女は剣を振るう度、敵の動きに合わせて剣に刻み込まれた陣を発動させている。一般的な魔導剣士の戦い方ではないが、傍からは魔導剣士に似た戦い方に見えていた。
しかしカルツ将軍も歴戦の猛者だ。ビヴァリーが魔導剣士でないことも、見抜いたようだった。
「カルツ将軍。遠慮なさらずに、いつでもいらしてくださいな」
茶会に誘う文句のように、ビヴァリーは囁く。しかし将軍は動かない。ビヴァリーの攻撃を見極めようとしているようだ。
ビヴァリーは困ったように首を傾げた。
「いらっしゃらないのでしたら、私から参りますわね」
その言葉と同時に、ビヴァリーは剣の切っ先を地面に突き刺す。その瞬間、剣身と柄に刻まれた魔術陣が白い光を放った。









