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悪役令嬢はしゃべりません  作者: 由畝 啓
第一部 悪役令嬢はしゃべりません

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38. 国境陥落 8


リリアナたちは、砦の中枢を成す兵舎へと足を向けた。

普通の要塞であれば兵舎は敷地の端にあり、中央は領主の居住区になっている。だがここは要塞という性質上、軍事的な要素を中心に造られていた。


「恐らく敵将がいるのは中央の塔だ」


物陰に身を潜めたまま、ライリーが視線を上空に向けて告げる。ジルドとリリアナも同じ方向を向けば、そこには物見の塔よりは少々低い塔があった。その塔を中心に、少し背の低い棟が四方へと放射線状に広がっている。多少独特な配置だが、広い敷地の中でどの方角へも遅滞なく戦力を集中できるという点では理に適っていた。


「あの塔に侵入すんのか?」

「転移陣は皇国でも高価だからね。もし移動するなら、兵士たちが入れる場所ではなくてそれなりに地位のある人物の元に置く可能性が高い」


だがライリーの言葉にジルドは納得できない様子だった。


「つまり、もしかしたらあの塔に追加物資やら兵やらが転移してくるってのか?」

「その時は適切な場所に転移陣を移動すると思うよ」


普通であれば転移陣は簡単に移動できるものではない。だからこそ、ライリーたちは最初に持ち込まれた場所に転移陣があるものだと推測していたのだ。

だが、最初に持ち込まれた可能性の高い場所に転移陣はなかった。それならば敵は一般的な転移陣を持ち込んだわけではないと考えられる。

現実問題として、移動が簡単な転移陣の開発は長く待ち望まれていた。実際に、既に捕縛され刑が処されてはいるが、魔導省のニコラス・バーグソン長官やバリー魔導士も移動可能な転移陣の開発に勤しんでいた。そしてそれはある程度成功していた。バリー魔導士たちがある程度の小型化に成功したのだから、隣国に出来ないという道理はない。

とはいえ、疑問は残る。


「兵や物資の転移だったら小型の転移陣では事足りないはずだけどね」


ライリーの独り言に似た呟きに、リリアナは小さく頷いた。

転移陣は小型になればなるほど、転移できる量も減る。大きさや陣に刻まれた術式の精巧さにもよるが、兵であれば数人、武器であっても十数人分程度だろう。

小刻みに斥候を砦に送り込んで来た可能性はあるし、砦を攻めるだけであればそれで十分だったに違いない。数人の斥候を潜り込ませて内部の油断を突き戦力を削ることは基本中の基本だ。

敵と気付かれないよう振る舞い、味方の軍勢が砦を攻めたところで内部から開門すれば砦は砦の役割を果たさない。


しかし、それでもなおカルヴァート騎士団が一夜で砦を落されたというのは俄かには信じられなかった。転移陣を使って斥候を送り込んで来た以外にも何かしらの策を弄したと考えた方が間違いはないだろう。


「とりあえず行ってみるか。考えたところで埒は明かねぇ」

「うん、そうだね。上に行けば不寝番の数も増えるだろうし、戦闘になるだろうから――取り敢えずサーシャは自分の身を護ることを優先して」


ジルドに頷いたライリーはリリアナへ顔を向け、真剣な口調で告げた。リリアナは頷いてみせる。

だが、大人しくしているつもりは毛頭なかった。


「貴方も王太子なのですから、怪我一つ負うことなくここから出ることをお考えくださいませ。捕らわれることも論外ですわ」

「勿論だよ」


王太子が敵に占拠された砦に侵入し捕虜になるなどあってはならないし、況してや命を落とすことも許されない。王太子が捕虜になれば王国は皇国に従う他の選択肢を失ってしまう。


「可能性としては捕虜になるよりも死ぬ確率の方が高いだろうね。まさか敵も王太子自ら潜入しているとは思わないだろうし」


だから極力気を付けるよ、とライリーは言う。思わずリリアナは呆れた視線をライリーに向けたが、ライリーは気が付いていないのか故意に無視しているのか、それ以上口を開かずに立ち上がった。


「じゃあ、あの塔に上って偉そうなやつに吐かせるってことだな」


よし、とジルドは物騒な笑みを浮かべ立ち上がる。

リリアナも二人に従うようにして動き始めた。外を移動している時は不安定な足場に慣れずジルドやライリーの手を借りることになってしまったが、砦の中はある程度舗装されているはずだ。どれほど暗かろうと魔術を使えば視界は確保できる。


塔に繋がる平屋立ての棟に近づく。人の気配はあるが、起きて動く人影はない。それでも念のために物陰に隠れて気配を殺し、三人は塔へと向かった。



*****



騎士や兵士たちが寝泊まりしている棟を抜けて、三人は中央に位置している塔に辿り着いた。四方を背の低い建物に囲まれた中庭の中央に、その塔は立っている。気配を殺して様子を窺えば、塔の入り口には不寝番が二人ほど立っていた。


「随分と念入りなことだな」


ジルドが小さく呟く。砦自体は敵地だが、塔の周囲は自軍の騎士と兵士で固められている。それにも関わらず塔それ自体に不寝番を置くということは、非常に猜疑心が強いのか、もしくはどれほど警戒しても警戒し足りないほど重要な何かしらを置いているという証左に他ならない。

リリアナとライリーは一瞬視線を交わした。それだけで互いの考えが読み取れる。

ほぼ間違いなく、転移陣はこの塔の中にあるという確信が、二人の心に芽生えていた。


「とりあえずあいつら倒してくるわ」


それほど時間も掛けずに、ジルドが一言告げる。そして彼は全く気負った様子もなく、足音を忍ばせて不寝番の背後に位置を取った。音もなく二人の兵士に近づくと、手刀を首筋に落とす。うめき声一つ上げることもできずに、不寝番は気を失った。


「さすがだね」


楽し気にライリーが呟く。ライリーとリリアナはジルドが塔の扉を開けたところを見計らって、小走りに塔に向かった。


「恐らく敵将は上にいるはずだ」

「了解」


ライリーの言葉にジルドは頷く。塔の中でも上の方にある部屋は貴賓用に誂えられていて、敵軍に占拠される前はカルヴァート辺境伯が砦を訪れた時に使っていた部屋だった。

要塞という性質上、それほど贅を凝らした造りにはなっていないはずだが、それでも他の場所と比べると段違いに上等な誂えだ。


「砦つっても狭ぇな。本当にこんな場所に転移陣があるのか?」


塔の中央には石造りの螺旋階段が取り付けてある。その階段を一列になって上りながら、ジルドは訝し気に眉根を寄せた。

それほど広くはない塔は更に小部屋に分かれているため、それなりの大きさが必要とされる転移陣が設置されているとは考え辛い。

ジルドの問いは当然だったが、ライリーは静かに首を振った。


「最上階は一室になっているんだよ。だからここまで私たちが見て来た小部屋よりもだいぶ広い」

「へえ」


なるほどなぁ、とジルドは呟く。

傭兵として働いて来たジルドはこのような砦を見た経験はほとんどなかった。傭兵は下っ端であり、大将がいるような場所に近づくことはない。

三人は極力急いで階段を上る。傭兵のジルドや普段から鍛錬を怠らないライリーと比べると、どうしてもリリアナは体力的に劣ってしまう。しかしその分は魔術で多少補うことで、どうにか二人に付いて行く。時折ライリーが心配そうに“大丈夫か”と尋ねるが、手を借りる必要はなかった。

途中の小部屋や、階と階の間にある作業スペースに転移陣がないことを確認しながら、最上階の手前まで到達する。すると、腰をかがめたジルドが右掌をリリアナとライリーに向けて止まるよう促した。


「人の気配がする」


一歩下がったジルドが声を潜めて二人に耳打ちする。どうやら最上階にも不寝番が居るらしい。

念の入ったことだと思いながら、リリアナは魔術や呪術の類が使われているか確認した。


「稼働している魔術や呪術の痕跡はございませんわ」


ジルドとライリーに囁けば、ジルドは全身の緊張を高め、そしてライリーは腰に提げた剣に手を掛ける。それほど天井も高くないため長剣が不利だからか、ライリーが持って来ていた剣はあまり剣身の長くないものだった。


「不寝番を転がしてそのまま部屋ン中に入る、で良いか?」

「ああ」


ライリーに確認を取ったジルドは、次の瞬間その場から消えていた。不寝番たちがリリアナたちに気が付くより早く肉薄し、鋭く腹を抉るように殴る。鈍い音を立ててめり込んだ拳は、一撃で屈強な男たちの意識を奪っていた。

あっという間の早業に、ライリーやリリアナは出番がない。それでも背後から敵が来ないか気を配りながら、ライリーは小さく息を吐いた。


「――分かってはいたけど、ジルド殿が居ると百人力だね」

「ええ、本当に」


並大抵の騎士や兵士ではジルドには太刀打ちできない。二人ともジルドの実力は知っていたが、潜入に際してもその力が遺憾なく発揮されるとは思っていなかった。


「終わったぜ」


ジルドに声を掛けられるよりも早く、リリアナとライリーは階段を上り切って扉の前に立つ。

不寝番二人を気絶させたジルドは手早く手近にあった縄で二人を縛り上げた。それほど大立ち回りでもなかったが、それなりに物音はしていたにも関わらず、部屋の中で人が動く気配はない。

ライリーは扉を睨みつけ、そしてリリアナは無詠唱で室内の人影の位置を確認する。


「起きていそうな気配はするんだけどね」


ライリーが呟いた。リリアナは頷く。気配は感じられなかったが、リリアナの目は壁と扉の向こうで動く人影を捉えていた。厳密に言えば、人間が発している体温と身に纏っている魔力だ。

気配は感じられても具体的な位置や動きは分からないライリーは、横目でリリアナを一瞥した。


「二人いるように思うんだけど、どうかな?」


リリアナが壁の向こう側を見ていると分かっているような物言いだが、リリアナは答えない。実際に感じ取っているということを明言する気は、リリアナにはさらさらなかった。そして気絶した不寝番を縛り上げたジルドが腰を上げ、扉の方を見やる。そして彼はリリアナに代わってライリーに答えた。


「俺もそう思うぜ。しかも二人とも起きてそうだ。なぁんか酒臭ぇな」

「明日襲われるかもしれないというのに、悠長なものだね」


ジルドの敏感な嗅覚は酒の匂いも嗅ぎ取ったようだ。その言葉に、ライリーは呆れたように片眉を上げた。

だが酔っているのであれば話は早い。乱闘になっても素面のジルドとライリー、そしてリリアナを相手に十分な動きはできないだろう。


「行こうか。サーシャは後ろに居てね」


ライリーに言われて、リリアナは頷く。リリアナの身を極力危険から遠ざけるための言葉だとは分かっているが、本来魔導士は戦場でも後衛を担当する。いわば弓兵や投石兵と同類だ。接近戦でも問題なく魔術は使えるが、ライリーやジルドが室内の二人と戦っている間に転移陣を探す方が重要だった。


ライリーが剣を抜く。ジルドが構え、そして次の瞬間――三人は鍵の掛けられた扉を破壊し、室内に飛び込んだ。


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