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悪役令嬢はしゃべりません  作者: 由畝 啓
第一部 悪役令嬢はしゃべりません
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7. 披露宴と思惑 1


爽やかな天気に恵まれ、来賓は皆、グラスを片手にテーブルの間を練り歩きながら楽し気に談笑している。全員が顔見知りであり、ほとんどが縁類であるという状況からか、あまり殺伐とした雰囲気もない。会場は大広間のバルコニーを開け放ち、大広間だけでなく庭でも食事や歓談を楽しめるよう整えてあった。最初こそ全員が会場に集まっていたものの、見事な花を見たいと考えたのか、その殆どが外に出ている。部屋に残っているのは、リリアナの祖父母やその同世代ばかりが片手ほどだ。


リリアナは、マリアンヌの手によって美しく着飾っていた。シンプルなレースが品よく誂えられた薄緑は裾に行くほど濃くなり、可愛らしさの中にも優美さが兼ね備えられている。シルバーアクセサリーは小ぶりながらも、薄緑のペリドットと濃緑のパライバトルマリンが絶妙なバランスで誂えられていて、リリアナの可憐さを引き立たせていた。人目を引いていることにリリアナだけが気が付いていない。

彼女は、宴の最初に父親が挨拶の口上を述べる時だけ家族と共にいたが、それが終われば特に用もない。招待客たちに声を掛けられるのも面倒臭い以外の何物でもなかった。そこで、リリアナは極力気配を消して、侍女のマリアンヌと共に庭の隅に佇んでいた。勿論、魔術が使えることはリリアナにとっての機密事項であるから、気配を消すために幻術は使えない。

敷地内であるため、王都近郊の屋敷から連れて来た護衛二人には屋敷周辺を警備して貰うことにし、そしてペトラは貴族が嫌いだと屋敷の中に引っ込んでいる。

それが少し、リリアナには羨ましい。本当はリリアナもさっさと部屋に退散してしまいたいが、父である公爵からは極力人目に付くところでたおやかに微笑んでいろ、と言われた。勿論、宴が終わるまでではなく、未来の婚約者である王太子ライリー・ウィリアムズ・スリベグラードを迎えろという言外の指示だ。

相変わらずの専制君主、ならぬ暴君だとリリアナは思う。とはいえ、反抗しても無駄だということも良く分かる。


――ああ、寒々しい。まぁ今は冬ですけれど。それでも更に寒々しい光景でしたわ。


仲の良い家族というアピールは上手く行ったと思うが、あまりの白々しさに思い返すだけで体が震えそうになる。ついでに呆れかえってしまう。リリアナは手にした紅茶を一口飲んで心を落ち着けた。


しかしそれにしても。


(――見事でしたわ)


思わずリリアナは父である公爵の手並みに唸る。公爵は屋敷に到着した後、一切リリアナと顔を合せなかった。様子を窺う限り、どうやら母と兄には会ったらしい。だが、そんなことはおくびにも出さず、彼は冒頭の口上で見事にリリアナを気に掛ける優しい父親を演じてみせた。十中八九、招待客たちは皆、クラーク公爵家の仲睦まじさを信じただろう。母親も顔を引きつらせはしたものの、リリアナに対して優しい母親を演じていた。


(お兄様は遠縁の男爵様とお話なさってますわ。確か最近魔物がよく出ると噂の街道が通っている領地をお持ちだったわね)


母は実の両親を亡くしているため、リリアナとは対角線上の庭の端にあるテーブルで、数少ない親戚たちと歓談していた。どうやら身に着けている宝飾品を自慢しあっているらしい。遠くて声は聞こえないが、恐らく値の張るものなのだろう。一人は明らかに魔道具と分かるブレスレットを母に見せていた。母方の家系には呪術や魔術に秀でた者が多いと聞く。祖先を辿れば遥か北の異民族の血が混じっているらしく、中には北の異民族は異能力者だという伝承から自分たちは他人とは異なり優れた能力を持っているのだと主張する者もいた。

リリアナの知る限り“異能力”と言えるような力の持ち主は自分自身と父親である公爵くらいなのだが、その事実は無視されているようだ。それに、リリアナにしても公爵にしても、他人より優れていると言えるのは魔力量の一点だけである。

しかし、その系譜のせいか、母方の親族には呪いや魔道具を好む人間が相当多かった。


(そのうち、そこら辺に捨て置かれた壺を高額で売りつけられそうだわ)


勿論、彼ら彼女らは言い値で買うに違いない――そこまで想像してリリアナは少しうんざりする。顔を別の方に向ければ、そこには父親がいた。父は王宮に勤めている知人たちと盛り上がっている様子だ。その中に、一人だけ他と違う装束を纏った少し小柄な中年男性がいた。紫色のローブを着ている。胸元に一瞬垣間見えたのは金細工のネックレスだ。


(あのローブは――魔導士のようにお見受け致しますけれど、お父様のお知り合いかしら)


リリアナはこれまでの人生で魔導士に会ったことがほとんどない。唯一会ったのがペトラ・ミューリュライネンであり、彼女が()()()()魔導士でないことは明らかだ。しかし、今父親と話しているのはペトラとは違い、たいていの人が思い描く魔導士のように思えた。色こそ違うものの、ローブもペトラが着ていたものと形が似ている気がする。

できるだけ相手に気付かれないように様子を窺っていると、しばらくして父親がローブの男に何言か声を掛け、二人だけ他の人から離れ歩き出した。素知らぬふりで様子を窺うリリアナだったが、父親とローブの男は近づいて来る。


(わたくしに何か御用かしら――?)


もしそうだとしたら予想外だ。クラーク公爵はリリアナが王太子の婚約者候補から外れることを願っている。そのために、声を治すための魔導士も手配しなかったはずだ。

父親とローブの男が近づいて来る。対外用の仮面をかぶっているのか、父親は優し気な笑みを浮かべて「リリアナ」と呼んだ。

何でしょう、と言うように、リリアナは微笑を湛えたまま父親を見上げ小首を傾げる。さりげなく紅茶のカップをマリアンヌに渡すと、優秀な侍女は受け取ったカップを手早く近くのテーブルに置く。


「これは私の娘のリリアナだ。リリアナ、こちらは魔導省長官のニコラス・バーグソンだよ」

「これはこれは、美しいご令嬢ですな。公爵様の奥方様も美しくご令息も優秀で羨ましいと思っていましたが、ご令嬢もこれほどまで美しいとなると――さぞや羨望の的となりましょう」


バーグソンは気障ったらしい仕草でリリアナの手を取り、甲に軽く口づけた。リリアナは引き攣りそうになる頬を辛うじて微笑の形に留める。だが、その微笑も次に父が放った言葉で凍り付いた。


「リリアナ。まだ声が出ないんだろう。医師でも治らないとなると、それは()()だ」


背後でマリアンヌが息を飲む。リリアナはわずかに頬を引き攣らせながら父親を見上げた。公爵は感情の読めない目でリリアナを貫き、しかし()()()()()()()()()()()()()言葉を続けた。


「呪いなら、魔導士が解くことができる。このバーグソン殿は魔導省長官だ。つまりこの国でトップの魔術の力がある。お前も、殿()()()()()()()()()()()()()()()()?」


――お前は私の駒でしかない。


かつて――リリアナが幼い頃、二人きりになった瞬間を狙って繰り返し吐き捨てられた言葉が脳裏に蘇る。

リリアナの青白い顔に何を思ったか、公爵は笑みを深めた。まだ年端も行かない娘が、恐怖を覚えていると思ったのかもしれない。だが、実際のところリリアナは混乱を極めていた。


(これは一体、どういうことでしょう? お父様は、わたくしの声が出ないままの方がご都合が宜しいのではなかったの?)


それに、恐怖を煽る言い方が妙に気にかかる。小さな頭を高速で回転させるリリアナには気が付かないまま、公爵の言葉をバーグソンが引き取る。にやにやとした笑みを浮かべて、バーグソンは舐めるようにリリアナの顔を見つめていた。


「ええ、勿論私でしたらたいていの()()は解けるでしょう。しかし、解呪の術は繊細な操作が必要でしてな。本人が受け入れようと思わなければ、解呪は叶わぬのですよ。効果を高めるには、解呪を受ける人が心の底から願う必要がある――いかがですかな?」


リリアナは思案した。ここで声が出るようになると、リリアナの計画は台無しになる。新たに婚約者候補から外れるための策を弄するのも面倒だ。しかし、悩む時間はない。リリアナは微笑を消し、顔を更に青白くさせ、頬を引き攣らせた。父親とバーグソンの瞳に映るいたいけな少女は、恐怖に震えている。そして、「解呪しましょう」と告げてリリアナに手を差し伸べるバーグソンに向け、リリアナは小刻みに震えながら首を振ってみせた。バーグソンの顔が驚きに見開かれる。


「解呪しないと言うのですか?」


リリアナは頷く。これは一つの賭けだった。父親が解呪しろと命じれば、今のリリアナは解呪を()()()()()()。逆にリリアナの意志を尊重する素振りを見せれば、リリアナは解呪を拒否できる。提案に乗らないことで公爵の機嫌が損ねられないか、リリアナは神経を尖らせた。視界の端に捉えた公爵の表情は読めない。ただし、リリアナを責める気配も見えない。

目を眇めたバーグソンが何事かを呟いた、


――――その時。


どこかで、キィ――――――――ンと、高い金属音が響いた――気がした。




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