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悪役令嬢はしゃべりません  作者: 由畝 啓
第一部 悪役令嬢はしゃべりません
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36. ゼンフの町 8


ハンフリー神官長との対面会談は恙なく進んだ。途中、神官長の態度にクライドが眉を顰める場面は何度か出て来たものの、王族であるライリーが全く気に留めた様子を見せずに淡々と事務的に話を進めたため、事が荒立つこともない。

話し合いは神殿の運営状況の確認や問題点の洗い出し、本庁が上げてきた報告とゼンフ神殿で保管されている書類の内容の確認等、多岐に渡る。基本的にはクライドが対応していたが、ライリーもその全てを把握していたようで時折口を挟んでいた。


リリアナはライリーやクライドと神官長の会話をただ黙って聞くだけだ。普通に考えればリリアナが同席する理由もない。実際、話し合いが始まった時にはハンフリー神官長が胡乱な目をリリアナに向けていた。だが彼がリリアナの同席に異を唱える隙を、ライリーは与えなかった。リリアナとしても一人で神殿内部を見て回るよりはライリーたちと同席した方が良い。

そう思える程度には、ゼンフ神殿には違和感があった。ライリーに言われた通り、一人にならない方が良い予感がひしひしとしている。


(魔術的にも妙なところは見られないのですけれど)


ただ、何かが隠されている気配は拭えない。特に神殿の奥まった部分に近づけば近づくほど、違和感は強くなる。他の場所であれば気が付かれないよう呪術の鼠を放つことも出来るが、至る所に魔術の痕跡があるゼンフ神殿では情報を掴む前に鼠が捕獲される可能性が高かった。


(どういたしましょうか)


単に神殿特有の魔術が使われているだけであれば良いが、万が一禁術に類する術が使われていたら調査しなければならない。禁術はその多くが周囲に悪影響を及ぼす。現段階では被害がなくとも、将来的に問題が起こってから対処するのでは遅い。だが、リリアナには感じられる違和感の正体が禁術によるものなのか、それとも神殿特有の術式が用いられているせいなのか、判断が付かなかった。


(ベン・ドラコ様かペトラが居れば何か分かったのでしょうかしらね)


内心で嘆息混じりに考えるが、二人はこの場に居ない。転移の術で連れて来るほど緊急性も高くない。

結局、今は何の対応策もないとリリアナは諦めた。


「以上で終了して宜しいでしょうか」


ハンフリー神官長が半ばぶっきら棒に話を纏める。さすがに多少慣れたのか、クライドは無礼だと諫めることはしない。その代わりに「そうですね」と頷いた。神官長はもう一人の神官に書類を纏めるよう指示を出す。


「私はこの後予定が入っておりますが、殿下方はお好きなように。案内が必要でしたら神官を一人付けましょう」

「折角だから、他の場所も幾つか見せて貰いたい。案内は不要だ。もしそちらが必要と思うなら付けてくれても構わないが」


ライリーは穏やかに答える。ハンフリー神官長は片眉を上げてライリーを一瞥した。


「そうですか。それでしたら私共はこれで失礼致します。もし途中で必要がありましたら、見かけた神官にお声掛けください。なにぶんここは広いですから、出入口が分からなくなることもあるでしょう」

「ああ」


最初から最後まで、ハンフリー神官長は王族に媚びる気はないらしい。ライリーの性格からしても妙に持ち上げられるよりは良いのだろうが、それにしても何故そこまで自信があるのか、リリアナには不思議でならなかった。

ゼンフの町を治めているのは神殿だが、先代国王の時代から王権は強さを増している。ゼンフ神殿程度、その気になればいつでも潰せるはずだ。

そのことを知らないのか、知っていてもなお自信があるのか。

もし前者であればハンフリー神官長は単に愚かな男だし、後者であればその理由が問題だ。王族に不敬を働いても潰されないという自信があるのであれば、それは国家転覆できるほどの奥の手を持っているということに他ならない。


部屋を出て神官長たちと別れた一行は、更に奥まった方面へと足を向けた。事前に周知されているのか、王太子一行とすれ違う神官たちは頭を下げるだけで、何の反応もない。


「殿下。神殿内部を見て回られるのですか」


少しして口を開いたのはクライドだった。ライリーは頷く。


「そう。さっきから妙な気配が奥の方からしていてね。秘密裏に探るのも難しいから、出来る場所まで見に行けないかと思って」

「妙な気配?」


クライドは首を傾げる。他にライリーと同じ感覚を覚えた者はいるかと周囲を見回す。しかし誰も反応しない。ライリーは自分の横に立つリリアナに目を向けた。


「サーシャは感じる?」


一瞬リリアナは口籠ったが、一つ頷いた。クライドは眉根を寄せて妹を見る。本当か、と問うような視線だ。だがライリーは疑わない。寧ろリリアナが気が付いていないはずはないと確信している様子だった。


「他に気付いた者はいるか」


再度ライリーが尋ねる。すると、先ほどは反応しなかったオルガが一歩前に出た。リリアナは目を瞬かせる。一部を除いた護衛たちが胡乱な目をオルガに向けるが、オルガは一切気に留めない。傭兵出身のオルガが、ライリーとリリアナしか気が付かない気配を悟っていたことが彼らの矜持を傷つけたのかもしれない。

しかし、ライリーは気にせず一つ頷いた。


「どのような違和感を覚えたのか、簡単に教えて貰えるかな」

「東方魔術が用いられています」


オルガの回答は端的だった。リリアナは驚いてオルガの顔を凝視する。ライリーもオルガが断定したことに驚嘆したらしく、感心したように「へえ」と呟いた。


「東方魔術か。西方魔術と区別がつくものだとは思っていなかったな」

「この国で使われている東方魔術は多くありませんし、西方魔術に合うよう変化していますから」


ようやくそこでリリアナは納得する。確かに、ペトラやベン・ドラコが研究している東方魔術は西方魔術と組み合わせて使われている。ペトラは一部の東方呪術に限って本来の術式を用いているが、その彼女でも東方魔術は西方呪術と組合さなければ上手く扱えない様子だった。

だからリリアナは、純粋な東方魔術の実例を見たことがない。


「よくわかったね。近づくのは危険かな?」

「魔術自体は、危険ではないかと」


ライリーの問いに、オルガは静かに答える。その言い回しは微妙だったが、ライリーは直ぐにオルガの真意を汲んだ。


「なるほどね」


だが、その後に続いた“勘付かれたくない可能性もある、か”という独り言はリリアナにしか聞こえない音量だ。少し考えたライリーは、深追いはしないことにしたらしい。あまり奥まったところまではいかず、怪しまれない程度に散策し、妙な気配の根源には近づかずに終わる。

だが、神殿の門を一歩出た時――背中に悪寒が走り、リリアナは足を一瞬止めた。同時にライリーも足を止める。二人は揃って振り返るが、そこには最初に見た時と何の代わりもない神殿が聳えているだけだった。



*****



ゼンフ神殿を訪問した翌日、リリアナたちは本来の目的であるネイビー男爵領へと向かっていた。さすがにゼンフ神殿を訪れた時のように、徒歩というわけにはいかない。護衛も引き連れ馬車での移動となる。

リリアナはライリーと同じ馬車に乗り込み、車窓から外を眺めていた。ライリーは神殿で行われた話し合いの内容をまとめた報告書に目を通している。どうやらクライドが昨夜作った叩き台を確認する必要があるらしい。

暫くしたところで、仕事を終えたらしいライリーは書類を纏めて鞄に仕舞い込んだ。そしてリリアナと同じように窓の外へ目をやる。


「ゼンフの町から離れると、だいぶ雰囲気が変わるね」

「森が深いですわね」


ライリーの感想にリリアナも同意を示した。ライリーの言う通り、ゼンフの町とその近辺は開けているものの、距離が離れるほど畑や果樹園の景色は消え、鬱蒼とした森が視界を覆い始める。

おもむろに地図を取り出したライリーは、凡その現在地を確認した。ネイビー男爵領まではまだ暫く掛かる。リリアナはそんなライリーの様子を横目で伺っていた。地図を閉じたライリーは、顔をリリアナに向ける。二人の視線は宙で絡んだ。


「サーシャ、神殿に入る前に渡したブレスレットを今持ってる?」

「ええ」


こちらに、と言ってリリアナは手首に付けたブレスレットを見せる。ライリーは嬉しそうな笑みを零し、ブレスレットを見せてくれないかと問うた。勿論拒否する理由もない。リリアナは手首からブレスレットを外してライリーに手渡す。

ブレスレットを受け取ったライリーは、掌に載せてまじまじと眺めた。ポケットから対になるブレスレットを取り出し、二つを重ねるようにして持つ。口の中で短く詠唱を唱えると、二つに重なったブレスレットは淡い光を放った。

思わずリリアナは目を瞠る。ライリーはどうやらブレスレットを解析しているらしい。


乙女ゲームでも、ライリーは魔導士ではなかった。王太子らしくその素質はあったものの、ベラスタがいる以上ライリーにその能力は必要ないということだったのだろう。そして今、リリアナは初めてライリーが魔術らしい魔術を使っている場面を目にした。防御の結界は幾度となくリリアナの前で張っていたが、それ以外の術をライリーが使うことなど滅多にない。敢えていうならば身体強化し戦っていた場面を見たくらいだ。


「――ウィル?」


何故ブレスレットを解析するのか、とリリアナは首を傾げた。昨夜、神殿を出て部屋に戻ったリリアナはブレスレットの状態を確認した。その結果、異常なしという結論に至ったのだ。つまり、神殿を出た直後に覚えた違和感は、リリアナに実害のあるものではなかったし、神殿内部でも術を仕掛けられた痕跡はない。

しかし、今リリアナの前でライリーが行っている解析は、リリアナにとって衝撃的だった。


――淡い光の中、一部分だけ色が異なっている。


詠唱を終えたライリーは、ちらりと視線をリリアナに向ける。彼女が受けた衝撃を、ライリーは正確に理解していた。微苦笑を浮かべて、二つのブレスレットを重ねたままリリアナに差し出す。

半ば呆然とブレスレットを受け取ったリリアナは、色合いの違う部分を凝視した。他は一切違いがないのに、その部分だけ魔術の術式が異なっている。単体では違和感のない術式も、二つ揃えば明らかだった。


「サーシャから見て右側のブレスレットが、昨日サーシャが身に着けていた方。もう一つは、昨日宿に保管していた三つ目のブレスレットだよ」


それから、とライリーはポケットからもう一つのブレスレットを取り出す。それは間違いなく、昨日ライリーが着けていたブレスレットだった。差し出されたブレスレットを受け取り、リリアナは術式を確認する。すると、リリアナとライリーが着けていたブレスレットの術式が一部分、不自然にならない程度に書き換えられている。


「――単独で解析しても、気付かないはずですわね」

「ああ、巧妙だと思うよ」


念のために予備を持って来て良かったと、ライリーは肩を竦めた。

書き換えられた術式は居場所を特定するものだ。通常であれば、三つ目のブレスレットに書き込まれている通り、居場所を特定できる人物はライリーとリリアナの二人だけだった。それも、持ち主に危険が迫った時のみと条件が付いている。

だが書き換えられた術式は、リリアナとライリーに加えて第三者も居場所を特定できるものだった。その上、持ち主に危険が迫った時という条件が解除されている。しかしその書き換えも巧妙で、やはり単体で確認しただけでは気付かない程度のものだった。


細長い息を吐いて、リリアナはライリーにブレスレットを返す。ライリーは三つのブレスレットを受け取ると、無造作にブレスレットの術式を無効化した。そして廃棄できるよう、別に分けて袋に入れる。他に術が掛けられていないと確信が持てない以上、ブレスレットを身に着けること自体に危険性がある。


「それから、これ」

「――別に用意なさっていましたの?」


ライリーが鞄から取り出したのは、また違う意匠のブレスレットだった。ほぼ間違いなくそれも魔道具だ。恐らく術式の内容は最初にリリアナが受け取ったブレスレットと同じだろう。

苦笑を浮かべたリリアナに、ライリーは平然と頷いた。


「そう。ネイビー男爵領も修道院もゼンフ神殿ほど心配はしてないけど、念のため」

「承知いたしましたわ」


リリアナは静かに頷いて、ブレスレットを手首につける。最初のブレスレットと全く同じ意匠にしても構わないはずなのに、色合いも用いられている石の種類も違う。自分よりもライリーの方が洒落っ気があるのではないかと、リリアナは内心で嘆息した。



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