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悪役令嬢はしゃべりません  作者: 由畝 啓
第一部 悪役令嬢はしゃべりません
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挿話5 ライリー・ウィリアムズ・スリベグラードの憧憬


麗らかな昼下がり。心地良い風に吹かれながら、王宮にある温室で紅茶を飲み、私は溜息を吐いた。あまりにも考えるべきことが多すぎる。ふと、親友のオースティン・エアルドレッドが私に向ける呆れた視線に気が付いた。思わず私は八つ当たりをしてしまう。


「訓練は良いのか」

「今日の午後は休みだ」

「それで無事、騎士団に入団できるとでもいうのか。油断は禁物だぞ」

「油断はしねえ」


昔はもう少し素直だった気がするんだが、いつの間にか我が親友殿は飄々と受け流す術を覚えたらしい。私も見習わないとな、と言えば、オースティンは更に呆れを深めて「それ以上どうなるつもりだよ」と溜息を吐いた。


「それで? なんかあるんだろ、珍しくそんな憂鬱な顔してんだからさ」

「――あると言えばあるし、ないと言えばない」


言えないことと、言っても構わないこと。脳内で整理をつけながら誤魔化す算段を整えるつもりが、歯切れの悪い口調になった。オースティンは開いていた本を閉じてテーブルの上に置く。

しっかり聞かせろよ、という顔だ。こうなるとこいつはもう引かない。

私の一人称が「僕」だった頃から、こいつは一番傍に居て、私の性格や思考回路を理解している。時折、私以上に私のことを知っているのではないかと空恐ろしくなることもあるほどだ。

私は諦めて、念を入れるべく二人の間に防音効果のある結界を張った。更には盗聴や盗撮に関わる魔術の反応がないかも確かめる。その上でようやく、私は安心して口を開いた。


「父上のことだ」

「俺が前に言った噂話のことか」

「そうだ」


オースティンが領地に戻った時に仕入れた噂――それは、私の父、つまり現国王陛下に関する事柄だった。


「父上に進言したら、父上はニコラス・バーグソンにご相談なされたらしい」


私が告げた名前を聞いたオースティンは、一瞬記憶を探る顔になった。


「――魔導省長官だな?」

「そうだ」


ニコラス・バーグソン。爵位はなく商家の出だが、優秀な男だと聞いている。あの宰相でさえ彼を高く評価しているらしい。父の信も厚いようで、私が進言した翌日にはバーグソンは謁見の間を訪れていた。


「だが、結果は芳しくなかった。引き続き調査をするとのことだが、解決には至っていない。体調のことで政務も滞っていると聞く。結果、宰相に皺寄せが行っているらしい。そのことに苦情を申し立てる貴族もいるほどだ」


思わず溜息を吐く。ただでさえ三大公爵家の一つとして権力を欲しいままにしているクラーク公爵が、国王代理として様々な決裁を下している現状を快く思わない貴族は多かった。彼が宰相になってから打ち立てた数々の優れた政策とその手腕を知っていれば下手なことは言えないはずだが、それでもなお不平を口にする者は絶えない。


「私は――他に何か手を打つべきだと思うのだが、お体の調子が思わしくない陛下にこれ以上の負担を掛けたくはない」


胸に迫る焦燥とは裏腹に、結局は手づまりのまま解決策を見いだせずにいる。幼少時から王太子教育を施されているとはいえ、成人していない身では取れる手段も限られる。父に代わって政務に深く携わるほどの力量もなければ、認められてもいない。仮に要望として告げれば、宰相は氷のように冷たい視線で私を一瞥し、「それよりも今なすべきことを徹底的になさい」と切り捨てるだろう。

私の独白にも似た呟きに、オースティンは同意を示すように頷いた。


「確かにそうだろうな。それで、お前は落ち込んでるってわけか」

「まぁ、そういうことに……なるんだろうな、やっぱり」

「十分やってるって、父上は仰っていたぞ。年齢を考えても歴代の王族の中で抜きん出ているってさ」


オースティンは面倒臭そうに言った。そうか、私は落ち込んでいるのか。気付かなかったし、あまりにも子供っぽい醜態に憮然とした。複雑な心境のまま右手で顔の下半分を覆うと、オースティンが苦笑混じりに私を見た。


「安心しろよ。お前は良くやってるよ。俺でさえ、落ち着けって兄上に怒られることが多いのにな。そう言われたこと、お前はないだろ?」

「王族にそんなことを言える人はそういない。私は王太子だぞ。まだまだ、私はお祖父様の足元にも及ばないのも事実だ」


精進あるのみだ、と言えばオースティンは苦い顔になる。


「鬼神になる必要はないだろ」

「だが、あの方が私の理想だ。国王の何たるかも、あの方に教えていただいた」


先代国王陛下は既に崩御されているが、賢王と呼ばれ優れた王だった。しかし武芸に秀でていたためか、鬼神という呼び名の方がよく知られている。今でも民からの信頼を一身に集め英雄とも呼ばれている。政も懸命に行い、優れたるを優遇し劣るを退けた。反発もあったがそれ以上にこの国に平穏を齎した、歴代の中でも史実に名を残す名君だ。その祖父に比べると、父である今上陛下は心許ない――というのが世評だった。


お祖父様は惜しくも私が六歳の時に亡くなったが、それまでにも病床に伺う私に様々なことを教えてくださった。人に信頼を置きつつ常に疑うべきであることも、等しく民を愛し時には苛烈になるべきであることも、決して己の能力をひけらかすべきではないということも。


――王は無私であり博愛の象徴であり、そして国と民のためならば魔王すら跪かせその命すら奪うべきだと、祖父は幼い私に教えた。


祖父は私の憧れであり、目標だった。


「で?」

「それなのに、なかなか上手く行かない」


私のボヤキに何を思ったか、オースティンは口を噤む。普段ならば「お前はお前だろう」と小言が飛んでくるのだが、今日は珍しく文句を言うつもりがないようだった。私の親友殿は「そういえば」と話題を切り替えた。


「フォティア領に行くんだってな」

「ああ、クライドのお披露目があるからな。お前は行かないんだろう」

「――騎士団の入団試験があるし、俺は次男だ」

「お前の兄君も行かないだろうが」

「行けると思うか」


オースティンは吐き捨てるように言う。

クラーク公爵家唯一の子息クライド・ベニート・クラークを披露する宴がフォティア領の屋敷で開かれる。私は公爵家令嬢であるリリアナ嬢の婚約者でもあるから、顔を見せないわけにはいかない。クライドも優秀な男だから、将来の私の側近候補だ。だが、そのクラーク公爵家は三大公爵家の中でも最近頓に力を付けつつある。陛下には忠誠を誓っているものの、オースティンの父であるエアルドレッド公爵とはあまり馬が合わないらしく、今回の宴も“基本的には身内のみでする”と話があった。

それならば私が行く必要もないのではないかと思うが、内外に王家との強固な繋がりをアピールしたいのだろう。

だが、それも親世代の話だ。王宮で私を介して知り合ったオースティンとクライドは、そこそこ友好的な関係を保っているように見える。


「お前だって祝いたいだろうに」


悪戯心を起こしてそう言えば、オースティンは顔を顰めた。認めるのが癪に障るのか、オースティンは私の言葉には答えなかった。代わりに、「俺からは言っておいた」と漏らす。私が首を傾げると、彼は声を更に低めた。


「リリアナ嬢の声のことだ。医師の手腕で治らないのなら、陛下と同じ可能性がある」


私は目を見開く。

女性に優しく引く手数多だと噂のオースティンだが、実際は真面目な男だと私は良く知っている。それでも、一人に決めない姿勢は理解していたし、遠くない将来には浮き名を流すだろうと思っていた。だからこそ、たった一人の女性の名前を頻繁にオースティンから聞くことはなかった。私の婚約者候補である他の女性たちに対しても同様だ。だが、彼にしては珍しく、()()()()()()()()()良く話題に乗せる。それも私ではなく、オースティンの方からだ。

彼女に興味を引かれてでもいるのだろうか――と思うと同時に、初対面で冗談交じりに、リリアナ嬢への求婚を仄めかしていたことを思い出した。


――いや、まさかな。


心に僅かに沸き上がった妙な感傷には蓋をして、私は親友との会話に集中する。


「――呪術か。だが、それなら公爵が手配しているだろう」

「ああ、俺もそうは思う。だが、手は打っておくに越したことはない」

「それもそうか」


オースティンの指摘は尤もだった。最近、街道に頻出するようになった魔物の対処や近隣諸国の不穏な動きのお陰で、王宮にも緊迫した空気が流れている。当然、宰相たるクラーク公爵も多忙だ。有能ではあれど、人の子である以上ミスは無くせないだろう。


「忘れている可能性もあるな」


私は手を伸ばしてカップを手に取る。冷めた紅茶を飲み干し、喉を潤した。

リリアナ嬢とは、声が出なくなる前よりも後の方が頻繁に会っている。陛下の思し召しだが、実際に私が会うことで彼女を守れるという言葉の真意は未だに掴めない。


昔から、彼女は笑わない。声を失ってからは常に微笑んでいるが、それまでの彼女は人形のようだった。他の婚約者候補たちのように媚びた目を向けたり悋気を露わにしたり、怒りや悲しみを表現したりはしない。しかし――いや、だからこそ、婚約者候補たちの中で最も王妃に相応しい少女がリリアナ嬢であることは確かだ。嘗て彼女は、私に言った。


『わたくしたちは、自尊と自負に則った行動をすべきにございます。それは個人の感情や思いに先立つものにございましょう』


共に居て心が動くとか、そういう感情は私には分からない。彼女と他の人間で、そこに差はない。リリアナ嬢も他の婚約者候補たちも皆等しく、私にとっては心を尽くすべき民だ。

だが、幼少にして祖父と同じことを告げる少女が声を失ってしまったことは、確かに私にとっても悲哀を誘うものだった。



3-5

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