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悪役令嬢はしゃべりません  作者: 由畝 啓
第一部 悪役令嬢はしゃべりません

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36. ゼンフの町 2


ライリーに注意を受けた後、気まずくなった――と思ったのはリリアナだけで、ライリーは普段と変わらない態度に戻ってリリアナと接した。一瞬リリアナは首を傾げたものの、ライリーに蒸し返す気がないのであれば付き合うまでだ。

取り敢えずリリアナ自身が囮になり敵を炙り出すという戦略は口にしないことにして、リリアナは表面上は平静を装いライリーとの会話を続けた。


幸いにも道中は恙なく平穏に進み、リリアナたちはカルヴァート辺境伯領に入る。目当てはネイビー男爵領近郊にある修道院だが、男爵領に王族が泊れる宿は存在しない。一般の貴族であれば男爵が暮らしている屋敷に泊まれるが、警備の観点からも王族が宿泊すべきではないという結論に至った。どうやらネイビー男爵もその方が気楽だと思ったらしく、是非にと言って来たらしい。

そのため、修道院にも男爵領にも程近いカルヴァート辺境伯領内の町に拠点を置き、必要に応じてそこから男爵領まで足を延ばすという行程になった。


(確かに、あの屋敷は広いだけでしたものねえ……)


護衛たちを含めると、今回の視察は結構な大所帯だ。適切な警護をしようと思えば、恐らく屋敷の施錠部分や窓、裏口といった細々した箇所まで手を入れなければならないだろう。

さすがに一度お忍びで来たことがあるとは言えず、行程の説明をライリーから受けた時のリリアナは曖昧な微笑と共に“そうですのね”とだけ答えておいた。


それに、ネイビー男爵も元々は農民だ。カルヴァート辺境伯領だった一地域だった元男爵領で監督官に選ばれ、農民たちを取り仕切る役目を負っていたらしい。その働きぶりや性根を認めた前カルヴァート辺境伯が男爵を叙したと言うのだから、貴族としての教育は受けていない。

こぢんまりとしたネイビー男爵領では、領主邸で働く下男や侍女たちも一皮むけば“農家のお隣さん”だ。ネイビー男爵の人柄を見ても、彼らが高位貴族を持て成すに十分な働きをできるとは思えない。

互いのためにも、宿泊場所はカルヴァート辺境伯領内にしておくべきだった。


「サーシャ、ゼンフに入るよ」


ライリーに声を掛けられて、リリアナは馬車から外を覗く。町とは言っても王都ほど広くはないし活気もない。それでも、地方都市としては十分なほど賑わっていた。


「あの尖塔は神殿でしたでしょうか」

「うん、そうだね。確か女神フォルモントを祀っているはずだ」


フォルモントは月の女神であり、そして同時に豊穣の神でもある。特に農村では広く親しまれている女神だった。


「そういえば、ここは農業で栄えた町でしたわね」

「ああ。今では複数の地域から様々な商品が集まって来ているから、農業よりも商業で栄えているように見えるけれどね。でも、女神フォルモントのお陰で今の自分たちが居ることを忘れてはいけないという理念のもとに、ゼンフ神殿は建てられたらしいよ」


リリアナの言葉をライリーは肯定した上で、更に説明を付け加えてくれた。尤もリリアナも泊まる町に関しては調べて来てからある程度は知っている。

ネイビー男爵領も土地には恵まれていて、農作物の収穫に困ったことはないと聞く。そしてこれから暫くリリアナたちが泊る町も、元は小さな農村だった。しかし地理的に周辺の村や集落から様々な物が持ち込まれるようになり、人が集まり、今では交易で広く知られるようになっている。

しかし、ライリーが更に付け加えた説明はリリアナも初耳だった。


「どうやらここの神殿は本庁と仲が悪いらしくてね。色々と問題を起こしていると報告が上がって来ているんだ」

「――一石二鳥を狙われました?」


思わずリリアナは尋ねると、ライリーは意味深な笑みを浮かべた。

やはり、とリリアナは納得する。当然、ネイビー男爵領近郊にある修道院で、黒死病について知っているらしい修道士に話を聞く目的は変わらないのだろう。だが、そのついでに宿泊地にある神殿を調査しようと考えたとしてもおかしな話ではない。

ライリーは“報告が上がってきている”と言った。この場合、報告を上げて来たのは王都にある神殿と考えるべきだろう。王都の神殿はスリベグランディア王国内にある神殿を統括する権限を持っている。だからこそ、その報告書をライリーが直接見る機会がある。しかし一介の神殿ではそうはいかない。地方の神殿が直訴状を出せば、それは一度王都にある神殿に集められて精査されてから提出させる。つまり、王都の神殿と確執がある神殿は、自らの正当性を主張する機会を持たないのだ。


「それほどまでに本庁との関係が隔絶しているのでしたら、神官長も罷免されてもおかしくはないでしょう。それがないということは、その神官長に何かあるのではないかと考えてもおかしくはございません」

「何かある、とは例えば?」


リリアナの言葉を聞いたライリーは面白がるように目を輝かせ、具体的な説明を求めた。既にその答えはライリーの中にあるのだろうとは思いながら、リリアナは苦笑を浮かべて淡々と言葉を続ける。

各地の神殿を統べる神官長は、王都にある本庁から任命され派遣されるという建前を取っている。だが、実際はその建前も形骸化していた。現在では前任者が次期神官長を任命し、本庁が許可を出すという方法に移行している。しかし、本庁はその気になれば神官長を罷免し新たな者を任命することも出来た。実際にそのような例は多くないが、神官長が何かしらの罪を犯した時に用いられる手段だと聞いている。


つまり、本庁は神官長が気に入らなければ何かしらの理由を付けて罷免することもできるのだ。外側さえ保たれていれば、民衆は中で働く神官が変わってもそれほど気にしない。

何故なら、民衆が神殿に行くことはないからだ。神殿は神官と貴族が神を祀る場であって、民衆が神に祈る場は教会だ。それでも神殿が町の中央に据えられることが多いのは、神殿自体が象徴となり得るからだった。

神聖かつ不可侵――そんな印象の強い神殿があるというだけで、民衆はそこに神がいると有難がる。


「普通の有力者であれば、本庁も躊躇わず切り捨てるでしょう。それをしないということは、神官長が本庁の弱味を握っているか、神官長を野放しにしては不味い理由が本庁側にあるかのいずれかではございませんでしょうか」


ライリーの口角があがる。とても満足そうな表情だ。リリアナが静かにライリーを見つめていると、ライリーはほんのりと目元を赤らめた。


「私も同じ意見だ。ただ、探っても答えは見えて来ないんだ。だから直接足を運んでみようかと思ってね」


思わずリリアナは呆れ顔になる。リリアナが囮になると言った時は怒った癖に、自分が自ら足を運ぶのは構わないらしいと皮肉な感想を抱いてしまうが、賢明にも口には出さなかった。彼女の頭からは危険に関する度合いの差が抜けていたが、自覚はない。

代わりにリリアナは質問を口にした。


「見当はついていらっしゃいますの?」

「うーん……いくつかは、ね。可能性は考えているけど、どれも信憑性はないんだよ」


ライリーの言葉にリリアナは小さく首を傾げる。曖昧な言葉で濁すからには、本当に確信も確証もないのだろう。問い質しても良かったが、リリアナはそれ以上尋ねないことにした。必要だと思えばきっとライリーも話すに違いない。


「確か、神殿を中心にした目抜き通りに様々な店が軒を連ねているのでしたか」

「そうだよ」


話題を変えたリリアナに不審な顔をすることもなく、ライリーは頷く。優し気に微笑んで、彼は首を傾げた。


「行ってみたい?」

「そうですわね。気にはなりますわ」


リリアナは素直に頷く。ライリーは「そうか」と言うとにこりと笑みを浮かべた。


「明日は昼過ぎまで時間があるから、その時に一緒に行こう」

「――宜しいのですか?」


思わずリリアナは首を傾げた。

確かライリーはリリアナに危険なことはするなと言ったはずだ。そして通常、刺客に狙われている可能性のある貴族が、庶民たちに混じって商家を見て回ることなどあり得ない。クラーク公爵家ともなれば自ら店に足を運ぶのではなく、商人を屋敷に呼ぶのが普通だし、リリアナもこれまではそうして来た。


幼い頃に庶民たちの暮らす場所へ足を運び店先を見て回ったことは一度だけあったが、あの時は魔物襲撃(スタンピード)に巻き込まれた直後という非常事態だったからだ。そうでなければ、リリアナは宿に侍女のマリアンヌと滞在し、買い物には人をやるようにしていた。


「貴方も町中を歩いたことはないだろう」

「ええ」


だから一度は見てみたいのではないか、と言うライリーにリリアナは頷く。

それでもすぐには納得できなかった。微妙な表情のリリアナに気が付いたのか、ライリーは僅かに困ったような表情になる。しかしリリアナを見つめる目は優しい。


「たまには構わないだろう。護衛たちは付いて来るけど」

「殿下をお一人にするわけには参りませんわ」

「サーシャも一人になったら駄目だよ」


くすりと笑みを零すライリーは楽しそうだ。リリアナは一つ頷いて再び外を眺める。

二人を乗せた馬車は、町の中に入っていた。町並みは整然としていて、町を広げる時に領主が細かく町全体を設計したことが窺える。しかし、リリアナは目に映る町並みに小さく首を傾げた。


「サーシャ? どうしたの?」


目敏くリリアナの変化に気が付いたライリーが尋ねる。リリアナは一瞬躊躇ったが、横顔を見つめて来るライリーの視線に折れた。


「――町並みが、東方のものに似ていると思いましたの」

「町並みが?」


ライリーも初耳だったらしい。目を瞬かせると、身を乗り出すようにしてリリアナと同じように馬車の外を眺める。

到着した町に関する情報は、書物や報告書で得ている。しかし町並みが東方の影響を受けているという記述はどこにもなかった。


「確かに、この造りはトゥテラリィに似ているような気がするね。行ったことはないけれど」


トゥテラリィは隣国ユナティアン皇国の皇都だ。皇国の東側に位置しているため、スリベグランディア王国からは随分と遠い。当然リリアナもライリーもトゥテラリィを訪れたことはない。しかし、ユナティアン皇国きっての大都市であるトゥテラリィに関しては様々な書物にも記載されているし、報告も上がっている。

そこから得た知識を元にすれば、今二人が目にしている景色はトゥテラリィの縮小版だった。東西に走る道と南北に走る道が交差している。その中心に神殿が位置している点はトゥテラリィとは異なっているし建物もスリベグランディア王国風だが、随所に東方風の建築様式が取り入れられていた。


「ウィル。この町が今の形に造られた時期をご存知でしょうか?」

「いや――結構な年月が掛かっていたとは思うけど。確か、三十年近く前だったと思うよ」


それがどうしたの、とライリーはリリアナの横顔を見つめる。しかしリリアナは真剣な目を馬車の外に向けるだけで応えない。考えに没頭している婚約者を見て、ライリーは椅子に座り直した。そして暫くリリアナの様子を見守る。

一方のリリアナは、違和感を覚えていた。


三十年前――正確には二十六年前。旧国王派の一部貴族が政変を企て、スリベグランディア王国では内乱が起こった。その筆頭貴族はアルカシア派のとある貴族だったため、エアルドレッド公爵家は以降責任を取って政治の表舞台から手を引いたと言われている。


(荒唐無稽ですわね)


さすがに発想が突飛すぎるだろうと、リリアナは自嘲の笑みを浮かべた。

政変の時期とゼンフが今の形に造られ始めた時期が近いからといって、その二つに関連があるとは限らない。寧ろ無関係である可能性の方が高いだろう。疑いの目で見れば全てが怪しく見えるものだ。

だから、リリアナは懸念を口にすることはしなかった。


「町に出られるなんて、楽しみですわ」

「――そうだね」


ライリーは一瞬何かを言いたそうな表情になったが、すぐに笑みを浮かべて頷く。そのまま一行は、しばらく滞在する宿――ゼンフ神殿の裏手にある建物に向かった。



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