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悪役令嬢はしゃべりません  作者: 由畝 啓
第一部 悪役令嬢はしゃべりません
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35. 繋がれた意図 11



王宮の地下に、大規模な迷宮があると知る者は居ないだろう。普通の令嬢であれば足が痛いと途中で動けなくなるほどの道のりを歩いた後、ようやくリリアナたちは目当ての場所に到着した。


「ここだ」


ベンが手に持ったランタンを掲げる。蝋燭の火だけではそれほど広くは照らし出せない。しかし、それでも三人が立っている場所は地下と思えないほどに広い洞窟だった。


「かなり寒いね。それに、この場所出来れば長居したくない感じなんだけど」


ペトラが震えながら両腕をさする。岩自体が漆黒なのか、それとも光が差しこまないために黒く見えているのかも分からない。剥き出しの岸壁に、放射状に広がった呪術陣には禍々しいほどの魔力が込められていた。


「うわ、すっごい……こんな陣、初めて見た」


ペトラが呆然と呟く。リリアナもペトラと並んで呆然と頷いた。

乙女ゲームで見た時は何も思わなかったが、この世界で魔術や呪術の基礎知識を得た上で間近に見ると、魔王を封じる陣がどれほど異色かよくわかる。

通常、呪術陣は紙に文字を書いたり石に文字を刻んだりしたものだ。しかし、今三人の前にある呪術陣はそのどれとも違った。巨大な岩盤の中央に大きな窪みがあり、そこを起点として放射線状に亀裂が走っている。亀裂には至るところに光り輝く宝石がはまり込んでいて、生き物の脈動する血管のようにどくりどくりと点滅していた。

縦横無尽に走った亀裂と亀裂の間には、岩に刻み込んだわけでも塗料で描いたわけでもない、不思議な文様が浮かび上がっている。その文字自体が魔力によって刻まれたものだと、誰に言われるまでもなくリリアナには分かった。

巨大な呪術陣からは、ほんの僅かではあるが魔力が漏れ出している。しかしその力に瘴気のような禍々しさはない。


「この力、なに? 魔王を封してる陣に込められた魔力?」

「その可能性が高いと思う。僕らが持ってる魔力とは少し感触が違うよね」

「うん、魔力っぽくはないよね。でも敢えて言うならやっぱり魔力っぽいし……」


ペトラの疑問に答えたのはベンだった。漏れ出ているものの正体は魔力だと答えるベンに、完全には納得できていない様子ながらペトラも同意を示す。

リリアナも陣から漏れ出ている魔力に集中した。確かにベンが指摘した通り、あまり身近で感じられるものではない。しかし、リリアナにはどこか懐かしく感じられるものだった。


(わたくしは何処かで、この魔力に触れたことがあるのかしら――?)


魔力は目に見えないが、既視感があると言っても良いだろう。だが、確かにリリアナは嘗て似たような力に触れたような気がしてならない。ただ、どこで感じたものなのか全く思い出せなかった。普段から魔力の質を意識して生きているわけではないのだから、それも当然だ。頻繁に会っているのであれば見当も付けられるだろうが、たった数度しか会っていないのであれば魔力の質を見ただけで名前を当てられるわけもない。


無言で周囲の様子を窺っているリリアナを尻目に、ベンは一人陣に近づいて行く。ペトラが慌てた様子で声を上げた。


「ちょっと、不用意に近づいたら危ないって」

「大丈夫。多分これ、ほら――ここの術が壊れかけてるから、魔力が漏れ出てるんだよ」


肩越しに一瞬だけペトラを振り返ったベンは、自分の目線よりも少し高い場所にある部分を指し示した。確かにそこの部分だけ、文様が歪になっている。そしてその歪になっている部分から、魔力は漏れ出ているようだった。


「平たく言えば封印は解けかけてる、けど少し綻びがあるだけだから問題なく修理できそう、ってとこかな」


ベンはあっさり告げると、足元にランタンを置いた。できることなら陣に近づきたくないと言いたげな素振りをしていたペトラだったが、ベンが動いたのを見て勇気を振り絞るように身震いする。警戒を緩めずゆっくりと歩いてベンの隣に立ち、地面に置かれたランタンを手に取る。


「ぱっと見た感じだと綻びてる場所は一ヵ所だけに見えるけど」

「うん、僕もそう見えるよ」


ペトラの言葉にベンも頷く。二人は真剣な表情のまま、巨大な呪術陣に向き合った。他の箇所に影響が出ないか慎重に様子を窺いながら、細心の注意を払って呪術陣の修復を続ける。

互いの息遣いすら聞こえそうな静寂の中、リリアナは二人の様子を眺めながらも洞窟の中を見渡していた。

暗闇に目が慣れると、多少は周囲の景色も見えるようになる。


(洞窟と思っていましたけれど――これはどちらかというと、地面に出来た大きな穴が瓦礫で埋もれたと表現した方が正しいような気が致しますわね)


ただ、規模を考えると穴が出来た時の衝撃は非常に大きかったに違いない。それこそ隕石が空から降って来て衝突したと思えるほどの窪みだ。あくまで体感でしかないが、リリアナたちは地下迷宮に入ってからずっと下り坂を歩いていた。途中幾度か階段も下っている。つまり、今三人が居る場所はかなり深い位置にあるということだ。


(魔王を封印したのは三人の英雄と伝承では言われていますけれど、一体何が起こったのかしら)


ゲームでは、魔王がどのように封印されたのか詳細は描かれていなかった。だからこそ、リリアナはてっきり魔王は地下に封印されたのだと思っていたのだ。しかし実際にこの目で現場を見ると、魔王は地下に封印されたのではない。英雄たちとの激しい戦闘の末、陥没した地下に魔王が封印されることになった――と考える方が妥当に思えてならなかった。


リリアナが周囲を観察している間にも、ベンとペトラは着実に封印の綻びを繕い続けている。どうやら自分に手伝えることはなさそうだと、リリアナはそのまま二人の作業を見守ることにした。



*****



封印を終えた後、リリアナはベンやペトラと共にライリーへ報告に向かった。リリアナの顔を見て安堵の表情を見せたライリーに、ベンは端的に封印が緩んでいたこと、しかし状態を確認した結果修繕が可能だったことを告げる。ライリーは「そうか」と頷いた。


「それは良かった。それに三人が無事戻って来てくれたことも良かったよ」

「ありがとうございます。ただ、またいつ封印が緩むか分かりません。今後も注意を払うべきかと思います」


ライリーの労いに、ベンは淡々と答える。ライリーは顔を引き締めて頷いた。


「それは尤もなことだ。封印の緩みというのは、先ほど教えてくれた魔導省の呪術陣でしか分からないものなのかな?」


ベンとペトラは顔を見合わせる。少し考えていたが、やがて二人は頷いた。


「今のところはそれしか思いつきません。瘴気が蔓延し始めたら確実に封印が破れたと分かるでしょうが、そうなると手遅れでしょう」

「――魔王が復活した後にならないと、瘴気は蔓延しないからか」

「そうです」


ライリーの言葉をベンは肯定する。しかしライリーは引かなかった。


「無理にとは言わないが、もし可能であれば他の方法がないか探しておいてくれないか。呪術陣だけが頼りだとしても、魔力量や不安定さによって見えたり見えなかったりする陣を頼りにするのは心許ない」

「確かにそれはその通りですね」


当然の指摘だとベンは頷く。

魔導省の壁に現われた呪術陣は酷く不安定だった。魔力量が高くなければ視認できない上に、その時々で姿を現わしたり消したりする。魔王復活の指標とするにはあまりにも頼りなさ過ぎた。他に確実な方法があるのであれば、その方策を探る方が良いに決まっている。


「手間をかけるが、頼む」


再度ライリーに頼まれて、ベンは頷いた。


「分かりました。どれだけ時間が掛かるかは分かりませんが善処します」


神妙な言葉に、ともすれば深刻に見える顔つきだったライリーはふっと頬を緩めた。苦笑を目元に滲ませて肩を竦める。


「正直なところ、貴殿とペトラ殿が探して見つからないのであれば、他の誰も見つけられないのではないかと思っているんだ」

「買いかぶりすぎですよ」


ライリーの言葉は間違いなくベンとペトラの才能を王国随一と認めるものだった。ベンが僅かに眉根を寄せて反論するが、ベン本人も己が王国でも有数の魔導士だと自負しているのだから、本心からの言葉のようには聞こえない。

ライリーは笑みを深めたが、その話題を続けることはなかった。


「また何かあればすぐに連絡が欲しい。極力時間を空けよう」

「ありがとうございます」


ベンとペトラの肩から僅かに力が抜ける。さすがに魔王の封印に二人だけで対処するのは荷が重かったのだろう。ペトラも小さく頭を下げて謝意を示す。

そして、そのままリリアナたちは応接間から立ち去るライリーの背中を見送った。完全に姿が見えなくなった後、ペトラがリリアナに顔を向ける。


「殿下のこと追いかけなくて良いの?」

「ええ、本日は取り立てて急ぎの用もございませんでしたから」


元々ライリーの予定はしっかりと決められている。多少変更されることはあるが、リリアナが地下迷宮(ダンジョン)へ同行すると決まった時点で、ライリーとリリアナの茶会は無くなったも同然だった。そしてそれは良くあることで、互いに気にするような間柄でもない。


「――そういう意味で訊いたんじゃないんだけど」


ペトラは複雑な表情を浮かべる。何を示唆されたのか分からずリリアナは小首を傾げるが、ペトラは「まあいいや」と肩を竦めた。


「恋愛の仕方は十人十色だしね、あたしが言うことじゃない」

「――はあ」


リリアナにしては珍しく気の抜けた言葉を返す。

“恋愛”という単語はリリアナの人生に存在しない言葉だった。勿論、恋愛が宮廷文学や吟遊詩人の題材の一つになっていることは分かっているし、恋愛感情を抱いたからこそ結婚に至ることがある、ということも知っている。しかし、その言葉を自分とライリーに当てはめられると違和感しかなかった。

しかし、ペトラはそんなリリアナの内心には気が付かない様子でさっさとリリアナの前を歩く。

ベンと寄り添うペトラの姿を胡乱な表情で見つめていたリリアナは、やがて考えることを諦めた。


昔から感情に関する何かしらを考えるのは苦手だ。恋愛を題材にした宮廷文学や吟遊詩人の歌でさえ、一体何を意図しているのか考えるだけで時間と気力が失われていく。

長い間、それは自分に感情がないからだと思い込んでいた。しかし、隠されていた研究室で見つけた手記を読む限りでは、その表現は正確ではない。生まれた時から感情を抑圧されていたから、リリアナの情動は酷く鈍い動きしか見せて来なかったのだ。

その影響もあってか、リリアナはライリーに対して恋愛感情を抱いているとは思えない。好悪で言えば間違いなく“好ましい”に分類される相手ではあるが、宮廷文学や吟遊詩人が歌う女主人公(ヒロイン)たちのように、執着や妬心もなく、考えるだけで胸が苦しくなるということもない。

そしてもしライリーがエミリアに恋情を抱きリリアナを遠ざけたいと思うことがあれば、リリアナは怒りも悲しみもせず身を引く自覚がある。そうなる前に婚約の解消ができるよう動くこともできなくはない。だが、魔王復活にも不確定要素が多い中、これ以上乙女ゲームと違う要素を入れるべきではない気がした。


(それでも、封印はできましたから。しばらくは大丈夫だと、思うのですけれど)


しかし、妙な不安がリリアナの心に巣食っている――何故ならば。


(乙女ゲームでは、ベラスタ・ドラコでも魔王を封印することはできませんでしたのに)


ベンが修繕した封印の呪術陣。あの陣は確かに乙女ゲームでも一瞬出て来た。しかし、ベラスタはその陣を修繕できなかった。

破壊が広がっていたせいかもしれない。既に手遅れだったのかもしれない。ただ、今回の発見が乙女ゲームの時よりも早かったのかもしれない。


(ベラスタ・ドラコはドラコ家の鬼才と言われていたと――)


設定資料集には記載されていた。つまり、ベン・ドラコよりも能力が高い可能性はある。

そのベラスタが封印できなかった魔王を、果たして本当にベンとペトラは封印出来たのか。


傍で見ていたリリアナの目にも、二人が失敗したようには見えなかった。しかし万が一ということがある。


(調べてみなくては)


リリアナはそっと唇を噛みしめた。

普通であれば、確かめる術もないと焦るところだ。しかし、リリアナには一つの手札が残されていた。



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