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悪役令嬢はしゃべりません  作者: 由畝 啓
第一部 悪役令嬢はしゃべりません
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35. 繋がれた意図 9


リリアナはベンとペトラの二人を伴い、王宮へと向かった。リリアナだけであれば特に必要はないが、新たに面会者が増えたということで事前に侍従を通じてライリーに連絡を付ける。

ベンとペトラはライリーに挨拶と状況を説明した後、その足で魔王が封じられた場所へと向かうそうだ。リリアナも出来れば同行させて貰いたいと言えば、二人は苦い表情で首を横に振った。

魔王が封印された場所を訪れること自体が危険だと言う。しかし、リリアナも直ぐには引かなかった。


「あの呪術陣を発現させたのはわたくしですのに、お二方よりもわたくしの方が危険という道理はありまして?」


にこやかに小首を傾げて尋ねたリリアナに、ベンとペトラは嫌そうな表情になった。こうなった時のリリアナは決して引かないと、これまでの経験からよく分かっているのだろう。それでも二人はなかなか頷かない。


「忘れてるのかもしれないけど、お嬢サマは公爵家のご令嬢で王太子の婚約者なワケ。そんな人を簡単にそんな場所に連れて行けるわけないでしょ?」

「それでも、魔王復活という脅威の前には、身分や立場など些細なことではございませんかしら」

「いや、そんなわけないでしょ。戦でだって大将ってのは後ろでどーんと構えてるもんでしょうが」


ペトラの比喩を聞いたリリアナは、賢明にも言及は避けた。少なくともリリアナの知る大将――ケニス辺境伯は、騎士たちの背後にどっしりと構え指揮をする性質ではない。寧ろ先陣を切って敵陣に突っ込みたがる御仁だ。

それに、将たる人物が先陣を切らなくなった歴史は浅い。確か先代国王が賢王と呼ばれ民に人気が出た理由の一つが、戦で自ら馬に乗り剣を取ったという噂だった。そして敵将を討ち取ったため、英雄の再来と言われたのだ。


「わたくしではお役に立てませんの?」

「いや、そういうわけじゃないけどさ」


リリアナのどことなく寂し気な風情を見たペトラは若干焦った様子で、隣を歩くベンを見上げる。ベンは無言で二人のやり取りを聞いていたが、仕方がないというように溜息を吐いた。


「こうなったら梃子でも動かないよ、このお嬢さんは。それならさ、王太子殿下の許可が出たら同行して良いってことにしようか。それなら許容範囲じゃないかな」

「ちょっと、ベン! 何言ってんのさ?」

「言葉の通りの意味だよ。どうせ僕らが駄目だと言っても聞かないだろうしね」


あっさりと言い放たれた言葉に、ペトラは唇を引き結ぶ。ベンの言葉には説得力があった。


「――分かった。その代わり、殿下が駄目だって言ったら、あたしたちも絶っ対連れて行かないからね」

「まあ。承知いたしましたわ」


リリアナは一瞬眉根を寄せたが、何事もなかったかのように嫋やかに微笑んで頷く。だが本音を言えば、たとえライリーが許可を出さなかったとしても、リリアナは魔王が封印されたという場所に行くつもりだった。魔王の封印こそ、一つの重要な要素だ。今後の方針を決めるためにも、自分の目で封印の状態を確かめておきたかった。


リリアナたちは王宮の廊下を通り、ライリーと面会のために用意された応接室へと通される。リリアナ一人かベンと二人であれば執務室に向かうところだが、一介の魔導士に過ぎないペトラを王太子の執務室に招くわけにはいかないということだろう。


部屋に入って暫くライリーが来るのを待つ。ベンもペトラも緊張を隠せていない。ライリーに会うからというより、魔王の封印が緩んでいるかもしれないと思えば落ち着かないのだろう。


「そういえば、一つ気になっているのですけれど」


リリアナはふと思いついたように尋ねた。ベンとペトラが同時に顔を上げてリリアナを見る。リリアナは不思議そうに首を傾げて、疑問を口にした。


「以前、魔物襲撃(スタンピード)が頻発している原因が、魔王の封印が解けたせいではないかとお考えになられたと伺ったと思うのですが」

「え? ああ、うん」


唐突な話題に、ベンは不意を突かれたように目を瞬かせた。


「その際にも、魔王の封印を確認する前に殿下へ奏上なされたのですか?」

「いや、あの時はまだ殿下もまだお若かったからな。宰相――つまり君の父上だね――に許可を得た」


本来であれば国王に直接報告すべき事柄だったが、生憎と当時から既に国王は病床についていた。魔導省の副長官だったとはいえ、一介の魔導士が会える状況ではなかった。納得したようにリリアナは頷いた。


「そうでしたの。その時は、お一人で向かわれたのですか?」

「そうだよ」


他に一緒に行ってくれる人もいなかったからね、とベンは肩を竦める。そして僅かに目を細め胡乱に尋ねた。


「でも、一体どうしてそんなことを?」


何故今更そのようなことを尋ねるのかと問いたいらしい。しかしリリアナが答えるよりも先に、侍従がライリーが来たと告げる。三人がソファーから立ち上がったその時、扉が入ってライリーが姿を現した。


「やあ、三人とも。珍しいね」


にこやかに挨拶をしながら、ライリーは三人に座るよう促す。そしてリリアナの隣に腰かけた。侍従が四人の前に茶を出し退室すると、ようやくライリーは「それで、今日はどうしたのかな?」と尋ねる。どうやらベンとペトラの用件があまり表沙汰にできないことだと察したようで、その声は低められた。

そして、ベンもペトラも回りくどい言い方で時間を無駄にするような人間ではない。単刀直入に、魔導省の壁に現われた呪術陣について話す。

真剣な表情で聞き入っていたライリーは、難しい表情で頷いた。


「それは早急に確認が必要だね。ただし、確実なことが分かるまでは内密に事を進めたい。不確定な状態で情報を出しても混乱を招くだけだ」

「そう思います」


ライリーの見解を聞いたベンも重々しく頷く。ペトラもリリアナも否やはない。ライリーは三人の顔色を確認してから、再びベンに視線を向けた。


「それで、魔王が封印された場所には二人で行けるのかな?」

「問題ありません」


ベンは力強く請け負った。しかし、そこでリリアナが口を挟んだ。


「殿下。魔王を封じていた呪術陣は、魔力量の多い者でなければ見ることはできないものでした。ベン・ドラコ様もペトラ様も、この国で随一の魔力量を持っていらっしゃる優秀な魔導士でいらっしゃいますが、そのお二方でも魔導石を持ってさえ常に視認できるとは限らないものです」


ライリーは目を瞠ってリリアナを見る。そしてベンに顔を向ければ、ベンは僅かに苦い表情を浮かべながらも頷いた。先ほどベンがライリーにした説明では、その部分は簡単に触れる程度に留められていたため、ライリーもそこまで呪術陣を視認することが難しい陣だとは思っていなかった様子だ。


「――なるほど」


溜息混じりにライリーは呟く。恐らく、この次にリリアナが言う言葉を予想したのだろう。そしてライリーは困ったような笑みを浮かべてリリアナを見つめた。


「その続き、できれば聞きたくないんだけどね」

「王太子たるもの、たとえ耳が痛かろうと忠言は聞くべきですわ」

「今から貴方が言おうとしていることは、本当に忠言なのかな」


ライリーの言葉はもはやぼやきにも近いものだった。ベンもペトラも取り繕ってはいるものの、苦笑いを隠しきれていない。そしてリリアナはあっさりとライリーの言葉を聞かなかったことにして、提案を続けた。


「殿下もご承知おきの通り、わたくしの魔力量は更に増えております。恐らく我が国随一と思われるこの力を活かせる可能性があるのであれば、躊躇う必要はございませんでしょう」


つまり、普通の人間であれば見ることすら適わない呪術陣を顕現させられる自分であれば、魔王の封印に関しても何かしら力になれるのではないか、ということだ。万が一不測の事態があったとしても、ベンやペトラだけでは対処できない魔術にリリアナであれば対処できる可能性がある。

ライリーは直ぐには答えられなかった。逡巡がその顔には表れている。王太子としての決断と、私人としての感情の狭間で揺れ動いていた。

目敏くそのことに気が付いたリリアナは僅かに口角を上げる。その変化に気が付く者はいない。


「何を悩まれることがあるのですか。技術と知識にはベン・ドラコ様とペトラ様が秀でていらっしゃいますが、仮に膨大な魔力量が必要とされる状況になった場合、お二方の知能を活かせられる者はわたくしをおいて他におりませんわ」


リリアナの言葉を聞いたライリーは一拍置いて、深く息を吐いた。左手でくしゃりと髪の毛を掴む。


「――理屈を言わせたら貴方の右に出る者はいないね、全く」


それは遠回しではあったが、ベンとペトラにリリアナの同行を許すものだった。ペトラは目を剥き、ベンは「殿下!?」と叫ぶ。しかしライリーは真っ直ぐにリリアナを見つめて告げた。


「同行を許可する。でも、くれぐれも無理はしないように、貴方なら、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」


ライリーの言葉を聞いたリリアナは僅かに目を瞠る。間違いなくライリーは、リリアナが逃走向きの魔術を使えると知っている。転移の術かそれとも幻術か、もしくはその両方か――どの術をリリアナが駆使できると考えているのかは分からないが、明らかに確信がある様子だった。


「ええ、無理は致しませんわ」


リリアナは敢えて言及を避ける。その言い回しに一瞬ライリーは目を細めたが、追及することはなかった。ベンとペトラに向き直り「くれぐれも無理はさせないで欲しい」と言う。それを言うのであれば“無理をしないで欲しい”のはずだが、不思議とベンもペトラも指摘はしなかった。神妙な顔で頷いている。

そんな三人を見たリリアナは僅かに首を傾げたが、賢明にも口を挟むことはしなかった。



*****



その場所は、まさに地下迷宮(ダンジョン)だった。王宮の裏手にある塔に入り、魔術を使って地下へと移動する。地下迷宮(ダンジョン)に通じる通路は埋められていて、魔術を使えない者は入れないようになっているそうだ。その上、入るためには複雑な術式が必要で、更には管理を許された者にだけ口頭で使い方が伝えられるそうだ。


(乙女ゲームでは、確かベラスタ・ドラコが鍵の役割を果たしていらっしゃいましたわね)


一体ベラスタはどこでその術を知ったのだろうと思うが、生憎とその答えはリリアナの記憶には残っていない。ゲームの中でも語られていなかったはずだ。


魔術を使って移動した時とはまた違う感覚が身を包み、リリアナたちは地下迷宮(ダンジョン)の一角に立っていた。天井はあまり高くない。リリアナとペトラは普通に立っていられるが、ベンは少々窮屈そうだった。

彼は懐からランタンを取り出すと火をつける。リリアナはその理由を知っていたが、初めて地下迷宮(ダンジョン)に入ったペトラは案の定不思議そうにベンに尋ねた。


「ねえ、なんで魔術で照らさないの?」

「この中では極力、魔術を使わない方が良いとされてるんだよ。僕も試したことはないけど、下手に過去の遺物と反応しても怖い」

「――ああ、なるほど」


ベンの端的すぎる説明を聞いたペトラは、すぐに理解して頷いた。

もし地下迷宮(ダンジョン)で魔術を使い、その術に反応した過去の魔術陣や呪術陣が予期せぬ動きを見せてしまえば、最悪の場合魔王が復活することもあり得る。そのため地下迷宮(ダンジョン)では魔術の使用が禁止されていた。

しかし、その説明を聞くと更に疑問が湧いて来る。ペトラは更に問いを重ねた。


「それなら、入る時も魔術使わない方が良いんじゃない?」

「うん、それはそうなんだけどね」


ペトラの指摘は尤もだったが、ベンは苦々しく同意しつつも首を横に振った。ランタンで火を灯しているとはいえ、闇が強くベンの表情は良く見えない。しかし何となく想像がついて、リリアナは僅かに頬を緩ませた。


「普通に入れるようにしたら、度胸試しをしたい傭兵とか、金銀財宝が眠ってると勘違いした野盗が侵入を試みたらしくてね。ああ、その時はまだこの塔は王宮の敷地外にあったらしいんだけど」


だから、時の王が出入口を封鎖してしまったらしい。確かに度胸試しや金銀財宝を頂戴するために足を踏み入れた不埒者たちが、うっかりで魔王の封印を解いてしまっては堪らない。しかし、ベンはそれも“塔が王宮の敷地外にあった時の出来事”だという。

リリアナは思わず首を傾げた。塔が王宮の一部となったのはスリベグランディア王国が建国された初期のことだったはずだ。


「随分と昔の話ですのね?」

「そう。だから使われている魔術も、古代魔術の流れを汲んでて――今ではもう使ってる人も居ないんじゃないかなってくらい、効率が悪い」


そこまで聞いたリリアナはようやく納得した。

何故、副長官でしかなかったベンが魔王の封印を確認しに行けたのか。それは偏に彼の魔力量のせいに違いない。そうでなければ、魔導省の長官の方が地位としては適任であるはずだ。だが当時の長官はニコラス・バーグソンだった。彼は魔導士としての才能はなかったと言う。魔力量も人並みだったという話も聞いたことがある。

リリアナの推測を裏付けるように、ペトラも納得の声を上げた。


「ああ、なるほど。古代魔術の流れを汲んでるってことは、毎回結構な量の魔力が食われるわけだ」

「そういうことだね。だから、この場所を管理することが許される者は“魔力量が多く古代魔術を操れる者”という決まりがあるってこと」


そして――魔力量が多く古代魔術を操れる魔導士はそうそう居ない。それこそ魔導士の家門として名高いドラコ家くらいのものだ。


(――そういうことでしたのね)


乙女ゲームのベラスタが地下迷宮(ダンジョン)に入ることが出来たのは、彼の魔力量が多かったからだ。一人リリアナが納得していると、ベンが足を進めながら告げた。


「この先に進むと空間が広くなるから、少しは歩きやすくなると思うよ」


ベンの言った通り、狭く足場の悪い土の道を通れば一気に空間が広がる。大きな岩が転がり、どことなく鍾乳洞と似た雰囲気だ。足元から上がって来る冷気に、リリアナは僅かに身震いした。

ゲーム画面では、魔王が封印されている場所に向かう道など詳細には描写されない。主人公が“寒いわ”だとか“足元がよく見えないわね”だとか言っている台詞から想像する他なかった。だが、実際に体験してみるとその恐ろしさがよくわかる。

遠くから絶え間なく響いて来る低い音は風の吹き抜ける音だろうが、この先に魔王が封印されていると知る人間からすれば魔物の咆哮にも聞こえるだろう。


「僕から離れるなよ。脇道に入ると二度と出て来られなくなるらしいから」

「それは、道が込み入っていたり穴があるから、ということですの? それとも魔物がいるのかしら」


リリアナの問いにベンが小さく笑った気配がする。


「魔物はいない。魔物がいたら、あっという間に魔王の封印は解かれるだろうな――いや、逆か。魔王の封印が解けたら、きっとこの辺りは魔物で埋まるだろう」


魔王が復活すればこの世界は瘴気に包まれると言われている。魔物は瘴気の中に生まれるものだ。確かにこの場所で魔物に出くわしたら、魔王が復活したと考えるべきだろう。


「正解は前者。この地下迷宮(ダンジョン)は迷宮と言われるだけあって、道が複雑でね。その上、底の見えない穴が前触れなく開いてたりする。さっき言った度胸試しの傭兵や盗人も、多くは行方不明になったらしい」

「うへ、ぞっとしないわ」


無言でベンの話を聞いていたペトラがわざとらしく震えてみせる。ベンは安心させるようにペトラの腕を軽く叩いた。


「心配する必要はないよ。僕らが進む道は問題ないと確認されてる通路だけだから」

「それなら良いけどさ」


ペトラも本気で不安だったわけではないらしく、しっかりした声で答える。リリアナはそんな二人の後ろを歩きながら、目を細めて周囲の壁を眺めていた。



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