表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
悪役令嬢はしゃべりません  作者: 由畝 啓
第一部 悪役令嬢はしゃべりません
24/563

6. フォティアの屋敷 4


クラーク公爵の私室は、シンプルだが格調高い家具で占められていた。壁には勲章やヘラジカの頭部が飾られ、寝台の枕元の壁には二柄の槍が交差した状態で掛けられている。窓際には小さな机と二脚の椅子が置かれ、卓上には大理石と翡翠でできたチェスボードが置いてあった。書棚には経営学や歴史、兵法に関する書物がいくつか置いてあるだけで、潤沢な書物に恵まれた環境に慣れたリリアナには少し物足りない。

基本的に私物は全て王都の屋敷に持って行っているのか、整然と片付けられた部屋に生活感はなかった。


(お父様らしいと申し上げるべきかしら――兵法だけは少し意外ですけれど)


書棚に置いてある経営学や歴史の書物はその殆どがリリアナも見かけたことのあるものだった。経営学に関しては流し読み程度だが、大体何を書いてあるのか覚えている。勿論、兵法に関する書物もリリアナは手に取ったことがあるが、父親である公爵の部屋にも置いてあるのが不思議だった。彼は武官ではなく文官であり、この国には珍しくも、武に関することは下々がすることだと軽んじている節がある。


(――あら?)


リリアナは目を瞬かせた。

クラーク公爵の書棚に置かれた歴史書は、古代から近代までをシリーズとして網羅している。それぞれの時代区分を更に細かく分け、現時点での最新刊は五十六巻だ。記述も詳細で、“難解であるが忠実”と歴史家の評価も高い。正史だけでなく、伝承や少数派の学説も紹介している点が特徴的だ。だが、書棚には全部で五十三冊しかなかった。


(抜けているのは中世の終わりですわね)


中世の終わり――即ち、魔の三百年と呼ばれる暗黒時代だ。当時、世界は魔王に支配され渾沌としていた。小国が乱立し常に争い乱れる戦国の時代。群雄割拠と言えば聞こえは良いが、暗黒時代の終わりには、頭角を現した一国が次々と他国を制圧し支配下に置いていった。その政治は暗黒時代にふさわしく、激しく厳しいものであったという。その中で反旗を翻した三国の英雄たちが、魔王を封じ独裁国家の勢力を衰えさせ、新たに国を創った。その国こそが、今リリアナたちの住むスリベグランディア王国だ。

ちなみに、その三国の英雄たちを祖に持つのが王家と三大公爵家の内の二家である。この二つに数えられていないのが他ならぬクラーク公爵家だが、その祖は英雄でこそないものの、英雄に次ぐ活躍を見せたと伝えられている。故に王家は勿論、三大公爵家の威信は根強くこの国に浸透しているのだ。同時に、貴族であろうと武に秀でた者を重用するスリベグランディア王国独自の文化も、英雄たちの武功によって暗黒時代を終えたという、この歴史に深く関係していた。


リリアナは歩いて寝台に近づく。寝台からはバルコニーが見え、そのバルコニーからは美しい庭が一望できた。ふとリリアナはナイトテーブルの上に置かれたものに気が付く。


(あら、こんなところに)


他は整然と几帳面に片づけてあるにも関わらず、書棚にあるべき三冊が置いてある。他の本と違って読み込まれた痕が見えた。


(英雄譚――お好きなのかしら)


伝説にも似た英雄たちの話と父親の印象が上手く重ならず、リリアナは困惑に眉根を寄せた。しかし、考えていても埒が明かない。求めていた信書も見当たらず、諦めたリリアナは次の部屋へ向かうことにした。


*****


次にリリアナが訪れたのは、祖父母の部屋だった。先代公爵とその妻である二人は、領地の最南端にある別邸を拠点としており、滅多に他を訪れることがない。リリアナも、父母や兄以上に祖父母と顔を合わせたことがなかった。お陰でほとんど二人に関する記憶がない。ただ、使用人たちからは二人とも厳しい人柄だと聞いている。金遣いも荒いとの噂だが、真偽の程は定かではない。

滅多に立ち寄らない屋敷には私物を置かないだろうとリリアナは予想していたが、その期待は裏切られた。


(――――お父様のお部屋よりも、物が多いではございませんの)


祖父母は同じ部屋を使っているせいか、かなり部屋が広い。ダンスでも踊れそうだ。その中でも、一番場所を取っているのが祖父の趣味である古文書だった。次いで多いのが、祖母の宝石だ。宝飾品に加工される前の、原石を磨き上げカットした段階のものである。思わずリリアナは眩暈を覚えた。


(博物館ではありませんのに――全く)


総資産が幾らほどになるか、想像するだけで眩暈がする。一番目を引く場所に置かれている金剛石(ダイヤモンド)も、無色で透明度が高く内包物も見られない。大きさは恐らく六十カラット程度、まさしく国宝級だ。

だが、美しく観賞に値するとは思うものの、それほどリリアナは宝石に興味がわかない。むしろ、彼女の気を引いたのは祖父の収集品である古文書だった。几帳面な性格を反映してか、年代と国・地域別に分類され保管されている。


(歴史の資料となりそうなものが、たくさんございますわね。一番充実しているのは異国の魔術に関するもの、それから――)


一つずつ項目を確認していくリリアナは思わず苦笑を浮かべた。


(さすが親子と申し上げるべきでしょうかしら)


祖父が集めていた古文書の中で最も数を占めるもの。それは異国の魔術に関するものと、中世の終盤に関するものだった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。


第1巻~第5巻(オーバーラップ文庫)好評発売中!

書影 書影 書影 書影 書影
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ