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悪役令嬢はしゃべりません  作者: 由畝 啓
第一部 悪役令嬢はしゃべりません

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34. 身に刻まれた呪い 4


オブシディアンがあっさりと傭兵たちを無力化すれば、テンレックは足早に近づいて来た。全く戦闘に役立ってはいないが、テンレックの戦闘能力であれば安全圏で動かず待機していた方が邪魔にならない。テンレックは自分の能力を弁えていた。


「助かった」


短く礼を言ったテンレックは馬車に近づく。そして警戒しながらも、そっと幌を捲って中を覗いた。その格好のまま、彼は心底安堵したように息を吐いた。オブシディアンも近づいてテンレックの背後から中を覗く。そこには、警戒心も露わにテンレックとオブシディアンを睨みつける、青年や少年たちが居た。

テンレックは再び荷台に座り込んでいた青年や少年たちに顔を向ける。そして静かに口を開いた。


「そう警戒するな。俺はお前たちを連れ去ろうとした奴らの仲間じゃない」


安心するように言われても、頭から信じられるわけはない。未だに警戒するような視線を緩めない青年たちに、テンレックは僅かに苦笑を漏らしながら更に言葉を重ねた。


「気持ちは分かるが――そうだな、こういえば分かるか?」


テンレックの口が動く。しかし、何故かオブシディアンの耳にその声は聞こえなかった。一方、捕らえられた青年たちにはテンレックの声が聞こえていたようで、愕然と目を瞠る。そして警戒心が解けたような表情になって、最年長らしき青年がようやく口を開いた。


「――これは驚いた、ここでその問いを聞くとは思わなかったな。――緑の鍵が作りし神の馬は既に枯れ果てた」


ずっと幌を捲った体勢で話をしていたテンレックは、そこでようやく荷台に上がると手早く青年たちの体を縛っていた縄を短刀で切っていく。ようやく自由を取り戻した最年長の青年とテンレックは改めて向き直った。


「俺はテンレックだ」

「僕はペッテル。会えて嬉しいよ」


ペッテルと名乗った青年は順番に、捕らえられていた他の青年や少年たちを簡単に紹介する。無言でその様を眺めていたオブシディアンは、彼らの挨拶が一段落ついたところで口を挟んだ。


「どうでも良いけどよ、ずっとこの場に居る訳にもいかねえだろ。皇国に行くなり王国に戻るなり、決めてくれよ」

「あ、ああ――そうだね」


ペッテルは目を丸くして頷くと、問うような視線をテンレックに向けた。テンレックは言葉にしない青年の問いを正確に理解すると「違う」と首を振る。


「こいつは俺の仕事上の知り合いだが、俺たちの仲間ではない」

「そう。でも助けてくれたんだね、君もありがとう」


にこやかに礼を言われたオブシディアンは面白がるような笑みを浮かべた。


「別に構いやしねえよ、乗り掛かった船ってところだ。それで、どうする? 皇国に行くのか、王国に戻るのか」

「どうしたい?」


オブシディアンの問いを受けて更に尋ねたのはテンレックだった。しかしペッテルは一瞬も悩まなかった。


「せっかく君とここで会えたしね、王国に戻ろうかな。君たちはどうしたい?」


ペッテルが振り返って問うと、無言でテンレックたちの会話を眺めていた少年たちは口を揃えて「王国!」と答えた。


「だってペッテルが戻るなら、おれたちだけ皇国に行っても意味ないじゃないか」

「そうだよ。いっしょにいるって、約束したよね」


幼い声が口々にそう告げれば、ペッテルは相好を崩す。そしてペッテルはそのままの表情でテンレックに向き直った。女子供が見ればすぐに心を開きそうな優しい面差しだが、テンレックもオブシディアンも動じることはない。


「ということで、王国に行くことにするよ。ただ問題は、元居た場所に戻ってもまた連れていかれそうな気がするんだよねえ」

「――どこに居たんだ?」


ペッテルに尋ねたのはテンレックだった。ペッテルは穏やかにとある村の名前を答える。それはカルヴァート辺境伯領の端にある村の名前だった。古くからある集落だが、農作物の収穫量が増えているため近隣の村から流れ込む者が多いと噂に聞く。


「なるほどな。そこに居たら、人攫いに見つかったってわけか」

「人の出入りが多いからか、新しい人が来てもあまり警戒されないんだよ。それが裏目に出たって感じかな。逆に、人がいなくなっても『最近見ないね』って終わるしね。それくらいが、僕たちみたいな余所者にはちょうど良かったんだけど」


残念だよ、と心底寂しそうにペッテルは嘆息した。しかし、つまりそれは彼らに戻る場所がないということになる。テンレックは最終確認のつもりか、慎重に尋ねた。


「その村に家族や仲間はいないのか」

「うん。実は、この国に来るまでに逸れてしまってね。ここに居る子たちだけなんだ」

「――――そうか」


テンレックの横顔に、一瞬辛そうな表情が過る。しかしその変化は直ぐに消え去った。そして変わらぬ声音で続けた。


「それなら、次に落ち着きたい場所が見つかるまでは俺が住む場所を世話しよう。大した場所じゃないが、野宿よりはマシだろう」

「本当? それは助かる」


ペッテルは心底嬉しそうに笑った。他の子供たちも皆、頬を綻ばせている。

話が一通り終わったと判断したオブシディアンは、テンレックを手招いた。


「俺とお前が外で馬車を動かす。それで、途中で頭を拾って王都に戻る。あんたらは、居心地は悪いだろうが暫くそこで大人しくしといてくれ」

「お安い御用さ」


オブシディアンの指示に、ペッテルは快く頷いた。テンレックは「何でお前が仕切っているんだ」というような表情をオブシディアンに向けるが、文句は言わない。オブシディアンの提案が理に適っていると彼も分かっているのだろう。


御者台に座ったテンレックの隣に腰かけ、オブシディアンはしばらく無言だった。しばらく行けば、そこには縛られ地面に転がされた傭兵たちが居た。数人は逃げようと藻掻いたのか、服は乱れ顔中に泥を付けている。

馬車から降りたオブシディアンはその中から頭らしい一人を担ぎ上げた。


「何しやがる!」

「うるっせえなあ」


喚く男に眉根を寄せ、オブシディアンは今一度頭の体を地面に落とした。


「ぐっ」


縛られている男は上手く受け身を取ることができず、苦悶に満ちた呻き声を漏らす。オブシディアンは容赦なく男の鳩尾を抉り意識を奪った。ぐったりした体を再度持ち上げ、乱暴に馬に乗せると落ちないように縛り付ける。そして馬が逃げないよう馬車に括り付け、再び御者台の隣に上った。

テンレックはそれを確認すると、無言で馬に鞭をあてる。地面に転がった傭兵たちが縄を解けと怒鳴るが、二人は完全に無視した。通り過ぎる旅人や近隣の村人に助けて貰えるかもしれないが、もし放置されたまま夜を迎えれば彼らは野獣の餌になるだろう。しかし、それを気の毒に思う心は二人にはなかった。

ゆっくりと動き始めた馬車に揺られながら、オブシディアンはテンレックに尋ねる。荷台に乗った青年たちに聞こえないよう術を施すのも忘れない。


「――それで、そろそろ説明してくれんだろうな?」


オブシディアンの動きにテンレックは気が付いていないようで、テンレックは少し気にするような目を荷台に向けた。テンレックは逡巡したが、ここまで来て嫌だとは言えなかったらしく、渋々頷いた。


「――分かったよ」


助けて貰ったからな、と言う割には不服そうな表情だが、テンレックは誤魔化すつもりはないようだった。しかし素直に最初から話す気もない様子だ。疑い深い目をオブシディアンに向けると、正面に顔を戻し声を潜めた。


「お前はどこまで知ってるんだ?」

「俺? 大したことは知らねえよ」


オブシディアンは意地悪く答える。テンレックは胡乱な目をオブシディアンに向けたが、このまま互いに意地を張っても話が進まないと思い直したのか、溜息混じりに口を開いた。


「お前もさっき言ってたが、俺は“北の移民”の人身売買を追ってた。ああ、仕事じゃねえぞ。俺の事情だ」


テンレックの言葉にオブシディアンは頷く。周囲とは一定の距離を取って深く関わろうとして来なかったテンレックの言う“俺の事情”とやらが気にはなったが、先にテンレックの説明を全て聞いてからの方が良いだろうと判断した。

苦い表情を浮かべたまま、テンレックは手綱を握り直す。唇を舐めて、彼は小さく一つ息を吐いた。


「この国の貴族連中は――いや、貴族だけじゃねえか。ほとんどが“北の移民”は同じ人間だとは思っちゃいねえ。それは裏社会の人間でも同じだ。だが、思うだけならまだ良い。実際に手を出さずに放っといてくれんなら、別に実害はない」


しかし、実際に“北の移民”たちを害する者が現れた。彼らは彷徨う“北の移民”たちを片っ端から捕らえては奴隷として売りに出す。それをテンレックが知った時、事態はかなり深刻だった。


「連中はだいぶ長いこと、その商売をしていたらしくてな。連れ去られた“北の移民”が何人になるかは俺も掴めてねえ。だが、かなりの人数に上ることは間違いなかった」

「それで、あんたはそれを止めたいって考えてるんだな?」

「そうだ」


調査は難航していた。テンレックは情報屋だが、それでも手元に集まって来る情報は殆どないような状況だった。“北の移民”の人身売買に複数の貴族が関わっていることは分かったが、その貴族がどこの誰なのかも分からない。首謀者や主要な協力者に繋がるような手掛かりは徹底的に隠されるか破壊されていたのだ。


「普通の奴隷商なら、そこまではしねえ。つまり、何かしら腹に一物ある奴らがやってる事だってのは、それなりに早い段階でわかった」


しかし、関わっている貴族たちがどこの誰なのか突き止められない状況では、黒幕たちが何を企んでいるのか具体的な内容など分かるはずもない。ただろくでもない考えから“北の移民”だけを狙っていることは想像がついた、とテンレックは言う。

無言で話を聞いていたオブシディアンは小さく頷くと、考える素振りを見せた。


「それで?」

「それで、とは?」


オブシディアンの質問にテンレックは訝し気な表情を見せる。オブシディアンは気にせず質問を続けた。


「そこの傭兵(バカ)が“北の移民”を運ぶって話を聞いて追ったんだろ。自分でやるなんて、あんたらしくねえとは思ったが、今はそれは良い。どこでこのネタを掴んだんだ?」

「――それを訊いてどうする」


テンレックは警戒するように胡乱な視線をオブシディアンに向けた。しかしオブシディアンは動じない。平然と言葉を返した。


「そのネタが罠じゃねえと誰が言える? 一応、今の段階では無事にあんたの仲間――仲間、だよな?」


ちらりと荷台を視線で示したオブシディアンに、テンレックは渋々頷いた。


「仲間と言うより同胞だ」

「まあどっちでも良いけどよ。じゃあ、同胞で」


心底どうでも良いと言いたげにオブシディアンは言い放つと、話を元に戻す。テンレックは憮然としたが、賢明にも反論は慎んだ。もし反論していれば、オブシディアンは更に雑な回答を返していただろう。


「あんたの同胞を取り戻すことは現段階では出来たけどよ、これが罠じゃねえと断言できるか?」


実際に、テンレックは傭兵たちに存在を気が付かれていた。彼らが身の回りに注意を払っていたと言えなくもないが、それよりも“追手がかかる”と傭兵たちが事前に聞いていた可能性は否定できない。オブシディアンが指摘すると、テンレックは苦い表情で黙り込んだ。痛いところを突かれた自覚はあるらしい。


「あんたには珍しい失態だな」


どこか気の毒そうにオブシディアンは言う。テンレックはしかめっ面になっていたが、しばらくすると溜息を吐いて頷いた。


「――お前の言う通りだ。恐らくこれは罠だったんだろうと思うぜ。あまりにも都合が良すぎた」


だが、普段は慎重なテンレックも焦っていた。長年かけて追っていた組織の足掛かりが掴めそうだったのだ。結局オブシディアンが出くわしたから無事だったものの、もしオブシディアンが居なければ今頃テンレックは傭兵たちに嬲り殺されていたに違いない。


「今回の件はどこで耳にしたんだ?」


再度オブシディアンが尋ねると、テンレックはあっさりとその名を口にした。


王国(こっち)じゃねえ、皇国(となり)から情報は流れて来たんだ。ケプケ伯爵のところに出入りしてる商人からの話だ」


オブシディアンは一瞬目を瞠る。しかし、前を向いているテンレックは気が付かない。


「――――へえ」

「知ってるか?」

「最近、商売が軌道に乗り始めた伯爵領だろ? 噂は耳にしたことがあるぜ」


耳が早いな、とテンレックは苦笑する。オブシディアンは肩を竦めた。オブシディアンがその名を知っていたのは、噂に聞いたからではない。

ケプケ伯爵は、タナー侯爵家の一人娘マルヴィナの嫁ぎ先だった。



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